とりあえず宮からの遣いには帰ってもらい、四人は家に入りました。翁と嫗は俄に現れた少女の存在に驚きを隠せません。少女の真っ白な衣は、輝くような上等の絹で織られております。いったいどこの姫君でしょう。それに、面識がないはずのほむら彦を「背の君」――愛する人と呼び慕うのです。だけならずほむら彦も、彼女のことをよく知る様に見えます。

やがて宥まった少女は、まだ怖々ながらも翁と嫗にまっすぐ向き合いました。ほむら彦の服の裾を掴んだままですが居住まいを正します。

「き、君は……いったい……。」

「……天女、です。」

「天女ぉ!?」

なんとも信じがたい話に、翁が思わず叫んだのは仕方のないことでしょう。輝く様な服に羽衣を着けた彼女はまさに天女といった様ですが、己の眼の前に現れるとは思ってもみなかったのです。

「そ、そんな君がどうしてここに……。」

「………我が背を、お迎えに参りました。」

「ええっ!?」

またもや突然の話を信じられなかったのは当たり前でしょう。それも、今度は宮どころではありません。人の世ですらないのです。

「……思い出を失くされた我が背をこれまでお守りくださったこと、心からありがたく存じます。また、お迎えに上がるのが遅くなりまして、申し訳ございません。」

「ちょ、ちょっと待って……ほむら彦、あなた月の方なの?」

「…………一応、な。」

竹から生まれるなど……加えてこれほど早く大きくなるなど、何をどう考えても人ではなかったというのに、翁は心から驚いた様でした。嫗は翁と比べ些か落ち着いて見えます。何となく察しておったところもあるのでしょう。

「……っ!じゃあ、何だってこっちに……。」

「…………我が背は、こちらにいらすべくもなくいらしてしまったのです。」

「……どうして?」

「………。……足を、滑らせて……。」

「……落とし穴に、落ちた。」

何と大したことのない経緯でしょう。そんな理由で一年(ひととせ)も地上で暮らしたというのでしょうか。――少女が言うには、地上での一年は天上においてとても短いので、なかなか天帝から下降の許しを得られずにいるうちに経ってしまったそうですが。

「…………時は満ちました。帰りましょう……我が背の君。」

「……ほむら彦……帰ってしまうの?」

「っ……そうだ、そうだよ……帰るのか……?」

「………。」

「……背の君……。」

育ての両親に悲しそうな目で見つめられ、ほむら彦が黙りこみます。絆ができてしまったことを悟ってか、少女も困った顔です。どちらも何か言うことはなく、ただほむら彦の答えを待ちます。

やがてほむら彦は、ぽつりと言いました。

「…………ここに、いたい。」

ぱっと翁と嫗の顔が明るくなります。反して悲しい顔をしたのは少女の方でした。目に涙を浮かべて逞しい腕へ縋りつきます。

「……背の君……っ?」

「………違う、……おまえと……離れたくない。……だが、やはり……あっちは、……性に合わない……。」

「……合わない?どういうことだ、合わないって……。」

ふと引っ掛かった言葉を、思わず翁は聞き返しました。少女が涙ながらに翁たちの方を向きます。

「……我が背は、元はこちらの方なのです。しかし、偶さかに出会った時……独りだった私を見かね、こちらに縁(よすが)もないからと、共にいらしてくださったのです……。」

そうでなければ穴くらいで地上に落ちはしない……そう少女は付け足しました。彼女の様に純粋に天上の身である者なら、羽衣なしではとても下降できないはずなのです。

「……もう、……もう、私と共に、いらしては……くださらないのですね……。」

甚(いた)泣く少女の姿に、翁と嫗の心も痛みます。独りだったという彼女は、ほむら彦がいなくなればどうなるのでしょう。天から降りてきた時の泣き顔が目に浮かぶ様です。

「違う。………おまえと、別れたくない。」

「っ……ですが……。」

「………おまえは、………ここには、いられないのか。」

「……えっ?」

思いもよらぬ話だったのでしょうか。不意を突かれた顔をした少女の涙が止まります。共に帰る、それだけを偏(ひとえ)に考えており――自らが地上に住まうなど考えたこともなかったのです。

「………。」

しばらくの後、少女はそっと羽衣を外して畳みました。時を同じくして、衣の輝きも消えゆきます。それを見て、そしてほむら彦の顔を見て――少女は柔らかく微笑みました。

「……我が背の君がいらっしゃるところならば、何処(いずこ)にでも在りましょう。」

こうして、ほむら彦の家に新しい住人が加わりました。

ほむら彦はきっぱりと出仕を断り、可愛い恋人と大切な両親と、これまで通りの生活を続けたそうな。


めでたしめでたし。



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