「…………悪い。……悪気は、なかった。」
「……いえ……別に、気にしませんから……。」
最後の一言でトドメをさされ、がっくり項垂れた彼女は食卓にうつ伏してそう言った。彼が居心地悪そうに食事を再開する。
「………髪に……癖など、つけられるのか。」
しばらくしてそう言った彼に、彼女は顔だけを向けて事の顛末を話しだしたのだった。
先日のオペラのスタイリングの時、更衣室で捨てられそうになっているコテを見つけたこと。スタイリストに問えば、壊れているからと言われたこと。魔動装置の構造に興味を持ったのでもらえるか訊いたら、快く承諾してもらえたこと。家に帰ってから触っていると、何故か動いたこと。返そうとは思ったが、一度やってみたかったので試したこと。
「巻いたり……逆に、まっすぐにすることもできるんです。すぐに取れちゃうんですけど……。私、元がまっすぐなので、巻いてみたくて……でも、あまり綺麗に癖がつかなくて……。」
だから寝グセって言われたんだろうな……と心中で彼女が落ち込む。話を聞いているうちに食べ終えた彼は、艶やかな黒髪を一房手に取った。
「……いつもの方が、良いんじゃないか。──おまえに似合ってる。」
わりとよく癖のついた部分を揺らしながら言われ、彼女がぱっと顔を赤くする。
「そ、そう、ですか……な、直してきます!」
彼が思わず手を離すほど唐突に立ち上がると、パタパタと洗面所まで走っていった。取り残された彼がゆっくりと後を追う。
「……そんなに急いで直すこともないんじゃねえか?すぐに直るんだろう?」
「え、でも……変、だから……。」
「別に変とは言ってねえよ。……あまり癖がつかないのか。」
「多分、髪質で……。………。」
「…………なんだ。」
不意にコテを持ったまま振り返ってじーっと見つめてきた彼女に、彼がたじろぐ。
「………。」
彼女のきらきらとした目線は、彼の頭部──その、燃え盛る焔の様な色をした髪に注がれていた。
「…………まさか、……これを弄ろうってのか。」
「………い、い、……いけませんか……。」
「……………。」
ギクリと身体を震わせてから、遠慮がちに上目遣いで見上げてくる少女。普段はわがままも言わず、何かをさせて欲しいなどと言うことも少ない彼女の「お願い」に……彼は思わず目を逸らした。
「………。……勝手にしろ。」
そんなことをされるのは慣れない、面倒な思いも気恥ずかしい思いもする──とは感じたものの、たまの望みくらい叶えてやろうと思ってしまったらしい。ぶっきらぼうに言い捨てると、彼は内心で自らに呆れた。どうにも彼女には甘くなってしまう様だ。
「……!ありがとうございます!」
心底嬉しそうに彼女が飛び跳ねる。その笑顔は一転して彼に優しい溜め息を吐かせた。
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