ある日、焔色の髪を持つ男は、いつもの様に想い人の待つ家に向かった。帰るのは3日振り──きっと彼女は、門を開けてすぐの所で待っているだろう。その表情を思うと、ただでさえ速い歩調が自然と速さを増す。
「サラマンダー様!」
彼が思い浮かべた通り、彼女は門を開けてすぐの所で待ち構えていた。闇に紛れやすい彼の姿をしっかりと気配で捉えて飛び付く。
「おかえりなさいませ……!」
「……ただいま。」
身長差がありすぎるため首筋に抱き付くことも出来ず、厚い胸板に顔を寄せてきた彼女を、彼は当然の様に抱き上げた。彼女が嬉しそうに彼の顔に頬擦りする。
「お変わりありませんか?」
「ああ。……そうだな、腹が減った。」
「はい、お昼できてます。」
にっこりと笑ってそう言った彼女を、彼は抱き抱えたまま中へ入った。そっと玄関で降ろせば、彼女はすぐさま台所へ駆けていく。彼が纏っていた空気を完全に和らげる頃には、すでに昼食が湯気を立てて整っていた。
「どうぞ。」
「……いただきます。」
食前の挨拶をぼそりとしてから彼が口を付ける。彼女は横の椅子に座り、満面の笑みでその様子を見ていた。珍しく解かれている髪が肩を滑る。
「………その髪、どうした。」
食べ始めてから少し経った頃、彼は出し抜けに口を開いた。
「あ、……どう、ですか?」
「……どう?……飯なら美味いが。」
「あ、ありがとうございます……。……で、ではなくて、……この髪……どうですか?」
「………。」
怪訝そうな顔になった彼の手が止まる。やがてまじまじと目線を向けたが、彼は首を傾げただけだった。
「……下ろして、いるな。」
「………はい。」
その反応を見て、彼女が密かに肩を落とす。別に期待していたわけではないのだ。彼がこういう人間だということはわかりきっていた。だが……自ら口にされたことで、一脈の希望を持たずにはいられなかった彼女を誰が責められようか。
「……切ったか?」
彼はしばし言葉に詰まったあと、ふと浮かんだジタン直伝の極意「女の子の装いの変化には何より敏感に!」のその1「特に髪の長さ!」を実行してみたが……彼女は力なく首を横に振るだけだった。あのサル、絶対役立つっつって無理矢理教えてきたクセに欠片も役立たねえじゃねえか──と彼が心中で戦友を罵る。……そもそも彼女は髪が非常に長いので、もし気づけたとしたら観察力が高過ぎる証だろう。加えて──もう髪の伸びない彼女が切るというのは考えにくい。
「………悪い。」
しょんぼりとした彼女に気まずさを感じたのか、彼は目を逸らして小さく謝罪した。彼女が髪の先を摘まんで持ち上げる。
「……少し……巻いてみたんです。」
くるんってしてるでしょう?と言われ、彼は目線を戻したが……気まずそうにこう言っただけだった。
「…………乾かさずに寝たのかと思ってた。」
もしジタンがこの場にいたら、天を仰いで頭を抱えたに違いない。
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