「………相談?」

それは他でもない、舞台がらみのことだった。実はこの前──って言ってももう2ヶ月は前になるけど──ミノンは一度だけオペラをやったことがあった。そのオペラは本当に好評で……よりによって主役なんかやってたもんだから、彼女は一躍“幻の歌姫”なんて有名になってしまったのだ。

幸いにしてというべきか、舞台上での堂々とした様子からはいつもの彼女が想像もつかないこと──何よりサラマンダーが徹底的にガードしてることがあって、トラブルに巻き込まれたことはないらしい。けど正体を知ってるやつは知ってるもんで……情報網を一体どう伝って来たのかはわからないけど、最終的にオレのところに話が転がり込んで来たってわけだ。

もちろん、彼女に舞台に立つようお願いしてくれって話が。

最初は冗談かからかいかと思ったけど、相手は真剣だった。興味本意の行動にしては、音楽に対する熱も相当あったと思う。もともとミノンは目立つの好きじゃないタイプだし、人の頼みは断れない性格だから、普通なら断ってたんだけど……彼女が前回すごく楽しそうにしてたから、勝手に断ることはしなかった。自分で言えば良いのにって言ったら、近づくと消されるとか本気で言われて……その噂の真相を知ってるだけに、引き受けざるを得なかったっていうのもある。

「……って話なんだよ。どうだ?もちろん断って良いんだぜ。でもミノン、前の舞台すごい楽しそうにやってたしさ、良い話だとは思って。」

「………舞台………。」

「ま、すぐに結論出す必要はないさ。とりあえず今日は預かって来た手紙とか台本とか渡すから、見てやったらどうだ?」

「はい。」

簡単な文なら少しずつ読める様になって来たみたいだけど、まだ普通の文は無理らしいミノンのために概要を音読する。そのあと彼女が淹れた紅茶を飲みながら他愛もない話に興じていたら、あっという間に夕食時になった。

「……そろそろお夕飯の時間ですね。」

食べられる様にはなってもお腹が空く訳じゃないらしいから、きっと気にしてくれていたんだろう。時計を見ながらミノンが言う。

「良かったらいかがですか?」

「え、いや……悪いしいいよ。いつもご馳走になっちまってるし。」

「まあ、その様な……。それに今宵は雨が降りますから、今からお帰りになっては濡れてしまいます。帰られるのなら式に送らせますが……。」

「い、いやいやいいよ!……じゃあお言葉に甘えるぜ。」

シキっていうのはガイアでの遣い魔とか召喚獣にあたる存在らしい。色んな子がいて色んなことができるんだけど……使役する対価にはミノンの魔力を要する。できるだけミノンに負担は掛けたくない。何かあんまり今日、元気溌剌って感じでもないし。具合悪そうってわけじゃないんだけど。

「いつもありがとな。何か手伝うか?」

「いいえ、そこでどうぞお寛ぎになっていてください。」

調理のジャマになるのか、髪を器用にリボンで縛りながらミノンは席を離れていった。特に何もすることがなかったから、何となく部屋に置いてあるものを見回す。けっこう大きな裁縫箱、布がたくさん入ってる籠、小さなスピネットに絵本がいっぱいの本棚。小花を生けた花瓶が飾ってあるダイニングテーブルの周囲には、椅子が4つ置いてあった。そのうち1つだけ大きなやつの横の椅子の座面に、クッションが積まれてるのが何とも可愛い。

流石にいつもやってるだけあって、食欲を刺激する匂いが漂ってくるまでは大して時間を要さなかった。おお……この匂いは肉だな!

「さて、と。」

「出来たのか?」

しばらくして、ミノンが出てくる。エプロンを直しながら彼女が向かった先は──階段だった。……階段?

「はい。……少々お待ちください、起こして来ますから。」

………起こす?

何とも形容し難い、既視感。

「起きてください、サラマンダー様!」

物音一つしてなかった上の階では、あの大男が眠っていたらしかった。




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