ある冬の日、オレ──ジタン=トライバルは、一人の親しい少女──ミノンの住まいへ向かっていた。
眠らない街、トレノ。
その中流階級区にある家の見慣れた門に手を触れると、勝手に扉が開いた。もう何度もやっているので特に驚くことはない。
「いらっしゃいませ、ジタン様。」
オレが敷地に足を踏み入れてからすぐ、どこからかミノンの声が聞こえる。よく見れば彼女は玄関から程近い切り株に腰かけていた。暗がりになっていたせいで気付かなかったらしい。
「お久しぶりです。……?どうか?」
庭の小路を駆けて来た姿を見た途端……オレは明らかに驚いた顔で固まってしまった。舞台で鍛えた持ち前のスイッチで何とか我に返る。
「え、いや、その……可愛いな、その格好。珍しいじゃないか、そういう服着てるなんて。似合ってるぜ。」
ミノンが着てたのは、丈の長い白のワンピース──わりと裕福な市民階級にはごく一般的な服だった。舞台以外じゃ殆どキモノ姿しか見せない彼女にはずいぶんと珍しい装いだ。服に合わせたのか、髪もおろしている。何て言うんだっけこの髪型……そうだ、姫編みだ。上品な仕立ての服によく合ってる。ガーネットとは違って、深窓のご令嬢って感じだ。
「……っ!あ、ああ……あ、あのっ、……に、似合って……ます?」
ミノンが顔を赤らめて、うつむき加減で問う。一体どうしたんだ?ホントに珍しい、っていうか初めて見た格好だし何か理由があるとは思ったけど……これは、照れてるのか?
「ああ!どうしたんだ?買ったのか?」
「……はい、……その……あの……さ、さっ……サラマンダー様が、……に……に、……──……。」
「えぇっ!?」
ミノンが顔を真っ赤にしつつ……最後の方は呟きにも似た声で口にした言葉に、思わず驚愕の声をあげてしまう。一瞬後には聞き違いを疑ってしまった。
しかし間違いなく、彼女は──あいつが“似合う”と言ったと、口にしていた。
「その、それで……嬉しく、って……買ったんです……。」
この様子からしても、聞き間違いの可能性はないに等しいだろう。あのあいつが、あの常に無愛想で仏頂面で人をホメるなんてしそうもないあいつが、“似合う”と言っただと……!?一体どんな顔で言ったんだ!?熱でもあったんじゃないか!?──驚きのあまり、ついそんな失礼なことまで思い至ってしまう。だってあいつが、あのあいつが……!?うっわ超見たかったんですけど!ホントにミノンに対しては甘いなあいつ!
「そっ……そりゃ、良かったな。うん、よく似合ってるぜ。勿論いつもの格好もカワイイけどな。」
「あっ、ありがとうございます……。……あ、どうぞお上がりください。」
「お、じゃあ遠慮なく。お邪魔しま〜す。」
動きに合わせてヒラヒラと翻る裾。続いて入った部屋は、少し前に来た時よりもちょっとだけ賑やかな印象を受けた。何でだ……?相変わらず質素な感じだけど、……少し物が増えたか?
「どうぞ。少し散らかってますが……すみません。すぐ片付けますね。」
ローテーブルに向かい合って置かれたソファへ案内される。散らかってるとは言いつつきちんとしてて……隅の方にやりかけの裁縫が置いてあるだけだった。多分オレが来るまでやってたんだろう。
暖炉に追加の薪をくべ、ついでにお湯を沸かし始める。それから手早く裁縫道具をしまうと、ミノンは向かいの席に座った。
「お待たせしました。」
「いや……。……調子はどうだ、変わりはないか?」
「はい。ジタン様もお元気そうで、何よりです。」
にこりと笑うのに合わせて、長く艶やかな黒髪が揺れる。最初に見た時は何があったのかと思ったけど……見慣れれば、この格好は本当によく似合っていた。サラマンダーもなかなか良い目してんじゃないか。
さてと、と気持ちを切り替える。ミノンもそれは察してくれたみたいで、話しやすい空気ができていた。
「……今日来たのはさ、……相談があるからなんだ。」
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