天花降る


 今度の仕事は、年末に放送予定の時代劇ドラマだ。これまで時代劇に出演した事はなく、着物を着て演技をした事もない。いつの時代の話かまだ分からないけれど、恐らく女性が刀を持って戦うシーンはないだろう。そう思っていたのだけれど、マネージャーから渡された企画書に書かれている内容は、想像の斜め上だった。

「……あの、マネージャー。忍者って時代劇の括りになるんですか?」
「まあ、そうなるね。戦国時代から江戸時代にかけて実在していたわけだし」
「という事は、戦うシーンもあるわけですね……」

 どうやら今回の仕事『戦乱忍者大戦』は、タイトルから察するに、アクションを求められると覚悟しておいたほうが良さそうだ。
 けれど、後日台本を受け取って読んでみたら、『忍術』なる能力を使って戦う非現実的なストーリーだった。ある意味ファンタジーと言うべきか。アクションシーンは勿論あるけれど、CGエフェクトを活用する形になりそうだ。
 少し不安はあったけれど、台本を最後まで読んでみたら面白くて、一気に引き込まれた。これを映像化したら面白いドラマになる――そんな前向きな気持ちが沸き上がっていた。

『戦乱忍者大戦』は、導魔の書と呼ばれる恐ろしい力を持った巻物を巡り、『蒼輪忍軍』と『紅雲忍軍』というふたつの勢力が対立するストーリーだ。更に、行方不明だった主人公の兄が敵として立ちはだかり、勢力は三つ巴へと変わってゆく。
 主役は315プロダクションの『W』の蒼井享介くん。もうひとりの『W』、蒼井悠介くんは準主役――主人公の兄を演じる。更に『Café Parade』から神谷くんと巻緒くん、そして東雲が脇を固める。
 神谷くん、東雲、私の同級生組三人が一緒にドラマに出るのは初めてだ。これまでバラエティやCMで一緒に仕事した事はあったけれど、役者としての神谷くんと共演した事は今までなかったのだ。
 皆に負けないよう頑張りたい気持ちと、共演できるのが楽しみな気持ちが入り混じっている。まだ撮影も始まっていないのに、私は浮き足立っていた。



 皆と顔合わせを済ませ、稽古に励んでいたある日、315プロのプロデューサーさんから思わぬお誘いを頂いた。
 Wの蒼井兄弟の提案で、忍者の勉強をする為に、皆でテーマパークに行くというのだ。もし時間があれば一緒にどうかと誘われて、断る理由などなかった。

「はい、是非! 私、忍者の事が正直よく分からなくて、本当にこれでいいのかなって思いながら稽古していたんです」

 不安を露わにする私に、プロデューサーさんは「皆同じですよ」と笑みを浮かべてみせた。その気遣いにほっとしたし、皆がプロデューサーさんの事を心から信頼しているのも分かる、と改めて思わされた。





 当日、現地で集合する事になったは良いものの、初めて来る場所だったから早めに家を出たら、一番乗りになってしまった。なんだか私が一番楽しみにしている、みたいな感じに見えなくもない。
 いくら役作りの為の勉強とはいえ、ちょっと恥ずかしいかも……と思っていたのだけれど、他の皆の到着も案外早くて助かった。

「西篠さん、おはようございます。早いですね」
「おはよ、東雲。張り切って早く着き過ぎちゃった」

 東雲の顔を見た瞬間安心して、取り繕う事もなく苦笑しつつそう言ったら、続々と他の皆もやって来た。

「西篠を待たせるわけにはいかないと、早く出たつもりだったが……」
「今回のドラマは、しっかり者のメンバーが勢揃いですね!」

 神谷くんと巻緒くんが気遣ってくれたお陰で、テーマパークが楽しみなあまり早く着き過ぎてしまったというイメージは払拭された……と思う。
 Wのふたりとプロデューサーさんも無事到着した。私は早速蒼井兄弟に顔を向け、頭を下げた。

「悠介くん、享介くん、今日は誘ってくれてありがとう」
「いえいえ! 俺たちはただ思い付いただけで、誘ったのはプロデューサーさんです」
「でも、皆で行こうって提案してくれたんだよね? こういう機会がなかったら、私もCafé Paradeの三人も、勉強する機会がなかったと思う」

 顔を上げてそう言うと、ふたりとも照れ臭そうに笑みを浮かべていた。
 Café Paradeの三人に顔を向けると、皆頷いてくれて、プロデューサーさんも「今日は勉強しつつ楽しみましょう!」と声を掛けてくれた。充実した一日になりそうだ。



 一応事前にホームページは見ていたのだけれど、実際テーマパークに来てみると、まるでタイムトリップしたと思うほど本格的で驚いた。時代劇で見る街並みそのもので、スタッフの人たちも着物や忍者の衣装を纏っている。

「ここでそのまま撮影できそうなくらい立派だね……」
「西篠さん、まだまだ序の口ですよ。どうやらここのメインはカラクリ屋敷のようです」
「カラクリ屋敷……お化け屋敷の恐くないバージョン、みたいな感じ?」

 なんとも語彙力のない発言をしてしまったけれど、東雲は頷いて、巻緒くんもガイドブックを見ながら補足してくれた。

「お化け屋敷というより、脱出ゲームに近い感じですね。様々な仕掛けを解いて出口を探すみたいです」
「なるほど……一人だったら不安だけど、皆で協力すれば大丈夫だね!」

 どうせなら全員で、と思ったのだけれど、ふと辺りを見回したら、蒼井兄弟とプロデューサーさんは別の場所に移動していた。とりあえず、この四人で突入する事になりそうだ。
 きょろきょろしていた私を見て、不安がっていると思ったのか、神谷くんが笑顔で自分の胸を叩いて言った。

「西篠、大丈夫だ。お化け屋敷じゃないんだ、きっと楽しくクリア出来るさ」
「そういえば、お化け屋敷もいつか皆で行きたいね」
「か、勘弁してくれ!!」

 以前神谷くんと東雲と『THE 虎牙道』の六人で廃病院で肝試しした事を思い出し、つい意地悪な事を言ったら、案の定神谷くんは真っ青な顔で拒否した。冗談もほどほどに、カラクリ屋敷なら神谷くんの言う通り、楽しみながら世界観を学ぶ事が出来るだろう。そう思っていたのだけれど。



「いやあ、なかなか手応えがあったね」
「はい! 神谷さんがいなかったら手こずったかも知れないですね」

 隠し通路は決して分かりやすいわけではなかった。机をずらすと地下に行くための隠し扉があったり、壁掛けを捲ると隣の部屋に移動出来たりと、注意深く探索し、時には頭を使う必要もあった。昇り降りの移動も結構あったし、動き易い格好で来て本当に良かった。いくら片想いしている相手と一緒とはいえ、デートではなく仕事の一環でここにいる。色気も何もないシンプルな服に歩きやすいスニーカーで来たけれど、大正解だ。

「西篠さん、疲れてませんか?」
「ううん、良い運動になったよ。それに、忍者って頭を使う職業なんだと実感した」
「ふふっ、ただ力業で敵を仕留めれば良いというわけではない、限られた者だけがなれる職のようですね」
「私には無理……」

 勿論役の話ではなく、現実の忍者にはなれないという意味だ。けれど、そんな後ろ向きな発言を神谷くんは聞き逃さず、私の背中を軽く叩いて励ました。

「こらこら。『蛍花』がそんなんじゃ、『神紅』の部下は務まらないぞ?」
「神谷くん、演技の話じゃなくて本物の忍者の話だって」

 蛍花は私が演じる役の名前で、神紅は神谷くんの事だ。私が冗談だと苦笑しながら返すと、東雲が神妙な面持ちで間に入って来た。

「確かに、不安な気持ちが演技に表れてしまうかも知れません。土壇場に強い西篠さんに限っては大丈夫だとは思いますが……」
「東雲、一言多いって」
「褒め言葉ですよ」

 まさか何気なく言った冗談が、私がちゃんと演じられるか分からないという方向に話が進むとは。まあ、マイナスな発言はあまりするべきではない。神谷くんや東雲の言う事も尤もだ。
 そんな中、巻緒くんがガイドブックを開いて、私たちに見せれば指を差した。

「深雪さん、不安を少しでも解消する為に、忍者体験しましょう! 俺もやってみたいです!」

 巻緒くんが指差した先には、『手裏剣体験コーナー』と書かれている。

「面白そう! 巻緒くんに賛成!」

 次の目的地は決まった。いくらファンタジー要素のあるドラマとはいえ、アクションシーンもそれなりにある。ここでしっかり学べば、きっと自信に繋がるはずだ。



 早速手裏剣コーナーに足を運ぶと、様々な手裏剣のレプリカが待ち構えていた。種類も色々あるようだ。
 試しに一番スタンダードな十字の手裏剣を手に取ってみたら、思いの外重かった。軽々と宙を舞っているイメージがあったけれど、軽かったら相手を仕留める事も出来ない。考えてみれば当たり前の事なのに、レプリカを手にするまで思いもしなかった。
 そしてどうやら、東雲も同じ感想を抱いたみたいだ。

「これが手裏剣……レプリカとはいえ結構重量感があるんですね」
「手裏剣といえば十字ってイメージが強いけど、色々な形があるみたいだ」

 神谷くんの言う通り、本当に種類が豊富だ。一概に忍者といっても、皆が皆同じ武器で同じ攻撃をするのではなく、状況やその人の特性に応じて、様々な形が生み出されたのかも知れない。

「この手裏剣は渦みたいな形ですよ。生クリームを泡立てた時みたいです!」
「五寸釘のように縦長のこれは……ほう、これも手裏剣なのですね」

 巻緒くんも東雲も興味深そうに手裏剣を見ていると、蒼井兄弟がやって来て、運良く合流する形となった。

「デザインも色々あるけど、実は投げ方もたくさんあるんだぜ!」

 私たちの傍に来た悠介くんがそう言うと、巻緒くんが感心するように訊ねる。

「へぇ、そうなんですね。悠介くん、手裏剣について詳しいんですか?」
「はは、実はちょっとだけな。みんなにも教えてあげるよ!」

 どこで学んだのだろうと私も感心していると、後ろから享介くんがため息交じりに呟いた。

「自慢気に言ってるけど、さっきインストラクターさんに教わった受け売りだろ」
「ちょっ……そうだけどそれは今言うなってー!」

 享介くんのツッコミに悠介くんは顔を真っ赤にして慌てて声を上げたけれど、実に微笑ましい光景だ。私たちがカラクリ屋敷にいた間、ふたりはしっかり手裏剣の投げ方を勉強していたのだ。それはそれで充分頼りがいがある。
 他の皆も同じ考えのようで、東雲が一歩前に出た。

「ふふ。しかし、ここに来たばかりの私たちより詳しいのは確かですね。悠介さん、享介さん。よければコツを教えて頂けませんか?」
「勿論。俺たちで良ければ喜んで!」

 そうして、蒼井兄弟によるレクチャーが始まった。他にも忍者刀やクナイ、鉤縄の体験も皆で回り、解散する頃にはすっかり忍者としての心得が身についていた。特に享介くんは主役なのもあり、自分から積極的にインストラクターさんに質問して、多くの事を吸収していた。
 私もきっと、大丈夫だ。今日の体験を糧に、しっかり演じ切ってみせる。改めてそう決意した。



 テーマパークでの体験が功を制して、徐々に厳しくなるレッスンも、皆で乗り切る事が出来た。漠然としか分からなかった忍者について学んだ事で、よりイメージが掴みやすくなり、課題点を見つけてそれを潰していくという地道な作業を繰り返し、気付けば不安を払拭する事が出来ていた。あの体験がなければ、何が駄目なのか分からず行き詰まっていたかも知れない。

「ふう……これで撮影前のレッスンは終了だな」
「お疲れ様でした。後は明日から始まる撮影で全力を尽くすのみですね」

 あっという間に時は過ぎ、撮影日は明日に迫っていた。でも、皆で協力してやって来たし、きっと大丈夫だ。私は神谷くん演じる『神紅』をサポートするくノ一の『蛍花』を演じる。他の皆みたいに派手なアクションシーンはないけれど、ドラマを見てくれる皆が蛍花に好感を持ってくれるような、健気な演技を心掛けるつもりだ。

「そうそう、撮影が上手くいったらまた秘伝の巻物を振る舞いましょうか」

 突然東雲がそんな事を言って、何の事なのか瞬時に理解出来なかったけれど、私が答えに辿り着くより先に巻緒くんが嬉しそうな声を上げた。

「わぁ! あのフルーツロールケーキですよね!? すっごく美味しかったから楽しみです!」

 成程、巻物はロールケーキの事か。東雲はパティシエなのだから、言われてみれば確かに納得だ。一瞬何の事か分からなかったのが、ちょっとだけ悔しい。

「そういう事なら、ケーキに合わせて俺も熱い紅茶を用意しないとな」
「ふふ、撮影終了後に楽しみが出来ましたね」

 神谷くんも乗り気のようで、撮影が終わったら皆、東雲のロールケーキと神谷くんの紅茶を堪能できるようだ。享介くんと悠介くんには秘密にしておいたほうが、嬉しさもひとしおかも知れない。ふたりとも主役、準主役だから、プレッシャーも私たち以上にあるはずだ。無事クランクアップしたら、盛大にお祝いしたいところだ。

「西篠さんも、楽しみにしていてくださいね」

 私に向かってそう言って微笑む東雲に、こうして皆で共演出来た喜びを心の中で噛み締めながら、笑顔で頷いたのだった。

2024/01/07

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