あなたとわたしの空中戦


 年末の時代劇ドラマ『戦乱忍者大戦』の撮影日を迎える頃には、冬の冷たい風にも慣れつつあった。とはいえ、屋外での撮影もあるから、体調管理にはしっかり気を配っておかないと。
 舞台で様々な役をやってきたとはいえ、映画やドラマは現代ものがメインだったし、忍者を演じるのは今回が初めてだ。専用の衣装は今までにないデザインで、なんだかコスプレイヤーになったような不思議な感覚だ。
 同じく衣装に着替えた東雲がこちらへやって来る。相変わらずなんでも着こなせていて、和装だと尚更そう思う。

「西篠さん、お似合いですよ」
「そうかな? ちゃんとくノ一に見えるか不安だったから、そう言って貰えるとほっとした」
「大丈夫ですよ。西篠さんだけ露出度が高かったら、苦言を呈したかも知れませんが……」
「まだ高校生の蒼井兄弟が主役だし、そういうのじゃなくて私も助かったよ」

 くノ一といっても、衣装は男性陣とあまり変わらない。俗に言うお色気要因ではなくてちょっと安心した。年末の特別番組は要するにファミリー向けだし、315プロもちゃんと考えて仕事を受けているのだろう。

「荘一郎さん、深雪さん! 一緒に準備運動しましょう!」

 少し離れた場所から巻緒くんの声が聞こえて来て、私と東雲はどちらともなく頷いた。

「私はともかく、東雲もメイン級だしアクションシーンもあるしね」
「西篠さんもですよ。屋外での撮影もありますし、しっかり身体を温めておかないと駄目ですからね」
「はーい」

 まるで教師と生徒だ、なんて思いつつ、私たちは巻緒くんの元に向かい、各々の出番に向けて準備を進めたのだった。



「火遁術……劫火絢爛!」

 神谷くん演じる神紅が、ポーズを取って言い放つ。ここでCGエフェクトがかかって、炎が舞い上がる事になっている。演じている私たちにその映像は見えないから、後で確認するまでのお楽しみだ。

「これが劫火絵巻の力か……素晴らしい! 力の増幅を確かに感じるよ。よくやってくれた雲霧。これで我が紅雲はより盤石となる」

 神紅の隣で驚愕の表情を浮かべる私――蛍花の前では、東雲演じる『雲霧』が飄々として佇んでいる。劫火絵巻を盗み出した雲霧は、同じ巻物を狙っていた享介くん演じる『風月』と、巻緒くん演じる『竜巻』――彼ら蒼輪忍軍から逃れ、私たち紅雲忍軍の元に帰還したという流れだ。

「ふふ。今の神紅さんならば、必ず導魔の書を手に入れられますよ」

 雲霧は神紅に向かって不敵な笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。

「導魔の書の前には、劫火絵巻の術すら児戯に等しいものとなる……。あの書の力があれば、導魔の書さえあればなんだって叶います。天下泰平……神紅さんの目的とする乱世の統一も容易なものでしょう」

 そして、まるで何かに憑りつかれているかのようにひとり呟く。

「そう、何にも負けない力が、あの書には秘められている……ふふ……」

 蛍花こと私は怪訝な顔で雲霧を睨み付けるものの、本人はまるで気にしていない。

「そうだ。導魔の書の手がかりですが、ひとつ面白い情報を耳にしました。御存知ですか? 一夜のうちに表れた奇々怪々な城のことを……」

 神紅に一通り語れば、雲霧はこの場から姿を消した。周囲に誰もいないのを見計らって、私――蛍花は神妙な面持ちで神紅に向かって小声で囁いた。

「神紅様。『導魔の書』とは、危険を犯してまで、早急に手に入れなければならないものなのですか?」

 蛍花の問いに、神紅は首を横に振る。

「そもそも、正体不明の導魔の書の入手を提案して来たのは雲霧だ」
「このまま雲霧を単独で行動させていて良いのですか? 嫌な予感がします」
「……ふむ。最近の雲霧はどこか様子がおかしいように見える。俺の気のせいであればいいのだが」

 雲霧が提案したのは、一晩のうちに現れると言われるカラクリ仕掛けの城、通称『機巧城』に乗り込み、導魔の書を手に入れるというものだ。噂話によると、城の中にはカラクリ仕掛けの忍者が何人もいるという。ただ、恐らくは蒼輪忍軍も同じ事を考えていそうで、彼らに勘づかれない為にも少人数で動くべきだという。
 そして、舞台は機巧城へ。神紅と雲霧、そして蛍花はたった三人でカラクリ仕掛けの城に乗り込むのだった。



 ここから話は一転し、同じく導魔の書を求める青輪忍軍のほか、悠介くん演じる行方不明だった『雪月』も加わり、三つ巴の戦いと発展していく。
 機巧城は噂通り、城内にはカラクリ忍者が何体も潜んでいた。蛍花は忍術でそれらを追い払いながら、神紅と雲霧の護衛をし進んで行く。
 だが、敵はカラクリ忍者だけではなかった。ひとりだけ明らかに異質な存在が待ち受けている。
 悠介くん演じる雪月だ。

「ずいぶんと手荒い歓迎だね。お前は機巧城の番人ってところかな?」
「新たな侵入者を確認……排除する」

 紅雲忍軍の前に立ちはだかる雪月は、まるで何かに洗脳されているかのように虚ろな眼差しでそう告げる。少し前に蒼輪忍軍の風月と竜巻と戦っていて、体力を消耗している状態だ。

「どこかで見た顔のような気がするが……どうやら手負いの様子。ならば、俺ひとりでも止めることは容易い……雲霧!」
「ふふ、承知しておりますとも……私はこの隙に導魔の書を探します」

 雲霧はそう言って、この場から去ろうとする。雪月は雲霧を追い掛けようとしたけれど――。

「……逃がさない。排除する」
「邪魔はさせないよ。俺の相手をしてくれよ、機巧城の番人さん」

 そうして神紅は風月と対峙し、そして蛍花はカラクリ忍者を排除していく。説明せずとも、神紅と蛍花の間では意思疎通が出来ているのだ。

「さて、劫火絵巻の力を存分に披露させてもらおうか。火遁術、劫火絢爛! 焼き尽くしてやろう!」

 ここから雲霧の単独行動が始まる。竜巻と鉢合わせになった雲霧は、神紅を裏切るつもりでいる事を打ち明け、竜巻に協力を申し出る。けれど断られてしまい、再び姿を消すという流れだ。
 そんな事が起こっているとは知る由もない神紅と蛍花は、終わらない戦いを続け、徐々に疲弊していく。

「カラクリ忍者、厄介極まりないな……焼いても焼いても沸いてくるとは」
「……神紅様、このままでは共倒れになってしまいます」

 蛍花は神紅だけでも逃げて生き延びて欲しいと願っている。けれど、カラクリ忍者はまだしも、雪月の力は圧倒的で、蛍花だけでは食い止める事は出来ないのは明白だった。

「……侵入者は、全て排除する。導魔の署は……渡さない……!」
「やはり、ここに導魔の書が……すぐに探しに行きたいところだが……」

 雪月の言葉に、ここに導魔の書があると確信した神紅はそう言ったものの、蛍花を置いて逃げる事など出来なかった。彼女ひとりではこの場を抑える事が出来ないと分かっていたからだ。

「神紅様、私が時間稼ぎをします。その間、雲霧と合流して導魔の書を……!」
「それは出来ない。機巧城の番人さんがそれを許してくれないだろう。……雲霧が上手くやってくれているといいが」

 拮抗する中、思わぬ援軍が現れた。敵として対峙していた、蒼輪忍軍の風月だ。

「あれは……紅雲の神紅と蛍花が、兄者と交戦を!? そこまでだ! 兄者……どうか正気に戻ってくれ!」

 私たちと雪月の間に割って入った風月の言葉に、神紅が漸く真実に辿り着く。

「お前は蒼輪の……! 兄者、だと? ならばこの男は、まさか……!」
「……邪魔を、するなぁっ!」

 次の瞬間、雪月の忍術が炸裂する。蛍花は神紅を庇おうとしたものの間に合わず、神紅は雪月の攻撃を受けてしまった。

「ぐうっ…!? この男、まだこんな力が……!」
「神紅様!!」

 倒れる神紅の元へ駆け寄る蛍花。カラクリ忍者は倒しても際限なく出て来て、絶体絶命に陥っていた。雪月の視線が、今度は風月へと向かう。

「次は、お前だ。導魔の書は、誰にも渡さない……!」
「やるしか、ないのか……兄者……!!」

 覚悟を決めた風月は、雪月と対峙する。雪月が水遁術を放ち、水の障壁が襲って来る――これは勿論CGを駆使して描かれる。それに対抗する為に、風月は代々伝わる秘術をはじめて唱えた。

「頼む……うまく、いってくれ! 風遁秘術……一目連!」
「……その、術は……っ!? ぐあああああっー!!」

 風月の術が成功し、倒れる雪月。カラクリ忍者も巻き添えを食らい、長く続いた戦闘は漸く一段落した。竜巻も駆け付けて、行方不明になっていた雪月がこの城の番人と化していた事を知り驚いている。

「……ぐ……うう……風、月……か? 私は……一体……」
「兄者、兄者! 正気に戻られましたか!」
「風月、竜巻……そうか、私は……導魔の書に触れた時に、意識を……」
「……間違いねぇ、本物の雪月サマだ! よくぞ無事で!」

 雪月との再会に喜ぶ風月と竜巻の近くで、倒れていた神紅が意識を取り戻す。

「う、うう……」
「神紅様! ご無事で良かった……!」

 上体を起こす神紅の手を、蛍花はきつく握り締めた。だが、この話は男女のラブストーリーではない。神紅はすぐさま雪月へと顔を向ける。

「やはりか。雰囲気が違うがどこかで見た顔だと思ったんだ。蒼輪忍軍頭目……最強の忍、雪月。お前ともあろう者が何があった?」
「私は一度は導魔の書を手にした。だが……あれは非常に危険な書だ。とても人間が扱えるものではない」

 雪月は弱り果てているものの、真剣な面持ちで語り始めた。
 導魔の書を発見した雪月は、これはただの書物ではなく厄災をもたらすものだと判断し、誰かの手に渡る前に書の破壊を試みた。だが、書から邪悪な力が溢れ出て、雪月は意識を奪われてしまい、ずっとこの城で彷徨い続けていた。『導魔の書を誰にも渡さない』という強い願いだけが残り、機巧城の番人と化したのだった。

「待て、いくらなんでも話が突飛すぎる。にわかには信じがたいな。人の意識を書が奪うだと? そんな忍術巻物、聞いたこともない」

 雪月の話を信用する風月と竜巻とは正反対に、怪訝な表情を浮かべる神紅。
 だが、神紅も蛍花も失念していた。仲間が単独で、導魔の書を追っている事を。

「雪月さんの話は本当ですよ」
「その声は……雲霧! 手に持っている漆黒の巻物は……まさか!!」

 突然この場に現れた雲霧が、巻物を見せ付ける。それは『導魔の書』以外に考えられない。

「ご想像通り、導魔の書ですよ。ああ……ようやく手に入れました」
「……その書から放たれる禍々しい気……よもや、本当に……!?」

 神紅は呆然としていたものの、雪月の話では、その巻物は人の手に渡ってはならないものだという。神紅は必死で叫んだ。

「雲霧、それをこちらへ渡せ! それはただの書物ではない!」
「お断りします。私はずっとこれのために行動していたのですから」

 ショックを受ける神紅とは対照的に、元々疑っていた蛍花は、代わりに雲霧を睨み付けた。

「雲霧、お前……!」
「一度、書が雪月さんの手に渡ったことで面倒なことになりましたが……ふ、ははは…! これで目的は達成しました」

 饒舌に話す雲霧は、最早神紅や蛍花が知っている雲霧ではなかった。

「『書を誰にも渡さない』という雪月さんの強い想い……それが導魔の書の持つ絶大な力と相互に作用した結果、この城やカラクリ忍者を生み出したのでしょうね。本当に面倒でした」
「雲霧……お前、どうしてそこまで知っている!?」
「私はこの書にずっと呼ばれていました。その時、色々教わりましてね」

 驚愕しているのは神紅と蛍花だけではない。風月や竜巻も同様だった。

「書に呼ばれていた……? 何を言っているんだ?」
「あの野郎、とてもじゃないが正気じゃないぜ、書を取り上げねえと!」

 風月と竜巻は雲霧に襲い掛かろうとしたけれど、一歩遅かった。雲霧が導魔の書の紐を解く。

「もう遅い。書は既に紐解かれました……さぁ、おいでなさい! 私を呼ぶ声の主……書に封じられし大いなる者よ!!」

 雲霧が叫ぶと、巻物からどす黒いもやが溢れ出る――というCGが使われる。演者の私たちは、当然今それを見る事が出来ないけれど、『存在している』という体でで演じなければならない。

「これが……導魔の書の正体……!! なんという邪悪な気か!」
「カラクリをつなぎ合わせたみてぇなバケモンが……城を飲み込んでいく……!」
「ははははは! もはや私はただの影にあらず、究極の力を手に入れた! この力でこの国を……否、全ての世界を喰らい尽くしてみせましょう!」

 雲霧はそう言い放つと、空へと舞い上がった。導魔の書の力によるものだ。

「それでは手始めに、我が国の都でも攻め落としてみましょうか。進路を東へ! すべてを飲み込み、都を蹂躙するのです! あーはははは!」
「……機巧城を、周囲の森を飲み込んで……まだ大きくなるっていうのか」

 いよいよ物語はクライマックスに突入する。対立していた蒼輪忍軍と紅雲忍軍が共闘し、城を飲み込んだ怪物を倒すのだ。……というか、相変わらず東雲は悪役が似合う。だからこそ今回のキャスティングになったのだろう。本人も楽しんでやっているみたいだし。

 撮影は順調に進んでいる。雪月は自分のせいだと責任を感じ、あの怪物に立ち向かおうとする。そんな彼に、風月と竜巻は共に戦うと告げる。
 対する神紅は、雲霧に裏切られたショックで呆然としたままだ。蛍花は寄り添うように、神紅の傍にいる。

「俺は、紅雲忍軍は、よもや雲霧に利用されていたというのか……?」
「お気を確かに……! 異変に気付いていながら、止められなかった私の責任でもあります」
「やはりあの時から奴は正気では……否。今考えるべきは目の前の異形。あんなものが現世に存在していては、乱世を治めるどころではない!」
「神紅様……!」

 漸く正気を取り戻した神紅に、蛍花は一気に表情を明るくさせた。だが、彼の発言に聞き捨てらないと、竜巻が私たちの間に乗り込んでくる。

「紅雲忍軍が天下統一するってか? その言葉、聞き逃せねえが……今はそれどころじゃねぇな! 神紅、蛍花! アンタたちの火遁術の力、貸してくれ!」
「私たちが……どういう事です?」

 困惑する蛍花をよそに、竜巻は忍術を使って、その名前通り竜巻を起こした。

「風遁術、大旋風! 風月サマ、雪月サマ! こっちだ!!」
「……なるほど、そういうことか。あいわかった、力を貸そう!」

 竜巻の意図を察した神紅は、蛍花の手を取って微笑んだ。

「蛍花、力を貸してくれるか」
「……はい! 勿論です!」

 紅月と蛍花は手を取り合い、忍術を放った。荒れ狂う竜巻の下で、炎を燃やす。

「火遁秘術、火鼠浄土! 大地を焦がし、風は舞う……行け、蒼輪の!」
「これは……強烈な上昇気流! これならば異形の頭部へ届く!」
「竜巻、神紅、蛍花! 助力感謝する! ……蒼輪忍軍が風月、参る!」

 風と炎によって発生した上昇気流に乗って、風月と雪月は空高く舞った。今は導魔の書によって怪物と化した城の頂上――雲霧の元へ向かう。再び現れたカラクリ忍者を雪月の土遁術で拘束し、その隙に、風月が雲霧の持つ導魔の書に向かって秘術を放った。

「風遁秘術! 一目連! 一点突破だ……邪悪なる書よ、爆ぜるがいい!」

 雲霧を倒したところで、導魔の書が残っていれば新たな操り人形が生まれるだけだ。だからこそ、風月は導魔の書『だけ』を狙って破壊したのだ。誰も傷付けずに。

「あ、ああ……! 導魔の書が……そんな、まさか…ああああああああ!!」
「よくやった風月! 怪物が崩れる、退避するぞ!!」

 導魔の書が破壊された事で、カラクリ忍者も、そして怪物――機巧城そのものも、この世界から消え去った。
 風月と雪月は手を取り合って脱出し、雲霧も神紅と蛍花が駆け付けた事で、一命を取り留めたのだった。



「……うう、神紅さん、蛍花さん……? ここは、一体……私は今まで、何を……ぐうっ……!」
「急に動くな、雲霧。お前……まさか、何も覚えていないのか?」

 私たちに介抱された雲霧は、本当に何も覚えていなかった。導魔の書に操られていたのだ。書物を奪ってからではなく、その前から、ずっと。

「……ずっと、長い夢を見ていた気がします。恐ろしい怪物の夢を……怪物の声を聞くうち……私が私でなくなっていくような……うう……」
「その狼狽えた表情……どうやら、元の雲霧に戻ってくれたようだな」
「もう、神紅様は甘いんですから」

 神紅は雲霧を許したが、蛍花にとっては散々振り回してくれたと、悪態のひとつでも吐きたくなる心境だ。

「さて、紅雲の里へ帰ろう。これまでのことを聞かせてやるからな」

 蒼輪忍軍は、雪月が頭目の座を正式に風月に譲り、『戦乱忍者大戦』は誰も命を落とさないハッピーエンドで幕を下ろした。





 無事クランクアップを迎える事が出来て良かった。年末に相応しいドラマに仕上がったと思うし、後でCGを駆使したバトルがどんな映像になるのか楽しみだ。
 私は改めて、『紅雲忍軍』のふたりに労いの言葉を掛けた。

「神谷くん、東雲、お疲れ様でした!」
「西篠もお疲れ様。神紅を慕う、ひたむきなヒロインだったね」
「ヒロイン? 風月と雪月の兄弟愛がメインだと思ってたから、自分がヒロインだという自覚がなかったよ……」

 神谷くんの言葉に苦笑してしまったけれど、確かに見る人の解釈によっては、蛍花が神紅に恋していると思うかも知れない。私自身はそういうつもりでは演じてなかったけれど、どう捉えるかは視聴者やファンの皆の解釈に委ねるべきだろう。
 そう思ったのも束の間、東雲がどこか面白がるように笑みを浮かべて言った。

「そう考えると妬けてしまいますね」
「妬けるって……これ、紅雲忍軍の三角関係、みたいな話ではないじゃん」
「西篠さんは、神紅と蛍花の間に恋愛感情はないと解釈して演じていたんですか」
「うん。恋愛感情を抱くのと、頭目を慕うのって、別にイコールにはならないなと思って。いや、見る人がどう感じるかは分からないけどね?」

 私の解釈を見る人に押し付けるような言い方になっては良くないと、この場には関係者しかいないのに、ついフォローの言葉を口にしてしまった。
 何故か東雲はどこかほっとしたような笑みを浮かべたように見えた。気のせいだとは思うけれど。

「皆さーん、お疲れ様でした!」
「おお、巻緒。よく頑張ったな」

 蒼輪忍軍として私たちと敵対していた役の巻緒くんが、こちらにやって来た。Café Paradeは五人皆仲の良いユニットだから、たまにはドラマで対立するのも、ファンにとっては新鮮で良いかも知れない。私もいち視聴者として、年末にこのドラマを見るのが楽しみだ。

「これでクランクアップだな! 寒い中のアクションが続いたから、体がひえひえだ〜」

 巻緒くんに続いて蒼井兄弟もやって来て、悠介くんが手を身体で覆う仕草をしてみせた。確かに、『雪月』を演じた悠介くんが一番大変だっただろう。なにせ他の五人と戦ったのだから。CGを多用するとはいえ、アクションシーンも多かったし、それに操られていた場面と正気に戻った後の場面、それぞれを演じ分けるのも難しかったに違いない。主役は享介くんだけど、悠介くんも頑張った。
 そんな彼らを労うように、神谷くんが声を掛けた。

「それなら、帰りに店へ寄っていかないか? 熱い紅茶をご馳走するよ」

 撮影が始まるまえに、前もって計画していたティーパーティーのお誘いだ。
 東雲と巻緒くんも、神谷に続いて声を掛ける。

「撮影も成功しましたし、私も秘伝の巻物を作らなくてはいけませんね」
「撮影終わりのご褒美ロールケーキですね! 待ってました!」

 享介くんも悠介くんも満面の笑みを浮かべている。作戦は大成功だ。

「へへ、撮影後にティーパーティーが待ってるなんてビックリだ。悠介、行くだろ?」
「もっちろん! かみやサンの紅茶もしののめサンのケーキもスッゲー楽しみだ!」
「そうこなくっちゃ! ほらほら監督も一緒に行こうよ。へへっ、早く早く!」

 撮影をずっと見守っていたプロデューサーさんが、蒼井兄弟に手を引かれている。テーマパークでの体験もずっと付き添ってくれていたし、プロデューサーさんを呼ばない手はないだろう。
 微笑ましい光景を見遣れば、私も東雲に声を掛けた。ハードな撮影が終わった後にひとりでケーキを作るなんて、ある程度事前準備はしているとしても大変じゃないだろうか。

「私も東雲のケーキを楽しみに……と言いたいところだけど、何か手伝えることはある?」
「西篠さんもお客様なのですけどね。神谷、どうします?」
「そうだな……じゃあ、巻緒と一緒にケーキと紅茶を運ぶのをお願いしても良いかい?」

 私は当然頷いた。巻緒くんとも互いに笑顔で頷き合って、蒼井兄弟とプロデューサーさんの後を四人で追い掛けた。
 私はCafé Paradeの一員ではないけれど、あたたかく迎えてくれる彼らの存在が本当に心地良い。いつか私も彼らに恩返しがしたい――心からそう思ったのだった。

2024/01/14

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