君が淋しくないように


「今日も練習、お疲れ様でした!」

 巻緒くんの声がグラウンドに響く。日々の練習は順調で、これなら本番当日に間に合いそうだと、指導担当の私もほっとしていた。さすがアイドルとして日々活動しているだけあって、ポテンシャルが違う。
 そう思っているのは私だけでなく、Café Paradeの五人も手応えを感じているようだ。

「なんだか最近、いい感じですよね。最初の頃と比べて、徐々に様になってきたというか」
「うむ。我らが紡ぎし闇の旋律に、サタンも満悦しているぞ!」
「そうですか! それは何よりですね! 明日も頑張るために、ご褒美ケーキをみんなで……」

 巻緒くんとアスランさんが盛り上がっていたものの、いつもは率先して輪に入る咲ちゃんが珍しくぼうっとしている。真っ先に気付いた巻緒くんが咲ちゃんに声を掛けた。

「あれ? どうしたの、サキちゃん」
「え……?」
「心ここにあらずって感じだったから。何か気になることあった?」
「我らは同じ野望を胸に抱きし者。遠慮せず、打ち明けるがいい」

 言い難い話なら、私は席を外した方が良いかも知れない。そう思っているとちょうど咲ちゃんと目が合って、軽く会釈して別れの挨拶を告げる事にした。

「込み入った話みたいだし、私は先に帰るね」
「あっ! 違うんです深雪さん……! その……」

 咲ちゃんは慌てて首を横に振ったけれど、やっぱり浮かない顔をしていて口籠ってしまった。
 どうしようかと神谷くんと東雲に目配せしたら、二人とも「大丈夫だ」とでも言いたげに笑みを浮かべて頷いた。私が居て良いのだろうかとは思うものの、下手に席を外すほうがかえって咲ちゃんに気を遣わせてしまうかも知れない。一先ず、様子を窺う事にしよう。

「あの……あんまり、っていうか……全然たいしたことじゃないんだけど……そ、その……マーチングバンド部の女子の輪に、あたしも入りたいなぁって……」

 なんだ、そんな事か。なんて、私は最初無神経な感想を抱いてしまった。

「あの子たちがね、楽しそうに話してるのを見てて、うらやましくて……あ、みんなと一緒にいるとつまんないって意味じゃないよ! そう、じゃないんだけど……女の子の友達、ほしいなって……思って……」

 咲ちゃんの悩みに「そんな事」と思ってしまったのは、私が女性として生まれ、女性として生きているからだ。

 315プロダクションは主に男性アイドルを採用している。女性アイドルがいるという話は聞いた事がない。かつて女子アイドルという扱いで他の事務所で活動していた男子が、今は315プロでF-LAGSというユニットで男性アイドルとして活動しているという事は知っている。
 けれど、咲ちゃんは。
 水嶋咲というアイドルは、ステージ上では誰が見ても可愛い女の子だと思うだろう。ただ、アイドルの水嶋咲ではない、普段の水嶋咲という子を、私は知らない。
 私が接しているのは、あくまで『アイドル』の咲ちゃんで、普段の水嶋咲という子がどんな格好で、どんな風に学生生活を送っているかなど、まるで知らなかった。
 その苦悩は、咲ちゃん本人にしか分からない事だ。

 私が「そんな事」と思ってしまったような事を、咲ちゃんはここまで周囲に遠慮しながら、悩んでいる。
 本当に、私は分かっていない人間だ。そう気付かされて、心の中で自責した瞬間。

「なるほど。だったら、話し掛けてみたらどうだ?」

 神谷くんがあっさりと咲ちゃんに提案した。変に気を遣ったわけでもない、ごく当たり前のように、皆が自然と安心感を覚えるような微笑を湛えながら。
 続けて、東雲も咲ちゃんの背中を押す。

「そうですね。声をかけてみないことには、何も始まりませんし」
「う、うん。そうだね、でも……あたしみたいなのが、話し掛けちゃってもいいのかなぁ……」

 まさか咲ちゃんから「あたしみたいなの」なんて言葉が出て来ると思わなくて、胸の奥がちくりとした。いつも可憐で自信に満ち溢れているように見えたのは、アイドルとして振る舞っているからであって、普段の咲ちゃんはそうではないのだ。

「あたし、ロールたちとなら気軽に話せるんだけど……女の子の前だと、頭がまっしろになっちゃって。何を話したらいいのか分からなくなるんだ……」

 ふと、以前神谷くんが言っていた事を思い出した。

 ――特に咲は西篠を前にして緊張しっぱなしだ。
 ――西篠は『憧れ』だって言ってたよ。

 そういう事だったのか、と腑に落ちた。咲ちゃんは私の事が苦手なのかと思ったりもしたけれど、とんだ勘違いだ。神谷くんは決して嘘を吐くような人ではないし、咲ちゃんも人によって態度を変えるような子ではない。

 咲ちゃんの訴えを、神谷くんが優しく諭した。

「でも、思い切って話しかけたら変わるかもしれない、どうかな?」
「そ、そうかもだけど……向こうも、あたしに話し掛けてこないし……それって、興味がないって事なんじゃないかな……って、思っちゃうの」

 今言わなくてどうするのか。咲ちゃんは私を苦手だと思っていたわけではないと分かったのだから、私も動かないと。これでも一応指導担当なんだから。私の役目は技術的な事だけではなく、メンタルのサポートも含まれている筈だ。

「ごめん、ちょっといい?」

 一度心を決めれば、後は自然と言葉が口をついていた。

「皆、咲ちゃんがアイドルだから遠慮して声を掛けられないだけだよ。自分が一般人だと思って考えてみて。テレビの向こうで活躍しているアイドルが近くにいたら、緊張して見てるだけになっちゃう。私ならね」

 咲ちゃんは驚いて大きな目を更に見開いて私を見ていた。何の役にも立たない発言だったかも……と思ってしまったけれど、横から東雲が援護してくれた。

「なるほど。かつて引っ込み思案だった西篠さんならではの意見ですね」
「一言多い。それじゃ今の私が図々しいみたいじゃん」
「全く、そんな穿った捉え方をしないでください。今は積極的になられたという事です」

 東雲は呆れるように溜息を吐けば、再び咲ちゃんに顔を向けて笑みを浮かべた。

「水嶋さん、西篠さんの言う通りです。みんな好意的ですから、興味がないとは思えません。恐らく、いつも私たちと一緒にいるから話し掛け辛いのでしょう」
「あ、それあるかも。一人ならともかく五人纏まってると、それこそ遠巻きに見るだけになっちゃうと思う」

 何気なく東雲の考えに同意すると、神谷くんも名案だとばかりに固く頷いた。

「わかった。明日の休憩時間は、咲一人の空間を作ってみるとしよう」
「あ、ありがとう! ……友達、できるかな。できるといいな……えへへ」

 やっと咲ちゃんに笑顔が戻って、私も心の底からほっとした。というか、咲ちゃんに嫌な感情を抱く子はいないと断言できる。
 あとは勇気を出すだけだ。大丈夫、絶対上手くいく。そう思いながら咲ちゃんを見遣ると、再び目が合った。
 がんばれ。と小さく呟いてウインクしたら、咲ちゃんの太陽みたいな笑顔が更に明るくなったような気がした。



「みんな、聞いて聞いて! 今日、女の子たちと楽しくおしゃべりできたよ!」
「知っていますよ、遠くから見ていましたので、幸せそうで何よりです」

 翌日。休憩時間に皆で適当に席を外し、咲ちゃんを一人にして声を掛けやすい環境を作る作戦は見事に成功した。さすが神谷くんだ。勿論咲ちゃんも頑張った。楽しいと思えたのは決して周囲から与えられただけではなく、咲ちゃん自身も勇気を出したからだ。

「ほんのちょっと勇気を出して、声をかければよかったんだ。それなのに、あたしに興味ないかもとか、悪いほうに考えちゃって……あの子たちと仲良くなれたのは、みんながサポートしてくれたおかげだよ!」

 咲ちゃんにとって、Café Paradeは勿論大切な仲間だ。けれど、女子と交流しようと思ったら、一歩踏み出して外の世界に出る必要がある。
 それは、咲ちゃんにとってどれだけ勇気のいる事だっただろう。本人は「ほんのちょっと」と言っているけれど、その勇気を出す事は、当たり前のように出来る事ではない。

「みんなに相談してよかった……みんなが、仲間でよかった。かみや、そういちろう、ロール、アスラン、それからサタン! みんな、だーい好き!」

 咲ちゃんが心の底から明るい笑顔になって良かった。微笑ましく眺めながらそんな事を思っていると、咲ちゃんがはっと気付いたように目を見開いて、私の方を見遣った。

「深雪さんも! 本当にありがとうございます……!」
「ううん、私は何もしてないよ」
「相手の立場になって考えるって、演技のお仕事をされている深雪さんならではだと思います! 皆が遠慮してたなんて、あたし全然思わなくって……」
「助言という程ではなかったけど……皆と楽しく話せたのは咲ちゃん自身の力だよ。この調子で本番まで、一緒に頑張ろうね」
「はいっ!」

 なんだか私自身も咲ちゃんと打ち解けた……ような気がする。神谷くんが言っていたような尊敬に値する人間では全くもってないのだけれど、せめて咲ちゃんの前では良いお姉さんを演じるよう頑張ろうかな、なんて柄にもない事を思ってしまった。それはきっと、目の前の咲ちゃんの笑顔があまりにも眩しいからだろう。



「この学校のマーチングバンド部、すごいね。初めの頃は自分のことで精いっぱいでわからなかったけど……力がついてくるほど、実力がわかってくるね。さすが強豪校って感じ!」
「うん。俺たち以上に厳しい練習してるはずなのに、ちっとも疲れてない」
「わ、我は……鍛錬により、魔力を搾り取られてしまった……クタクタだ」

 咲ちゃんと巻緒くんの雑談に、正直驚いてしまった。確かに私も現役の頃は辛い事もたくさんあったけれど、今後輩たちがやっている練習は、慣れればついていけるようになる。
 もしかして私、部活の鍛錬のお陰で体力だけは人並み以上にあるのだろうか。文字通りクタクタになっているアスランさんの背中を撫でながら、ちょっとだけ自画自賛してしまった。

「アスランさん、少し休みましょう。今無理して本番倒れたら大変です」
「おおっ……伝わるぞ! 闇の眷属の手を通じて、魔力の供給が……!」
「えっ」

 アスランさんと向き合うと、本当に私が闇の眷属とやらなのかと思い込んでしまう程度には、彼の言葉に乗せられている。不覚にもぎょっとしてしまった私の後ろに、いつの間にか東雲が立っていて、労いの声を掛けて来た。

「お疲れ様です。疲労回復に、これをどうぞ」

 振り向くと、東雲が白い箱を携えていた。ほのかに香った甘い匂いだけでも疲れがとれる錯覚を覚えて、ふと学生時代に東雲がよくスイーツを差し入れてくれた事を思い出した。
 箱の中身を覗き込んだ巻緒くんが、喜びの声を上げる。

「わぁ……こんなケーキ、俺の記憶にありません! どうしたんですか、これ」
「新作です。ふと思いついたので作ってみました」

 早速皆で、人数分用意されている新作ケーキに手をつけた。お皿とフォークを使わなくても、ワックスペーパーで包まれているから手掴みでかぶり付く事が出来る。至れり尽くせりだ。
 というか本来こういう差し入れは私がやるべきだった。東雲が気が利くというより、私が気が利かないのか。反省しなければ。

「そういちろうのスイーツはほんと絶品だね。昔からパティシエ目指してたの?」

 咲ちゃんの何気ない問いに、東雲は珍しく言い淀んだ。

「……いえ、私は……パティシエになるとは、夢にも思っていませんでした」
「パティシエになると思ってなかったって、なんだか意外かも。そういちろうって、こんなにおいしくてかわいいスイーツが作れるんだよ? 昔からお菓子が好きなんだろうなーって、ずっと思ってた」

 そういれば、私が東雲と交流するようになった時には、既に洋菓子作りに励んでいた筈だ。ご実家が和菓子屋であんこが苦手という事は知っているものの、それ以上の事は私も知らなかった。
 咲ちゃんの質問に対する答えが気になって、私はケーキをつまみつつ耳を欹てた。

「実家は和菓子屋ですので、甘いモノとは縁がありました。ですから、和菓子職人という道は考えたことならありますが……」
「ソーイチローは、あんこ……否、暗黒物質……ダークマターが苦手だったな」
「ええ、あんこに関しては匂いさえ苦手です。我が家は老舗中の老舗。親も家業を継がせたがっていましたし、私もそうなるだろうと、なんとなく思っていました。ですが……やはり、どうにもなりませんでした」

 あらかじめ将来進む道が決まっているというのも、安定はしているけれど、本当にやりたい事があると悩み苦しむのではないかと思っていた。
 けれど、東雲のように、自分の意思に関係なくその道から外れざるを得なくなるのも、どれほど辛い事なのだろう。東雲は多くは語らないけれど、悩み苦しんだ筈だ。
 ただ、東雲は勇気を出して家を出た結果、今がある。

「中学卒業と同時に、逃げるように上京して、神谷と出会ったんです。神谷は、世界を旅して回りたいと常々夢を語っていました。それを聞きながら……アホなことを考えるなぁと、思っていました」
「はは。『アホ』、ね」
「ええ。ですが同時に、神谷がたまらなく眩しく、羨ましいとも思いました」

 アホ呼ばわりに神谷くんは苦笑したけれど、東雲は穏やかな微笑を湛えながら言葉を紡ぐ。

「神谷の言動には、微塵も迷いが感じられませんでしたから。徐々に洋菓子の研究にのめりこみだしたのは、神谷のせいでしょうね。あの姿に刺激されたからこそ、今の私がいると思います」

 なんだかんだ言って、二人は固い信頼で結ばれていると思わずにはいられなかった。咲ちゃんが勇気を出したように、当時中学生だった東雲もまた勇気を出して上京して、神谷くんと出会って、新たな道を歩む事が出来たのだ。
 私が言うのもなんだけど、きっとご家族も喜んでいると思う。そうに決まっている。

「なんか、良い話聞けちゃった」

 つい頬を綻ばせて呟くと、東雲はどこか恥ずかしそうに咳払いして、私から顔を逸らしてしまった。

「……母校に戻ってきた懐かしさから、ついしゃべりすぎましたね。日が暮れる前に、帰りましょうか」

 もっと聞きたかったのだけれど、まあ、こういう話は神谷くんと二人きりの時のほうが良いだろう。Café Paradeはともかく、私には聞かれたくない話もあるかも知れないし。



 本番も間近に迫ったある日。練習が終わった後、咲ちゃん、巻緒くん、そしてアスランさんがスイーツビュッフェに行く事になり、気付けば神谷くんと東雲、そして私という同級生組のメンツになっていた。このまま解散となるだろうけど、ふと先日の東雲の話を思い出して、何気なく口にした。

「ねえ、こないだの東雲の話、私ちょっと感動しちゃった」
「……あの話に感動要素などありましたか? 西篠さん、余程刺激のない生活を送ってるんですね」
「もう! 神谷くんは唯一無二の親友じゃん! 作ろうと思ってもなかなか出来ないものだよ?」

 東雲は相変わらず飄々としている。あれは間違いなく本心だろうけど、そう簡単に口にする内容ではないのだろう。別に感謝の気持ちは何度言葉にしても良いと思うのだけれど。そう思って窘めたら、神谷くんがぽつりと呟いた。

「……俺は、東雲は卒業後、てっきりパティシエになるものだと思っていたよ」
「ふふ……あの頃は、とにかく没頭できるものがほしかったんです。それがたまたま洋菓子だった。夢でもなんでもなく、ただの偶然でした」

 知らなかった。私も神谷くんと同じように、東雲はパティシエになるのが夢で、邁進しているものだと思い込んでいた。それがただの偶然だったとは。
 あんなに多くの美味しいスイーツを作れるのは、きっと生まれ持った才能だ。勿論、東雲がたくさん努力をしている事は知っている。それでも、努力だけでは到達できない域があって、東雲はその域に達していると、私は勝手に思っている。

「でもさ、東雲はアイドルをやりながら、パティシエも続けて、カフェの経営にも携わって……こうして言葉にしてみると、改めて物凄い事だよ」
「ふふっ、そうですね……人生、わからないものですね」

 私は肯定するつもりで言って、東雲も現状に満足しているように見えた。不満なんてないだろう。そう思っていたのだけれど、神谷くんだけは違った。
 自分が東雲のパティシエの道を閉ざしてしまったのではないかと、思い悩んでいたのだ。



 本番ももう間近に近付いた頃。咲ちゃんは突然先生から私たちの年度の卒業アルバムを借りて来た。女子たちと話したのをきっかけに、かなり行動的になったようだ。神谷くんと東雲の学生時代の写真を見たいという気持ちは分かるけれど、最終学年で同じクラスだった私の写真も強制的に見てしまう事になると思うと、少しばかり恥ずかしい。

「へー、これが学生時代のかみいやとそういちろうかぁ〜」
「卒業したのはたった三年前。今とあまり変わらないでしょう」
「そんなことありませんよ。ほんの少し若い気がします!」

 咲ちゃんと巻緒くん、それにアスランさんも興味津々でふたりの学生時代の写真を眺めている。たった三年前と捉えるべきか、もう三年と捉えるべきか。神谷くんも東雲もこの三年で人生が一気に変わり、実に濃密な三年間だったのだろうと思う。
 果たして、私自身はどうなのか。卒業アルバムに載っている、硬い表情で写った私の写真を眺めると、今とあまり変わっていない気がした。演技の道に進むとは思っていなかったから、そういう意味では人生が変わったと言えるのだけれど、肝心の中身はまるで成長していない。

「深雪さんも、高校の頃と今だと雰囲気が違いますね」
「えっ」

 突然思ってもみなかった発言が飛び出て、思わず呆けた声を上げてしまった。その発言の主、巻緒くんは屈託のない笑みを浮かべていて、後押しするように咲ちゃんも続く。

「分かるよ、ロール! 高校の頃の深雪さんはクールとキュートがミックスされてる感じ」
「初めて言われた……」

 思わずそう呟くと、神谷くんが間に入ってさも当然のように言い放った。

「そうか? 西篠はこの頃からずっと可愛いよ」
「神谷くん、あのさぁ……」

 今この場には私たちしかいないからまだ良いとはいえ、誰かに聞かれたら大変な事になる。いや、リップサービスなのは分かっているけれど、それでも高校時代のトラウマが蘇って胃がきゅっとなるのだ。
 そんな私をよそに、今度は東雲がさらりと言い放つ。

「神谷の言う通りですよ。そして、巻緒さんと水嶋さんの感想にも同意です」
「クールでキュート?」
「それもありますが、この頃と今では雰囲気が違うというところですね」

 今はクール&キュートから、さしずめ多少は大人になったという事なのだろうか。まあ、巻緒くんも咲ちゃんも悪い意味で言うような子たちではないから、ここは素直に喜んでおく事にしよう。





 気付けばあっという間に本番当日になり、指導役の私はいなくてもなんとかなっただろうと思うほど、皆完璧に演目をこなしていた。マーチングバンド部のパフォーマンスとはまた別で、アイドルとして最大限出来る事をやっている。
 関係者席で見ている私の横では、315プロダクションのプロデューサーさんが座っている。休憩時間に「五人の指導をしてくれてありがとう」と声を掛けられて、恐縮してしまった。

「いえ、私は大した事は何も。皆すぐに上達して、教える事もほぼない位でした」

 苦笑しながらそう言うと、プロデューサーさんは突然納得したように頷けば、思いも寄らぬ事を口にした。私の事を咲ちゃんに似ていると言ったのだ。

「そんな、全然違いますよ。咲ちゃんは強い子です。その……辛い事も色々とあると思いますが、そういう姿を一切見せませんし」

 正直、この数日間で私自身精神的に未熟だと痛感していた。それが気付けただけでも、私にとっては良い経験だった。
 この仕事を断らなくて良かった。自分の後輩たちが立派にやっているのをこうして見れたのも良い機会だし、Café Paradeの皆と協力して何かをするなんて思いもしなかった。
 そんな事を考えていると、プロデューサーさんは笑みを浮かべて私に告げた。
 とても魅力があるのに、自分に自信がないところ。そんなところが似ていると、同級生のふたりが言っていた――。

「あのふたり……いや、それは咲ちゃんに失礼ですよ」

 すかさずプロデューサーさんが、「ほら、そういうところ」と言って来て、思わず顔を両手で覆ってしまった。
 案外私、マネージャーに続いて315プロのプロデューサーさんにも遊ばれているかも知れない。そういう星の元に生まれてしまったのか。



 すべての演目が終わり、無事閉幕となった後。マーチングバンド部とCafé Paradeの皆で記念撮影を撮ろうとプロデューサーさんが提案し、皆で集まる事となった。私もプロデューサーさんの横で見守っていたのだけれど、

「深雪さんがいないと始まりませんよ」

 東雲にそう言われるや否や、プロデューサさんが笑顔で私の背中を押し、そして咲ちゃんと巻緒くんが私の手を取って、皆のもとに引き摺られてしまった。

「私はいいよ、ステージに立ったわけじゃないし……」

 首を横に振ったものの、まさかのマーチングバンド部からCafé Paradeを援護する声が上がる。

「私たちも深雪先輩と一緒に撮りたいです!」
「俺も!」
「私も!」

 どうやら私以外満場一致のようだ。仕方ない。ステージに立っていない私が一緒に写るのは気が引けるけれど。

「主役は皆なんだし、私は端っこで……」
「ははっ、西篠は相変わらずだな。咲、隣同士で撮るのはおあずけだ」

 神谷くんがそんな事を言って来たけれど、さすがに私がCafé Paradeの隣にいるのは駄目だろう。ただ、咲ちゃんがしょんぼりしているのを見て、ちょっとだけ後悔してしまった。
 でも、これが最後じゃない。これから何度でも、Café Paradeと共演する機会はあるだろう。なんなら、別に仕事じゃなくてプライベートで会ったって良いのだ。異性とふたりきりはさすがに厳しいけれど、六人で会うなら何の問題もない。
 それに、今だって写真一枚で終わりにしなくたっていい。

「咲ちゃん、あとで二人で写真撮ろう!」
「えっ! いいんですか!?」
「勿論。ドラムメジャー同士でポーズでも決めよう! 私はユニフォーム着てないから、様にならないかもだけど」

 咲ちゃんが満面の笑みになったと同時に、プロデューサーさんが準備は良いかと声を掛けた。マーチングバンド部の皆も無事全員集まって、巻緒くんがOKの合図を出す。
 私自身が成長しているかは分からない。でも、今回の経験は無駄じゃなかった。今日の皆のパフォーマンスを見て、当時の私もこんな風にちゃんとやれていたのかな、なんて、やっと過去の私を認められるようになったからだ。

「はい、チーズ!」

 皆の満面の笑み、そして私の遠慮がちな笑みが、プロデューサーさんのカメラに捉えられた。
 この数日間の出来事は、いずれきっと、かけがえのない想い出のひとつになるだろう。

2023/08/04

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