そこには動機が存在する
「オルシュファン、大変です! 皇都で暴動が……!」
アルフィノと別れた後、アトリはすぐにテレポでキャンプ・ドラゴンヘッドへと舞い戻り、オルシュファンの元へ駆け付けた。だが、扉を開けた先にオルシュファンが立っていて、ぶつかりそうになってしまった。
「アトリ、無事だったか! まさに今お前を助けに行こうとしていたのだ」
既にオルシュファンの元にも情報が入っていたらしく、ふたりは真剣な顔つきで見つめ合った。
言葉にせずとも、その表情だけで互いに何を言いたいのか察するのは容易かった。アトリはオルシュファンと一緒に皇都に戻るつもりでいるし、対するオルシュファンは、アトリにはここで待っていて貰いたい。
「……アトリ、今回は冒険者殿やエスティニアン殿がいない以上、おいそれとついて来いとは言えんのだが」
「私はまだ、タタルさんが無事避難されたか確認できていません。それに、異端者を招き込んだのが本当にイゼルなら、彼女も皇都にいるはずです!」
アトリは冒険者たちと共闘するイゼルがこんな事をしたとは思っていないが、万が一そうだったとしたら、彼女を問い詰めるつもりでいた。アトリとて『暁の血盟』の協力者なのだ、イゼルが彼らに仇を為すのなら、その理由を知る権利があると思っていた。
「……そうだな。もし『氷の巫女』の仕業ならば、冒険者殿やエスティニアン殿と対立した可能性がある。彼女なくしてドラゴン族との対話は叶わぬ……とすれば、ふたりも皇都に戻っているかも知れん」
オルシュファンの言葉は憶測でしかないが、説得力があった。イゼルの部下が勝手に騒動を起こしている可能性もあるが、どちらにせよ考えている時間が惜しい。オルシュファンはアトリの手を取って、互いに頷き合えば、共に皇都イシュガルドへと向かったのだった。
オルシュファンの予感は的中した。
皇都の一部では火が燃え盛り、下層も上層も民衆の姿は見当たらない。恐らく屋内へ避難しているのだろう。だが、奥に進むにつれて、怪我を負ったであろう人や、介抱している神殿騎士の姿が、アトリの視界に入る。
きっとタタルは避難して無事でいるはずだ。そう願いながら、アトリは周囲を入念に見回して、オルシュファンと共に石畳の上を駆け抜ける。
そんなふたりの目の前に、三人の人影が現れた。
冒険者、エスティニアン、そして――。
「イゼル!!」
氷の巫女の姿を目の当たりにした瞬間、アトリは真っ先に彼女の元へと走っていた。
オルシュファンが止める暇もなく駆け出したものの、冒険者とエスティニアンも共にいるという事は、イゼルはこの騒動には関与していないという何よりの証拠である。
苦笑を零すオルシュファンと、冒険者の目が合う。互いに力なく笑みを浮かべれば、オルシュファンもアトリの後を追って冒険者たちの元へ向かったのだった。
「アトリ……まさかこんな形で再会するとは」
イゼルはそう言って微かに笑みを浮かべたものの、悠長に話している状況ではない。異端者がこんな事をしたのなら、止められるのはイゼルだけであり、彼女にはその義務がある。
アトリは何も聞かずとも分かっていた。少なくともこの件に関しては、イゼルは何も悪くない。だが、彼女の指示なしに、部下たちがここまで大きな暴動を起こすとは考えにくい。
ならば、黒幕がいると考えるのが自然である。
クリスタルブレイブの騒動が、まさにそうであったように。
「イゼル、皆を止めに行きましょう!」
「アトリ……あなたはイシュガルドの人間ではない。この騒ぎに関わらせるわけには――」
「私は冒険者様の仲間です! ですから……イゼル、私はあなたの仲間でもあるのです!」
そう言ってイゼルの手を取るアトリに、エスティニアンはやれやれと肩を竦めてみせたが、冒険者は再びオルシュファンと顔を見合わせて微かに頷いたのだった。
「あそこだ!」
皇都内で火が燃え盛る中、異端者集団と神殿騎士たちが小競り合いしているのを見つけた一行は、異端者と神殿騎士の間に割り込んだ、
「皆の者、退け、退くのだ! これ以上、血を流す必要はなくなった!!」
真っ先にイゼルが声を上げると、異端者たちが一斉にどよめいて、そして歓声を上げた。
「な、なんだ……氷の巫女さまだと!?」
「イゼルさまがいらしたのね!」
どうやら異端者たちは、イゼルが騒乱を鎮めに来たとは思っていないらしい。明らかに殺意を露わにする神殿騎士たちにアトリは一瞬怯んだが、そんな恐怖など払い除けるように、イゼルが声を上げて訴えた。
「聴け、同志たちよ! 戦いは終わったのだ! ドラヴァニアの地で、ニーズヘッグは討たれた!」
その言葉で、アトリは冒険者とエスティニアンの作戦は成功したのだと察した。それを肯定するように、ふたりがイゼルの傍に寄る。
「ここにいる冒険者と、蒼の竜騎士エスティニアンによって、竜と人の争いは終わろうとしている!」
異端者たちは皆、イゼルに従って剣を下ろしたが、明らかに困惑している。神殿騎士も今のところは、丸腰になった彼らを攻撃する事はないようだ。
アトリはオルシュファンと共に、イゼルを見守っていた。
「どうか皆、落ち着いて聞いてほしい……。この国の歴史そのものが作られたものであり、その結果、竜と人は憎しみの連鎖を続けて来た。私は、真実を明らかにするために『異端』と呼ばれ、皆を率いてここまで戦ってきた」
イゼルの発言は、この国においては明らかに『異端』である。だが、ここまではっきり言うという事は、冒険者もエスティニアンも、彼女を信じる事にしたのではないか。ドラヴァニア雲海で何が起こったのかまだ知らないアトリは、そう思っていた。
「しかし、竜たちを率いていたニーズヘッグは、ドラヴァニアの雲海に散った! 真実とはなにかは、これから明らかにしていけばいい……だから今は、互いの刃を収めてほしい!」
必死で訴えるイゼルであったが、納得いかないとばかりに異端者のひとりが声を上げる。
「我々は負けたというのですか!」
「否! そうではない、そうではないのだ同志よ! もしも勝者がいるとすれば、それは平和を勝ち得た者のみ! どうか、私を信じて退いてくれ!!」
己たちを率いる氷の巫女に言われては従うしかないと、異端者たちはこれ以上剣を向ける事はなく、皆皇都を後にしていった。
そして、イゼルも同様に、彼らの後を追おうと歩を進める。
「……ッ、魔女どもを逃がすな!」
皇都をここまで混乱させた異端者をこのまま逃がすわけにはいかないと、神殿騎士がイゼルを追い掛けようとしたのも束の間。
エスティニアンとオルシュファンが、イゼルを庇うように神殿騎士の前に立った。
「騎士殿……。今は深追いするよりも、負傷した民を救うのが先決でありましょう。『氷の巫女』が言ったとおり、戦いは終わったのです!!」
オルシュファンがそう告げると、神殿騎士たちは苛立ちを露わにしつつも、ひとまずはこの場を後にしたのだった。
「どうにか収まったようだな……。街のほうも、一安心といったところか。いろいろと聞きたいことはあるが……まずは感謝するぞ、友よ!」
早速オルシュファンが冒険者にねぎらいの声を掛ける。一方アトリは、イゼルと満足に話せないままに終わってしまった。友達になりたいと思っていたのに――そう後悔したものの、エスティニアンに肩を叩かれて我に返った。
「生きていれば、そのうち会えるだろうさ」
「……はい! ありがとうございます、エスティニアン様」
邪竜ニーズヘッグを倒すなど、恐らく激闘を繰り広げて来たであろうに、エスティニアンも冒険者もぴんぴんしているように見える。とはいえ、アルフィノを同行させなかったあたり、厳しい戦いだったのは明白である。
早速休んだらどうかと言おうとしたものの、冒険者がこれまでの出来事をオルシュファンに話している声が聞こえ、アトリは言い留まってしまった。
竜詩戦争のはじまりは、人の裏切りがきっかけであった。
イシュガルド正教では、『約束の地』ことクルザスを目指したイシュガルド人の祖先『トールダン』が、邪竜ニーズヘッグと竜に唆された人間の手によって、谷底へと突き落とされたと言われている。そして、トールダンの息子『ハルドラス』が、ニーズヘッグの眼球をくり抜いて退けた――建国神話として語り継がれている一節である。
だが、それは何もかも間違いであった。
今から千二百年ほど昔、かつて聖竜『フレースヴェルグ』と人の子『シヴァ』は種族の壁を越えて愛し合っていた。だが、融和の時代は人の短すぎる寿命によって終わりを迎えようとしていた。永遠に寄り添いたいというシヴァの懇願により、フレースヴェルグは彼女を喰らった。
人間の裏切りが起こったのは、それから二百年後――ちょうど今から千年前の事である。
当時のイシュガルド王『トールダン』は、竜の力を手に入れようと、配下の騎士たちと共謀し、フレースヴェルグとニーズヘッグの妹『ラタトスク』を殺して彼女の目を喰らい、人を超えた力を手に入れた。
それを知ったニーズヘッグは怒り狂い、トールダンをはじめとする複数の騎士を殺したが、生き残った騎士たちにより両眼を繰り抜かれてしまった。
ゆえに、ニーズヘッグはイシュガルドの民への復讐を始めたのだ。
ラタトスクの眼を喰らった王と騎士の子孫は、竜の因子を宿して生まれる。彼らが竜の血を飲むと、内なる因子が目覚め、竜の眷属へと生まれ変わるのだという。
これを利用し、永遠にイシュガルドの民を苦しめる事が、ニーズヘッグの狙いであった。
そもそも七大天竜の力を以てすれば、皇都などすぐに破壊できるのだ。敢えてそれをせず、永遠にイシュガルドの民を苦しめるための策。人々は真実を知らないまま、ずっとニーズヘッグに踊らされて来たのだ。
更には、邪竜を退けた十二騎士の中には、この戦いを良しとせず、爵位を捨てた者もいた。つまり、平民にも竜の眼を喰らった者は紛れているという事になる。
四大名家は、十二騎士の末裔として貴族としての地位を得ている。
だが、平民にも十二騎士の末裔が紛れているならば、身分制度の前提が覆される事となる。
「……イゼルから掻い摘んで聞いてはいましたが、まさかここまでとは……」
呆然とした様子でぽつりと呟いたアトリに、エスティニアンは肩を竦めて同調するように告げた。
「異邦人のお前さんならすんなり受け入れられるだろうが、この国の人間はそうもいかないだろうな」
「真実を知らしめる……いえ、真実を明らかにしてしまって、本当に良いのでしょうか」
「おいおい、イゼルの友達が言うセリフじゃないぞ」
エスティニアンは意外そうに口角を上げてみせたが、アトリはそうではないと首を横に振った。
「教皇庁や蒼天騎士団がそれを良しとすると思いますか?」
「……東方のお嬢さんを異端者とでっち上げた連中だからな」
「そういう事です。それにこの暴動にイゼルは関わっていないのですよね? きっと、黒幕がいるはずです」
アトリの鋭い言葉にエスティニアンが頬をぴくりと動かした瞬間。
「ともあれ、邪竜『ニーズヘッグ』を退けたこと、そして異端者による騒乱を鎮めたことは、朗報と言ってイイ! フォルタン伯爵やアイメリク卿に報告せねば!」
オルシュファンの声によって、ふたりの話は中断となった。エスティニアンはアトリからオルシュファンへ視線を移して声を掛ける。
「アイメリクたちには、俺から連絡を入れておこう。フォルタン家の屋敷に集まるよう手はずを整えても?」
「助かります、エスティニアン殿」
内容が内容だけに、神殿騎士団の面々も集めて、此度の経緯からイシュガルドの今後についてを話し合うのだろう。
アトリは今になって、イゼルに言われた「あなたはイシュガルドの人間ではない」という言葉が気に掛かっていた。別にイゼルは悪い意味で言ったわけではないし、アトリもこの国を見捨てようとは思っていない。
だが、大事な話し合いの場に、己のような何も出来ない存在がいても良いのか。
今更ながら躊躇いを覚えたアトリは、オルシュファンに恐る恐る問い掛けた。
「あの、フォルタン伯爵邸にタタルさんはいらっしゃるのでしょうか」
「……暴動が起こった時間は、タタル殿が酒場で情報収集をしている時間ではなかったか」
「そうですよね……。私、『忘れられた騎士亭』に顔を出して来ても良いでしょうか」
この状況で別行動は危険ではあるのだが、大前提としてアトリは「タタルが心配だ」という理由で皇都に来たのだ。イゼルによって異端者たちが皇都を離れた今ならば大丈夫だろう。オルシュファンはそう判断すれば、突然アトリを抱き締めた。
「オ、オルシュファン!?」
「タタル殿が酒場にいなければ、すぐに伯爵邸に来るのだぞ」
「……! はい、分かりました! オルシュファン、ありがとうございます」
「遅くなるようなら迎えに行くからな」
きっとオルシュファンは、己が伯爵邸で肩身の狭い思いをするかも知れないと思ってそう言ったのだとアトリは察し、満面の笑みを浮かべてみせた。『タタルがいなければ伯爵邸に来い』という事は、タタルがいれば酒場でふたりで待っていろ、という意味にも取れるからだ。
オルシュファンが手を放すと、アトリは慌しくその場を後にした。一部始終を見遣っていたエスティニアンが、あまりにも放任主義ではないかと即座に苦言を呈す。
「良いのか? 大事な未来の嫁さんだろ」
「アトリとて戦いの心得はあります。それに、異端者が皇都を去った今ならば、何も問題はありますまい」
「いや、厄介なのは異端者じゃない。……この騒動、きな臭いぞ」
アトリは「黒幕がいる」と断言しており、エスティニアンもその意見には同意であった。
一体裏で何が蠢いているのか。その答えに皆が辿り着くのは、もう少し先の話である。
2024/02/23