魔法のように結束する

 忘れられた騎士亭へ向かう道中、アトリは異変がないか周囲を確認しつつ走っていた。既に消火活動が行われ、火が燃え広がる事はなかったものの、神殿騎士たちが怪我を負った民の手当てに回っている。
 イゼルや異端者たちは無事逃げ切れたのだろうか。暴動は許される事ではないが、イゼル以外に指示した者がいるとしか思えないアトリは、真犯人が今この皇都の中にいるのではないか――そんな嫌な予感がしていた。

 アトリは無事、忘れられた騎士亭へ辿り着いたものの、入口の前ではまるで中にいる客を守るように、護衛と思わしき男が立っていた。

「すみません、ララフェル族の女性がこちらに避難していませんか?」
「あんたは……」

 どうやら男は、今や常連であるタタルとアトリの顔を知っていたらしい。無言で頷けば、扉を開けて中に入るようアトリへ促した。礼を告げて店内へと足を踏み入れると、カウンターに座っていたタタルが振り返る。

「アトリさん!」

 すぐさま駆け寄って来たタタルを、アトリは思い切り抱き締めて再会を喜んだ。

「タタルさん! 避難出来ていて良かったです……!」
「はいでっす! 皆さんが守ってくださったお陰で無事でっした」
「良かった……」

 アトリはタタルから手を放せば、店主のジブリオンに頭を下げた。

「私が言うのもおかしいですが……友人を守っていただき、ありがとうございます」

 友人という言葉にタタルは照れ笑いし、ジブリオンは自身の胸元を叩いて笑みを浮かべてみせた。

「俺だけじゃない、常連の皆がこの店を守ってくれたのさ」
「では、入口の護衛の方も……」
「そういう事だ」

 この酒場が避難場所として機能している事に、アトリは心からほっとした。下層の民もここへ逃げ込んでいる事だろう。だが、本来それは国を動かす立場にある者がすべきことである。アトリは複雑な思いを抱きつつも、タタルと共にカウンター席へ座った。
 ジブリオンは何も聞かずとも、アトリへノンアルコールの飲み物を差し出した。

「ありがとうございます。ふふっ、私は伯爵邸よりここの方が落ち着きます」
「これは勿体ない言葉だぜ。ところで、あんたは大丈夫だったのか? 見たところ怪我はないようだが……」
「エレイズ様が暴動を知らせてくださったので、急いでオルシュファンの元に戻って、暴動を止めに戻って来ました」
「ふたりで暴動を止めたってか。無茶しやがる」

 冗談めかして言うジブリオンに、アトリは苦笑しながら首を横に振った。

「私にそんな力はありません。暴動を止めたのはオルシュファンと、任務から戻られた冒険者様とエスティニアン様……そして、『氷の巫女』イゼルです」
「……何だって?」

 ジブリオンだけでなく、店内にいた常連たちも一斉にアトリを見遣る。事情を知らないタタルは血相を変えてアトリの手を掴んだ。

「はわわ……アトリさん、それは内緒にしなくて大丈夫なのでっすか……?」
「目撃者が複数いますから、いずれ知れ渡る事です」

 アトリは不安を露わにするタタルの手を握り返して、微笑んでみせた。そして、ジブリオンに、というよりこの店内にいる全員に向けて話を続ける。

「先の暴動は、異端者によって引き起こされたのは事実です。ですが、イゼルは一切指示を出していないとの事。冒険者様とエスティニアン様が証人です。ならば、裏で手を引いた者がいるはず……」
「……皇都の誰かが異端者と協力関係を結んでいる、って事か」
「まだ分かりません。ですが、このままでは終わらないはずです」

 ドラゴン族との戦争の次はイシュガルド国内で内乱とは。勘弁して欲しいとジブリオンは溜息を吐いた。その気持ちは、異邦人のアトリでも察するものがあった。このままでは下層の復興など遠い未来の話になりそうである。

 暫くして、再び店の扉が開かれた。こんな時に訪れるのは、アトリと同様ただの客ではない。それもそのはず、冒険者とアルフィノであった。
 アトリはタタルから手を放し、笑みを浮かべて頷くと、タタルはすぐにふたりの元へと向かった。

「お帰りなさいでっす、ご無事で何よりでっす!」
「タタルも無事でよかったよ。異端者の侵入騒ぎもあったが、大丈夫だったかい?」
「忘れられた騎士亭は、ジブリオンさんと常連さんたちが、ガッチリ守っていたので、被害なしでっした。それより、旅の成果はいかがでっすか?」

 タタルに問われた冒険者とアルフィノは、掻い摘んで事情を説明した。
 その内容はアトリも知り得ない情報――すなわち、フォルタン伯爵邸で起こった事、および新たに生まれた作戦であった。
 アイメリクは直接教皇猊下に詰問すると、伯爵邸を後にしてしまったのだという。教皇庁が竜詩戦争の真実を認めるなど、異邦人のアトリでも有り得ないと言い切れる。反逆罪として捕まるのは想像に容易かった。
 そんな最悪の事態を想定し、ルキアの提案で『雲霧街』に潜んでいる抵抗組織の協力を得るため、異邦人である暁の血盟が動く事になったのだ。
 アイメリクが戻らなければ、神殿騎士団と抵抗組織、そして暁の血盟で教皇庁に突入する。
 事態はアトリが思っていたよりもずっと、目まぐるしく変わりつつあった。

「そんなことがあったでっすか……わかりましった。確かに『雲霧街』の下層民さんたちの間に、抵抗組織があるという噂は、聞いたことがありまっす」

 タタルはアトリよりも酒場に滞在する時間が長く、ゆえにアトリの知らない情報も多く仕入れていた。

「噂では、『長耳』って呼ばれる人がリーダーだとか……。でも、イシュガルドに多いエレゼン族の人は、みんな耳が長いのに、ヘンなあだ名でっすね?」

 恐らくは見た目ではなく、組織の者だけが知っているコードネームのようなものなのだろう。事は一刻を争う以上、ひとまずその情報を元に探すしかないと、アルフィノは覚悟を決めた。

「ふむ、奇妙な呼び名ではあるが……ともかく、その『長耳』という人物を探すほかあるまい。雲霧街の辺りで手分けして、話を聞いてみよう」

 アルフィノはアトリへの協力は求めていないように見えたが、このまま黙って見ているわけにはいかず、アトリは立ち上がって皆の元へ歩を進めた。

「アルフィノ様、冒険者様。私も手伝います」
「助かるよ、アトリ。イシュガルドでの暮らしが長い君になら、情報をくれる者もいるかも知れない」
「だと良いのですが……いえ、アイメリク様が無事戻って来るとは限りません。私も尽力致します!」

 ただ、『長耳』は誰かと問うたところで、抵抗組織が口を割るわけがない。後ろ向きになっている暇はないが、これは難儀な作戦である。アトリはジブリオンに、オルシュファンが己を迎えに来たら『暁』と一緒にいると伝えて欲しいと言伝を頼み、忘れられた騎士亭を後にしたのだった。



 当然ながら、アトリが雲霧街の民に声を掛けたところで、冷たくあしらわれてしまっていた。
 恐らくは冒険者も、アルフィノも、そしてタタルも同様であろう。
 イシュガルドの滞在歴が長い己が、唯一役に立てそうな作戦だというのに。打ちひしがれて、曇天の空を見上げるアトリであったが、背後に気配を感じて振り返った。
 そこにいたのは、エレゼン族のごく普通の女性に見えた。背中に抱えている銃から、機工士である事が窺える。雲霧街で暮らしている民とは言い難い。

「あの、私に何か御用でしょうか……?」
「それはアタシの台詞だ、東アルデナード商会の商人サンが、愛する騎士様から離れて何をしてるんだい?」

 まるで試すような口調でアトリを見下ろす女性に、たじろいだり不快に思うよりも先に、アトリは一縷の望みに賭けた。もしかして彼女は、抵抗組織の一員なのではないか、と。
 抵抗組織として活動するならば、戦いの心得が必要不可欠である。騎士団を相手に戦うなら、装備も整えなくてはならない。
 勿論、騎士団に入らずに独自で冒険者稼業を行っている者も多い。彼女が抵抗組織である確証はないが、それでも、アトリに躊躇っている時間はなかった。

「単刀直入に言いますね。雲霧街に抵抗組織が存在すると噂で聞き、彼らと協力するためにリーダーの『長耳』さんを探しているのです」
「協力だって……? アンタ、自分が何を言っているか分かってるのかい? そんな事をすれば、フォルタン家はただじゃ済まない」

 相手はアトリの言葉に驚いてみせたが、抵抗組織ではなくても同じ態度を取るだろう。だが、この作戦はきっとフォルタン家も了承済みだ。アルトアレールがどう思っているかは知らないが、少なくともオルシュファンは、絶対にアイメリクやルキア、そして冒険者たちと同じ気持ちである。
 アトリはそう信じ、相手の顔をまっすぐに見つめれば、きっぱりと言い放った。

「大丈夫です! オルシュファンは、私と共に未来を歩むと言ってくれました」
「惚気を訊きたいわけじゃないよ……」

 エレゼン族の女性が溜息を吐いた瞬間。

「ぎにゃああああ〜!!!」

 遠くから聞き慣れた声の悲鳴が聞こえ、アトリは血相を変えた。

「タタルさん!!」
「あの声……アンタの友達かい?」
「はい!」

 雲霧街はドラゴン族によって破壊された道も修復されていないし、転んで怪我をする事もあるだろう。だが、悲鳴を上げるような事態となれば、古い建造物が崩壊して落下して来た可能性がある。
『長耳』探しは中断し、まずはタタルを助けに行かないと。アトリは目の前の女性から顔を背け、声のしたほうへ走り出そうとしたが、けたたましい足音と男の怒声が遠くから聞こえて来た。

「……誰かに追われている?」

 タタルが怪我や事故ではなく、誰かに追い掛けられているのか。だとしたら、考えられる理由はただひとつ。
 雲霧街の住民を怒らせたのだ。かつてアトリがやらかしてしまったのと同じように。

「すみません! 私、タタルさんを助けに行きます!」
「待ちな、アタシも行く」
「良いのですか? 助かります!」

 正直己ひとりではタタルを助け、雲霧街の住民を『無傷で』追い払う自信がなかったアトリにとって、彼女の申し出は有り難かった。

「『ここ』で起こったトラブルの落とし前は、アタシが付けないとね」

 アトリがその言葉の真意を知るのは、もう間もなくである。



 アトリとエレゼン族の女性が辿り着いた先では、タタルと雲霧街の住民たちのほか、先に駆け付けた冒険者とアルフィノがタタルを庇うように立っていた。

「私たちは、イシュガルドの民のことを想ってここにきた。必要とあらば、押し通させてもらう!」
「貴族の犬っころが、吠えてるんじゃねえぞ!!」

 一触即発――雲霧街の住民と衝突を起こせば、抵抗組織の協力が得られなくなる可能性がある。アトリが慌てて間に入ろうと駆け出した瞬間。

「待ちなっ! 女とガキ相手に、いきり立ってんじゃないよ!」

 そう叫んだのは、アトリと共にここに来たエレゼン族の女性であった。驚いて足を止めたアトリは、思わず振り返って彼女を見遣った。
 驚いたのはアトリだけではない。雲霧街の住民たちも同様であり、ひとりの男が声を震わせる。

「ヒ、ヒルダ……!?」
「あんたらじゃ、その貴族の犬っころってやつに、指一本触れられやしないだろうさ……」

 アトリは漸く合点がいった。
 雲霧街の住民から一目置かれている様子。こんな言葉遣いをしても問題のない関係性。
 つまり、目の前の女性――ヒルダこそが、抵抗組織のリーダー『長耳』なのだ。

「噂の英雄サマってのが、アタシたちに何の用なのか、話くらい聞いてやろうじゃないか」

 ヒルダは品定めするように冒険者を見遣れば、不敵な笑みを浮かべてみせた。

「こんな場所じゃ、落ち着いて話もできやしないね。ひとまず『忘れられた騎士亭』にでも行って、じっくり話を聞こうじゃないのさ」

 そう言うと、ヒルダはアトリの肩を軽く叩いた。内容によっては協力してやらなくもない――そう言っているように感じて、アトリは漸く笑みを浮かべたのだった。



 再び『忘れられた騎士亭』に戻った一同は、ヒルダにこれまでの経緯を説明した。竜詩戦争の発端――建国十二騎士はドラゴン族から国を救った英雄ではなく、融和の関係にあったドラゴン族を裏切り、陥れた者たちである。責任を感じた十二騎士の一部は、爵位を捨てて平民となった。
 すなわち、この国の歴史は完全に歪められている。
 理解できない雲霧街の住民たちに、ヒルダが噛み砕いて説明する。

「実は貴族だけじゃなく、平民も十二騎士の血を引いてるって秘密を、この馬鹿正直な英雄サマがつかんじまった。そして、神殿騎士団総長のアイメリクが、これを教皇サマに突き付けようとしている……」
「そんなコト、教皇が認める訳ねぇじゃねぇか!」
「アイメリクの狙いはそこだろうさ。奴が異端認定されれば、それこそ秘密が真実だと、公言しているようなものだからね」

 住民に説明するヒルダは、明確に状況を理解していた。きっと、アトリよりも遥かに。話は早いと、早速アルフィノが本題を切り出した。

「これを知って、我々はアイメリク卿を見殺しにはできない。彼こそ、これからのイシュガルドに必要な人物だ」
「あんたらも、本当にお人よしだねぇ。異邦人のくせして、命を賭けようってんだから……で、アタシたちにナニをしろっていうのさ?」
「アイメリク卿がこのまま戻らぬようなら、我々は教皇庁へ突入する。あなたたちには、その護衛を頼みたい」

 刹那、アルフィノの言葉をまるで見計らったかのように、突然酒場の上階で大きな物音がした。物が崩れて落ちた音ではなく、明らかに乱闘のような物音である。

「ナニゴトだい!?」

 ヒルダがそう叫んだ瞬間、上階の吹き抜けから酒場の店員が落下して来た。
 アトリが悲鳴を上げるより先に、店員を突き落としたであろう男が姿を現す。

「ンンン!? 臭い、臭いゾォ……ドブネズミの匂いがプンプンしやがルゥ……」

 独特の口調で現れたのは、純白と青を基調とした鎧を纏う、蒼天騎士であった。

「おんやぁ……。教皇猊下に刃向かう、汚いドブネズミの親玉を探しに来たら……フォルタン家の客人サマまでいるじゃナイ。しかも、異端者疑惑の晴れない小娘まデ!」

 男は紛れもなく、アトリを見下ろしてそう言った。まさかここで己を異端者にでっち上げた犯人を知ることになるとは。アトリは怒りと恐れで呆然としていたが、タタルが守るように彼女の前に立った。

「あぁ、なるほどぉ……。謀反の密談をしてたって訳ネ? だからあれほど、ドブみたいな貧民街なんて、早く焼き払うべきだっていったのヨォ……」
「どっちがドブネズミだい……貴族ってワリには、ずいぶんと汚いツラじゃないか」

 このまま好きにさせるかと、ヒルダが相手に向けて銃弾を放ったものの、魔法障壁であっさりと弾かれてしまった。

「ンモゥ……これだから、バカは嫌いなのよネェ……。頭が悪過ぎて、すぐキレちゃうんだかラァ……」

 明らかな挑発。これは、宣戦布告である。

「ホラホラ、そんなにヤりたいなら、相手してアゲるから、表に出なさいナ……。死にたくなるほど、シてあげるからサ……」



 シャリベルと対面した時点で恐れを為していたアトリが戦えるはずもなく、店内でタタルと共に身を顰めていた。

「アトリさん……」
「まさかお前さんを陥れようとしたのが奴だったとはな……」

 ジブリオンもアトリを気遣うように呟き、落ち着きを取り戻しつつある常連たちも、気の毒そうにアトリを見遣っていた。
 外では激しい戦闘が繰り広げられている事が、物音だけでもよく分かる。
 今、アトリは武器を持っていない。護身用の小刀のみであり、オルシュファンと狩りに出掛けたり、以前エマネランを助けにアバラシア雲海に行った時のように、槍術士としての装備も持ち合わせていなかった。
 オルシュファンに相応しい存在になれるよう、鍛錬を積もうと思っていたのに、肝心な時に役に立たない。私はなんて無力なのか――アトリが打ちひしがれていたのも束の間。

「アトリ! 遅くなってしまったが、迎えに来たぞ」
「えっ、オルシュファン!?」

 突然開かれた扉の向こうでは、息を切らしているオルシュファンの姿があった。蒼天騎士とヒルダたちが戦っていたはずなのに、どういう事なのか。一瞬夢でも見ていたのかと思ってしまったアトリであったが、オルシュファンの後ろにルキアがいるのを見つけ、蒼天騎士との戦いに加勢したのだと理解した。
 そんなアトリの背中を押すように、タタルが腕をつついて、オルシュファンの元へ行くよう促した。

「アトリさん、行ってらっしゃいでっす!」
「タタルさん……先程は助けてくれて、ありがとうございます」
「私は何もしてないでっすよ」

 タタルは首を横に振ったが、シャリベルと対面した時に庇ってくれたのを、アトリはちゃんと分かっていた。
 タタルは強い。己よりもずっと。それはきっと、暁の血盟の受付として、多くの人を迎え、また、多くの人が心半ばに散っていったのを、ずっと見て来たからなのだろう。

 オルシュファンの元に駆け寄ったアトリは、まずは怪我をしていないか身体に触れて確認した。流血はない。打撲があるとしても、本人が申告しない限り気付けない。

「痛いところはありませんか?」
「問題ない。それよりお前が無闇に戦闘に加わらず、タタル殿と避難していて安心したぞ」
「情けない限りです。せめて槍が手元にあれば……」

 オルシュファンに促されて忘れられた騎士亭を後にしたアトリは、ヒルダ、冒険者、アルフィノ、そしてルキアを視界に捉えた。蒼天騎士の姿はない。仕留めたのではなく、取り逃がしたのだろう。
 ルキアはアトリに挨拶する余裕もない様子で、神妙な面持ちで呟いた。

「やはり、ここにも蒼天騎士団が来ていたか……」
「……では、神殿騎士団の本部にも?」

 オルシュファンが訊ねると、ルキアは静かに頷いた。

「蒼天騎士のグリノーが来た……。異端疑惑により、神殿騎士団総長を拘束したと宣言しにな」

 アイメリクの帰りを待つどころか、捕らえたと宣言しに来るとは。いくらなんでも行動が早いとアトリは絶句したが、まさか、教皇庁はこうなる事を見越していたとでもいうのか。
 次いで、オルシュファンもアトリの知り得ぬ事を口にする。

「なるほど、先ほどの蒼天騎士が、神殿騎士たちを率いていた理由はそれか……」
「アイメリク様に対して忠誠心の厚い者は、未だに私の指揮下で、陽動のため動いてくれている。だが、元よりアイメリク様の出世を、快く思っていなかった半数ほどの騎士が、蒼天騎士団に従い、教皇庁に向かった」

 まさか神殿騎士団でも裏切りが発生するなど、夢にも思っていなかったアトリは愕然としてしまった。アイメリクを助けるために教皇庁に突入するならば、蒼天騎士団と神殿騎士団、両方を相手にしなくてはならない。
 だが、絶体絶命とも言える中、思い掛けない人物が声を掛けた。

「守りを固めに入ったところを見ると、アンタたちの殴り込みは、先刻承知ってところだろうね」
「……お前が、抵抗組織のリーダーか?」

 ルキアの問いに、声を掛けた人物――ヒルダは笑みを浮かべて頷いた。

「そうだ、アタシの名はヒルダ。さっきから、そこの坊ちゃんに熱烈に口説かれてたところさ。これがまた情熱的でねぇ? ちょっと心が揺れていたところさ」

 アトリは一縷の望みに賭け、両手を組んで祈った。もし、ヒルダが己たちに協力してくれるならば、こんなに心強い事はない。元々アイメリクとてこの国の現状を良しとしていなかったからこそ、教皇猊下に直接会うという無謀な行動をしたのだ。
 きっと、雲霧街に生きる人々にも、この国を変えたいというアイメリクの強い意志は伝わるはずだ。
 祈るアトリの肩を、オルシュファンが優しく抱き寄せる。それをちらりと見遣ったヒルダは、見せ付けてくれると苦笑したが、どうやらアトリの意志は本物だと認めざるを得なかった。
 フォルタン家の名誉に傷が付こうと、オルシュファンは己と未来を歩んでくれる――アトリの言葉は真実で、きっとフォルタン家も覚悟の上で彼らに協力しているのだ。
 憎き貴族までも反乱に加わるとは、面白い。
 ヒルダはこの場にいる全員を見遣って、不敵な笑みを浮かべてみせた。

「……にしてもアンタら、本気みたいじゃないか。ちょうど、このクソッタレな国にも飽き飽きしてたとこだからね。国が変わる境目ってんなら、アタシたちも参加させてもらうよ!」

 かくして、『長耳』ヒルダの宣言によって抵抗組織の協力を得る事が出来た一行は、イシュガルド教皇庁への突入作戦を決行する事となった。
 アイメリクを救うため、そして、この国の未来のために。

2024/02/24

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