語り尽くした理想論ですら

「はい、暫くはイシュガルドで静かに暮らそうかと……ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。もし可能であれば、サンシルクでお手伝いさせて頂ければと思うのですが……」

 あたたかな応接室に、透き通った声が響く。

「……ありがとうございます! はい、もし戦禍がキャンプ・ドラゴンヘッドにまで及ぶような事があれば……オルシュファンとしっかり相談して、今後の事を決めたいと思います」

 尤も、彼女が愛する人を置いて自分だけ戦禍から逃れるような事は、する訳がないのだが。

「……お気遣い、ありがとうございます。ロロリト様もこれから更にお忙しくなるかと存じますが、どうかご自愛くださいませ」

 そして、耳に当てていたリンクパールを下ろし、声の主――アトリは、室内にいる女性に向かって笑顔を向けた。

「これでアリバイ工作は完璧です。万が一クリスタルブレイブがここを嗅ぎ付けたとしても、上手く対処してみせます」

 アトリはそう言うと、椅子に腰掛けるララフェル族の女性の隣に並んで腰を下ろし、彼女の小さな手を取った。そして、もう絶対に後悔はしないと自分に言い聞かせながら、はっきりと自分の意思を言葉にする。

「これからの事は、皆でゆっくり考えましょう。私も一緒に考えます、タタルさん」
「アトリさん……」

 それは、己を救ってくれた東アルデナード商会から距離を置き、『暁の血盟』の為に動くという、恩人に対する裏切りである。だがこれはアトリなりのけじめであった。何も出来なかった自分を悔い、未来へと希望を繋ぐ為の。



 ふと、応接室の扉が開かれた。ふたり同時に顔を向けると、疲れ切った表情の冒険者、そして心ここにあらずといった様子のアルフィノがいた。
 アトリが招き入れるより先に、タタルが立ち上がる。

「ハッ!? ……冒険者さん! アルフィノ様!? あう……あう……うわああぁぁぁぁん!」

 暁の血盟として長い付き合いのふたりを見た瞬間、タタルは堰を切ったように泣き出した。今まで必死で堪えていたのだろう。
 アトリは冒険者とアルフィノに向かって深々と頭を下げ、ふたりの顔を見遣った。随分と憔悴しており、特にアルフィノはいつもの堂々たる雰囲気は皆無であった。無理もない話であり、クリスタルブレイブの異変に気付く事が出来なかった己の責任でもある、とアトリは俯いた。
 だが、一番責任を感じているのは冒険者ではないだろうか。冒険者に任せればなんだって解決してくれる――そんな甘えを誰もが抱いており、その結果がこの現状である。

 しかし、黙ってばかりはいられない。ここは己が先に声を掛けなくては。そう思い、アトリはタタルの背中を優しく撫でながら、ふたりに顔を向け、口角を上げた。

「冒険者様、アルフィノ様。お二人が無事で本当に嬉しいです。……喜んではいられる状況ではありませんが、それでも、こうして再会出来た事は何事にも代えがたい奇跡です」

 なんとか作り笑いを浮かべてみせたものの、どうにもぎこちない表情のアトリに、冒険者は「アトリこそ大丈夫か」と恐る恐る訊ねた。
 それは、祝賀会での事を言っている事に他ならない。大惨事の中でも、ロロリトの後ろで泣きじゃくるアトリは、暁の血盟の視界にも入っていたのだ。
 冒険者の問いに、アトリは微かに頷いた。

「あの時は私も取り乱してしまいましたが……会場から安全な場所へ避難して、漸く目が覚めました。すべて、共和派が仕組んだ罠……」

 あの時の事は思い出すだけで、恐怖のあまり手が震えそうになる。だが、罠に嵌められた暁の血盟の者たちが一番の被害者である。アトリは自分を勇気づけるように頷けば、改めて冒険者を見遣って、言葉を紡ぐ。

「私はロロリト様が『暁の血盟』を快く思っていない事を知りながら、曖昧な態度を取り続けていました。こんな事が起こると分かっていれば、私は……」

 冒険者はアトリの言葉を待たずに「自分を責めるな」と言い放てば、彼女の肩に手を置いて、感謝の言葉を口にした。タタルを助けてくれてありがとう、と。
 その言葉だけで、アトリは随分と救われた気持ちになったのだった。



 タタルが落ち着くまでの間、アトリは冒険者からここに辿り着くまでの経緯を掻い摘んで教えて貰っていた。
 あの後、別行動を取っていたサンクレッドの案内にて、暁の皆はナナモ陛下の自室にある隠し通路から、地下水道へ入り脱出を試みた。だが、追手もその逃げ道は把握しており、皆は冒険者を逃がす為に足止めする事を決意し、冒険者ひとりで辛うじて地下水道を抜け出したのだった。
 そこで、ラウバーンの養子ピピンに助けられたアルフィノと合流し、ウルダハを脱出。道中で報せを聞いてモードゥナから抜け出したシドと再会し、飛空艇エンタープライズにてこのキャンプ・ドラゴンヘッドまで辿り着いたというのが事の顛末であった。

「ひとまず、エオルゼアにおける『暁』の汚名を晴らすのは、ピピン様の力をお借りするとして……いったんはここを拠点として、今後の事を考えていくしかないですね……」

 アトリは、暁の血盟の皆の安否については、敢えて考えないようにしていた。普通に考えれば絶望的である。ナナモ陛下の殺害容疑が掛かっているだけに、捕まれば処刑は免れない。果たして処刑される前に無実を証明出来るのだろうか。
 アトリも商人としての繋がりを利用して、クルザスを拠点にエオルゼアへ状況確認に度々足を運ぶつもりではいたが、それだけでは、完全に失ってしまったものを取り戻す事は出来ない。
 クリスタルブレイブが、何故こんな事になってしまったのか。いつから崩壊が始まっていたのか。真犯人は誰で、どれだけの人たちが操られているのか。

 アトリが考え込んでいると、泣きじゃくっていたタタルがゆっくりと口を開いた。

「と、取り乱してしまって、すみませんでっした。ミンフィリアさんも、賢人のみなさんも、ぜんぜん連絡とれなくって……怖くて、怖くて……」

 必死で言葉を紡ぐタタルを邪魔しないようにと、アトリは背中から手を放し、ハンカチを取り出してタタルの目許を拭った。こちらを見て力なく微笑みながら頷くタタルに、もう大丈夫だろうと判断し、アトリは少し距離を置いた。

「……実は、リムサ・ロミンサで、食材を買い込んでいたら、突然、クリスタルブレイブの隊員が襲ってきたんでっす。フ・ラミンさんが守ってくれて、どうにか逃げ出したんでっすが、はぐれちゃって……。その時、助けてくれたのが……」
「何やら、クリスタルブレイブの連中が、慌ただしく動いていたのでな。警戒していたのだ」

 タタルの言葉に応じるように、新たに部屋に現れたのは、アトリと同じアウラ族の女性、ユウギリであった。
 驚く冒険者に、ユウギリは穏やかな微笑を浮かべながら告げる。

「ああ、そういえば、素顔は初めてだったか……戦闘の混乱で、頭巾を失ってしまってな」

 アトリは、以前アルフィノにユウギリを紹介され、その時に素顔を見せて貰っていた事を思い出した。その出会いがなければ、彼女に協力する動きは出来なかったであろう。同じアウラ族とはいえ、突然見知らぬ相手に部屋に侵入されては、話を聞く前に叫んで助けを求めていたかも知れない。

「本当に助かりまっした! ユウギリさんに守られながら、砂の家に逃れて、ウリエンジェさんと合流……その後、アトリさんがここに来るようユウギリさんに言ってくださって、そしてみなさんを待っていたのでっす」

 その言葉に、アトリはユウギリと顔を見合わせて、どちらともなく笑みを浮かべた。冒険者とアルフィノもこの地が安全だと判断し、こうして合流出来たのは喜ばしい事である。己とユウギリの縁はアルフィノが運んでくれたものであり、冒険者とアルフィノがここまで来る事が出来たのも、人と人との繋がりがもたらしたものだ。ラウバーンと信頼関係を築いていた事でピピンが手助けし、記憶喪失のシドを助けた結果、彼もまた心強い味方になってくれている。

 悲観的な事ばかりではない。アトリは己が落ち込んでいてどうするのかと、前向きに考える事を決意した。一番辛いのは、クリスタルブレイブを作り上げたアルフィノである事は明白だからだ。

「今、砂の家は、ウリエンジェさんが特殊な結界を張って、無人であるかのように、装っているでっす。帝国軍の襲撃以降、苦心して練り上げた対策が、こんな時に役立つなんて、思いもしなかったでっすが……」
「ただし、石の家は、クリスタルブレイブに占領された。手の者にも探らせてはいるが、ほかの『暁』関係者の行方は、未だに不明でな……」

 タタルとユウギリの話によると、祝賀会に参加していなかったウリエンジェという賢人は無事のようで、アトリは安堵した。だが、ミンフィリア、サンクレッド、イダ、パパリモの四人が行方不明となれば、やはり安心してはいられない。ムーンブリダのように取り返しの付かない事態にならないのを願うばかりである。

「さて、お二方と無事に再会できたことだし、私はこの辺りで失礼させてもらおう……」
「ユウギリ様、もう行かれてしまうのですか?」
「情報収集の指揮を執らねばならんのでな」

 アトリは名残惜しく感じたが、素人の己が探るよりも、隠密行動に慣れているユウギリに任せたほうが確実である。
 冒険者は心配そうな目を向けたが、ユウギリは安心させるように呟いた。

「案ずるな……ドマの民にとって、『暁』は恩人そのもの。協力は惜しまぬし、掴んだ情報は、随時共有させてもらおう。それではな……」

 そう言って背を向けるユウギリに、アトリは咄嗟に声を掛けた。

「ユウギリ様、どうかお気を付けて」
「ああ。アトリ殿にも随分世話になった。この恩は、いつか必ず」
「恩返しだなんて。落ち着いたらお茶をご一緒して頂けるだけで充分です」

 ユウギリは顔だけアトリに向けていたが、まさかの提案につい頬を綻ばせ、「その日を楽しみにしていよう」と告げて、次の瞬間にはもうこの場から姿を消していた。
 アトリとしては、ドマの難民に何も出来なかった事が心苦しかっただけに、こうしてユウギリの手助けを出来たのは、自身にとっても嬉しい事であった。
 尤も、クリスタルブレイブがこの有様では、ドマの民も心配ではあるのだが。

「私のせいだ……」

 ふと、アルフィノがぽつりと呟く。

「私だけが、エオルゼアを真に考えている……。そんな驕りが、このような状況を招いたのだ。私の指示で人が動き、私の言葉が各国の政を左右する……。エオルゼアのためにクリスタルブレイブを作り、祖父の残した『暁』にも、我がものかのように接してきた……」
「そんな! 決してそんな事は……」

 アトリはアルフィノの自責の念を否定しようとしたが、冒険者は片手をアトリの前に出し、首を横に振った。いったん感情を吐き出させようとしているのだ。
 今アルフィノが求めているのは慰めの言葉ではなく、奮い立たせる言葉であり、それを告げるのは、今ではない。

「私は驕り、焦り、大義に囚われて、自分の足下を見ようとはしなかったのだ! 私にとって、エオルゼアの救済とは、いったい何だ……。蛮族、蛮神、ガレマール帝国、溢れかえる難民、アウトロー戦区、ドラゴン族との千年戦争。……そして、闇の使徒アシエン。守護者になると理想を掲げ、自らの手を汚しもせずに、私だけが、この地の混沌を解決できると粋がっていた……」

 アトリはアルフィノの言葉を今すぐでも止め、自分を責めるなと抱き締めてやりたい気持ちでいっぱいであったが、冒険者に従って堪える事とした。

「……そうか、己の欲望を満たすための道具だったのか。……酷いざまだな。すべてを失ってから気付くなんて」
「アルフィノ様……」

 タタルも思わず彼の名を呟いたが、その先の言葉が出て来なかった。アルフィノを庇いたいのは、アトリもタタルも同じ気持ちである。
 だが、アルフィノに喝を入れたのは冒険者ではなかった。
 人数分のカップを手に持ってこの部屋に現れた、オルシュファンであった。

「それで、アルフィノ殿……。あなたはこのまま、折れた『剣』になるおつもりか? ……自身には、もう何も残っていないと?」

 全員の視線がオルシュファンへと集まる。オルシュファンはアトリと軽く目を見合わせて頷けば、アルフィノに向かって声を上げた。

「いいや、あなたには、まだ仲間がいるではないか。ともに歩むことができる、とびきりイイ仲間が!」
「だが、私は……。それに、この地ではもう……」

 しかしながら、今のアルフィノにオルシュファンの言葉は届かない。だが、何も言い出せなかったタタルが、恐る恐る口を開いた。

「ア、アルフィノ様……。あの……あの……ここがダメでも、私たちは生きてるんでっす! イ、イシュガルドに、行くでっす!!」

 その言葉に驚いたのは、アルフィノだけではない。ここにいる全員であった。

「ミ、ミンフィリアさんは、言っていたでっす! 『暁』の灯火は、決して消えないんだって! 冒険者さんと、アルフィノ様と……! あと、私がいるかぎり! 雪の中でも、雲の中でも、その明かりは灯せまっす!!」

 仲間の想いが届いたのか、アルフィノは顔を上げ、優しく微笑んだ。

「ありがとう、タタル。ありがとう、オルシュファン殿。ありがとう、アトリ。……ありがとう、エオルゼアの真なる守護者よ……」

 漸く、アルフィノは以前の凛々しい顔付きを取り戻しつつあった。今すぐに解決する事は難しくとも、ゆっくりと、着実に進んで行けば、必ず道は拓けるはずである。そうして、今まで『暁の血盟』は困難を乗り越えて来たのだ。

「そうだな、一歩ずつ進もう。今度は仲間と……みんなで。『暁』の灯りは消さないさ……。私たちの想いを、無にしてはならないのだから……」





 翌日。アトリは一晩中、今後の事を考えたものの、良い案は浮かばなかった。今はユウギリやピピンからの朗報を待つしかないという結論に至ったのだが、アルフィノはそうではなかった。

「『暁』に、再び明かりを灯す……」

 昨日と同じ部屋に皆が集まった後、アルフィノは冒険者に向かって言葉を紡ぐ。

「そのためにも、最初の一歩を踏み出さねばならないが……あらぬ疑いをかけられたままでは、できることも少ない。イシュガルドの地で再起をという、タタルの言葉にも一理あるとは思う。君とタタルだけでも彼の地に赴き、私はウルダハに戻って……」

 さすがにそれは危険過ぎると、アトリは止めようとしたが、オルシュファンが先手を打ってきっぱりと否定した。

「焦りは禁物ですぞ、アルフィノ殿」
「オルシュファン殿……」
「ウルダハの動乱の真意を解明し、身の潔白を明らかにしたいのは理解できます。しかし、このような苦境にあればこそ、焦りは禁物というもの。……それに貴方には、頼もしい仲間がおられるでしょう」

 オルシュファンの言う通り、アルフィノには冒険者もタタルもいる。きっと、砂の家をひとりで守っているウリエンジェも陰で動いている事だろう。それに、ウルダハも決して皆が敵というわけではない。ピピンをはじめ、『暁の血盟』や冒険者に恩義のある者は多くいるのだ。

「そうでしたね……。私はもう、ひとりではないんだ」

 自分に言い聞かせるようにそう呟くアルフィノに、オルシュファンは悪い事ばかりではないと、笑みを浮かべて声を大にした。

「朗報を持ってきましたぞ。我がフォルタン家当主、エドモン・ド・フォルタン伯爵が、お三方の後見人となることを、申し出てくださりましてな」
「フォルタン伯爵が!?」

 真っ先に驚いたのはアトリであった。己に皇都への立ち入りを許可してくれただけでなく、暁の三人のサポートも行うとは、フォルタン伯爵のイシュガルドの閉ざされた門を開けたいという志がいかに強いか、尊敬の念を抱かざるを得なかった。

「ああ。これによりお三方は、イシュガルド四代名家のひとつ……『フォルタン家』の庇護下に置かれた正式な客人として、皇都に入ることが可能となりました。まずは、本家の屋敷を拠点に、情報を集めながら、今後の方針を固めるといいでしょう。反撃の狼煙を上げるのは、それからでも遅くはありません」
「……わかりました。では、ご厚意に甘えさせていただきます。感謝いたします、オルシュファン殿」

 冒険者とアルフィノがこのキャンプ・ドラゴンヘッドに辿り着いた後、オルシュファンは既にフォルタン伯爵に連絡を取っていたのだ。行動の早さにアトリは改めて感心しつつ、アルフィノが受け容れたのを見届ければ、多くの事は知らないであろうタタルに声を掛けた。

「タタルさん。皇都イシュガルドは異邦人は原則立ち入り禁止です。ゆえに、エオルゼア三国の者が立ち入る事は出来ません。ここよりも更に安全といえます」
「噂には聞いてまっしたが……本当にそうなんでっすね」
「ええ。私も特別に許可されてはいますが、本当に特例なのです。どうかご安心ください」

 アトリも商会から一時的に距離を置いているだけに、出来る限りタタルに寄り添いたいと思っていた。尤も、サンシルクに携わる事で、ロロリトに己と『暁』が共に行動している事が知られてしまったら面倒な事態になりそうではあるが、そもそも暁に無実の罪を着せている事自体が問題である。どちらにも良い顔をするという狡い考えはありつつも、アトリの本心は決まりつつあった。

「当主は、アイメリク総長と同様に、話のわかるお方だ。きっと、お前にもイイ対応をしてくださるだろう。……後ほど会おうぞ、友よ」

 オルシュファンは冒険者にそう言うと、この場を後にしようと歩を進め、部屋を出る前にアトリに手招きした。
 アトリは慌てて三人に頭を下げれば、オルシュファンの後を付いていき、共に部屋を後にした。



「……まさかフォルタン伯爵が『暁の血盟』を受け入れてくださるなんて。アルトアレール様はよく反対されませんでしたね」
「彼らの活躍は伯爵の耳にも入っている。帝国からエオルゼアを救った英雄となれば、受け入れない理由などないのだ。それよりも……」

 それまで意気揚々としていたオルシュファンであったが、珍しくその表情を曇らせた。

「アトリ。本当にこのままクルザスに滞在していても良いのか?」
「えっ、今更何を……」
「お前はしっかり『暁』の手助けをした。これ以上介入すれば、さすがに商会に戻り難くなるのではないかと思ってな」

 それは、今ならばまだ間に合うという意味に他ならなかった。充分手助けをしたのだから、これ以上はフォルタン家に任せ、アトリはモードゥナに戻って商人の仕事を再開しても、誰も文句は言わない。
 だが、アトリは首を横に振った。

「しっかりだなんて、全然です。暁の皆様への恩返しは、まだまだ足りません。それに、私も心を整理する時間が必要です。ロロリト様にどんな顔をして会えば良いのか、まだ気持ちが追い付いていないのです」
「……そうだな。暁に敵対心を抱いている事は分かってはいつつも、お前にとっては恩人でもある。……うむ、お前も暫くイシュガルドでゆっくりするとイイ!」

 もしロロリトが首謀者ではないとしたら、暁の血盟が無実だと判明した時の行動を見て、それからどうするか判断しても遅くはない。アトリには己の未来を自由に選択する権利があり、その中には、商会を去りクルザスでオルシュファンと共に暮らす選択肢もあるのだ。

「はい、是非! ここまで来たら、全て解決するまで『暁』の皆様をサポートします!」

 漸く明るい笑みを取り戻したアトリに、オルシュファンは満足そうに頷いた。
 その選択が果たして吉と出るのか凶と出るのか。未来は誰にも分からなかったが、『暁』はこんなところでは終わらないと誰もが信じており、絶対に終わらせないという気持ちは皆同じであった。

2023/08/18

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