僕らはときどき歩幅を間違える

 冒険者たちより一足早く、アトリはオルシュファンと共にフォルタン家の屋敷を訪問する事となった。オルシュファンから直接、フォルタン伯爵に経緯を報告する為である。

「では、後ほどお会いしましょう」

 アトリは冒険者たちに頭を下げれば、キャンプ・ドラゴンヘッドを後にした。騎兵たちによって用意されていたチョコボに騎乗し、オルシュファンと共に皇都への道を辿っていく。
 こんな日に限って風が強く、いつもははらはらと舞い落ちる雪が、吹雪となってアトリの頬を襲う。雪国の暮らしにも慣れたものの、この悪天候がまるで彼らに対する試練のように思え、アトリは複雑な面持ちでチョコボを走らせた。

「アトリ、はぐれないよう私の後ろをしっかり付いて来るのだぞ!」
「はい!」

 視界は悪く、正直オルシュファンの背中を追わなければ、迷子になってしまう可能性が高い。皇都までの距離はそこまで遠くはないのだが、油断が命取りとなる事をアトリはこれまでの経験で何度も痛感していた。強がっても何も良い事はない。素直な心で人と接し、手を取り合う事が最善である。心からそう思えるようになったのは、オルシュファンのお陰でもあり、アトリ自身が精神的に成長した証でもあった。
 尤も、まるで成長していない部分もまだまだあるのだが。



「……相変わらず、この娘は災難を引き寄せる体質というべきか」

 オルシュファンの報告が終わるや否や、開口一番そんな事を宣ったのはアルトアレールであった。その言葉の真意を考えるより先に、アトリは己が災いをフォルタン家に寄越したとでも言いたいのかと、つい頭に血が上ってしまった。
 だが、感情を露わにするより先に、オルシュファンがアトリの手を取った。苦笑を浮かべており、ここは大人になって水に流せ、という事だ。
 アトリは納得いかないと思いつつも、オルシュファンの顔を立てる為にも堪える事とした。
 だが、思わぬ方面から援護が飛んで来る。

「おいおい、兄貴。『エオルゼアの英雄』を災難呼ばわりとは、バチが当たるぜ」

 エマネランはそう言うと、アトリの方を見て片手をひらひらと振り、人の好さそうな笑みを浮かべた。

「それより、アトリのやんちゃっぷりも磨きがかかって来たな! まさか東アルデナード商会を裏切って、『暁の血盟』側に付くとはな」
「裏切……」

 あっけらかんと言うエマネランに、アトリは面食らってしまったが、どんな言い訳をしようと傍から見ればそう思われるという事だ。アルトアレールのような言い方をされるよりはまだ良いとアトリが感じたのは、元々友好的な関係を築けているかどうかの違いでしかない。
 だが、フォルタン伯爵は二人の発言を良しとせず、厳しい顔付きで窘めた。

「二人共、無礼であろう! アトリ嬢が悩み抜いた末、苦渋の決断をした事は、オルシュファンの報告からも明白。彼女の正義を否定するなど、フォルタン家たるものあってはならぬ事……」

 果たして己の行動が正義と呼べる事なのか。アトリはそこまでの事はしていないと自覚しており、伯爵の言葉を素直に受け止める事が出来なかった。
 だが、そんな彼女の心境を知ってか知らずか、フォルタン伯爵はアトリとオルシュファンの前まで歩み寄れば、頼もしい笑みを浮かべてみせた。

「アトリ嬢の動きを商会に勘付かれないよう、フォルタン家も陰ながら支えになる所存。どうか、皇都では羽を伸ばし……と言っても、アトリ嬢の生真面目な性格を鑑みれば、難しい話ですかな」

 そう言って冗談めかして笑うフォルタン伯爵に、アトリはどうしてここまで気を遣ってくれるのかと不思議に感じていた。正直、アルトアレールの反応が普通であり、面倒事を持ち込む異邦人など、キャンプ・ドラゴンヘッドで匿った方が確実であるからだ。
 だが、その疑問を投げ掛けるより先に、アルトアレールが咳払いして口を開く。

「父上、どうやら誤解があるようですが、決して私は『暁の血盟』を匿う事を、災難などとは思っておりません。私が言いたいのは……」

 アルトアレールの視線がアトリへと向く。いつもと変わらぬ気難しい表情をしてはいるものの、悪意はないように見えた。

「この正直過ぎる娘が、この先商会と上手くやっていけるとは思えません。正義感に駆られ、商会を離反し……結果、イシュガルドと商会の取引が潰える事も充分有り得る話です」
「そうならないよう便宜を図る……とはいえ、アルトアレールが心配する気持ちも理解出来る。商会と手を引かれては、民の暮らしに多大な影響が出るというもの」

 フォルタン伯爵はアルトアレールに頷いてみせたが、不安や落胆といった様子はない。今度はオルシュファンを真っ直ぐに見遣り、そして、穏やかな笑みを浮かべた。

「オルシュファン、最早言うまでもないが……その手でアトリ嬢を守るのだぞ」
「はっ」
「皇都では二人の結婚も近いと噂になっておる。寧ろアトリ嬢がクルザスに滞在している今こそ、将来を考える良いタイミングかも知れぬ」
「それは……」

 自分たちの関係が噂になっているのは、オルシュファンも気付いていた。とはいえ正式に籍を入れるとならば、そう簡単に決断出来る事ではない。東方の人間であるアトリを、このイシュガルドという国に縛り付ける事に他ならないからだ。
 だが、何も分かっていないエマネランが、首を傾げて呟いた。

「いや、何を迷う必要があるんだ? いっそ結婚しちまえば、波風立てずにアトリも商会から距離を置く事が出来るだろ」

 それが出来るのは、ロロリトがナナモ陛下暗殺に関わっていればの話である。現状、ロロリトが裏で手を引いていたかは確定していない。分かっているのは、『暁の血盟』を潰したいと思っていた事くらいであるが、暁に無実の罪を擦り付けた時点で、商会は信用ならない、というのがフォルタン家の共通認識である。
 だが、この世の中は善悪をはっきり決め、どちらかに付くという単純な話では済まない事も多々ある。大前提として、アトリは東アルデナード商会には恩義があり、商人として人生の立て直しが出来た経緯もある。更には商会がこのイシュガルドでも商売をしている以上、簡単に損切り出来る話でもないのだ。

「エマネランの言う事はさておき……アトリ殿、あなたが正式にオルシュファンと結婚し、イシュガルドの民となる事に異論はない。だが、あなたにはあなたの人生がある。よく考えて、行動して欲しい」

 アルトアレールはオルシュファンではなく、アトリを見つめてそう言い放った。それは決して二人の仲を裂きたいのではなく、寧ろオルシュファンと同じように、果たして異邦人の彼女がこの国に籍を置く事が本当に幸福なのか、それはアトリ本人にしか分からないと思っていたのだ。


 突然出た結婚の話に、アトリは呆然としていたが、オルシュファンにそっと肩を抱かれて我に返った。アトリとしても、決して将来の事を考えていない訳ではなかったが、急に言われるとどうしたら良いか分からないのも事実であった。
 確かに、フォルタン伯爵の言う通り、商会と物理的な距離が出来た今だからこそ、今後の身の振り方を考えるべきだろう。
 だが、アトリはアルトアレールの言葉が頭から離れなかった。フォルタン家がそこまで己の事を考えてくれていたなど、思いもしなかったのだ。

 フォルタン家の執事が暁の血盟の到着を報せに来るまでに、アトリは己がどうすべきか答えを出す事が出来なかった。無論、誰も結論など急いでいないのだが、アトリは自分が今の環境に甘えていたからこそ、フォルタン家、そしてオルシュファンに気を遣わせていたと、今になって気付いたのだ。この期に及んで、オルシュファンとの未来を先延ばしにするなど考えられなかった。



「お会いできて光栄です、閣下。この度のお招き、誠にありがとうございます」

 暁の血盟を代表し、アルフィノがフォルタン伯爵に一礼する。その後ろには冒険者とタタルが立ち、オルシュファンとアトリはすこし離れた場所で見守っていた。

「礼をせねばならぬのは、こちらの方というもの。イシュガルドの民を代表し、感謝の意を示させて貰いたい」
「しかし、外様の……しかも、汚名を着せられた我々を、客として迎え入れることに、問題はないのでしょうか?」
「アルフィノ殿は、心配性でいらっしゃる。確かに、我が皇都イシュガルドは、ドラゴン族との戦いに専念すべく、門戸を閉ざしてきた。だが私は、こうした難局にあればこそ、国外の勢力と手を取り合うべきだと考えている」

 フォルタン伯爵の考えは、アトリが初めてこの地を訪れた時から一貫している。暁の血盟が罠に嵌められなければ、寧ろイシュガルドと正式に手を組んで、ドラゴン族に立ち向かう未来があったかも知れない。
 だが、それは皆がフォルタン家と同じ志であればの話である。門戸を閉ざしているのは、教皇庁の独断ではない。民衆の総意と言っても過言ではないのだ。

「……無論、教皇庁の内部や、ほかの四大名家の中には、貴殿らの訪問に、眉をひそめる者もおりましょう。なればこそ、エオルゼアの救済のために活動する、貴殿らの行動によって、誤解を解いてもらいたいのです」
「伯爵閣下のお言葉を聞き、安心しました。仲間が散り散りになった今、できることはかぎられましょうが、閣下の想いに応えられるよう、務めさせていただきます」

 昨日まで失意のどん底にいたアルフィノの瞳に、希望が宿ったように見えて、アトリは安堵の溜息を吐いた。まだ何も解決していないが、少なくとも身動きの取れない状態ではなくなった。
 フォルタン伯爵も、彼らを匿うだけではなく、何か策がある筈だ。少しずつ前進し、そしていつかは『暁の血盟』の皆と合流し、汚名を晴らす。不可能に近いそんな事が、本当に出来る気がして来るから不思議だ。
 そこまで考えて、アトリはオルシュファンに励まされる度に前向きな気持ちになる事を思い出した。
 きっと、フォルタン家が代々築いてきた正義を貫く思いが、関わる全ての人々に影響を与えているのだろう。

 ただ、アトリはオルシュファンの立ち位置を良しとはしていないし、今の扱いもおかしいと思っていた。
 フォルタン伯爵の子である事に変わりはないのに、何故こうして隅に立ち、ごく普通の騎士という扱いを強いられるのか。決して騎士という身分が貴族より劣っていると言いたい訳ではない。ただ、オルシュファンもフォルタン家の血を継いでいるというのに、未だに部外者のように扱われている事が内心許せなかったのだ。

 オルシュファンは、アトリが神妙な面持ちをしている事に気付いていた。だが、それは自分自身に関する事ではなく、彼女が何故祝賀会の事件が起こるまで、己から距離を置いていたのか――その事に関わっているのではないかと思っていた。
 オルシュファンがその真実を知った時、二人は決断を迫られる事になる。

2023/09/10

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