ひとえに仕組まれたこれまで

「そうか……ひとまずは今の無事を祝おう」

 キャンプ・ドラゴンヘッドへと帰還した冒険者とアトリを、オルシュファンは温かく出迎えた。アトリの目が赤く充血している事に気付いてはいたが、今は他の者がいる手前あえて触れずにいた。冒険者がアトリを泣かせるような事をするとは思えず、それに仲違いしたのであれば、一緒に帰って来る事はない筈だ。つまり、アトリはフランセルを心配して涙を流したのだろう。そう結論付けたのだった。
 オルシュファンは冒険者へ顔を向ければ、笑みを湛えて労った。

「お前は、わが友フランセルの命を救ってくれた。そして、飛空艇に繋がる手掛かりもな」

 その言葉に、冒険者は目を見開いた。フランセルの一件があるだけに両手放しで喜ぶ事は出来ないものの、まさかこんなに早く手掛かりが見つかるとは思いもしなかった為、驚きは隠せなかった。

「実はな、都に送っていた使いの者が、第七霊災の折に飛空艇を見たという者を見つけたらしい」

 喜ばしい報告。その筈が、オルシュファンは表情を曇らせた。

「……だが、お前がフランセルの紹介を得て、我らの元に来たと知るや、態度が豹変したという。異端の関係者に話すことはない、というわけだ」

 つい先程ストーンヴィジルでの出来事があっただけに、フランセルが無実の罪を擦り付けられている事は、アトリだけでなく冒険者にとっても一目瞭然であった。だが、無実であるという形ある証拠が出せないが故に、イシュガルドの者たちはフランセルが異端者だと決め付け、偏見の目を向けているのだ。
 そんな者たちが、フランセルをあそこまで追い詰めていると思うと、冒険者はやりきれない怒りを感じた。
 だが、こうも考えられる。フランセルの異端者疑惑が晴れれば、飛空艇の情報も提供して貰えるという事だ。

「ふふ……眼の奥に煌めく光……実にイイ……!」

 オルシュファンは冒険者の考えを見抜いたのか、熱い眼差しを冒険者へと向けていた。このパターンはまずいのでは、と冒険者は恐る恐る横目でアトリを見遣ると、案の定感情のない顔をしていた。これは間違いなく怒っていると勘で察し、アトリの気を紛らわせようと、冒険者は「つまりフランセルの異端者疑惑を解けば、全てが解決するという事か」とオルシュファンへはっきり訊ねた。

「そうだ、フランセルにかけられた異端の嫌疑を晴らせば、我が友の名誉も、飛空艇の情報も得られるのだ!」

 オルシュファンの言葉に冒険者は頷いて、今度はしっかりと顔を向けてアトリを見遣った。なんとしてもフランセルを助けよう――そう告げる冒険者に、アトリは不貞腐れるのも恥ずかしくなって、力なく頷いたのだった。



「フランセルは『竜眼の祈鎖』を追えと言った……。異端の嫌疑をかけられたきっかけだったからか? ……竜眼の祈鎖は、荷運び人の襲撃を機に見付かった。……洗いなおす価値はあるか」

 オルシュファンは冒険者からの報告を改めて整理し、暫し考え込めば、物は試しとひとつの依頼を投げ掛けた。

「アートボルグ砦群のリックマンから話を聞いてくれ。クルザスを巡る荷運び人の事情には、彼が詳しいはずだ」

 竜眼の祈鎖――ドラゴン族へ魂を売った異端者の装飾具。異端者はそれを使って同志である事を確認するのだという。その『竜眼の祈鎖』がフランセル宛の荷物に紛れていたのを冒険者が見つけた事を切欠に、飛空艇の行方探しとしてオルシュファンを紹介されたのがこれまでの経緯である。
 冒険者は快く承諾して、翌日アートボルグ砦群に向かう事を決めたのだった。





 その日の夜。オルシュファンはアトリが寝室として借りている部屋を訪れた。彼女の性格ゆえに、フランセルの事が気掛かりで眠れないであろうと事は想像に容易く、また、気持ちの切り替えもまだ出来ていないのではないかと感じたからだ。アトリにはいつも笑顔でいて欲しい――異端者疑惑の件が解決しない限りは難しいのは分かっているが、それでも、彼女にはこれ以上胸を痛めて欲しくなかったのだ。



「……ごめんなさい、気を遣わせてしまって」
「いや、ただ単にお前の顔が見たくなったのだ。あの冒険者たちが来てからは、なかなかお前とゆっくり話す時間もないからな」
「ほんの数日じゃないですか」

 アトリは苦笑しながらそう返したが、オルシュファンが気を遣っている事は勿論分かっていた。冒険者が来る前からフランセルの異端者疑惑を気にしていただけに、今日の件は正直堪えていた。だからこそ、眠れぬ夜にオルシュファンが顔を出してくれた事で、アトリの気持ちも少しばかり和らいだ。暁の血盟の面々がいるだけに、自分からオルシュファンの部屋に顔を出すのは気が引けてしまったのだ。彼らが己たちの関係を察しているとしても。

 アトリはオルシュファンと共にベッドに腰を下ろし、まるで頭の中を整理するかのように、今日の出来事を思い返しながら呟いた。

「……私、イシュガルドの宗教を甘く考えていました。異端審問で、フランセル様の身の潔白が証明されるとは思えません。だからこそ、フランセル様も藁をも縋る思いで嘘の情報を信じて、ストーンヴィジルに……」

 明日、冒険者一行がアートボルグ砦群へ向かう事はアトリも把握している。だが、そこでフランセルの無実を証明出来るような証拠が見つからなければ、いずれ異端審問が始まってしまう。
 異端審問とは名ばかりで、その内容は『処刑』そのものであった。ウィッチドロップという崖から飛び降り、異端者であればドラゴン族から授かった力で空を飛ぶ。異端者でなければ、そのまま命を落とし、その魂は戦神ハルオーネに救われる――そんな事が当たり前のようにまかり通っているのだ。
 不安を吐露するアトリに、オルシュファンは優しく肩を抱けば、いつもと変わらない笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

「アトリ、お前が心配するのは当然の事だ。だから、『気を遣わせている』などと思う必要はないのだぞ。寧ろ、謝りたいのは私の方だ」
「オルシュファンが? どうしてですか?」
「いくら焦っていたとはいえ、お前をストーンヴィジルに向かわせなければ……」

 そう言って目を伏せるオルシュファンに、アトリは首を横に振って否定した。

「それは違います。傷付く事を恐れ、オルシュファンに守られ続けているようでは、イシュガルドの方たちと手を取り合うなど到底不可能です」

 アトリははっきりとそう言い切った。決して強がっているわけではない。はじめてこの地に足を踏み入れてからの日々は、楽しかった事ばかりではない。帝国のスパイだと疑われたり、己はこの地に相応しくないと思い知らされた事もあった。ただ、それ以上に良い事もたくさんあった。
 このイシュガルドで暮らす人々も、己が生まれ育った東方の国や、エオルゼア三国で暮らす民と何も変わらない。敵対心を露わにする人もいれば、異邦人である己に優しく接してくれる人もいる。
 それに、アトリはこの国が好きだった。クルザスは決して温暖な気候ではなく、更に第七霊災を切欠に寒冷化が進んだ土地ではあるが、石造りの建造物が吹雪を防いでくれて、暖炉や芯から温まる食事で取る暖は、何にも代えがたい至福の時であった。
 それにフォルタン家は、閉鎖的なこの国を変えようと、他国から冒険者を集めている。アトリがイシュガルドという国を嫌う事がなかったのは、このキャンプ・ドラゴンヘッドという、ある意味特殊な環境で過ごした影響が大きかった。
 そして何より、己を助けてくれたオルシュファンが大好きだから、だからこそ、この国が良い方向に変わっていくのを見届けたいとアトリは思っていた。東アルデナード商会に迷惑の掛からない範囲で手助けが出来ればなによりだ。

 その為には、守られてばかりではいけない。
 もっとこの国を知り、人の痛みを知り、寄り添う事が出来るようになりたい。
 単に商売だけを理由に、この国に滞在しているのではない。寧ろ、オルシュファンと出会った事で様々な人との縁が出来、そして今の自分があるのだから。
 アトリは当たり前のようにそう思っていたが、オルシュファンは想定外だったのか、驚きで目を見開き、そして苦笑を零した。

「全く……本当にお前は御人好しだな。そこまで背負う必要などないのだぞ?」
「御人好しはオルシュファンの方です。初めて出逢った時も、私を庇う必要などなかった筈なのに……」

 お互いにお互いの事を同じように言うものだから、どちらともなく笑みを零してしまった。アトリも塞いでいた気持ちが晴れて行き、きっとあの冒険者一行が事態を良い方向へ変えてくれるのではないか、と前向きに思い始めていた。

「ふふっ、やっぱりオルシュファンと一緒にいると、自然と前向きになれるので不思議です」
「うむ、まずは出来る限りの事をするまでだ。問題は、異端審問がいつ開かれるかだが……」

 今度はアトリがオルシュファンの手を取り、励ますように握り締めた。異端審問が行われるよりも先に、冒険者一行がアートボルグ砦群で何かが掴めれば、事態は一気に好転するのだ。悩むのは、冒険者が証拠を掴めなかったと判明した時だ。出来れば、そんな事は起こって欲しくないのだが。

 たとえ僅かな時間でも、こうして一緒にいられるだけで幸せだ。アトリは伝わる手のぬくもりを感じながら、オルシュファンの肩に身を委ねた。
 イシュガルドの宗教に倣うなら、きっとハルオーネの神がフランセルを救ってくれる。無実を証明する為――自分だけではなく家族や、アインハルト家に関わる全員を救う為にドラゴン族と対峙した、そんな勇気ある気高い人が、無実の罪で処刑されるなどあってはならないのだから。アトリは心の中でそう強く祈った。





 翌日、早速アートボルグ砦群に向かい、リックマンから話を聞き出した冒険者一行は、急いでキャンプ・ドラゴンヘッドへ戻りオルシュファンへ報告した。

「『竜眼の祈鎖』が、アインハルト家宛の荷物すべてに?」

 それは明らかにアインハルト家を陥れようとしている事に違いなかった。荷運びの履歴は全て記録されており、証拠として出す事も充分可能であった。それこそ、アトリが父の遺品を帝国のスパイではないと証明する為に提示したのと同じように。

「このあまりにもつたない手口はどうだ、暴いてくれと言っているようなものではないか! だが、今はその愚かさに感謝するぞ。異端の嫌疑が仕組まれたものであることは、もはや明白! フランセルの異端審問に、待ったをかけられる!」

 オルシュファンは興奮冷めやらぬ様子であったが、それはアトリも同様であった。いつ始まるか分からないと懸念していた異端審問に、間に合わせる事も可能だ。いつでもフランセルの無実を証明出来るのだから、喜ぶのは当然である。

「長らく我々を翻弄してきた異端問題も、お前のおかげで、カタをつけられそうだ! アインハルト家が陥れられたことを伝え、フランセルの異端審問を止めよう」

 オルシュファンは冒険者に改めて礼を言えば、ちょうど今、このドラゴンヘッドに滞在している審問官へ報告するよう促した。
 アトリはアルフィノとシドへ顔を向け、気が早いと思いつつも労いの言葉を掛けた。

「アルフィノ様、シドさん、良かったですね。これでフランセル様の潔白が証明されれば、飛空艇の情報も手に入る筈です」
「ああ、長いようで短かったが、これで――」

 これで一件落着、と思いきや――。
 冒険者が血相を変えて舞い戻り、アトリはまさか、と眉を顰めた。
 アトリの嫌な予感は的中した。冒険者は、間もなく異端審問が始まると審問官に言われた事を簡潔に述べた。また、自分たちがフランセルの為に動いていた事を察しており、「潔白を祈れ」とまで口にしていたのだという。

「フランセルの異端審問が始まるだと!? 潔白を祈れとは白々しい……。あれは、審問とは名ばかりの処刑ではないか!」

 憤るオルシュファンに、アトリも険しい表情を浮かべ、思わず拳を握り締めた。最早傷付く事を恐れるなんて考えもしなかった。ここで異端審問を止めなければ、本当にフランセルは殺されてしまうのだ。今回ばかりは、オルシュファンも冒険者だけに任せる事はしなかった。

「今ならまだ止められる。私は急ぎ、部下を送る手はずを整える。お前も支度を整えて『ウィッチドロップ』へ向かってくれ。私もすぐに合流しよう!」

 かくして、フォルタン家の騎士たちと冒険者一行、そしてアトリによる、フランセル救出作戦が始まったのだった。

2022/09/19

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