外れた車輪はそのままで

 暁の血盟一行は、飛空艇の手掛かりが掴めるまでキャンプ・ドラゴンヘッドを拠点に、各々で出来る事をと情報収集を行う事にした。オルシュファンが都へ使者を送っているものの、ただ待つだけというのは彼らの性に合わなかった。それに、何かの行動を切欠にシドの記憶が戻る可能性も有り得るからだ。

「飛空艇の行方を捜すには、我らフォルタン家を含む『四大名家』の協力が不可欠だ」

 冒険者たちの申し出を受け、オルシュファンはあまり現実的ではないと思いつつも、ひとつの提案を口にした。

「四大名家は、それぞれが各地の拠点を管轄している。広いクルザスの地で目撃情報を集めようというなら、各地の名家を頼るほか道はあるまい」

 現実的ではない――第七霊災前後は各国が混乱しており、クルザス上空に飛空艇が飛んでいたとしても、それを覚えている者がいるか定かではない。ましてやこの閉鎖的な国では、易々と情報を提供してくれるかも疑わしい。ゆえに、オルシュファンも根回しをしておくつもりではいるが、恐らくは有益な情報は得られないだろう事は想像に容易かった。
 アトリはというと、あまり深入りしてはいけないと分かってはいつつも、自然と協力の言葉が口をついていた。

「お役に立てるか分かりませんが、私も皇都で情報を集めてみますね」
「皇都? イシュガルドは他国の者は立ち入れないと聞いていたが……」
「東アルデナード商会の特権といいますか、特例で入れるんです。あまり目立った行動は取れませんが」
「それは助かるよ! ありがとう、アトリ」

 アルフィノは全面的にアトリを信頼しているらしく、頬を綻ばせて微笑を零した。なんてことはない遣り取りなのだが、オルシュファンはどういう訳か首を傾げていた。
 一先ず、話し合いは一旦終わり、暁の血盟一行は早速翌日から四大名家を駆け回る事となった。



 夜も更け、冒険者たちがオルシュファンの提供した空き部屋へと向かった後。
 アトリとふたりきりになるや否や、オルシュファンは珍しく気難しそうに眉を寄せた。

「アトリ、その……アルフィノ殿とはどのような関係なのだ?」
「は?」

 どのようなも何も、アルフィノとはウルダハで出会った事はオルシュファンにも話している。ただの顔見知りであり、それ以上でもそれ以下でもない。質問の意図が分からぬまま、アトリは真っ直ぐに彼を見つめて答えた。

「以前話した通りですが……何か、引っ掛かる事でも?」
「……あまりにも彼らに踏み込み過ぎではないか? いくらなんでも、お前が皇都で情報収集するのはやり過ぎだ」
「それは、オルシュファンが暁の血盟に手を貸すと決めたからです」

 アトリとて一時の感情で協力しようとしている訳ではなく、東アルデナード商会での立場も考えて、慎重に行動するつもりでいた。決して咎められる行為ではない筈だ。
 寧ろ、文句を言いたいのはアトリのほうである。

「オルシュファンこそ、そんなにあの冒険者が気に入ったのですか?」
「む?」

 突然話を振られ、今度はオルシュファンは怪訝に思う番であった。かの冒険者は、一目見て他の者とは違うと思わせるオーラがあった。実際に部下と手合わせを行った際も、その動きは目を見張るものがあり、もっとこの者の戦いぶりを見ていたい、かの者を知りたいと自然に思ってしまうほど、オルシュファンは惹き付けられていた。
 それは手合わせをじかに見たアトリも同じように感じた筈だとオルシュファンは思っていたのだが、どういう訳か彼女は珍しく不機嫌そうである。

「気に入るに決まっているだろう。アトリはそうは思わなかったのか?」
「『暁の血盟』の方ですから、強い冒険者だというのは分かります」
「では、何が不服なのだ?」
「…………」

 オルシュファンの問いに、アトリは答えられなかった。自分自身の事なのに、どういうわけか言葉が出て来なかったのだ。決してオルシュファンに隠し事をしたいわけでも、自分を取り繕いたいわけでもない。その筈なのに、どうにも頭が回らなかった。

「アトリ?」
「……すみません、頭を冷やしてきます」

 まずは冷静になるべきだ。アトリはそう決めて、部屋を後にしようとした。だがオルシュファンにしてみれば訳が分からず、引き留めないわけにはいかなかった。決して彼女を責めたいのではなく、何か引っ掛かる事があるなら話して欲しい、ただそれだけだ。

「待て、アトリ。何処に行くつもりだ」
「少し、夜風を浴びに……」
「私も行こう」
「いえ、少しひとりになりたいのです」
「何故だ?」

 オルシュファンは何も間違った事など言っていない。それだけに、アトリもどうしたら良いのか分からず、目を逸らすしかなかった。だが、アトリの胸中など知る由もないオルシュファンは、純粋にこのまますれ違うのは避けたい――それゆえに、強引に引き留める形となってしまった。
 アトリの手を取り、オルシュファンはその顔を覗き込んだ。困惑しているのが目に見えて分かるものの、原因は見当が付かない。

「アトリ。私は決してお前を責めているわけではない。気に掛かる事があれば我慢せずに言って欲しい、それだけだ」

 自身の感情を上手く言語化出来ず黙り込むアトリに、オルシュファンはどうすれば心を開いてくれるのだろうかと、まずは不安を取り除こうと彼女の髪を優しく撫でた。そんな事で解決するわけではないのだが、かといってこのまま放っておく訳にはいかない。
 アトリももどかしく思いつつも、オルシュファンに迷惑を掛けたいわけでは決してない。どうして自分はあの冒険者に良い感情を持っていないのか、何故オルシュファンと同じように思えないのか。
 漸く、その答えが分かり始めた瞬間。

 部屋の扉が外側から開かれた。
 扉の向こうには、冒険者とアルフィノの姿があった。

 オルシュファンはアトリの髪からそっと指を離し、ふたりに顔を向けた。

「どうした? 眠れないのなら、何か飲み物でも――」
「ええ、是非。ですが、オルシュファン卿やアトリに任せるのは気が引ける。調理場の道順を教えて頂ければ、自分たちで用意します」

 オルシュファンの問いに答えたのはアルフィノであった。だが、客人にそこまでさせる方が気が引ける。どうすれば良いか、一番妥当な案を出せる第三者はアトリだけである。
 アトリは片手を上げて、アルフィノに声を掛けた。

「私がご案内しますね。私たちもちょうど喉が渇いたと思っていたんです」
「ありがとう、助かるよ」

 アトリはそう言って、オルシュファンから離れてアルフィノの手を取って足早に部屋を後にした。
 部屋にはオルシュファンと冒険者だけが残された。何も分かっておらず困惑しているオルシュファンに対し、冒険者は状況をなんとなく察し、邪魔をして申し訳ないと呟いた。

「いや、お前たちは客人なのだから、気を遣う必要はないのだぞ。寧ろ助かった……のかも知れん」

 歯切れの悪いオルシュファンに、冒険者は首を傾げた。明らかにふたりは仲睦まじい様子であり、タイミングの悪さに申し訳なく思っていただけに不可解であった。
 アトリがいない今だからこそ、話せる事もある。オルシュファンは肩を竦めて冒険者へと事情を説明した。己が冒険者を気に掛ける事について、アトリは何か思うところがあるらしい、と。
 冒険者は、オルシュファンは気付いていないのかと苦笑しつつ、言葉を選んで思い当たる原因を、憶測だと前置きして話した。
 恐らくアトリは嫉妬しているのだ。ふたりがどういう経緯で一緒に暮らしているのかは知らないが、突然現れた己が即オルシュファンに気に入られたのが、納得出来ないのかもしれない。憶測ではあるが、と何度も前置きしながら話す冒険者に、オルシュファンは初めはそんな筈がないと思っていたが、徐々にその考えも変わりつつあった。

「私はアトリと初めて出会った時も、同じように接した筈だ。お前に対して嫉妬などするだろうかと思ったが……とはいえ、他に理由も思い付かん。お前の意見も一理ある」

 冒険者は、この話がアトリに聞かれたら面倒な事になりそうだと足音に気を払いつつ、オルシュファンを見遣った。

「いや、私も何故アトリがアルフィノ殿をあそこまで気を掛けるのか、少々不可解だったのだ。本人に聞いてもそれが当たり前の事だと言わんばかりの態度でな……私自身のこの感情も、嫉妬と考えれば納得だ。恥ずかしい限りだが」

 そう言って苦笑いを浮かべるオルシュファンに、冒険者は恥ずかしい事などないと首を横に振った。そして、アトリが己に対して言った事を思い返し、「アトリはアルフィノの事を弟のように思っているようだ。アルフィノの友達かと聞いたら、『私は子どもではない』と怒られた」と冗談めかして説明した。

「私が部下の介抱をしている間に、そんな遣り取りがあったのか。なに、アトリもお前に悪気がない事は分かっている筈だ」

 微笑を零しながらオルシュファンがそう言うと、冒険者も笑って頷いた。きっと、アトリにとって自分が幼く見える事はコンプレックスなのだろう。オルシュファンと恋仲である事は一目瞭然であり、恐らくは歳の差もある事を考えると、アルフィノと同世代というような言い回しは確かに失言であった。冒険者としては、そんなつもりで言ったわけではないにしても。

 話が一段落すると同時に、扉が外側から叩かれた。果たして今の話が聞かれていなければ良いのだがと思いつつ、オルシュファンは扉を開けて出迎えた。

「オルシュファン、ごめんなさい。勝手な真似をして」

 二人分のカップを両手に携えたアトリは、心境の変化があったのか申し訳なさそうに目を伏せていた。オルシュファンは、確かに彼女の行動に驚きはしたものの、その間冒険者と思い掛けない話が出来、結果的には良かったと思っていた。

「いや、構わんぞ。ただ、私としてはお前たちに働かせるのではなく、使用人に任せたいところなのだがな」
「オルシュファン卿、お気遣いは不要です」

 代わりに答えたのは、三人分のカップが乗った盆を抱えたアルフィノであった。嫌な感情など抱きようがないほど、純真そうな笑みを浮かべている。

「聞けばアトリも初めてここに来た時は、自分から率先して手伝いをしていたそうですね。我々も同じ気持ちなのです。異国の人間である我々に、宿を提供して頂けるだけでも有難い。せめて身の回りの事は自分たちで行います」

 オルシュファンは苦笑して、ふたりを招き入れれば、交代するように部屋を出た。

「カップの数を見るに、シド殿もまだ起きておられるのだな。私が呼んで来よう」

 ちらりと振り返ってそう告げれば、そのまま扉が閉められ、部屋に静寂が訪れる。
 先程の話は聞かれていない事にしよう、と冒険者は自分に言い聞かせ、ちらりとアトリを見遣った。
 するとアトリも視線を感じたのか冒険者へと顔を向け、目が合った瞬間、彼女は頬を赤らめて眉を顰め、唇を尖らせた。
 その瞬間、冒険者は全てを察してしまった。一番聞かれたくなかった後半の話が、彼女の耳に入ってしまったのだと。
 観念しようと冒険者が「ごめん」と告げると、アトリは不貞腐れたまま言葉を返した。

「謝らないでください。あなたは事実を口にしただけなのですから」

 すると、アルフィノもが笑みを湛えながら間に入ってフォローに回る――というよりも、話の流れをよく分かっていない様子であった。

「どうして君が謝るのか分からないが……私とアトリが友人だと思ったのは、何もおかしな事はない。友人になるのに年齢は関係ないからね」

 アルフィノの真っ当な意見に、アトリは顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしい思いを抱く羽目になった。アルフィノと同年代と思われていると思い込んで、ひとりで不機嫌になっただけなのだから。尤も、アトリが冒険者に嫉妬心を抱いているのは、これとはまた別の話なのだが。

「たった一度会っただけだというのに、親切にしてくれて本当に嬉しいよ。アトリ、君さえ良ければ是非友人になりたいと思うのだが……どうだろう?」

 屈託のない笑みを浮かべてそう提案するアルフィノに、アトリは当然断る理由もなく即座に頷いた。そんなふたりの様子に、冒険者は確かに健全な関係だが、オルシュファンが見れば複雑に思うだろう……と内心共感してしまった。オルシュファンとシドが部屋に来るまでの間、冒険者は何とも形容し難い感情に苛まれたのだった。

2022/08/13

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