Crazy:Bの一連の問題行動は全てコズプロの一部上層部が仕組んだ事であり、メンバーは脅されて仕方なく指示に従っただけだったと、MDM前夜祭のステージで公式発表が為された。それなのに、リーダーの天城燐音が自らの意志で他の三人を強引に従わせ、暴虐の限りを尽くしていたのだと主張して、会場は大混乱に陥った。
 前夜祭の一部始終は全て中継されていたし、それにSNSがここまで発達した世の中では、揉み消すなんて不可能だ。現場にいた観客が次々に情報を拡散し、瞬く間に知れ渡る事となった。
 天城燐音の主張――ESのユニットシステムによりソロアイドルは潰され、夢を奪われた彼は復讐する為に暴れ回ったのだと。

 確かに彼の行為は明らかにやり過ぎだ。アイドル業界では禁忌とされる、他ユニットへの暴言、更にはステージから蹴落とす暴力行為。『ユニット』を貶める為に行われた数々の行為は、何を以てしても擁護出来ないものだった。

 天城燐音はこれまで積み上げて来た全てを捨てるつもりで、最後の最後に大舞台であんな暴動を起こしたのだ。もうアイドルとしてステージに戻る事はないだろう。万が一本人が望んだとしても、周囲がそれを許さない。
 天城燐音は追放され、他のCrazy:Bのメンバーは脅されていただけで罪には問われない。Crazy:Bを脅した上層部とやらも処分される見込みであり、後はES所属のアイドル達がMDMを成功させる事でイメージの回復を図り、徐々にファンの信頼を取り戻していくしかない。

 傍から見れば、ひとまずは一件落着と言っていい。諸悪の根源がなくなり、一見平和が訪れたように見えるのだから。後の事は七種副所長を始めとするESの良心たる面々が信頼回復に努め、私たち一端のアイドルは上の命令に従い、品行方正な偶像を演じる。それですべては元通りだ。

 時が経てば全ては元通りで、何もかもが上手くいく。
 そう分かっているのだから、何も心配する事はないし、不安に感じる必要もない。ユニットの子たちにもそう言い聞かせて、だいぶ落ち着いたようだから、明日のMDM本番も問題ない。滞りなく進み、成功するのは決まり切っている。

 それなのに、肝心の私自身は、この『出来過ぎた結末』に納得出来ずにいた。
 あの天城燐音という男に惚れ込んでいるわけでもなければ、親しい関係でもない。何の関係もない人間がいなくなろうと、私にとっては何の問題もなく、寧ろ首を突っ込まない方が良いに決まっていると分かっている筈なのに。

 それでも納得出来ず、胸の内で苛立っているのは、一人のアイドルが全ての罪を背負い、それを周囲が叩き潰して、断罪したつもりになっている状況に既視感を覚えているからだ。
 その既視感が何なのか、考えなくても分かっている。
 二年前、風早巽というただ一人の人間が、全ての責任を押し付けられて、人生を滅茶苦茶にされた事を思い出して、腹を立てているだけなのだ。
 周りに対しても勿論ある。けれど、一番腹立たしいのは、何も出来なかった自分自身の無力さに対してだ。





 会場から距離はあるけれど、万全の状態で明日のMDMに挑めるよう、この日は住み慣れた玲明学園の寮に戻る事にした。ちなみに一応私たちのユニットもMDMにエントリーしてはいるけれど、こんな暴動のような事があっただけに、プロデューサーからは無理はしないで欲しいと連絡があった。
 私たちはALKALOIDや当初のCrazy:Bのように、MDMに出場出来なければクビだと言われているわけでもないし、玲明学園側も長い目で見てくれているのだろう。MDMに出なくても私たちのキャリアに傷は付かない。勿論、出た方が良いに越した事はないのだけれど、後輩たちのメンタルが最優先という判断だ。皆落ち着きつつはあるけれど、最悪ESに不信感を持った一部の観客が、私たちアイドルに罵声を浴びせる可能性もある。私自身、特待生になるまでは辛酸を舐めて来ただけに、後輩たちには同じ思いをして欲しくない。

「光莉先輩……明日、どうしますか……?」
「……正直、当日に決めても良いと思います。会場の雰囲気を見て、前夜祭の影響が続いているようなら辞退、大丈夫そうなら出場、で問題ないでしょうし」
「そ、そんな特別待遇許されるんですか?」
「プロデューサーも無理するなと言ってくださっているので。それに、元々Crazy:Bが各方面に喧嘩を売っていたせいで、直前になってMDMへの出場を辞退するユニットが続出したそうです。そんな状況下なので、辞退しても『仕方ない』で許されてしまうんですよね」

 玲明の量は二人部屋が基本なのだけれど、さすがに今日は私の部屋にユニットメンバー全員が集まっている。夕食と入浴を済ませ、後は日々のルーチンを終わらせて眠るだけの筈が、リラックス出来るハーブティーを人数分テーブルに置いて雑談に興じる様は、半ば女子会のようになっている。

「……光莉先輩は、辞退してもいいんですか?」
「うーん、やっぱり当日にならないと何とも言えませんね……天城燐音の声明を受けて、また暴徒と化す観客がいないとも限りませんし。今無理するよりは、先々の事を考えて慎重に判断すべきかと。だからこそプロデューサーも珍しく甘々な事を言われた訳ですし」
「でも、MDMには『巽さま』も出られるんですよね? 光莉先輩、本当は一緒に出たいんじゃないですか?」

 まさか後輩からその名前を出されるとは。
 正直彼を引き合いに出されると、完全に私情を持ち込んで感情に任せた判断になってしまいそうだ。『一緒に出たい』なんて、意識していなかったけれど……ALKALOIDの活躍は私だけではなく、他の皆の耳にも入っていて、無事『MDM』に出場出来る事になったのも自然と知る事となった。どうやら盂蘭盆会でのパフォーマンスが好評だったらしく、連日ライブ出演依頼が殺到し、L$がある程度稼げた上に、前述の通り出場辞退者が続出した事で難なくMDMへエントリー出来たのだという。
 どうりで星奏館に張り込んでも出会えなかったわけだ。恐らくESビルであっても余程運が良くないと出くわすのは難しかったに違いない。
 つまり、何をどう足掻いても私は巽さまと再会出来ない運命だったのだ。

「光莉先輩、やっぱりMDMに出たいんじゃないですか」
「まだ何も言ってないですけど!?」
「何か考え込んでたので……悩むって事は未練があるって事ですよ」
「そういうわけではないんですけどね。とにかく明日になってみないと何とも……」

 正直考えて答えが出る問題でもないと思うし、今日はもう寝てしっかり睡眠時間を確保して、明日に備えた方が良い。
 恐らくは明日MDMをつつがなく進行させる為に、ES上層部も走り回っているだろう。今日の暴動の影響がある程度落ち着いていれば、問題なくステージに立つ事が出来る。というか、一大イベントのMDMが中止ともなればESは大損害を被る。ゆえに何が何でも成功させるつもりでいるのではないか。そう考えると、案外成功に終わるんじゃないかという気がして来た。とはいえ、観客からブーイングを受ける可能性がゼロだとは言い切れないけれど。

「あれ? 光莉先輩、電話鳴ってません?」

 後輩の声で、机上に置いていたスマートフォンが振動している事に気付いた。プロデューサーから緊急の連絡かと思って液晶を見たけれど、名前は表示されていない。アドレス帳に登録されていない誰かからの着信だ。まあ、連絡先を間違えたのならその旨伝えれば良いし、と何も考えずに電話を受けた。

「――もしもし?」
『――花城、突然申し訳ありません』
「ひ、HiMERUさん!?」

 どうしてこの人が私の連絡先を知っているのか、という単純な疑問より先に、私に連絡を取って来たという事実に驚いて、頭が真っ白になってしまった。

「あの、大丈夫ですか!? その……まさかあんな事になるなんて……」
『HiMERUは大丈夫です。ただ、桜河が何者かに拉致されたようなのです』
「ええ!?」

 思わず大声を出してしまった。後輩たちが怪訝そうに私の様子を窺っている。この人の事だから、既に打てる手は打っていると思うのだけれど、わざわざ無関係の私に連絡を取るのには理由がある筈だ。

「HiMERUさん、私に何か出来る事はありますか?」

 電話の向こうで一瞬息を呑む音が聞こえた――ような気がした。数秒間を置いた後、電話口の相手は思いがけない言葉を口にした。

『――花城、今からESビルに来る事は可能ですか? 勿論、無理にとは言いませんが』
「……行きます! ただ、あまり長居は出来ないと思いますが」
『ありがとうございます。花城は明日MDMに出場するのでしたね、申し訳ありません』
「こんな状況ですし、お気になさらず。桜河くんの事も心配ですし、出来る事があればさせてください」

 簡潔に挨拶を済ませて通話を終わらせると、後輩たちの視線が一気に集中する。

「光莉先輩、『ひめる』って、あのCrazy:BのHiMERUですよね……?」
「『長居は出来ない』って、あの人のところに行くんですか?」

 皆が困惑するのも無理はない。だってこの子たちは、何も知らないのだから。二年前の玲明学園の事も、当時彼がこの学園の特待生だった事も、何もかも。

「その……Crazy:Bの桜河くんが行方不明みたいで。あんな騒動があった後だし、ちょっと話を聞いて来る」
「どうして光莉先輩が、あの人の為にそこまでしなきゃいけないんですか?」
「そうですよ。先輩はCrazy:Bとは何の関係もないですよね?」

 例え、公の場で『Crazy:Bは脅されて迷惑行為をしていただけ』と発表され、天城燐音が他の三人を脅していたと主張しても、易々と信用出来る人はそう多くはないという事だ。同じコズプロに所属するアイドルであれば、尚更そうだ。
 同じ事務所というだけで、品行方正にアイドル活動に勤しんでいた者まで『そういう目』で見られてしまう事もある。脅し行為の有無に問わず、他事務所のユニットに散々迷惑を掛けたのは事実であり、残念ながら擁護のしようがない。

 ただ、その経緯はどうであれ、少なくとも天城燐音が他の三人を脅していたのは嘘だと断言出来る。そこまで彼らに深く関わっているわけではないけれど、『HiMERU』の事は多少は知っているつもりだ。
 玲明学園にいた頃の彼は、ステージ上の堂々たる振る舞いとは異なり、自ら進んで前に出る事はない、アイドルとしては珍しく自己主張をしたがらない人だった。
 でもそれは過去の話で、『今』の彼はまるで人が変わったかのように、プライベートでも堂々としているように見えた。素ではなく、普段からアイドルとしてのHiMERUを演じる事を徹底しているのかも知れないけれど、私に対する態度を鑑みれば、どう考えても天城燐音の脅しに屈するような人には思えなかった。

 確かめたい。この機を逃したら、『Crazy:B』はおろか『HiMERU』という存在も消えてしまうのではないか――考え過ぎかも知れないけれど、そんな不安が脳裏をよぎった。

「……皆の言う通り、私はCrazy:Bとは何の関わりもない。でも、HiMERUさんは元々玲明の生徒だったし、全く繋がりがないというわけでもないんです」

 ここまで言ってしまっても良いのか迷ったけれど、『玲明学園の生徒だった』という事は秘匿ではない筈だし、調べれば簡単に分かる。ただ、二年前に行方をくらましたソロアイドルで、かつ現在はクビ寸前のユニットに所属している人物の事を、わざわざ調べようとする生徒はいない。ゆえに、私の今の言葉に皆はそれぞれ驚いていて、初めて知った事が見て取れた。

「あの人って元々玲明にいたんですね。『元』って、卒業したならそんな言い方はしないですよね……?」
「当時色々あって、相当数の特待生が秀越学園に転学したんです。ただ、HiMERUさんと再会したのもここ最近ですし、あまり詳しい事は分からないのですけど」

 その程度の仲ならば、何故こんな時に彼の元に行かなければならないのか、と皆言いたいのは分かっている。けれど、何をどう、どこまで説明すれば良いものか。二年前の出来事を事細かに説明するのは、私も精神的に疲弊するし、何より彼のプライバシーに関わる以上、出来れば避けたい。

「……もしかして、『巽さま』と何か関係してたりします?」

 後輩のひとりが核心をついて、つい小さく悲鳴を上げそうになってしまった。
 何も答えられない私に、後輩たちは互いに目を見合わせれば、遠慮がちに口を開いた。

「二年前、この学園が色々と大変だったっていうのは、私たちも何となく察してます。具体的な事は分かりませんけど……」
「要するに、光莉先輩はHiMERUさんを助けたいんですよね?」

 助ける。そんな大それた事なんて頭になかった。何か出来る事があるならする、と短絡的に考えていたけれど、単純に言えばそうなるのだろうか。
 二年前に人生を滅茶苦茶にされたのは、巽さまだけじゃない。特待生にも関わらず巽さまを崇拝し、自らを犠牲にする事で革命は正しい行為なのだと証明しようとし、結果何もかもを失った――そんなHiMERUというアイドルもまた、どん底から這い上がり、漸くユニットという形でステージに戻って来れた人なのだ。

「……助けたい、そうかも知れません。二年前は無力で何も出来ませんでしたが、今なら、多少は力に……」
「光莉先輩、分かりました! 『巽さま』絡みならしょうがないですよ」
「だから、早く行って用事を終わらせて帰って来てくださいね」

 まさか私が巽さまをなりふり構わず追い掛けていた事がきっかけで、こうして皆の理解を得る事が出来るなんて。その行為が良いか悪いかは別として――いや、アイドルとしては良い行為とは言えないのだけれど。ひとまずは救われた、のかも知れない。

「皆、ありがとう! 明日は状況によっては予定通り出場するから、ちゃんと睡眠時間確保するようにね」
「はーい、っていうか先輩もですよ!? 無理しないでくださいね?」

 皆、心の中では複雑に思っているだろう。それでもこうして送り出してくれた事を幸せだと思わないと。全く、年功序列とはいえ私がリーダーだというのに、後輩たちにいつも助けられてばかりだ。皆、明日のステージが不安な事に変わりはないというのに。
 だからこそ、万全の状態で明日のMDMに臨む為にも、今ある問題はクリアしないといけない。二年前と同じ事を繰り返さない為に、これ以上誰かが犠牲になる事のないように。

2020/12/13

Wir mussen durch viel Trubsal
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