にっぽんさにわのむかしばなし。


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私には、母も父も居ない。

とある町の資産家の所謂隠し子というもので、遊び人である長男が気紛れにそこに居た、家出中の住み込みで働いていた侍女に手を出しその侍女から生まれたのが私であった。

私を産んだ母はその家に嫁ぐ事もせず、どこかまた別の所で働いているということしか知らない。
資産家らしい父とは会ったこともなく、認知もされていないのでもういないものと思っている。


物心つく頃には一面畑と山と林の緑しかない田舎の古びた大きな古民家で、母方の祖父母と暮らしていた。
井戸で水を汲み、薪で風呂を焚き、飯を炊く。畑で野菜を育てて、山で狩りをして、川で魚を釣る。
電子レンジや冷蔵庫なんかはあったけれど、最低限のものしか置いていない、今では考えられないくらい古い生活をしていた家で、部屋にテレビは無く、今時の娯楽といえるものはほぼ皆無だった。

それでも私が満足していたのは、育ての親である祖父母が大好きだったからだ。


その祖母と祖父はどちらとも凄く優しい人で、穏やかな人で、素敵な人だった。
ほっそりとした線の萌黄色の木綿着物がよく似合う、いつも割烹着を着てシルバーグレーの髪を一纏めにした上品なお婆ちゃん。
笑顔を絶やすことなく手や頬はいつも炭の煤で黒くなり、首にタオルを巻いて作務衣で家の仕事をこなす、大柄で豪快なお爺ちゃん。


2人はいつも口を揃えて言っていた。

父も母もいない、人一倍辛い思いをしているお前は、人一倍人に優しくできる存在なのだ、と。
だから境遇を悲しむことなく、その境遇を誇れるくらいの人間になりなさいと。


幼い私は意味がわからず、お婆ちゃんにもらった棒付きの飴を舐めながら頭にハテナを浮かべた。
そうしているとお爺ちゃんは私を抱き上げ、思いっきり抱きしめてくれた。お婆ちゃんもあらあらと笑いながら、私の頭を撫でた。


お婆ちゃんからは料理と家事を教わった。
私が作る料理は全て、お婆ちゃんから教わったものだ。
温かく美味しいものは人を内側から幸せにする事が出来るとお婆ちゃんは言った。

お爺ちゃんからは薪の割り方や山菜の見分け方、山での遊び方なんかを教えてもらった。

お父さんやお母さんが居ないと馬鹿にされ、泣いて帰った日には私以上に怒り、その子の家に乗り込もうとした事を良く覚えている。 


そして、この世にいる神様の存在はその頃に知った。

お爺ちゃんもお婆ちゃんも、長く続く戦争に参加していたのだと言っていた。
大事な家族以上の仲間もたくさん居たのだと教えてくれた。

【なまえ、神様はなあ、本当にいるんだぞ!おじいちゃんは神様達に慕われる審神者だったんだぞ!えらいんだぞお?】
【はにわ?おじーちゃんはにわなの?はにわがかっこいいの?】

さ に わ!!とムキになって教えてくれるお爺ちゃんの言葉はよく分からなかったけど、なんでそんな格好いい職業を辞めてしまったの?と問うと、お爺ちゃんは少し困ったように笑った。

そして決まってお婆ちゃんはご飯ができましたよ、と食卓へと呼んだ。
そこには沢山の揚げたてのからあげや家で取れた野菜を使ったサラダや私の大好きなお婆ちゃんの煮物、佃煮、お漬物。お味噌汁にほかほかの真っ白いご飯が並んでいて、私はその事を忘れてご飯に飛びつく。


幸せで、あたたかくて、やさしい。

そんな日々が終わりを告げたのはちょうど2年前。
大学を卒業して、晴れて一人暮らしを始め、そろそろ顔を出そうと思っていた矢先の事だ。


祖父母揃って、亡くなった。
事故でも自殺でもなんでもない。穏やかな老衰だった。

たくさんたくさん泣いて、たくさん思い出に浸って、やっと落ち着いてきたその翌年に、私は会社の規定による審神者適性検査を受け、今ここにいる。

お爺ちゃんとお婆ちゃんが何か関係しているのかな、なんて思ったりもしたけれど、天涯孤独となった私にあちらの世界に残して来たものなどもはや無い。それに、お爺ちゃんとお婆ちゃんがくれたものであるなら、絶対にそれを大切にしなければならないと思った。


深い深い意識の底、何故こんな事を今更になって思い出すのだろうと不思議に思う。

汚かった沼が弾けて、水に変わる。さらさらとして澄んだ綺麗な水だ。

遠い霧が掛かったその先には、誰かがいる気がして、目を細める。



「…さま、…あ…ま…




あるじさま!!!!!」



頭上から声が聞こえる。見上げて、

目の前には、涙を浮かべた今剣さんが居た。




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