ばーさす???




主が部屋から出なくなって、本丸は静寂に包まれていた。

お日様がいない、そんな表現が正しいような気がする。
僕の隈は日に日に濃くなっていて心配をされたけど、雨の降る音が煩くて最近眠れないんだよね。そう言って誤魔化した。


夜は確かに眠れなかった。


でもそれは彼女が苦しんでいることなんて知っていたから。隣で眠る相棒の、親友の大切な人だと分かっていたから。
この本丸に来てから良いことばかりで、自分の経験していないことばかりで、なんだかとても不安だった。

温かい食事も、ふかふかとした布団も、湯も、怪我をしていない仲間も、それに優しい主も。それが当たり前であるとしない場所から来たから、契約をしてもらっても尚、どうしても信じることができなかった。


一番初めの食事は簡単で早くできるものを、と。
お腹が空いていませんか?
そう言いながら優しく笑いながら出してくれた味噌汁を初めて飲んだ時。握ってもらったおにぎりと、漬物と、佃煮の味。美味しいのに何故か鼻がツンとして、ボロボロと泣いた。
それを見て主は笑って、自分の袂からハンカチを出して涙を拭ってくれた。


この本丸では、皆さんに家事をお願いしているんですが、どうされますか?もしお嫌でしたらしなくても大丈夫ですよ。


当たり前のように僕の意見を聞いてくれて、僕の意思を尊重してくれる。


◯◯◯さんは、和食がお好きなんですねえ。本当にたくさん食べてくれるので嬉しいです。ご飯のおかわりは如何ですか?

人間で言うところの、母が僕にあったのなら、こんな感じだったんだろうか。無条件で優しくて、許してくれる。



嬉しかった。
それと同時に、
怖かった。


経験をして、そしてまたその大事なものが無くなるのが嫌だった。
それを守る力が無いことなんて、昔の経験から嫌ってほど知っていた。大切なものを奪われるときの悲しみなんてもう味わいたくなかった。


ーどうせ無くなるのであれば、ちゃんと言われた役目を果たした方が良くないか?
そう、昔の僕は枕元に立って不思議そうに言う。

違う、ずっと憧れていたものを手に入れた。嫌だ。そうだ、やっぱり剥がしにいこう。

ーそれで怒られたら、どうなるかわかっているよね?

うるさい、うるさい、知らない。そんなこと知らない。

布団を被って葛藤をしても、傷だらけの僕からは逃げられない。

早く助けてあげなきゃ、それを出来るのは僕だけなのに。頭では分かっていても、体が動かない。
そろそろ彼女は限界だ。きっと、あと少しで死んでしまう。そういう類の物なのだ。

彼女が死んだら、隣ですやすやと眠る彼は泣くだろうか。

彼だけじゃない。この本丸の、審神者側に付いている刀剣は皆泣くのだろう。



それで僕を折ってくれるのであれば、それはそれで幸せなことなのかもしれない。



自分から折られる事は嫌がって、誰かからの失望を怖がって、誰かからの痛みを怖がって。
それでも同じ主人に仕えた相棒に折ってもらえるのであれば。この地獄から逃れることができるのであれば、と。それを受け入れることが出来るのは随分と都合の良い話なのは分かっている。


「…へま、しないでよね。」

小さく小さく呟いたその言葉は空気に溶けた。





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