ばーさす石切丸 2


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「けほっ、けほ、」



日に日に、体調は悪くなっていく。



刀剣男士の皆さんに気付かれないよう、数日ほど前から面会は謝絶とさせて貰った。

どうにもやつれつつあるこの顔を鏡で見ると、否応にも心配されてしまうと思ったからだ。
ゆっくりと進行していたこの体調の悪さが一気に悪化したのが、その頃からだった。


たっぷりと眠っているはずなのに、日に日に濃くなるこの目の下のくま、髪の艶のなさ、パサパサでいて、まとまりのないその自分の髪を見るのはすごく久しぶりだった。
肌の質感。ツヤはなく、触るとざらっとした乾燥した皮が手に触る。土みたいな無機質な血色は、より一層私の顔色を悪くさせていた。


この数日、お風呂はみなさんの寝ている真夜中に、そっと審神者用の小さな内風呂で、シャワーだけで済ませているけれど、少しずつ歩くのも億劫になっている。
ふらふらと壁伝いに歩くけど、このままでは皆さんに見つかるのも時間の問題だ。


唯一、こんのすけさんだけ知っているこの呪いのこと、体の不調のこと。

様子を見に来てもらうのもこんのすけさんなので、そろそろ彼の心配もマックスだ。

皆さんにもやはり相談しましょう!!と言われるが、わたしは頑なにそれを拒んでいた。

…でも、あの感じは時間の問題な気もする。



「主さま…?こんのすけです。お体のお加減は如何でしょうか。入ってもよろしいですか?」


そんなことを考えていたら、こんのすけさんの声が襖の前から聞こえた。噂をすればなんとやら、噂はしていないんだけど、

布団から起き上がり、枕元に置いてある薄手の羽織に手を通して準備をして、どうぞ、と言うとこんのすけさんはそっと静かに襖を開けた。


「こんにちは、こんのすけさん。皆さんの様子は如何でしょうか?」


そう言って笑ったつもりだったんだけど、それを言った瞬間にこんのすけさんは私のお腹に勢いよく飛び付いた。


こんのすけさんは軽いから、ぽふ、と私のお腹に収まる。

私のおなかにぐりぐりと頭を押し付けながら、無言で、少し震えているこんのすけさんの身体を撫でる。

一番最初にあった時よりすごくふかふかで、柔らかいその温かい温度が、冷水に浸したように冷えた指先をゆっくりと温めてくれた。

なで、なで、なで、なで。
可愛らしい描写ではあるが、この行為は決して可愛らしいものではなかった。



ごめんね、不安だよね。



一緒に居ると言った私がこんな体たらくで、こんのすけさんはさぞ怖い思いをしているだろう。

こんのすけさんだって、この本丸の被害者だ。
すごく辛い思いをして、人を憎んだに違いない。
寒かったと思う。あの夏でもひんやりとする真っ暗な厨の地下。


目を閉じて、考えた。

沢山その小さな身体を叩きつけられて、お前はいらないものだと罵倒される。
例えば、使えないだとか、邪魔だとか。

心というものはとても脆いもので、他者に少し邪険にされるだけでも、心が少しずつぱきぱきと薄い氷の膜のようなものが割れると同じように、壊れていくものだと思う。
そのヒビが割れる音を、彼は何回聞いたのだろう。

邪険にされる、それ以上にたくさんたくさん酷い言葉を言われて、たくさんたくさん痛い思いもして。

その後に、暗い、誰も寄り付かない場所にひとり閉じ込められたら。

そんな経験、誰が好き好んでしたいと思うのだろう。

周りの管狐を見る機会があったのなら、なぜ自分だけ、と思わない筈がない。なぜ自分だけこんな思いをしなければならないのだろうと思うに違いないのだ。


そんな思いをして、やっと、やっと訪れた平穏が私がいなくなることで少しでも壊れるとしたら。

私がしたことなんて大したものは何もないけれど、彼がそれを凄く大切に思ってくれている事は知っている。

ニコニコと笑いながらお揚げの煮物を幸せそうに食べるこんのすけさん、
湯船に浸かりながら夜空を見て、涙目になっているこんのすけさん。
三角巾を被って、凛々しく掃除の指示を出すこんのすけさん。

沢山の小さな幸せが脳裏に浮かんだ。


またこのあたたかい小さなふわふわの生き物は泣くんじゃないかと思う。


私は、彼を撫でる。

どうなるのか分からない、私もどうしていいのかわからないこの状況に、
謝りの意味も込めて、彼が落ち着くまで撫で続けた。





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「…取り乱しまして、もうしわけ、ありません。

ですが主様。面会を謝絶されたのはやはり誤った御判断だったのやもしれません…

今日も皆様方がいつこの主様のお部屋に乗り込んでくるのかわからない、そんな状況にございます。
あれだけ今までべったりだったのです、皆様方の心配はそれほどまでに、

どうか、皆様にご助力を願いましょう…?このこんのすけ、なにに変えても主様を失いたくはございません。
お願い致します、どうか…。」


「こんのすけさん、ありがとうございます。


でも、あと、少しだけ待ってもらってもいいですか?」


私を見上げる涙目のこんのすけさんに、心がぎゅう、と締め付けられた。


分かっている。
この問題を先延ばしにしたところで何も解決はしないこと。

わたしの命は確実に削れている。
この本丸に降り続ける横殴りの乱暴な大雨と、この自分自身の体の辛さが何よりの証拠である。

たとえばこれが呪いだったとしても、たとえばそうじゃなかったとしても。わたしは石切丸さんの元へ行かなければならない。
早く、早く行こうと思ってはいるのに、なぜか踏ん切りがつかないで、この数日間過ごしてしまっている。


…逃げ、といったらそれまでなのかもしれないけれど。

何故だかは分からないが、なぜか、彼に会うことが兎に角恐ろしかったのだ。









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