ばーさす太郎太刀 その5
ゆっくりゆっくりゆっくり
わたしの首に添えていただけのその大きくて優しい指先はどんどんと殺意と力を増して、私の身体は本能的にさぁっと血の気が引いた。
動物的本能とは凄いもので、髪の毛一本一本から足の指先まで、一気に温度が下がる。
こわい、
目の前のおおきなものはなに?
わたし、ここで死ぬのかな。
そんな風に思ってしまう程、彼は本気だった。涙を流しながら、ブツブツとごめんなさいごめんなさいと蚊の鳴くような声で呟いている音が聞こえる。
彼は本気でゆっくりゆっくりとわたしの首を圧し折ろうとしていた。
徐々に首の血管が浮き出てきている気がする。そんなに血管が太いほうではないので、気がしているだけだ。
脳内の酸素が供給を止められたことに驚き、わたしは死にかけの金魚のように口をパクパクと開け閉めする。
たらりと涎が垂れた。目尻からは違う涙が溢れる。生理的なものだ。
こわいこわいこわいしにたくないまだしにたくないやめてやめて、
だめやめて、ここでわたしをころしたら、
「……貴方は今度は自分の意思で他人を傷付けるのですか?」
その聞き慣れた凜とした声が聞こえた瞬間、びくりと太郎さんは震えて、わたしの首から手が離れた。
「うぇ、げほっ…」
「審神者さん!!!」
目の前がチカチカとする。
供給を止められていた酸素がいきなり入ってきて、脳味噌が爆発しそうだ。強く締められていた首もとにかく熱い。
大きく咳き込み、胸に手を当てた。わたしの心臓はどくどくと大きく脈を打つ。
走って駆け寄り、わたしの背中を慌ててさすっているのは、見えないが声的にきっと次郎太刀さんだ。抱き寄せ、さするその手は暖かく、優しかった。
良かった。まだ死んでいない。本当に良かった。
「他人に自分の業を背負わせ、のうのうと本霊に還る事が貴方の贖罪ですか。
笑わせないで下さい
僕たちは一言、貴方から御免なさいを聞ければそれで良いのです
貴方は謝りましたか?
一言でもお小夜に対して、僕たちに対してそう言った歩み寄りを見せましたか」
顔を上げると、目の前には足。
宗三さんはどうやら私と太郎太刀さんの間に割入ったようで、
「言葉を伝えられないただの鉄の塊から人の身を得て尚、貴方はどうして心で会話をするのですか?
我が主が貴方に分かりやすく教えたでしょう
言葉にして、初めてわかることもあります。
態度で初めて、分かることだってあります。
貴方は泣いて謝るべきなんですよ。
言葉にして、しっかりと頭を下げるべきです。
それをなんですか。主に痛め付けて欲しい、そして刀解されたい?
馬鹿にしてますか?僕たちを」
そして、どうやら、閉ざされていた襖の前で全て聞いていたらしい。
声色からして、宗三さんはすごくすごく怒っていて、取っ組み合いにならないか心配で見上げたいが、身体が言うことを聞かない。
さすられるがままに、次郎さんに体を預ける。
「…あなたは、もう充分傷を負っていると、僕は思う。
どんなに痛い思いをするよりも、痛い思いをしているよ。
だから、また、一緒に柿を取りに行こう?
今度は、一緒に食べたいなあ」
「…暴力だけが、全てではありません。
心から反省し、それを態度にして見せて、信頼を勝ち取っていくものなのでは…ないでしょうか…
私達は今、とても幸せです。貴方がこの場に独りで反省を続けている事、私達は、望みません。」
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