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  太郎さんのきもち









神は誰に祈ればいいのでしょうか
もし仮に、祈る相手がいたとして。





祈る事で弟は助かるのでしょうか
私は仲間を傷付けずに済むのでしょうか


人の子よ、何故私を見つけたのですか
なぜ、此の世にまた呼び戻したのですか
どうか、放っておいて欲しかった



見ることもやめましょう
息をするのをやめたとしても、私は此の世に留められるのでしょうか


ならばせめて、言葉を紡ぐ事を辞めてしまいましょう。せめてもの、償いに



瞼に焼き付いて離れない。匂いも、音も、全て無くなって仕舞えばいいのに。







______________





随分と昔のように感じるその日々は、つい最近の事であった。


太郎太刀が声を出す事を辞めたあの日は、前任者の気まぐれか夏の景趣仕様となっていて、そのせいで、やけに暑くて、襖を締め切ったその部屋の中は人間の世界でいうサウナみたいなものだった。
どこからやって来たのかわからない、現世でよく聞いた蝉の鳴き声もジリジリと五月蝿くて、叫びは蝉の音にかき消されて行った。


思い出したくもないその情景に、太郎太刀はいつもの定位置から正座を解いて縁側へと歩みを進める。
未だに淀みの深い自室は、自分から流れる血のせいで汚れていたが、自室から一歩出た縁側は和解した刀剣男士の中の掃除当番が掃除をしているためにとても綺麗だった。


朝日に照らされた庭は色とりどりの花と、植物で満たされていて、

小さな池の中にはいつのまにか鯉だっている。




ーあの日々は、終わった。


そう理解をせざるを得なかった。

次々と憎悪に満ちていた仲間達が後任の審神者と契約を交わし、楽しそうにしている事を太郎太刀は知っていた。
鶴丸国永の無理難題にも応え、重傷の刀剣を救い、あの喋れる状態じゃない程に狂ってしまった加州や、堀川が居なくなってからはねむってばかりで、人を寄せ付けなかった和泉守さえ審神者の元へと行ってしまった事も。


それに、自分の兄弟刀もあの審神者に懐柔されている。
そして、自分もそうなる事を他の誰でもない兄弟刀が望んでいる事だって知っていた。


今だって、朝になっても兄弟刀は帰ってこない。
きっとあの審神者の元に居るのだろう。

それでも太郎太刀はそれで良かった。3人目の弟は、辛い思いをあまりせずに済みそうだ。



自分は



幸せであってはいけないと思った。
それが例え操られて行った行為だとしても、罰だと思った。


昨日。兄弟刀に連れられて、久し振りに外に出た。こうして裏の森まで綺麗になってからは、兄弟刀が無理矢理手を引っ張って外へと連れ出そうとする。
それを拒否する理由もなく、昨日も然りそうだった。

艶々な木々を通り抜けながら、綺麗な空気を肺に入れて、なんだか少し浄化されてしまったような気がしたけど、見つけた。




自分が一番多く手にかけ、嬲り、殺した小夜左文字。



あの審神者の横で、審神者と手を繋いで、照れ臭そうに笑っていた。
審神者もそれを嬉しそうに見つめていた。
次郎は気付いていないようだ。


それを見た太郎太刀は、審神者に、ありがとう、と。心の中でそう呟いた。


瀕死の重傷を負わせたのは自分だ。
それでも、太郎太刀は治す術を持ち合わせていなかった。
そんな絶望的な状況から、彼女が治してくれた。それだけで少しだけ救われたような気がした。


だから彼女が木の上から落ちそうになった時は少しだけ焦った。



また、あの子が悲しい思いをしてしまうのではないかと。
ついつい余計とも言える心配をしてしまった。怪我の確認を丁寧にして、何ともないのを見届けたくて。
本当にそれだけだったのに、受け止めた審神者は呆気にとられた顔をしていて、それが少し面白かった。



柿を取ったお礼に、と夕食に招待されるとは思わなかった。やはりあの審神者は随分と平和ボケをしている。


…でも。正直、太郎太刀は嬉しかった。


罪の意識は充分に太郎太刀を蝕んでいたけど、狂ってしまうことが出来なかった。太郎太刀は、正常な考えと、正常な精神を今も持っていた。

だから、直ぐにでも契約をして、この身体の中の淀みを取りたかった。
何より気持ちが悪いし、害虫が身体をずっと這っているような、そんな感覚を取って楽になりたかった。

あの楽しそうな輪の中に入れたのなら、どれ程の幸福が待っているのだろう。
あの手を、握ることができたのなら、どれ程。







ーーーあんなに、殺したのに?







それが太郎太刀の邪魔をする。

居なくなった左文字達や弟が、自分が付けた傷そのままに。
血の涙を流してこちらをぎろりと睨んでいるような気がした。








「……兄貴?どうしたの、庭見ながらぼーっとしちゃってさ」







いつのまにか横には弟がいた。
きっと向こうで寝てしまったんだろう。
かなりのもてなしを受けたようだ。酒臭い。それに目も赤い。なにかあったのだろうか。

ゆっくりと向き直り、弟の頬に手を当てる。



「あ、あー、うん。

美味しかったよやっぱり審神者さんのご飯。
今晩は兄貴も一緒においでってさ。

…ねえ、兄貴、」



目が赤いことが気まずそうな弟に、気が付かないフリをしよう。

ぽん、と頭に手を一回置いて、私はいつもの血濡れた畳の上に座った。







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