お小夜さんと柿の木
和泉守さんと堀川さん、大和守さんと博多さん。4人の方が増えて、みなさんがこの生活に慣れるまで少しだけゆっくりとした日常を繰り返す中で、なんとこの本丸の周りには山や川なんかもあることが判明した。
私がやって来た当初は黒い靄に包まれていたその場所は浄化が進むにつれ霧が晴れ姿を現し、さらさらと流れる水の流れはきらきらと光が反射してとても綺麗だ。
今後は山の恵みの木の実や川の川魚やなんかも取れるようになるんじゃないか、と長谷部さんは言っていた。
とても楽しみにしている。
最近では皆さん思い思いの場所で過ごしていて、そういった情報を沢山くれるのでとても助かる。
最近、出陣しない代わりの刀装作りのノルマが増えた。
我が本丸では当分の間、出陣では使えないので最低限ストックしたもの以外は他の本丸へと卸している。
私の作った刀装が誰かの役に立っている。というのはなんだか嬉しい。
誰かもわからないけれど、誰かを守ってくれたら。
そんな思いでひとつひとつ刀装を作っていく。
それが終われば今日も今日とて家事に精を出す。
がっしゅがっしゅと音を立てながら、私は今お風呂の床をブラシで磨いていた。
そこそこに広いこの大浴場。露天風呂になっているため、1日に1回はこうして磨かないと直ぐに砂埃が溜まってしまうのだ。
勿論和解組のみなさんもご自分に与えられた仕事をこなして下さっているので、わたしの家事量は当初よりかなり減った。
ありがたい。
ぬっ。
「…主。」
青い髪。小さな体。音もなく現れた姿が少し面白くて、つい掃除の手を止めた。
「どういたしました?小夜さん。」
左文字の刀剣。小夜左文字さんはこうやって自己主張をすることが少ない。
時折、くいくいと着物の裾を引っ張っては私がその可愛さに頭を撫でるくらいで、ゆっくりと2人で話す、ということはほぼ無いに近かった。
なので、小夜さんから話しかけてくれることはすごくレアで、とっても嬉しい。
ついつい頬が緩むのを感じる。
「昨日、柿の木を見つけたんだ」
「あら、それはそれは!秋になったら実がなるのでしょうか。そしたら剥いて食べたいですねえ」
「…収穫に関しては、あまり季節はないみたい。
もう沢山実が成っていたんだけど…その。」
もじもじと小夜さんは俯きながら手を捏ね、少しだけ恥ずかしそうな表情で、俯きながらもちらちらと私を見上げるその姿はとても可愛らしい。
私はしゃがんで、小夜さんの目線へと合わせた。
「一緒に、取りに行きましょうか。小夜さんがもし宜しければ」
「…っ、うん、ひとりじゃ、待ちきれないから。兄様と、主の分。それに、本丸のみんなの分も。」
「今日のおやつが決まりましたねえ。
では、少しだけ待っていてもらってもいいですか?ささっとこの泡、流しちゃいますので」
小夜さんの珍しい、そして嬉しいお誘いだ。断るわけにはいかないし断るつもりもない。私は、ざーっとホースで大浴場の床に撒かれた泡を排水溝へと流した。
_____________
ちゅん、ちゅん。
何処からともなく小鳥の鳴き声が聞こえる。果たしてこの小鳥さんたちはどこからやってきているのだろう。
そんなのんびりとした雰囲気の中、私は小夜さんと手を繋ぎながら、籠を持って山を歩いていた。
「なんだかのほほんとしちゃいますね」
「…うん。あったかい、ね。
あ、主、あそこだよ」
暖かい日差しの中、小夜さんと森を歩く。
さらさらと聞こえる川のせせらぎ。
少し歩いた本丸から離れたところに、その木はあって。
私の手を控えめに引く小夜さんの目が輝いている。…ぎゅん、と心臓が握りつぶされるようなときめきに見舞われた。
母性本能、これが、母性本能かぁ…!と思わず手で口を抑える。叫び出すのを止めなければ小夜さんが手を引くのをやめてしまうと思ったからだ。
「ほら、沢山、なってる」
「あらあ、ほんとに。これなら皆さんに行き渡りますねえ…でも、どうやって取りましょうか」
「…どうしよう」
爛々と輝くわたしたちのおやつの元にたどり着き、見上げる。
手を伸ばしてもあと数センチ足りないような高さにそれあった。
「取れない…?」
小夜さんはちらりと私を見上げる。
んんんんんんんんんんんんん!!!
わたしは変態か、普段あまり好意を見せてくれない小夜さんに頼られてとても嬉しいらしい。
私は頬を軽くつねって正気を取り戻し、小夜さんの手をそっと離した。
「が、頑張ってみますね!そうだ、私が木に登ってみましょうか。なんとか足もかけられそうですし!小夜さんはそこで待っていてください」
「…危ないんじゃないかな。兄様たち、呼んでこようか」
「大丈夫です!審神者根性を小夜さんにお見せ致します!」
心配そうな小夜さんを横目に、先ほどのときめきを振り払うように意気揚々と木に手をかけ、傷つけないようにそっと登っていく。
案外、わたしの体力も馬鹿にできないんじゃないか?
とはいっても普段事務仕事と動いても家事だけなわたしの筋肉はぷるぷると悲鳴をあげる。
唸れ!わたしの乏しい筋肉!小夜さんの笑顔のために!!
そう身体を叱咤しながら、なんとか柿の実まで手が届く距離まで辿り着いた。
「小夜さん!!一個取れました、よぉぉお!?」
「主!!!」
ずる。
わたしの筋肉はやはり限界だったらしい。今度からもっとちゃんと運動をしよう。
そう思いながら、わたしは変な悲鳴をあげて、来るであろう衝撃に目をぎゅっと瞑る。
…衝撃が、こない。
「兄貴ぃ〜!そんな走ってどうしたの、って、審神者さん?」
聞き覚えのある声に目を開けて、目の前に居たのは、無表情の男の人だった。
→[
back]