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  閑話 たくあんとおにぎりと豚汁







ざく。ざく。




常備菜のたくあんと漬物を切る。
隣では沸々と残り少なくなった豚汁が音を立てていた。
小さなおにぎりを柔らかく結んで、具を詰めていく。鰹節、だし、少しの醤油を混ぜたおかかむすびの種。焼鮭をほぐした鮭むすびの種。


お茶はあたたかい緑茶でいいかなあ。
最近電気ポットもやってきたから、準備して向こうでお茶を淹れさせてもらって。
そうだ、2人に好き嫌いがあるのなら、これを持って行った時にでも聞こう。


お布団は、新品のものがある。2人には今日は大広間にでも寝てもらおうか。
明日和泉守さんと堀川さんのお部屋を浄化して、お掃除して、使えるようにしよう。
みなさんにも手伝ってもらえたら捗るなあ。きっと。

毛布はちゃんと干してある。ふかふかで、きっと気持ちよく寝れるはずだ。

お風呂は、和泉守さんのお手入れをしてからにしよう。きっとそのまま入ればお湯がしみて傷が痛いはず。




さあ、今日の皆さんの夜ご飯は何にしようかなあ。



少し時間が無い気もするから、今日はうどんなんかどうだろう。

乾麺のものがストックでたくさんあったはずだ。岩融さんなんかは大盛りじゃないと満足しないかもしれない。
ささみの冷凍があったから、ささみの天ぷらも揚げて、大葉の天ぷらも作ろうか。卵も落として。うん。一つの椀でもこれならきっとボリュームが出る。

おにぎりを作った後、薬研さんに下準備だけでもお願いしておこうかなあ。
みんな今頃、大広間で待っていてくれている筈だ。



早く。もう、大丈夫と言いに行かなきゃなあ。




「お疲れ様です、ぬしさま」



後ろを振り向かないで、その声を聞く。

その声の主人であろう、小狐丸さんはいつのまにかわたしの後ろにいた。




「…小狐丸さん、部屋での警戒、大変助かりました、ありがとうございました。
今しがた、和泉守さんの許可をいただき堀川さんの顕現に成功いたしました。
今はお二人の軽食を作っておりまして、お二人に届け次第夕食の支度をしますね?


…あ、皆さんの分のおにぎりも握っておいたんですけど、小狐丸さんは食べれましたか?豚汁、お味はどうでした?

お塩加減、辛くなかったでしょうか。

ごめんなさい、お揚げさん、ちょっと切れちゃってて、煮物が作れなくて…



このおにぎりをにぎったら、みなさんのところへ、きちんと、うかがいます。なので、さきに、もどって…」




「ぬしさま。

手入れを終えた三日月と加州から全てを聞き、この小狐丸、ぬしさまのお側に寄り添いたいと思いやって参りました。

和泉守殿も堀川殿も、ぬしさまがお気付きになられたから再会が叶ったのでしょう?
加州も五虎退も三日月も、ぬしさまだから知恵を貸し、力を貸したのでしょう?


何時ぞやにも申し上げました。
ぬしさま、誇りに。と。


…だからどうか、お一人で涙を流さないで下さい」




背中にじんわりと優しく暖かい体温を感じる。

回された腕。その指先は私の涙を拭った。








だって、だって。

なにが主人だって。








三日月さんと加州さんは結果的に怪我をした。五虎退さんも話によれば少し怒鳴られたり、怖い思いをしたようだ。

その怪我を本来負うべきは私だった。恐怖を味わうべきも、私だった。

和泉守さんと堀川さんは、これからわたしを受け入れてくれるのかだって分からない
だってあの2人は、刀解を望んだって可笑しくない体験をしている。今、出会えたとして。審神者としてこれからちゃんと導いていけるのか。共に歩んでくれるのか。


不安で、不安で。そんな大層な事、出来る自信なんてこれっぽっちもない。
人が増えて、沢山の刀剣男士の方々が慕って下さっている。それはすごくわかる。有難いことだ。
でも、その期待が大きければ大きいほど、人数が増えるにつれ、その重圧で潰れそうになる。


たくさんの記憶を見た。それは、ひとつひとつがわたしには重い。


私にできることを考えているんだけど、やっぱり普通のことしか思い浮かばないの。
ごはんや、布団、お風呂、お掃除、あと、あとは?
やっぱり、それくらいしか、用意ができない。



わたしの用意できるものなんて限られていて、それはすごく小さなもので。

だからこそ、怖い。
次郎太刀さんにおまじないのように頂いた優しい言葉で、一度は頑張れたけれど、厨に来て、自分でも驚く位突然に、その糸がぷつんと切れてしまって。
黙々とご飯を作れば、なにか違うことを考えれば落ち着くのかなとも思ったんだけど、やっぱりダメだった。

ぼろぼろと流れ出てくる涙を、小狐丸さんはそっと優しく拭い続ける。


その後、ぐい、と私の頬を持ち、顔を上に上げられる。わたしの目の前には小狐丸さんの顔がある。


こんなぐちゃぐちゃな顔、見られたくなかった。
涙も止まらないし、鼻だって目だってすごく熱い。
鼻水を垂れるのを必死で啜って止める。



「それにしても、ぬしさまはご自身を過小評価なさる事が多過ぎますなあ、我らが主人はとても凄いお方なのですよ?


よくぞ、頑張ってくださいましたなぁ。お疲れ様です。」


「…わた、わたし、すごく、ない、っです、」


「凄いのです。我らが主人は。よく働き、よく笑って下さる。弱音も全部飲み込んで、1人で全てをやろうとなさる。
でもそろそろ、どうか我らを信じてください。皆、それを望みましょう。


豚汁も、握り飯も、すごく美味しかった。我らには暖かな布団も三食の飯も、風呂も全部一気に無くなった過去がございます。…そう、今、やっと皆の元気が戻ってきたのです。


どうしようもなく泣きたい時も勿論ぬしさまにはございましょう。そんな時は我らの元へお越しください。どうか頼ってください。
それを少なくとも小狐めは望んでおります。


…恐らく、扉の向こうにいる者たちも同じですよ?」


小狐丸さんはふふっと笑い指差しながら振り返る。その視線の先は、閉まられた引き戸、




バタバタバタッッ!!



そんな大きな音を立てながら、転がるように厨の入り口の戸から、一気に皆さんが顔を出した。
私はすごくすごくびっくりして、目を見開く。涙も引っ込んでしまったようだ。



「みんな何話してるのか気になるからって押し過ぎっ!!扉外れちゃったじゃんーっ!!」
「あ、主さま、大丈夫ですか…っ!?お怪我はございませんでしたか!?」
「おもいですー!!どいてくださいやげん!!」
「退きたいのは山々なんだがなぁ…秋田、退いてくれねえか」
「は、はい!ごめんなさい今どきます!!」
「主に言われた通り、平野と2人で飯は運んどいたぜー!すっげえうまかった!ありがとな!」
「主君、お仕事お疲れ様でした。お茶を淹れましょうか?」
「…主、泣いてた?…誰が、主を、泣かせたの?」


皆さんそれぞれ思い思いな言葉と表情で私に声を掛ける。

ぷんぷんと可愛らしく怒る乱さん、先程まで怖い思いをしたというのに、心配をしてくれる五虎退さん、薬研さんと秋田さんに押し潰される今剣さん、そして苦笑いの薬研さん、一番上に乗った気まずそうな秋田さん、外れた襖の隙間から手を振る愛染さんと平野さん、音もなく現れ復讐?復讐?と呟く小夜さん。


「どうやら小狐との密会は終わったようだなあ?主よ、握り飯が少し小さめだったからかもう腹が減ってしまったぞ!」
「岩融、貴方人一倍食べていたじゃないですか…

主、無理はしないでください。岩融の握り飯は最悪僕が握りましょう」

「…お疲れ様でございます。ささ、後のことは我らに任せゆるりとお休みください。お部屋までお運び致しますかな?」


「お疲れ様です!主!!この長谷部、話を聞き主を探しておりました!さぞや、さぞやお疲れでしょう…!全身全霊圧倒的責任感を持って主の近侍であるこの俺がマッサージなんかをさせて頂きたく、


ッッハ!!!その涙はなんですか!?和泉守になにかされましたか!?…もしや小狐丸貴様…っ!」



それからお兄ちゃん達もひょっこり顔を出して、岩融さんはいつものにっこにこで、儚げなのは宗三さん。ロイヤルスマイルでありながらも寝室に運ぼうとするのは一期さん。

長谷部さんは血相を変えて小狐丸さんに今にも掴みかかりそうだ。



「…もう、流石に分かりましたか?我らはもう、ぬしさましか要らぬのです。

少しだけ、これが終わったらのんびりして、また共に頑張りましょう?大丈夫です。我らが付いておりますよ」




本当に、優しいかみさまたち。

どんな理由であれ、その言葉一つ一つがこの重くのし掛かった重圧を軽くしてくれた気がした。
その姿にまた涙腺が崩壊しつつも、あることを一つだけ心に決めて、



「皆さん、わたし、みなさんが大好きです」




ありがとうとごめんねを込めて、そう言った






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