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  ばーさす 和泉守その1




本丸の奥深くにそれはあった。

相変わらずドロドロとしたその何かはそこから排出されているようで、審神者は久しぶりにぶるりと身体を震わせた。


粟田口の大部屋、左文字の三人部屋、来派の三人部屋、今剣と岩融の二人部屋、加州清光と大和守安定の二人部屋、へし切長谷部の一人部屋、小狐丸と三日月の二人部屋。それぞれ掃除をして綺麗になった自室で寝泊りをしているが、そのさらに奥。未だ和解できていない刀剣男士の自室はやはりヤケにどんよりとしていて陽の光が射しているはずなのにも関わらず仄暗い。
これは加州清光の部屋に行った際に審神者は感じたことがある。じめっとしたような、ねっとりとしたような。不快感が背筋をつぅ、と撫でるようでとても気味が悪く、居心地が悪い。


「……本当に、わたしが行かなくて大丈夫なんですね?」


いつもの割烹着に身を包み、気だるさを押し殺しながら審神者は不安げにその瞳を揺らした。

戦装束に身を包んだ加州、三日月、五虎退を順番に見遣る。
浄化が済んで和解もしている刀剣男士達の普段使っている場所とその場所への入り口。境目。三人は既にその淀んだ場所に一歩足を踏み入れていた。


「主よ、そんなに俺たちは頼り甲斐が無いか?」


三日月はけろりとしながらいつものようにのんびりと答えるが、審神者の不安はその様子を見ても一向に拭えなかった。

自分に最初から刀を向け、斬りかかり殺そうとしてきた刀剣男士の下に今から大事な大事な刀剣男士を送らなければならないのだ。
心の底から、審神者は不安だった。

この本丸に来てから数ヶ月。
審神者にはもう契約した刀剣男士ひとりひとりを家族のような感情を持ちながら接している。
同じ釜の飯を食べ、髪を撫で、共に働き、時折共に眠る。

その一人一人の笑顔が大好きで、それを向けられた時のとてもあたたかい気持ち。
今までだって他のクラスメイトや職場の人たちなどでそんな場面いくらでもあったはずなのに、審神者の中で何かが違った。
愛おしい、守りたい。庇護欲、家族愛、母性本能。今まで経験したことのない感情が芽生えたのは、審神者としての職に就いたせいなのかは分からない。
分からないけれど、兎に角本当は三人に行って欲しくなかった。


「そういう訳では、無いんですが…やはり心配で。此方でお待ちしていても?」
「それは駄目」


もごもごと区切り悪く審神者は渋る。
精一杯の抵抗をハッキリと打ち砕いたのは加州だ。


「…だめ、ですか?」
「うん、駄目。主がここまで見送りに来るのも本当は嫌だったんだから。
主は俺たちが行ったら、直ぐに部屋に帰ってお茶でも飲んでてよ。それが俺らに対する信頼の証でしょ」


駄々っ子を嗜めるように審神者を諭す加州の表情は、呆れたような。それでいてしょうがないなぁ、と嬉しそうな表情であった。
誰よりも人間を理解し、苦しんだ加州だからこそ、審神者のこの駄々の理由も知っていた。…でも、ほんとにさ。そろそろ守られるだけも嫌なんだよ。加州は前任者の過労もずっと見てきている。今度の審神者には、絶対にそんなことになって欲しくなかった。嫌だ。絶対、させない。
新しいこの審神者は、自分でなんでもしてしまうことを加州は気付いていた。
だからこそ加州も審神者が心配で、それが嫌だった。

今回の和泉守説得が成功すれば、審神者はきっと少しは安心して自分たちを頼ってくれるようになる。加州は今回の任務の意気込みが本気であった。


「あ、あるじさまっ!大丈夫ですよ!僕、頑張ってきます!」
「がうー!」

五虎退も然り同じ気持ちだった。

練度が低く、演練へ行っても誉を勝ち取ることのできない彼ができることと言ったら今は内番しかない。五虎退は兎に角審神者の役に立ちたかった。
助けてくれたから。大前提としてそれはあるが、おいしいごはんをくれたから。あたまをなでてくれたから。だきしめてくれたから。ふかふかのふとんで寝れるようにしてくれたから。兄弟を、いちにいを助けてくれたから。沢山の理由が五虎退を突き動かしていた。
いつもなら、怖いはずなのに。震えもない。ただ、あるのは役に立てるかもしれないという高揚感。なぜそんなものが?きっと、刀剣男士であるが故のものだ。


「…分かりました。皆さんを信じます。
でも、怪我を少しでもしたら直ぐ帰ってくること。
それと、これ。気休めかもしれませんがお取り寄せいたしました。受け取って下さい」


審神者は三人の様子を見て、渋々。渋々了承して、割烹着の裾から小さなそれをそっと取り出す。
控えめに差し出した小さな物に三人は目を見開いた。


「おや」
「……っ!ほんと、心配性なんだから」
「わぁ…っ!あ、ありがとうございます!

僕、お守りなんて頂くのは、初めてです!」


審神者が差し出したのは、万屋で一番効果が強いとされるお守り。
それに更にこんのすけに聞いてまじないをかけてあるものだ。ひとりひとりの手を握って、お守りを手渡す。


「とりあえずいっぱい持っていって頂いておけばいいかなぁと思ったんですがどうやら一個しか効果はないようなので…皆さんの命より大切なものは存在致しません。しつこいようですが…

どうか、どうか危険だと思ったらすぐに戻って下さいね。約束ですよ?」


審神者は、心配そうに三人を見送った。





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皆さんを見送って、私は厨へと向かう。

三人が帰ってきたときに、軽く食べれるおいしいものを用意しておこうと思ったからだ。

それに皆さん警戒態勢を敷いている為、そんなにごはんを食べていない。今もわたしの部屋に結界を用意してくれたり、作戦を練ってくれていたり、これからやらなければならない書類を整理してくれたりしている。勿論畑手入れ部隊も出動済みだ。

私は帰る前におにぎりでも握って、豚汁でも作ろうか。
腹が減ってはなんとやら、である。


そりゃあすごくすごくすごーーーーーく心配、だけど。
私が行ったらきっと邪魔になってしまう。
このたくさん働いてくれている彼等の気持ちが分からないほど、わたしは馬鹿じゃないはずだ。

なら、出来ることは彼等の帰りを信じて待つことのみ。

歩みを早める。
出来る限り早く帰らないと、きっと長谷部さんがまた泣いてしまう。
それにみんなも心配してくれている。本当は、見送りもダメだと言われていた。それを振り切ってここまできた。無事で帰らなければ、


「……こんにちはぁ。審神者さん?ちょっとお話、いーい?」


まだ淀みのうっすら残る、背後から聞き慣れない声が聞こえた。






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