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  ほりかわくにひろ






「主っ!!!ほ、堀川が!!」

一足先に控え室に戻っていた加州さんは、私が着くや否や叫びにも似た悲痛な声をあげた。
控え室に足を運び、目の前に広がっていたのは堀川国広さんが真っ黒な靄を生み出し続けている姿で。
呆然と立ち尽くす周りの刀剣達を横目に私は彼の元へ駆け寄る。掴んでも掴んでも消えないその靄は、彼が、彼らがもう限界であったことを暗に教えてくれていた。
…堕ちかけ、と聞いていたのに。これはもうそんな優しいものではないんじゃないだろうか?

部屋がどんどんと靄で一杯になっていく。
ここに大切な彼らを置いてはおけない。

「皆さん、堀川さんは私に任せて、部屋の外へ。ご安心下さい、きっと連れ帰ってきます」
「主…ですがっ!」
「大丈夫ですよ、私が逆に死にそうになったら私も部屋から出ます。それより政府の方がまだいる筈です。この状況を伝えて、応援をお願いしてきて下さい。さあ!早く!」

何か言いたげな一期さんに強めに告げる。

そう、私は死ぬわけにはいかない。
粟田口のみなさんと、来派の皆さんと、左文字の皆さんと、今剣さんや岩融さん、加州さんに三日月さん、小狐丸さんと約束した。
その願いを叶えるまでは、意地でも死ぬわけにはいかない。
それに、まだうちの本丸には沢山の刀剣男子が辛い思いを抱えている。それを放置して、死ぬわけにはいかないのだ。

全員が外に出るのを確認すると、私は堀川国広さんに対峙した。



「あ、あ…あ、」


声にならない声を上げる彼。
こういった時の対処法なんて知らないし、手入れ道具もない。私に出来るのは、先ほど教えてもらった触れて、浄化をすることだけだ。
靄はどんどんと広がっていく。吐き気を覚えるそれの中心にいる彼は、どれ程までに辛いのだろうか。


何もこの世界の常識を知らなかった私だが、最近分かってきた事がある。
どうやら触れると、原因になった出来事や考えている事が一気に流れ込んでくるようなのだ。これはこんのすけさんも驚きの事実であり、私自身の持って生まれたものらしい。
それに伴って私はその気にやられて、霊力を無意識に注いでしまい、倒れたりするらしい。
これを頻繁に繰り返すと命の危険もあるんじゃないかとの見解なのだが、最近はみなさんの心配もあり、浄化をあまりしていない。きっと生死には関わらないはずだ。


「失礼、しますね?」

聞こえるはずもないが、彼には礼を尽くしたい。目の前に正座をして目を瞑る。
そっと彼の手を握ると、その手は氷のように冷たかった。
彼の中を勝手に覗き見るようで憚れるがそんなことを言っている場合じゃなかった。



__________



演練に出ることになった。
伝えられたのは昨日。
演練に行く前に、と、堀川国広は本丸をこっそりと見つからないように歩く。静まり返った本丸の朝。まだ日が昇ってすらいない。

そんな時間に堀川国広が本丸の廊下を歩くのは、唯一の心の支えである和泉守兼定のお世話をする為であった。
手には昨日の朝食として出された通販で売っているおにぎり一つと、飲み物の入ったコップ。
ほかほかと湯気を立てるそれは、冷たい手をじんわりと暖めてくれた。


堀川国広はこの本丸が普通の本丸と違う事を知っていた。

演練に行けば楽しそうに笑う同位体が居たし、どの刀剣も主人を慕っている。堀川国広の主は酷く傲慢な男で、自分勝手で、悪餓鬼がそのまま大人になってしまったような男だった。
人を見下す事を普通とし、自分より優れているものを妬むその男を、どうしても好きになれなかった。それはこの本丸の誰しもがそう思っていた。

時には暴力を振るわれ、時には呪具で拘束される。

堀川国広は雄々しい顔立ちでも筋骨隆々というわけでもないから、それこそ女のように扱われることも珍しい事では無かった。
それでも、いつかこの本丸に尊敬する和泉守兼定が来る事を恐れて、耐えていた。


この本丸に兼さんが来たら、守ってあげなきゃ。


その一心で耐えていた。

その念願の日はつい先日訪れた。
本当に主人の気まぐれ。稀にしかしない鍛刀でやってきた念願の和泉守兼定だ。偶然にも近侍として顕現された瞬間を見ていた堀川国広の目には涙が浮かんだ、それが嬉しいのか、悲しいのかは自分にも分からなかった。
泣いたら何をされるか分からない。グッとこらえてその場を過ごした。


だが和泉守兼定は、この本丸に来てから直ぐに鍵ではない何かで拘束することのできる小さな檻に入れられた。


入れられたことに理由なんかない、ただ、契約時の口上が審神者の気を悪くさせた。ただそれだけだった。

それから堀川国広の献身的なお世話は始まる。

体に合わない小さな檻に時折審神者の気まぐれで自分に支給されるパンや飲み物、夜には一枚しかない薄い毛布を持って部屋に行き、朝には誰よりも早く起きてばれないように回収して、和泉守兼定自慢の髪を拭うための暖かい蒸しタオルなどを持ち込んでは和泉守兼定に差し出した。


ほんとうは、出してあげたいけど、僕が主に何か言えばもっとひどい目に合うかもしれない。


聡い堀川国広は、主に決して逆らわず、進言もせずに時を待っていた。
主がこの本丸から居なくなればいい。
心からそう思いながら、耐えていればいつかはこの小さな檻から大好きな兼さんを出してあげられる日が来るはずだ。
そう信じていた。


「兼さん、おはよう!
今日はね、久しぶりにお米なんだよ。鮭のおにぎりなんだ。

パンは飽きたって言ってたからちょうど、いい、よ、ね…?」


いつものように誰よりも早く起きて檻のある部屋に入った堀川国広は、その光景に心がひゅっと冷たくなるのを感じた。

檻の中に、いない。

その部屋にあるのは折れた刀身が、ポツンと部屋の真ん中に佇んでいるだけ。

今日はやけに寒い朝で、雪がパラパラと降っていて、だからあったかいお茶を淹れてきた。お湯をバレないように沸かすのは苦労したんだよ。ねえ、兼さん。久しぶりでしょ?あったかいの飲むの。
足がもう立てないと叫んでいる。がくりと膝から崩れ落ちると、その場にぺたりと座り込んだ。


ポキンと、心が折れる音が聞こえた気がした。




「和泉守の世話などするからそうなるのだ」

背後から声が聞こえる。
目からは何かが流れ落ちた。
それが何かは、堀川国広は分からなかった。


ころしたい、ころしたい、ころしたい、ころしたい、ころしたい、ころしたい、ころしてやりたい、にくい、こいつが、こいつがこいつがこいつがこいつが

抜刀しようと刀身に手をかける。
そう思っても、審神者の持つ可笑しな呪具のせいで行動が出来ないのは分かっていた。





なんで、今日だったんだろう。


もっと早くに見つけ出して、アイツを捕まえてくれれば、もっと早くに明るみに出してくれれば、兼さんは折れずに済んだのに。
あの兼さんは、もういないのに。

一瞬で演練が終わって、それから博多が殴られているのをぼんやりと眺めて、大和守さんは止めていて。
ああ、次は僕が殴られるのか。別になんだっていいやって。
そう思ってたら、アイツはあの審神者に断罪された




なんで!!!


もっと早く見つけてくれたら、もっと早く助けてくれたら、もっと、もっと早くアイツをころしてくれたら、

兼さんは折れなかったのに!!



そんな気持ちが心の中でぐるぐると巡る。なんでここに立っているのかも分からない。自分がどうしてここにいるのかもだんだんと分からなくなってきて、
もう、限界だった。
とっくの昔に限界を超えていたのかもしれない。それを無理やり抑えてただけなのかもしれないけど。それでも、ねえ。なんでもっと早く。たすけてくれなかったの?


意識がなくなる。もう、どうだっていい。


__________




黒い靄は少しずつではあるが堀川国広さんの体から消えていく。

汗が滝の様に流れていて気持ちが悪い。いつぞやの手入れの時のようだ。
私は分かっていた筈だった。
こんなにも淀みを抱えた彼が、生半可な思いでこんな風になっているはずがないのに。それこそ、わたしが泣いたって仕方がないのに。

なにかに全て理由があればよかった。
救いがあれば幾分かマシであった
逃げ道があれば、逃げてしまいたかった。

控えめに握っていた手を引き寄せて、思いっきり抱き締める。
分かってる。嫌がる事をしている。それでも、抱きしめざるを得なかった。案の定意識のないはずの堀川国広さんは暴れる。叫びにならない叫びを、呻き声を上げながら離れたがる。
それでも、こっちのほうがどんどんと浄化されていくのが分かるし、それに応じて私の体力もどんどんと削られていく。


どれだけ助けたかった事だろう。
どれだけその無理をした笑顔を貼り付ける行為が心を蝕んだ事だろう。
全ては、大好きな人の為だった。
彼は自分の為に行動した事があったのだろうか?流れてくる思いは全て、大好きな人を守る為だ。

体が熱い。抱きしめたところからジクジクと体が焼けていくのが分かる。ーそれでも離せない。絶対に離さない。


私が、意識を手放すのと堀川さんから黒い淀みが消えたのは、同時だった。




______




余計なことを。


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