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  さあ、主命です




長谷部さんの涙は止まらない。
大広間では人の目が多いだろうと、自室に運んでもらって、岩融さんと今剣さんには部屋の外で待機してもらっている。

部屋の中は2人きり、長谷部さんは座布団に座ろうとしない。畳の上できちんと正座をして、グズグズと鼻を鳴らす。私はというと、ティッシュペーパーを持って長谷部さんの背中をさすっていた。


「うまくやります、がんばります、うまくやります、がんばります」


譫言のように彼は呟く。まるで魘されているようで、見ていてとても心が苦しくなる。
…どうしよう、演練に出て頂けますかなんて言える雰囲気じゃない…っ!

えぐえぐと泣く長谷部さんはどこか頼りなくて、時折鼻ちーんしてください、と鼻にティッシュを差し出すと素直に鼻をかんでくれる。本当に小さな子供のような、そんな印象である。
目を真っ赤にして、わたしの着物の裾は離さない。その姿はどこか駄々をこねているようで、わたしはぼんやりと昔を思い出していた。

昔から、やたらと小さな子供の遊び相手をする機会が多かった。それはわたしのこの事なかれ主義の性格が原因だ。
久し振りの飲み会でゆっくり休みたいママと、別に子供の相手をしていても苦にならないわたし。学生時代の友人であるママ達はこんなわたしを信頼して子供の世話を預けてくれていた。
親戚の子供から同窓会での子供、後輩の子供、様々なタイプの子供がいたけど、みんな泣き方も様々で、でもこの長谷部さんの泣き方は本当にその頃よく相手にしていた子供そっくりだった。
ママ大好きな子で、ママは久し振りの飲み会で友達と話していて構ってもらえなくて、仕方ないからわたしと遊んでいて、懐いてくれて、最終的には離れ難くなって帰るときにはこんな風に服の裾を持って泣いていたっけ。
あの時ばかりはわたしの中の僅かな母性本能みたいなものが膨れ上がった気がした。


「あの、へし切長谷部さん。わたしはこの本丸に新しく就任した審神者です。
あなたの新しい主人にして頂く者です。
あなたになにがあったか、教えて頂くことは出来ますか?」

鼻水を拭いたティッシュをゴミ袋に纏めながら長谷部さんに問い掛ける。
長谷部さんは俯きがちに、震える声でぽそりぽそりと言葉を発し始めた。


「お、俺は、顕現してから1度は近侍を任され、主人の為に日々の仕事をしておりました。」


「このように中傷になってからだったでしょうか。近侍を外され、部屋から出ずに待機するようにとの命を主に言い渡され、ずっと、ずっと待っていたのです。どれくらいだったかは定かではありません。」

「仲間であるはずの刀剣男士達が虐げられている音を聞きながらも、部屋からは出ることが出来ませんでした。

部屋から出ない事。それが主の最後の命令だったからです。主がこの本丸から居なくなったのは薄々気付いておりました。
…それでも、部屋から出れるようになったのを知っていながらも、部屋から出られなかったのは、主の、む、迎えを、待っていたのかも、しれません」



「主、俺は刀です。
主が無くては力を振るうことも出来ません。

どうか、どうか今回はお側に居ることをお許し下さい!!

なんでも致します、出陣でも、遠征でも、貴方のためならなんだってやって見せましょう!!ご命令を頂ければなんだって!!
ですから、ですから…っ!!」


その綺麗な淡い青紫色の瞳は濡れて、瞼も鼻も赤くなってしまっている。
わたしの両肩を強く掴んで縋り付く長谷部さんは、とても主人という存在に飢えていた。
彼が、暖かく美味しいご飯や遊ぶ時間、仲間との憩いの場、万屋へのお出掛け。どんな環境も、どんな物も望んでいないことが分かった。

きっと、彼が欲しているのは、主人からの命令と、その功績への賛辞だ。

刀剣男士達は個々人性格も趣味趣向も全く異なることは知っていた。
なら、彼ほどのワーカーホリック、仕事が生き甲斐である刀剣が居ても決しておかしい事ではない。
…ならば、先程は頼めないと思った今回のお願いは彼にぴったりなんじゃないだろうか。


肩を掴む長谷部さんの両手を握る。


「へし切長谷部さん。今から私は貴方を手入れします。その後に演練へ向かいます。それに同行し、演練に出てください。

これは、主命です。」


目を見て、いつも絶やすことがない笑みを消す。これは昔からの癖になってしまっていて、人がいる時はいつでもニコニコしていなさい。昔誰かから言われた言葉を忠実に今までは守ってきた。
でも、今だけはわたし史上最大級の真面目な顔つきだ。


長谷部さんは突然のことに驚いたのかぽかんと口を開けた。

そして、意味を理解したのか。私から手を離し、その場に跪く。…そのポーズ、あんまりわたしは好きじゃないけど、彼なりの儀式であるならば仕方がない。


「しゅ、主命と、あらばっ…!!」



その声はどこか嬉しそうだった。





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