#formInput_#

#formStart#




  お叱りとたまごかけごはんとおじや







あれから加州さんにこびり付いた血や泥をタオルで拭って綺麗にした後、止血帯や絆創膏などをぺたぺたと貼った。かなり小綺麗にはなったが、やはり傷は手入れをしなければ完全には治らないみたいだ。
そんな簡易手入れが終わり、すやすやと眠る加州さんを横目に、私は今とても幸せな、それでいてちょっと困った状況にいた。

加州さんの手に触れながらも、腰や腕、肩や頭にまで粟田口の皆さんがひしっとくっ付いている。謂わばどこぞの王様のハーレムの様な状況だ。
腰に五虎退さんと乱さん。頭に薬研さん。両肩には前田さんと平野さん。加州さんに触れていない方の腕には秋田さん。そして目の前には眉間にシワを深く寄せた一期一振さんが正座をしていた。

襖の外からは来派のお三方が苦笑いで見つめている。3人とも軍手をして、少し泥だらけだから、と部屋に入るのを遠慮しているが、粟田口の皆さんも同じく泥だらけなので別に気にしなくていいのにと思う。
皆さん朝言った通りに内番をしてくださっていて、わたしが戻ったのを知って部屋に来て下さったのだ。
…あまり、良いお出迎えとは言えなかったけれど。


「良いですか、主殿。我等の心配も少しは鑑みて頂きたい。
どうされているか、怪我はされていないか、畑仕事をしながらもそればかり考えておりました。それほどまでに私達にとって主は大切で尊い存在だということをお忘れ無きよう。ご覧下さい、五虎退なんてもう泣いておりますぞ?」



「う、うっ…あるじさまぁ〜っ…!!」
「あ、ああ五虎退さん、ごめんなさい、私は五体満足元気ですよ??」
「そういう、ことでは、ございません…っ!!」

大きな瞳からボロボロと涙を零す五虎退さん。えぇえ…まさかそんなに心配してくれていたとは、そんなに頼りなく見えていただろうか?…申し訳ない。

「大将、五体満足で帰ってくるのは当たり前だ。俺っち達に心配を掛けたことについて謝罪をして反省してくれると助かるんだがなぁ?」
「や、やげんさん、くび、首しまってます。」

私の頭をぎゅっと抱き締めていた薬研さんはそのまま力を込めた。顔は見えないが、恐らくそこはかとなく黒い笑みを浮かべて居るに違いない。短刀とはいえ流石刀剣男士、力がとても強い。ギリギリ首が絞まっていく。

「もう!ボクすっごいドキドキしちゃった!主さんは罰としてボクの髪を明日結って!」
「はい、それは勿論。明日は編み込みとやらにチャレンジする心算です。」

ぷくっと頬を膨らませながら怒る乱さんは本当に女の子みたいに可愛らしかった。後で編み込みの動画を見て研究せねば。Sanizonで乱さん用の可愛いリボンも買ったのだ。

「主君が帰ってこないかもしれないと思うと、とても辛かったです…」
「平野さん、私は必ず帰って参りますよ。私の帰る場所はここでしょう?」

暗い影を落とすのは平野さんだ。…シンプルにそう言われると嬉しいものがある。ごめんね、の意味も込めて頭を撫でれば少し嬉しそうだった。

「主さま!さっき、とうもろこしを収穫したんです!!ぜひ、美味しくしてください!」
「それはそれは楽しみですねぇ。ぜひ。ポタージュとシチューと…でも炊き込みご飯も捨て難いです…」

興奮した様子で言うのは、実は食いしん坊の秋田さんだ。この子は本当によくご飯を食べる。ポンポンになったお腹をこの間見せてくれたけど、なんというかもう…私に子供はいないけれど、母性本能メーターがギュンッと上がった。

「僕は、僕は…お側に居ることができればそれでいいんです。だから、どうか居なくならないでください」
「……ご心配をお掛けしてしまいましたね、ごめんなさい」

最後、儚く笑う前田さんに反省が強くなる。罪悪感が心にのし掛かった。
いや本当に、ごめん、ごめんなさいって!


「お分かり頂けましたか?主殿はもう我等にとってはただ一人の主君なのです。努努お忘れ無きよう」


…はい、反省します。
真面目な一期一振さんの眼光に少し冷や汗をかきながら頷く。
どうやら有り難いことに私は少なくともここに居る皆さんには受け入れられて居ると思ってもいいみたいで…。
お説教も程々に、粟田口の皆さんを撫でながらも立ち上がる。加州清光さんの黒い淀みは話をしている間にも浄化が進んだのか大分薄くなり、恐らくもう触れて居なくても大丈夫だろう。この部屋で寝ていれば、きっと。
それに気持ち良さそうに落ち着いた寝息をたてている、久しぶりに眠ったんじゃないだろうか?まだあまり起こしたくない。
そろそろ皆さんの内番が終わる時間だ。お昼ご飯の用意をしなければ。最近じゃ皆さん頑張って仕事をしてくれていて、お腹を空かせて厨を覗きにくる。今日だってきっと、なんだかんだ言いながら仕事をしてくれているんだと思う。

美味しそうなとうもろこしも籠いっぱいに沢山ある。折角なので、醤油で焼いて、ほぐして混ぜご飯にして、おにぎりを握ろう。きっと今朝炊いた釜のご飯は岩融さんが全て食べてしまったはずだ。

「皆さんお手伝い、お願いしても?」

私の戦闘服である割烹着セットは加州さんの部屋に置いてきてしまったので、こんな事もあろうかと先日ついでにと注文した新しい割烹着と三角巾を装着する。
にっこりと笑えば、一期一振さんは仕方ない、と溜息をついて、短刀の皆さんは可愛い笑顔で、来派の皆さんはやっと終わったか、と暇つぶしにしていたあやとりの糸を片付けた。




_______________



とても気持ちが良い。

なにか柔らかいものに包まれたと思ったら突然フワフワと何かに浮かんでいるような、そんな浮遊感がやってきて、それから何か雲の上に寝かされて、それはとても暖かくて、安心する匂いがした。
俺、頭が痛かったんだ。
ぎゅうっとなにかに締め付けられているようなそんな痛みが止まらなくて叫んでも叫んでもずぅっと痛かった。それさえも今はない。身体のどこも痛くない。

なんだかずっと悪い夢を見ていたような気がする。

いつからか大好きなあの人はあの人じゃない別の恐ろしいものになってしまって大好きなこの本丸も少しずつ腐っていってそれはなにをしてもどうあがいても全然止まらなくて、あの人は更に怖いものになっていく。
皆の大切なものを次々にして壊していった。一番嫌がることを平気でしてた。主は笑ってた。でも皆、泣いていた。そんな夢。やけに現実味を帯びていて吐き気さえする夢。


夢の中だとしても、なんでそんなことをしちゃったのか俺には分かるよ。
だって初期刀だもん。主は一番最初を俺に選んでくれたんだもん。
主はさ、実はすっごい頑張ったよね。

争う事が人一倍嫌いだったのに、無理矢理こんな戦争に参加する事になって、大切な人とも離されて、どれだけ絶望した?
…どれだけ怖かった?

俺が初めて重傷で帰った時、主は泣きながら震える手で手入れしてくれたの覚えてる。初めて誉を取った時、跳ねて喜んでくれたよね。自分のことみたいに褒めてくれた。まるで、家族みたいに思ってくれていたんだ。
あれは無理してた?いや、違う。本当に喜んでくれていた。少しだけでも楽しかった事も幸せだった事も確かにあった。
少なくとも俺は幸せだったんだよ。

でもやっぱり主の一番大切な人は違うところにいて、会いたくても帰れなくて、話すことすら出来なくなって。
沢山嫌なこと言われてたのも知ってるよ。それをなんとかしようと努力してたのも知ってる。それでもどうにもならなかったんだよね。

帰れなかったとしても、俺じゃ代わりになれなかった?

…代わりになりたかったなあ。


主の家族になれたらよかった。
愛する人になりたかった。
最初から人間として産まれる事が出来たなら良かった。

そしたら、支えになれたかな。
ずっと愛してくれてたかな。

ほんとは死なないで欲しかったよ。
どれだけ間違えてもどれだけ大変な償いだったとしても。歯を食いしばって死なないで欲しかった。生きていて欲しかった。
いつかは俺から離れて帰るためだとしても力になりたかった。
皆はきっと主を許さないだろうけど、俺はきっと許すから、許してあげるから。仕方ないなぁって笑ってまた一緒に頑張っていこうよ。
だから、まだ一緒に居たかった。あの主に戻ってほしかった、また、一緒にあのマッズイご飯食べたかったなぁ。もう戻れないのか。


……そっか、あれって、夢じゃないんだ。

手入れしてくれたことも、褒めてくれたことも、主が泣いた夜も、色んな仲間が泣いたのも、安定が折れたのも、
全部全部全部全部夢じゃない。
全部起こったこと。もう戻れない。

ああ、そんな


「嫌だなぁ…」

目の前には夕暮れの橙色に染まった天井が広がっていた。


__________________




手入れもしていない加州清光さんの胃に普通のご飯は果たして受け付けるのか?
それをたまたまお風呂の準備から帰ってきていた江雪さんに聞いたら恐らく…無理でしょう…と一刀両断で言われたので、皆さんの夜ご飯とは別にたまごのおじやを作ってみた。だしも少し薄めで、これならきっと加州さんも食べれるだろう。
皆さんが夜ご飯を食べている間に、おじやを持ち自室へと向かう。もし起きていたら少しでも食べて頂きたい。無理そうだったら私が食べよう。

「失礼します」

閉じられた襖を開ければ、加州清光さんは布団から起き上がってぼんやりと外を見ていた。
とりあえずで先程私が巻いた指と頭の包帯が痛々しい。
私に気付いた加州さんが振り返る。目はもう曇っていなくて、どこか光が宿っていた。それに、少しホッとする。穢れは落ちたようだった。

「おはようございます、加州清光さん。気分は如何ですか?」
「アンタ、誰?」

「……はじめまして、私は後任でやって参りました審神者です。どうぞよろしくお願い致します。おじやを作ったのですが、食べれそうですか?」
「………食べる。」

加州清光さんには、あの部屋で起きた出来事の記憶は無いようだ。少し驚いたけど、わざわざそれに触れる必要もないだろう。
部屋に入り布団の脇にそっと座って、土鍋の蓋を開けた。作りたてのそれは、ほかほかと湯気を立てる。我ながら美味しそうな匂いがする。
不審者を見るような訝しげな目で私を見た後におじやを見た加州清光さんはくぅ、と小さくお腹を鳴らしてからおじやを受け取った。
小さなテーブルがあれば良かったのだが、生憎そんなものはこの本丸に無い。布団のかかった膝の上にお盆をそのまま乗せて、レンゲを取りおじやをひとくち。
よかった、食べてくれた。主じゃない奴からの飯なんていらない!って言われたらどうしようかと思った。

「これ、たまご、」
「ん?お嫌いでしたか?たまごおじやにしてみたんですが…もしや味が薄い…!?お塩持ってきましょうか!」
「いや、違くて、…美味しいよ」

どうやら塩加減が濃かった訳ではないらしい。
それから、加州清光さんは無言でパクパクと食べ進める。
ふーふーと冷ましながら口には入れているものの、こちらが熱くないかな?大丈夫かな?と心配になる。

「あの加州さん、火傷をしてしまわない様に気を付けてくださいね?」

食べてくれるのは嬉しいけど痛いのはダメだ。声をかけるも加州さんの勢いは止まらない。……言っても無駄な様だ。わたしは見守ることに決めた。


ぱくぱくぱくぱくぱく。

どんどんと食べるスピードは速くなっていって、一気に三分の二くらいおじやを食べ進めた加州清光さんの手が突然ぴたっと止まる。

ぽた、と一粒。おじやに涙が入った。


「…あの卵かけご飯、ほんとは美味しくなくてさ、
こんなふうにあっためたらこんなに美味しかったのかなぁ……」


ぽた、ぽた、泣きながらご飯を食べる加州清光さんはどこか寂しそうで、
漠然ときっと、全てを理解したんだと悟った。

加州さんの中の主人は少し情けなくて、頼りなくて、でも仕事を頑張る、そんな憎めない主人だった。ずっとそうだった。
それが、突然変わってしまった。それをずっと今まで受け入れられずにいたんだと思う。
それはそうだ、私だって急に友達が変わってしまったら受け入れられるか分からない。前の様に戻って欲しいと願わずにはいられない。

でも加州さんは刀剣男士で、今ここに存在している。そして、前任者である主人はもうこの世にはいない。
刀解を望むだろうか、主人のいないこの場所に居たくないと望むだろうか。
私は俯き拳を握る。私にそれを止める権利はない、ないけれど、出来れば、


「私の、お手伝いをしてくれませんか」

声が震える。ぎゅっと固く握った拳は白くなる。泣いている加州さんの目は見れない。返答を待てない。怖いからだ。


「私は審神者になって間もないです。
加州清光さんはこの本丸の初期刀だと伺って居ます。本丸の在るべき姿や運営など、きっと私なんかより知っている事は沢山あると思います。
私に今出来る事と言えば、こうして穢れを祓うことやご飯を作る事、お話を聞くことくらいしか出来ません。
この本丸が正常化して、出陣や遠征、演練が出来るようになればやらなければならない事も増えるでしょう。
戦術もなにも分からない私を、どうか助けては頂けないでしょうか。
マニュアルはもちろんありますが、きっと実戦で培った貴方の経験に勝るものなどない。
お手伝いをしてくださるのなら、その代わりに、私の出来る範囲で願いを叶えましょう。」

一気に捲したてるのは最早癖なのかもしれない。
私も知らなかったけど、どうやら私は焦ったり緊張したりすると自分の思っていることや、やりたいことを一気に喋る癖があるらしい。焦っている証拠に、どっくんどっくんと心臓は大きく跳ねる。

加州さんは黙ったままだ。


どのくらい時間が経ったのだろう。沈黙を破ったのは加州さんの方からだった。


「…変わらないって約束できる?」


小さな声で加州さんは呟く。なにかを確認する様に。その言葉の意味をわたしは知っていた。


「……生憎と、私にはもうあちらに大切な人は在りません。この戦いが終わるまで、若しくはこの命が終わるまで審神者をする事になるでしょう。
なので、もし変わるとすればそれはわたしが何か欲に目が眩んだ時になります。
見張って下さい。目を離さないでいて下さい。そして、わたしが変わってしまったら思いっきり叱って、殴って下さい。これはお約束です。」


神様と、そんなに簡単に約束をしないで下さいとこんのすけさんには怒られた。
言霊というものはとても強力で、それが審神者と刀剣男士の間で交わされたものであるなら更に危険を伴うそうなのだ。
私は安易に約束をしすぎだと、もっとぼかして伝えなければいつか後悔する、と注意されたばかりだった。

…正直、私にとってはそんな事はどうでもいいのだ。わたしがどうなろうと、どうでも。

わたしなんかの約束如きで安心できるのなら、それでいい。皆さんが幸せであれば、それで。
ゆっくりと怖いながらも目線を上げる。加州さんは


「…ふふっ…
…ほんと、人間って馬鹿だなあ…

あー。川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね。…可愛くしているから、大事にしてね。主?」

呆れた様に綺麗に笑って、そう言った。




prev next

[back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -