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  閑話 おにいちゃんVSのほほんじーさん













「嫌です、止められようとももう私は向かいます。其処をどうか大人しく退いて頂きたい。
ーー三日月殿。」

「はっはっは、一期一振よ、まだ昼餉には早い時間だぞ?それに、我々は主から内番という任を与えられている。この結界を解くにしてもそれを先に行うのが我等の今やるべきことではないのか?」


朝餉を取る大広間で三日月宗近は笑う。
穏やかに、まるで何もなかったかのように。

一期一振は不安であった。
前任の近侍を務めていた加州清光はもう手遅れな程心が壊れているという事を知っていたからだ。
前任が自害する数日前の事。
加州清光の相棒である大和守安定は加州清光の目の前で、前任の手によってその刀身を折られた。
言霊によって動く力を奪われた大和守は為す術もなく、それでもどこか穏やかに刀解された。
きっと、彼はこの地獄から抜け出すには刀解しかないと悟っていたのだろう。
その時は自分の弟のことで頭がいっぱいで考える隙もなかったが、今ならそう思う。
今の審神者が、主が来る前の話。ほんの少し前の話だ。

その日から加州清光は明らかに可笑しくなった。

唯一、最後まで前任を信じていた彼は、心の支えを目の前で奪われ、泣く姿も笑われ、前任を漸く心から軽蔑した事だろう。
これは予想でしかない。予想でしかないが、あの日からというもの、加州清光は夜になれば声にならない奇声を上げ、大和守と使っていた部屋の中で一人暴れたかと思えば、自傷行為を行うようになった。
加州清光は練度も高く、戦場で怪我をすることはほぼ無い。そんな加州清光が現在中傷なのは、自分で行なった自傷行為のせいというのは、この本丸誰しもが知っていた。
それでも、加州の怪我を止められなかった理由は、至ってシンプルで、普通じゃない。
そう、皆、自分の事で精一杯だったのだ。前任から受けた傷はそれ程までに酷く、膿んでいた。

そんな日が続き、つい数日前からは何故か何も話さなくなった。
ブツブツと、何かを見つめながら呟くだけになった。

それは、なぜか。
分からない。わからないままで、今日まで来ている。

一期一振は今、思い出していた。
あの時、大和守安定が折られた時。前任者は笑った。笑いながら、人間みたいだ。と呟いたことを。

加州清光があの時のままであるなら、主に危害を加えるに決まっている。折角、折角信じられたというのに。このまま見過ごす訳にはいかない。弟達のためにも。ーー自分の為にも。

「三日月殿、退いて下さらぬと言うのなら、私とて考えがあります。…折角、皆信じ始めていたのです。この傷が、癒えるかもしれんのです。どうか、察して下され。
加州殿の所に行くな、とは申し上げるつもりはございません。ですが、早すぎる。主様には早急にこちらへと戻って頂かなくてはなりませぬ」

一期一振は刀身に手を掛けた。
目付きは鋭く、三日月宗近を睨みつけている。
弟達は後ろに控えているが、同じ気持ちなのだろう。今にも飛び出して行きそうな形相で三日月宗近を見つめていた。


「それは、いつになる?」


三日月宗近は変わらず、穏やかに笑う。

「なぁ、一期一振よ。

五虎退がまさか見つかると思ったか?誰しも刀解されたのだろうと思っていた五虎退を見つけ、手入れしたのはあの主だ。
秋田が、薬研が、前田が、平野が、乱が、こんなに早く治ると思ったか?
こんなにも澄んだ本丸が想像できたか?
こんなにも美味い茶や朝餉を食えると思ったか?
ーこんなにも、人間への憎悪が消えると思ったか?

あの審神者は少し抜けている所もあるようだが、能力も人柄も、我等に一等向いていると思わんか??
主に与えられた任をこなし、待つ。それが我等にとっての今出来る選択じゃあないのか?

なに、主がきちんと言っていた。
昼餉までに帰って来なければ迎えに行けばいい。それだけの事だ。
それに、あの審神者は猫可愛がりで守ってやらずとも存外強かであると俺は思うぞ?」


しん、と大広間が一気に静かになる。
ー確かに、そうだ。と、皆心の何処かで呟いた。
手入れされるなんて、こんなに心を許すなんて、思っても見なかったのだ。
そんな思っても見なかった事を、あの審神者はニコニコと笑いながら簡単にやってのける。…ほぼ1週間起きることができなかったのは簡単とは言わない気もするが。


「…。ふぅ、皆さん、まだ朝餉の途中ですよ。主が朝早くから準備して下さった料理を残す事など、あってはならないでしょう?」

冷めてしまった味噌汁に手をかけ、宗三左文字は伏し目がちな目でやけに色っぽく味噌汁を飲む。
小夜左文字も、それにならって食べかけの卵焼きに手を付けた。
審神者は自分の分はちゃっちゃと食べてしまって行ってしまったが、刀剣男士はまだまだ朝餉の途中だ。
はっはっは、と先程まで貼り付けたように影があった笑みから一転、朗らかに笑いながら三日月宗近は自分の座布団の上に腰を下ろす。

「……主は、恐らく和睦を極めた審神者なのでしょう……安心して、待ちましょう……」

サクサクと長芋のたまり漬けを咀嚼しながら江雪左文字は一期一振と粟田口短刀に暗に座れ、と圧をかける。

少し沈黙した後、らしくもなくどかっと一期一振は座布団に座った。
粟田口短刀達も泣きそうになりながら、それを隠すように朝食に手をつける。


「ほ、ほら!お前らもまだ途中じゃねえか!早く食って、畑見せてくれんだろ!?」
「…俺たちも、そろそろ畑仕事覚えないとね。国行も行くんだよ。」
「えーーーーー自分の仕事は疲れて帰ってくる主さんの布団を、ホッコリ温めとく事とちゃうん?」
「そんなわけないでしょ、働かざる者食うべからず。知らないの?」


愛染は苦笑いしながらそんな短刀達に声を掛けた。続いて蛍丸、明石国行も軽口を言い合う。
彼等は今まで畑に触れてこなかった。今日。仕事を教える約束であった。
はたけ、という単語に短刀達はぴくりと反応する。

そうだ、あるじさまは、お野菜を楽しみにしているんだ。

水やりを怠れば一日収穫が伸びる。それに、午前中にやらなければならない畑仕事は全て手をつけていなくて山の様にある。【やはり皆さんが丁寧に作って下さったお野菜は美味しいですねぇ、皆さんありがとうございます】そう嬉しそうに笑う主の顔を思い出し、ぐしっと浮かんでいた小さな涙を拭って、一斉に飯をかきこむ。
それを見た一期一振も、観念したように溜息をついた。


「…おかわりは、まだありますかな」


「ざんねんながらいわとおしがおひつのごはん、すべてたべてしまいましたーー!!ぼくもたべたかったのにー!!」

「そんな一悶着をしている方が悪いのだ!!小狐の油揚げでも貰うが良い!!」
「い や で す。これはぬしさまが小狐めに作って下さった煮物…っ!!あーーーー!!!こんのすけ殿!!貴方食べましたね!?」
「いつぞやのお返しでございますっ!!」

空になった釜を見せてしゃもじを咥えるのは今剣。岩融は何杯目かも分からない米を嬉しそうに平らげる。
被弾した小狐丸はこんのすけとぎゃあぎゃあ言い合いをしている。

…平和。この、平和を築いたあの審神者に、主人に改めて一期一振は感謝した。それは三日月宗近の言う通り。想像もしてこなかったものであったから。
主を、失いたくない。それは一期一振にとってはじめての感情だった。

一期一振は最後の卵焼きを口に含む。しっかりと仕事をこなし、昼きっかりに審神者が戻ってこなかったら加州清光の部屋へと突撃することを心に決めた。






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