#formInput_#

#formStart#




  あいされたがり。








どろり、と歩く度に何かが絡みつく。実際には何も踏んでいないし、何もないそれに酷く不快感を覚えた。


この本丸は、現在3つに分断されている。
ひとつは、わたしのいる審神者室がある部屋や厨、お風呂、お手洗いといった生活に必要な施設のあるゾーン。本来ならば刀剣男士たちはここでリラックスした時間を過ごし、戦争の合間に束の間の休息を得るのだろうと思う。
もうひとつは、手入れ部屋、鍛刀部屋、手合わせ部屋といった刀剣の為の施設のあるゾーン。これはみなさんのお力もあり、私が来た当初よりとても綺麗になった。
特に手入れ部屋にはキチンと資材を揃え、お布団も大量に買ってあるのでいつ手入れを頼まれても十全の状況で手入れが出来る。
手合わせや畑当番なども少しずつではあるが出来るようになってきているし、近日中に以前本丸にいたいたお馬さんたち(前任検挙、刀剣男士のブラック化による当番拒否の為、政府が預かりと言う形で保護していたらしい。)も帰ってくる、と政府からは通達を受けているので、馬当番も増えるだろう。


そして、最後。今わたしが歩いている刀剣男士の自室がある区画だ。

これは大体が2人部屋だったり3人部屋だったり、それこそ1人部屋だったり。
以前は2人部屋か3人部屋のみだったようだが、前任が居なくなってからは部屋関係なくみなさん好きなように寝ているらしい。
まだ穢れや汚れが唯一溜まってるのがこの場所だったりする。
薄暗く、血やある程度の穢れがまだ残っている場所。起き上がれるようになって本丸をウロついている時に見つけたそれらは、わたしが手入れの際に行ったとされる本丸浄化が今までの穢れや血を落としたに過ぎなかったのだ、と。それは、まだ、和解して居ない刀剣男士の皆さんは今なお血を流し、穢れを放っている。という事を明確に教えてくれた。

まだ刀剣男士の方々はこの本丸に沢山居る。
お話ししたことない方も、お見かけしてすら居ない方も。
加州清光さんとは未だ会った事すらない。果たしてどんな状況なのか、皆目見当も付かないが、部屋に行かないという選択肢はない。わたしは審神者であり、この歴史修正主義者との戦争に参加する義務がある。その為には刀剣男士の皆さんと和解する必要がある。それは、国に定められた役割でもあり、わたしの願いでもある。
仕事、仕事であるとは分かっているが、わたし個人の感情もそうしたいといつ間にか願って居た。
幸せになって欲しいと、美味しそうにご飯を食べるみなさんを見て、畑仕事をするみなさんを見て、撫でられて嬉しそうな子を見て、お風呂に初めて入って驚く姿を見て、心からそう思っていた。
そんな思いを馳せながら粟田口の部屋を横切り、一際黒い淀みを放つ部屋を発見する。きっと、ここだろう。


「加州清光さんの部屋はこちらでしょうか」

襖の前に立ち、声を掛ける。辺りは静かで、物音一つ聞こえない。だけど、そこに誰かいるのは分かった。

「……失礼、致します。」

襖に手を掛け、横に引く。不躾だとは判っているが、しんと何も音のしない辺りに、わたしが動かないと始まらないと思った。
襖を開ければ、身体中にぶわぁ、と。黒い淀みが纏わりつく。ツンとした血の臭いが鼻腔を覆い一気に広がる。ぼやけた視界を確保する様に目の前を払えば、ぽつんと身を投げ出し、柱にもたれかかる1人の男性が居た。


この本丸に来てから、驚く事ばかりだ。


焦点の合っていない目からは涙が流れ続けていて、腕も足も投げ出し、中傷なのか服は乱れ、ブツブツとなにかを呟いている、男性。
足の爪が剥げている。裸足の指先からは、ポタポタと真っ赤な血が踵に溢れていた。

この近さならわたしに気付く筈なのだ。
四畳半程の小さな、真っ暗で真っ黒な部屋。絶対、気付く筈なのに涙を流し続ける彼はわたしを見ない。どこを見ているのか、何を見ているのか分からない。

彼を見た瞬間ぞくっと背筋が寒くなった。


「かしゅう、さん。ねぇ、かしゅうさん、ですよね??」


わたしは震える足を叱咤しながら彼に近付き声を掛ける。目の前まで来ても触れる事は、出来ない。

なぜか、彼が怖い。
先程纏わり付いた淀みのせいだろうか。穢れの力とは、こんなにも凄いものなのか。

とても、怖い。その真っ暗な目が怖い。何処を見ているか分からない目が怖い。その目でわたしを見られると思うと、視界に入ると思うと、怖い。何があったのか知るのが怖い。何かを呟く口元を見るのが怖い。その呟きを聞く事が、とてもとても怖い。
わたしの身体は恐怖で竦んでいた。
得体の知れない恐怖。わたしのちっぽけな覚悟すら揺るがす恐怖。ぶわり、ぶわり。纏わり付いた淀みはわたしを更に煽っていく。


そうだわたしは、所詮ただの人間であったのだ。


そうか、わたしは国に審神者として選ばれ、この本丸の傷付いた刀剣男士を見付けて、
沢山の重傷者の手入れをして、
その方々が手入れの後笑う事ができて、
お礼を言われて、主従の契約すら結んで、美味しいご飯を一緒に食べることができて、仲良くなって。

もしかしたら気が大きくなっていたんじゃないのか。神様の、特別になったようで。一介の人間の小娘が、そんなわけないのに。
なんて、恥ずかしい。そんな自分が酷く恥ずかしく、声を掛けても目の前の彼の視界にすら入れない事に落ち込みすらする。ぐるぐるぐるぐる恥ずかしい、なんて自惚れ、と気持ちが頭の中で酷く回る。自分がとても恥ずかしい存在のようで、とても小さな存在だと思い知らされたようで。


ーーこの本丸に来てから、わたしはよく泣くなぁ。


中々泣く、という行為自体今までしてこなかった。人生の泣く行為全てを使ってる気がする。幼稚園の時も泣かなかった。転んでも泣かなかった。親が死んでも、泣かなかったというのに。
それでも、目の前の彼の前で迷惑にもわたしは泣いた。


「う…うぅ…あ、あぁ…っ!!!うあぁぁぁぁあぁああぁぁああっ!!!!」

ボロボロと涙を零す。子供の様に大声で泣く。一つの手は顔に手を当てて、もう一つの手はぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。
こわい。こわい。こわい。はずかしい、はずかしい、なんで、こんなにはずかしくて、こわいの。心の中が得体の知れない恐怖で満たされる。こわい。とても、こわい。何も出来ない。何も、出来ない。わたしは、なにも、できない。
悪夢を見た後のように、わたしは泣きじゃくる。理由のない涙を流す。



「…………あ、るじ?」


ぽつん、と彼の声が部屋に響いた。顔を上げて、彼を見る。
彼は漸くわたしを見ていた。

「あぁ、あるじ、あるじだぁ…。

なんで、泣いてるの?どこにいたの?…大丈夫。俺が守る。俺が、守るよ。大丈夫。大丈夫。大丈夫。」

ふんわりと微笑む彼の目の中は未だに暗い。誰と、私を重ねて居るのだろうか。そんな彼は私を引き寄せ、その腕の中に閉じ込める様に抱き締めた。血の臭いが更に強く鼻を掠めた。
大丈夫、と子供をあやす母親みたいに背中をポンポンと小刻みに叩き、さする手は酷く優しくて、恐怖で支配された頭を少しだけ冷静にしてくれる様な気がした。
でも、何故だろう、とても頭と瞼が重い。

「かしゅ、さ、」

途切れ途切れになりながら彼の名前を呼ぶ。彼は今、どんな表情をしているのだろう。わたしにかかる声は酷く甘ったるい。まるで、胸焼けしそうな、



「だぁいじょうぶ。…ちょっと、ちょっとだけおやすみ。あるじ。」




まるで愛子を慈しむかの様なその加州さんの声に、わたしは意識を飛ばした。







prev next

[back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -