いちごひとふりの葛藤。
「秋田藤四郎ですっ!外に出られて、わくわくします!」
「乱藤四郎だよ。……ねぇ、ボクと乱れたいの?」
「前田藤四郎です。末永くお仕え致します」
「平野藤四郎といいます!お付きの仕事でしたらお任せください」
「よぉ大将。俺っち、薬研藤四郎だ。兄弟ともども、よろしく頼むぜ?」
「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな
此度は、弟達を救って頂き、誠に有難う御座いました。我ら粟田口一同、審神者殿を主とし、誠心誠意お仕えさせていただきます。」
ズラリ。私の布団から見て襖側に一列で座った粟田口短刀を控え、その前に代表のように礼をしたのはあの水色の神様こと、一期一振さんだった。一期一振さんはヤケに丁寧で、わたしに触れたいのかうずうずとする短刀達を制止する。
愛染さんと明石さんがじゃんけんで負けて掃除番になり、暇だから、と部屋に遊びに来た蛍丸さんに教えてもらった驚きの事実。どうやらわたしに触れると刀剣男士の生まれ持っての宿命なのか、サガなのか、やけに安心するそうなのだ。
だから撫でてもらったり抱き締められたりするのがすごく好きーなでてー、と蛍丸さんは嬉しそうにぎゅうぎゅう抱き着いていた。
それから、
ふむ、なるほど、みなさんが安心できるのならいいか。
と、触れる事に関しては特に何も言わない事にした。なので、別に触って頂いても刺して問題は無いのだが、…
…あ、そうか、そりゃそうだ。直してもらったとはいえわたしは人間で、彼らにまだ信頼を真に寄せて貰うには早いのか。
勝手に考えて納得し、一期一振さんに笑いかけた。
「…えーっと…。よろしくお願い致しますね。皆さんの作ってくれた畑、すごくすごく嬉しいです。早く元気になって、見に行きたいんですが、見に行ってもいいですか?」
「……はい。主様が望むのなら。」
「あ、ご飯ってみなさん食べられますか?是非にご飯をご一緒したいなぁと思っているんですけど…」
「…主様が望むのなら、そのように致しましょう。」
「ちなみにそのお洋服、普段着にしてはかっちりしすぎてますよね?内番服なるものがあると、こんのすけさん仰っていたので、そちらの方が楽かと思うんですが、如何ですか?」
「主様がそうしろと仰るのなら、」
うーーーーーん。
それから沈黙。冷や汗みたいなものがたらりと流れながらもわたし自身はニコニコと出来ているんだけど、一期一振さんはヤケに無表情というか、キリッと正座で背筋を伸ばし鎮座する。何を言っても、望むのなら、で終わってしまう。本当に一線引かれている。
果たしてこれはどうしたものか。あまり喋らないことが得策なのか、たわいもない話題を振った方が良いのか。悩むところである。
無表情の一期一振さんと、んー、どうしようと悩むわたし。そんなわたしを知ってか知らずか、短刀さん達は一斉に口を開いた。
「…んもう!いち兄はやっぱり不器用っ!
主様はぜーったい悪い人じゃないから、きっと大丈夫だよっ!ボク達は手入れされたから分かるんだって!」
「大将、悪いな。いち兄は大将に今一度、俺らを受け入れてもらえるか滅茶苦茶心配してたんだ。
…だから、一線を引いて誠心誠意お仕えしようって言ってたんだが…」
「これでは逆に主君に気を使わせてしまっています。いけません」
「僕らに流れてきた霊気のお陰か、主様がどんな方が僕らは知ってます。多分この一線を引く作戦は逆効果です」
「ぼ、ぼくらはちゃんと言ったんですよう…」
「そうですね!それに、僕、早く主様に撫でて欲しいですっ」
乱さん、薬研さん、平野さん、前田さん、五虎退さんに、秋田さんがそれぞれ溜め息混じりで口を開く。一期一振さんはお前達っ!?と吃驚した様子で止めようと手を伸ばすけど、皆さん一斉にすくっと立ち上がる。
「大将、悪いな。失礼するぜ?」
薬研さんはニッコリ。と少し企んだ顔をした。瞬間。腰、膝、背中。全てに暖かいなにかを感じる。おそらくこれは、一斉に触れられ抱き締められた感触だ。
短刀の機動力は凄いと聞いていたけど、本当にすごい。これが瞬間移動と言うやつか考えながら取り急ぎ膝の上の子を抱っこする形で抱き締めてみる。
ピンクのふわふわの髪の毛。秋田藤四郎さんはわたしを見上げれば、少しうるうると涙目だった。
「ぼく、また元気になれました…っ!それは、あなたのお陰です。主様。どうぞこれから、よろしくお願い致します…っ!!」
わたしにはちゃんと母性本能、と言うものがあったらしい。
小さな男の子を愛でる趣味は一切なかったのだけど、死ぬ思いをして助けたこの子達はどうしようもなく愛おしい。幸せになって欲しいとまた心から思う。
代わる代わる膝の上にやってくる。交代だ、交代です、こうたーいっ、交代して下さいと、わたしをぎゅっと抱き締める。
多分これは、一期一振さんに見せてるんだと思う。
この子達は本当に、聡い。有難いことに、この人は大丈夫なんだとお兄ちゃんに伝えている。
あんなに酷いことをされても人間を許すこの子達は、よっぽどわたしなんかより大人だ。
「…一期一振さん、」
「あ、え、は、はい。」
呆気に取られていた一期さんは、わたしの声にまた背筋を伸ばした。
…確かに、そんな反応、本当はして欲しくないんだけどなぁ。
「わたしは今まで、なんとなぁく生きてきました。
なんとなく生きて、なんとなく死んでいくんだろうと思っていました。
…ですが、今はこの命果てるまで皆さんの為に生きようと思ってます。だからどうか、ふつうに接して頂ければ嬉しいです。ふつうにご飯を食べて、ふつうにお風呂にはいって。ただ、お仕事も大事です。なので、ちゃんと元気になったらお仕事を一緒にしましょう。怪我をされる事もあるでしょう。すぐに手入れします。そんな、ふつうを、これから送りませんか?
そんな風に一線引かれちゃうと、ちょっとだけ寂しいです。」
「…我等を、受け入れて下さいますか。」
「はい、そのつもりです」
そういえば、一期一振さんは俯いた。少しの沈黙が走る。
微かに震えている気がするのは気のせいか。いや、きっと気のせいじゃない。
「いちど、」
震えた声で、ポツリ、ポツリと話す一期さんは、きっと少し泣いていた。
「一度だけ、前任者に万屋へ買い物を頼まれたことがあります。」
「…そうでしたか。」
「その時に、私の怪我を見た店主の方が何も言わず、金平糖をおまけにと下さいました。私は一粒食べました。とてもとても美味しくて、弟に食べさせてあげようとこっそり持ち帰り、弟達に一粒ずつ食べさせたのです。
…わた、しは、その時の幸せそうな顔が、忘れられません…っ!
刀解された方が良いと、心から思っても、どこかでその笑顔が忘れられんのです…!五虎退が見つかった事、弟達が元気になった事、それだけでも十分な筈なのに、普通になればなる程、もっと、もっとと願ってしまいます…!主様は、それでも我等に幸せを与えて下さいますか…っ!?」
…ああ、とても、素敵だなぁ。
そんなことをぼんやりと思う。
今までこんなに苦しい事があって、それでも堕ちなかったのはきっと、心の何処かでいつか救われる、いつか、幸せが訪れると思っていたんだろうなぁって。
もっともっともっと、と思ってしまうのは生きていれば至極当然だ。それはとても正当な欲求で、普通な事だ。
それを恰も悪の様に言う彼は、それを与えられて来なかったからなんだろう。
わたしに、できる事があるかなぁ。
聖人君子でも何でもない一介の只の人間に、烏滸がましくも神様を幸せにするなんて出来るわけない。そうだ。出来るわけないけど、彼等がその言葉を望むのなら、
「分かりました。
わたしは、皆さんを、幸せにします。その為にこれから生きましょう。人間の一生は貴方達にとってとても短いものであるかもしれませんが、少しはお役に立てるでしょう。」
それを言葉にすれば、ほら、すごく安心した様に笑うから。
わたしの一生如きでそれが叶うのなら、わたしはそれでいいと、そう思う。
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