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雨降る放課後


「……あー……やられちゃった……」

 降りしきる雨。風も少し。
 天気予報に従ってちゃんと持ってきたはずの傘は、忽然と姿を消していた。


 雨降る放課後に



「……うーん……」

 どうしようか。
 もう放課後になって随分経つから、きっと持って行ってしまった人も家に着いているだろう。雨に濡れて帰っても良かったけど、今は何となくそれをできる気分じゃない。
 ふらふらと窓際の自分の席に戻って、呆然としながら窓の外を眺める。土砂降りというほどではないにしても、強い雨。

「……」
「……まだ居たのか?」
「……? あ、サスケ君……」

 この雨の中、いつもと変わらず修業をしていたらしい。全身びしょ濡れで、服や髪から水が滴っている。この窓からは見えない所でしていたみたいだけど、荷物が在るから残っていることは知っていた。

「帰らないのか?」
「……えっと……それが……」
「……どうかしたのか」

 初めて喋った日から数日経った今では、なんとか普通に会話ができるようになっていた。サスケ君が、人が少ない(というか居ない)時には割と話し掛けてくれているお陰だろう。誰かが居るとどうしても邪魔が入る、というのも有るだろうけど、一番は妬みを気にしてくれているんだと思う。有難いことだ。

「……なんて言うか、……傘が無いんだよ……」
「忘れたんじゃなくてか?」
「……うん。まあ、いつものことなんですけど……」
「……」

 そう、いつものこと。もう何度傘を買い直したか分からない。傘のために買い物に行くのは癪だけど、無くなったものは仕方ない。今度はショッキングピンクにして、使ってて恥ずかしいのにしよう。そうしたら盗られないかも。

「犯人は分かってるのか?」
「ううん。時々持っていく人変わってるから、複数人だし……」
「見付けたことあるなら怒れよ……」
「……自分のだって自信がなくて……」
「……」

 あと、話し掛ける勇気も出なかった。いくらクラスメイトとはいえ、話したこともない上、名前も覚えていないから呼び止められなかった。それに、ここまで頻繁だと私を狙ってとしか考えられないから、そんな人と話すのは遠慮したい。

 サスケ君は鞄からタオルを取り出して、腕や足を拭いている。座ると気持ち悪いだろうな、と思う。サスケ君も座ろうとはしない。わしわしと頭を拭くサスケ君を見上げたまま、ぱたりと上半身を倒した。髪の毛がぱらぱらと背中を流れて横にいくらか垂れた。

「……雨止むまでここに居ようかな」
「夜中遅くまで降るって言ってたぞ」
「うーん……。じゃあいっそ泊まります……」
「……バカ言うな」

 ここで雨足が弱まるまで待って、最悪泊まって、早朝までに家に帰ってお風呂入って用意して、途中で面倒になったら休んでしまえ。覇気なくそう考えていると、サスケ君は一旦廊下に出て、また戻ってきた。その手に濃い紺の傘を持って。

「俺に借りようとかは考えないのかよ」
「…………え」
「……ったく」

 ちっとも考えなかった。だってそんなことサスケ君が許すはずがないと、どこかで思い込んでいたから。でもそれこそ思い違いで、サスケ君は優しいのだということを考えに入れるのを忘れていた。どちらにしても恐れ多いから、遠慮するけど。

「でも、良いよ、……サスケ君が濡れちゃうし……」
「もう既に濡れてる」
「で、でも悪いよ……」
「別に良い」
「……でも、……だめだよ……っ」
「……」

 大きな溜息が聞こえた。それにうっと一瞬体を縮こめて、サスケ君から視線を外す。溜息は怖い。相手の機嫌を損ねた確率がとても高いから。

「碧」
「っ、はい……」
「お前は遠慮し過ぎだ。逆にムカつくぞ」
「、……そ、そんなこと言われても……」

 名前で呼ばれるのは慣れていないから、少し気恥ずかしい。サスケ君はやや不機嫌そうに言ったけど、その意味はよく分からなかった。どうして遠慮されてムカつくんだろう。

「人が折角好意で言ってんのに、んなに拒否すんじゃねえよ」
「……拒否なんて、そんな……」
「そんなつもりじゃねえのは分かってる。けど、そうも感じるんだよ」
「……」

 そう、なのか。
 私は他人に、遠慮と距離を置くことしかしてこなかったから、全く分からない。相手も同じく遠慮と距離を置くことしかしなかったから、これで良いのだとばかり思っていたのに。

 あ、そうか。
 今は相手が『サスケ君』なんだ。他の人、つまりその他大勢ではなくて、サスケ君だから、違うのか。

「……ごめん、なさい……」
「……」

 どうすれば良いのか分からなくて、取り敢えず思い付いたのが謝ることだったから、謝った。すると今度はふっと小さく溜息が聞こえて、サスケ君の足音が近付いた。

「……バカだな。なに謝ってんだ」

 窓側に回り込んで、ぽふぽふと頭を撫でられる。首を回してじりじりとそちらへ向くけど、正解の分からない申し訳なさにあまり顔を上げられない。だからサスケ君の顔全部は見えなかったけど、口許は両端が少し上がる形で緩く弧を描いていた。

「……謝るのは違った……?」
「ああ。貸してやるって言ってんだ、感謝しろよ」

 サスケ君の手は少し冷たくて、冷えてしまっているのがよく分かった。それなのに私だけ濡れずに帰るなんて、やはり悪い気がする。

「……ありがとう……」
「……おう」
「でも折角だけど、サスケ君が風邪なんて引いたら嫌だから、やっぱり遠慮するよ」
「…………。お前って……」

 私は初めの計画通り、ここで過ごす気満々だ。何か言いかけたサスケ君は、少し考えた後私の頭の上にのせた手をくしゃくしゃと動かした。

「!」
「分かんねえのか。俺だって、お前に風邪なんて引いて欲しかねえんだよ」
「ぅえ……!?」

 思わずおかしな声が漏れた。それを気にも留められないくらい驚いて、伏せていた体を起こしてサスケ君を見上げる。ほんのりと頬を赤く染めていて、少し照れていることが窺われた。

 もしかして、心配してくれているのだろうか。もしそうだとしたら、何で今まで気付けなかったんだろう。知らない内にその可能性を排除してしまっていたのだろうか。いや、そんなことはどうでも良くて、とにかく驚いて、戸惑った。ただただ、戸惑った。

 物心付いてしばらくした時から、誰かに心配されることがなかったから、どうすれば良いのか分からない。喜んでも、良いのだろうか。

「! なっ、ど、どうした!?」
「……へ? え、あれ……?」

 急にサスケ君が慌てたから、どうしたのだろうと疑問に思った。その一瞬後に頬を何かが伝い、指で触れてみるとそれは透明な雫だった。反対側の頬にも同じように雫が伝い、ようやくそれが涙だと理解した。

「……どうしたんだろ……何でだろ」
「……俺の、せいか?」
「え、ううん。違うよ、嬉しかったもん。あ、もしかしたらそれかな」

 嬉し泣き、なんて、ドラマや漫画の作られた現象だと思ってた。これは、それなんだろうか。ううん、きっとそれだ。
 胸が苦しくなるほど嬉しくて、喉が痛くなるほど涙がせり上がる。視界が涙でぼやけるから、その涙を除けようと目を擦るから、サスケ君の顔が見れない。頭を撫でてくれているのに、どんな気持ちでしてくれているのかも知られない。

 本当は、嬉しかったよ、ありがとうと伝えたい。伝えたいのに、言葉が何も浮かばなかった。

「おかしいな、ごめんね、止まらないよ。ごめん」
「……碧……」
「あ、違う、……“ありがとう”、嬉しかったの、あたし……、ありがとうサスケ君」
「……」

 拙い言葉ばかりで、上手く伝えられない。歯痒くて、もっと本を読んでおけば良かったとつまらない後悔をした。もう何も出てこないや。


 窓の外の雨は緩む気配もない。けれど涙は少しおさまったようだ。擦る手が追い付いて、視界が綺麗になってきた。

「……大丈夫か?」
「え、うん。初めから大丈夫だよ」
「……」
「?」

 見上げてみると、サスケ君は眉間に皺を寄せてこちらを見詰めていた。何か怒らせただろうか、と瞬時に不安になった。

「サスケく、……!」


 ぱたん、と傘が倒れた。

 初めに思ったのは、「冷たい」だった。濡れた何かが顔に当たる。何で当たるのか、そんなこと知らない。

「な、……え……? サスケ、君……?」
「…………」

 頬に自分以外の髪が触れて、目の前に居たはずのサスケ君の顔が見えなくて、雨のにおいがすぐ近くでした。
 つまりこれは、まさかこれは、

 抱き締められている?

 何で? どうして? サスケ君が? 私を? こんな私を?

「……碧」
「は、はいっ……」

「好きだ」


 ……今、何と。
 何と、仰いましたでしょうか。
 「スキ」とは、何ですか。

 あれ、これは私が誰かに言われるような単語ではないはず。ましてや抱き締められてなんて、尚更有り得ない。これでは「友人として」という意味で捉えることなんてできないじゃないか。期待、とか、してしまうじゃないか。

「…………悪い、濡れたな」
「え、あ……」

 そう言うとサスケ君は離れて、落とした傘を拾った。なんともあっさり離れられて、しかもサスケ君は返事を求めていた訳ではないらしく問うてはこない。反応に困りながら、自分の席のほうへ戻るサスケ君を見ていると、居た堪れなさそうに言われた。

「……抱き締めたりして、悪かった。困るよな、急に……」
「……ううん」
「……そうか」

 ほっとしたような横顔。サスケ君は鞄を少し触った後、それを閉めて肩に掛けた。帰るらしい。じゃあ私はここで寝ていようと上半身を倒そうとした。でもその時、サスケ君が再び近寄ってきた。長椅子の後ろから傘を差し出してぶっきら棒に言う。

「……使え」
「……良いってば」
「使え」
「っあ」

 ぐいっと無理矢理に傘を渡されて、そうかと思うとサスケ君は早足で教室を出て行ってしまった。ドアを閉めた後は走って行ったらしく、足音と気配はあっという間に遠ざかっていった。サスケ君は足が速いから、こうなってはもう追い付けない。少し呆然として、渡された紺の傘を見詰める。

「………………“好き”……」

 消えない。
 期待が消えない。
 消さなきゃ、だめだよね?
 ねえ、サスケ君。

 自分はサスケ君を好きなのか、それはまだよく分からない。胸が高鳴ったのは、緊張なのか、恋心なのか。憧れているのは確かだけど、好きかと聞かれても分からない。

「……明日も会うのかー……」

 きっと少し気まずい。なにぶん、初めてのことだし、どう対応すれば良いのか全く分からないから、明日の朝は寝たふりをしてしまうかも知れない。流してしまって良いものだとは思わないけど、サスケ君が触れないのなら、きっと話題に出すこともできない。元々人と話すのは苦手だもの。

「……帰ろうかな」

 結局貸してもらった傘。これを差して帰るのはかなり気恥ずかしいだろう。それでも折角の厚意。無駄にしてしまってはもったいない。

 手短に帰宅の準備を整え、鞄を持った。右手にサスケ君の傘を持って、教室の電気を消してドアを後ろ手に閉める。廊下の窓から降りしきる雨が見えた。

 傘、使う方がもったいないかな、なんて、本末転倒なことを思った。



(20071001)


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