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闇を打ち払えるほどの


 ゴロゴロと唸り始めた空。体が強張り、悪夢としか思えない記憶が脳裏に、そして身体にまで蘇る。身の毛立つ恐怖と嫌悪感に、涙も拭わず布団を握り締めた。


 初めて襲われたのは、およそ二年半前。九歳になったばかりの時だった。その日も義父にしたたか叩かれ、身体中痛くて困憊していた。自室に籠もり、自分で怪我の手当てをし、ぐたりとベッドにもたれていた時。突然ドアを開かれ、入ってきたのは見知らぬ男。
 どうやら義父の仕事仲間の、細身で気味の悪い男だった。顔は赤く、動作がふらふらとして、酔っていることは明白。すぐに身の危険を感じて逃げようとしたけれど、全身打撲だらけで上手く動けず、外は雨で雷も鳴っているし、ドアは男に遮られている。ずりずりと体を後退させて距離を取るけれど、男はすぐに目の前までやってきた。片腕を強く掴まれ、引き上げられたかと思うとベッドの上に投げられる。怖いのに声が出なくて、どうせ呼んでも誰も助けてくれないだろうけど、涙を浮かべながら口をぱくぱくと動かすしかできない。狂気じみた欲に染まった目でこちらを見、暴れないよう足を踏まれ手を押さえ付けられ、鳥肌の立つような薄ら笑いを浮かべていた。

 雷の音を聞くと、その男の顔が、手付きが、声が、思い出される。その日からその男が義父と共に家で酒を飲んだ時には、必ずと言って良いほど強姦されるようになった。逃げようにも恐怖や痛みで体が言うことを聞かないので、どうにも逃げられない。触られても何をされても、とにかく気持ちが悪くて、痛いし、嫌悪感で吐き気まで催す。こちらが嫌な顔をすればするほどその男は興奮するようで、逆効果になってしまうようだし、もうどうしようもなく、されるままだ。


 体を丸めて縮こまり、ぎゅっと自分を抱き締める。ああ、いやだ、いやだ、思い出したくないのに。鳥肌の立った腕は正直で、寒気に震えている。風邪のせいではない。

「……碧」

 サスケくんに呼ばれて、現在を思い出す。そうだ、今はあの男は居ない。
 そろりと顔を上げて、いつの間にかすぐ傍に来ていたサスケくんを見る。涙が邪魔だけど、ひどく苦い表情をしているのはすぐに分かった。

「碧、……思い出してるのか」
「……サスケくん、……」
「……何もしてやれなくて、ごめんな」

 私の頭を撫でて、サスケくんまですごく辛そうな顔をする。言われた言葉にゆるりと首を振り、否定を示す。サスケくんは、私が穢れていると知ったのに、嫌悪せず、こうして慰めようとしてくれている。知られたら「汚らわしい」と離れて行ってしまうかもしれないと思っていた私にとっては、それだけでもう充分、力になっていた。サスケくんはとても綺麗だから、穢れた私なんかが近付いて良いはずがないと、思っていたのは最初からそう。対等でも平等でも、ないはずなのだ。最初から。

「……正直、どうすれば良いのか分からない」
「……」
「どうすればお前を、その傷から、恐怖から、助けてやれるのか……」
「! ……」
「……もう同じ目に遭わないようにするには、どうすれば良いのか……」

 サスケくん、は、

 サスケくんには、ちっとも、私を捨てるという選択肢は、無いんだ。私から離れるという考えが無い、んだ。

 サスケくんが悩んでいるのは、どうすれば私を救えるのかということばかりで、そしてそれがサスケくんの本心なのだと、その苦しむ表情を見れば分かったので、私の『心配』こそ杞憂だったのだと、あまりにも呆気なく理解した。
 そしてそれこそが、私が救われる方法であって、サスケくんの悩みもまた解消されるのだ。

 ゴロゴロと雷が鳴るのも一瞬聞こえなくなって、サスケくんをじっと見つめた。
 私の唯一の人。
 私の、たった一人、全身全霊で信じても良い人。

「……サスケくん、」
「?」
「もう、大丈夫……。もう、平気だよ」
「碧……?」
「もう怖くない、よ。サスケくんが、居るから」

 サスケくんの手を、握って、その温度を感じる。
 まだ雷は怖いし、思い出すと身震いもするけれど、サスケくんが私を捨てないでいてくれるって解ったから、もう怖くない。私にとって本当に怖いことは、サスケくんに見捨てられてしまうことに、成っていたから。

 いつからだろう、私の最上級がサスケくんになったのは。いつからだろう、憧れが恋心になったのは。いつからだろう、サスケくんに捨てられる事が怖くなったのは。最初はこんなにも、心酔していただろうか。失くせないものだったろうか。欲しいものだったろうか。

「だいじょうぶ……サスケくんが居るから……居て、くれるから……」
「……俺が居たからって、何の解決にもならない」
「……んーん……あたしの心は、救われたよ……」

 サスケくんの手にほおずりをして、あたたかなその肌に安心感を覚える。この手に何度救われただろう、慰められただろう、惹かれただろう。私の大好きなサスケくんの、象徴のようなもの。この手に撫でられ、包まれ、守られて、そして暖めてくれた。冷えた私の心を優しく、ぽうっと暖めてくれた。

 響く雷にビクリと体が震える。そうするとすぐにサスケくんの手は私の頬を頭を撫でて、私の恐怖を薄めてくれる。下げていた視線を上げて、じ、っとサスケくんを見上げる。サスケくんの表情は未だもって晴れない。

「……けほ、……」
「…………碧」
「……なに?」

 ぐっと言葉を溜めて、苦いものを噛むような顔をする。嫌なこと、想像してるのかもしれない。直接的な言葉では伝えていないにしても、想像するには充分のことは言ったから。サスケくんの言葉の続きを待って、撫で止まった手を緩く握る。

「……危なくなったら、すぐに逃げるんだぞ。何が何でもだ」
「……うん」
「俺の家には、いつだって駆け込んで良い。用事が無くても」
「……うん」
「もう、……二度と、カラダを許すな。……これは、“お願い”だ」
「! ……うん……っ」

 サスケくんは、唇を噛んで、顔を伏せた。
 こんなにも大事に思ってくれているのに、その“お願い”を聞かないわけにはいかない。いいや、聞かないはずがない。

 私は本当に、幸せ者だなぁ。

「……サスケくんの“お願い”じゃ、仕方ないねぇ」
「……」
「……絶対にもう、……されないように、がんばるね。全力で、逃げるから」
「……ああ」
「うん。……だから、」


 泣かないで。


 実際に涙は流していなかったけど、心は充分泣いていて、私が泣かせてしまったのに、それを嬉しいなぁなんて、思ってしまった。やっぱり私は悪い子だ。



(20101114)


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