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しんじたくもない、真実


 下降し続けた空模様は遂に、糸が切れたように大粒の雨を降らし始めた。まるで俺たちの心が映し出されたようで、更にどんよりと陰鬱な気持ちに落とされる心地がした。


「…………」
「…………」

 嫌な予感をぶらぶらと提げて手持ち無沙汰。落ち着いて来た様子の碧を解放して、顔色を窺う。相変わらず目を合わせようとはしない。

「……頭とか、痛くないか」
「ぇ……あ、……痛い……ケホ、ケホ」
「……粥、食うか?」
「……う、ん」

 その返事を聞いて、机に置いていた盆を運ぶ。ゆっくりと体を起こした碧は、残っていた涙の跡を手で拭きながら、膝の上にそれを受け取った。

「……いただき、ます」
「……ああ」
「……」

 気まずい。雨が降り出したからいっそうじめじめとした空気が、まとわりつくようで気持ち悪い。机とセットの椅子を一言で拝借し、腰を落ち着ける。
 どこでもない、適当な、床だか壁だかに目を向ける。雨が打ち付ける音、食器の音、咳の音。聞きながら、ぼんやりと、考え込む。いや、本当は考えないようにしたかった。だがそう思うと逆に、意識してしまって。

 碧は、誰にそんなことをされたんだろうか。義父? それとも違う誰か? いままでに何度くらいされたんだろうか。一回? 二回? もっと? どのくらいの傷になっているんだろうか。傷を癒すには何をすれば良いんだろうか。俺は何をしてやれるんだろうか。

「……はぁ……」

 知らず知らず溜息が出る。前に碧が怪我だらけになった時、もしやあの時もされたのでは、と思うと遣る瀬ない。どうして気付かなかったんだ。思えばあの時の碧の様子はただ暴力されたにしてはおかしかった。考えれば考えるほどそんな気がして、気が滅入る。気のせいであってほしい。

「…………」
「……ごちそうさまでした」
「ん、……ああ」

 気が付くと碧はゆっくりと粥を平らげていて、少なめに作ったとは言え食欲はあるらしいことが分かった。一安心。錠剤も水と一緒に流し込んで、これでしばらくすれば頭痛や熱も少しは楽になるだろう。

 食器を盆ごと回収し、横になるように言って、しかし、またしても気まずい。沈黙が空間を漂う。
 盆を机に置き、再び椅子に腰を下ろす。何も言えないまま、ただ重く静かな空気を吸い込んでは吐き出す。ややして、先に口を開いたのは碧のほうだった。

「……サスケ、くん」
「……」
「……流石にもう、……勘付いちゃってるよね……」
「……」

 何を、とは言わないのは、俺もできれば聞きたくないし、碧もできれば言いたくないからだろう。返事を返せないでいると、少し待ってからまた碧が言う。

「……サスケくん」
「……」
「…………あの、ね……」
「……」
「……やっぱりもう、……嫌いに、なっちゃったかな、こんな……」
「、」

 目を、合わせようとしていなかったのは、俺のほう。
 碧は必死に、俺を信じようとして、いたのに。

「そう、だよね、いくらサスケくんでも……」
「……違う」
「……」
「……悪い……まだ、ちゃんと整理がつかない……だけだ」

 碧が、碧が、知らない間に、俺の知らない間に、そんな、身の毛の弥立つような酷い目に、遭っていただなんて、それも俺が気付けたかもしれないタイミングで。いや、まだ想像の域を出ない。でも、だけど可能性は大いにある。すぐに受け容れるにはキツい、キツ過ぎることだ。

「…………」
「……。カミナリ、来そうだね……」
「? ……ああ」

 黒く立ち込め始めた雨雲。雨が降りしきる窓の外を見て、碧が呟いた。

「カミナリ、怖いのはね……はじめて……され、たとき……鳴ってたからなんだ……」
「……そう、か」

 薄々、気付いていた。カミナリへの怖がり方が尋常ではなかったし、ただカミナリそのものが怖いだけのようではなかったから。だけどそうやって、碧の言葉によって嵌められていくピースが、あまりにも残酷で、正直もう聞きたくなかった。

「それまでは……へーき、だったんだけど……けほ、」
「……」
「……えへ、……ごめんね、サスケくん……あたし……」


 穢れて、るんだぁ

 ぽろぽろと涙を零しながら、笑えてない顔で、笑った。

 震える唇、怯えたように寄せられた眉、涙は流れて枕に染みた。見ていられなくて、目を瞑って俯き、何もできない歯痒さもどかしさに唇を噛み、膝に突いた両手を握り締めた。

 俺は、……俺は、どうすれば良い。どうすれば碧を、守ってやれるだろう。どうすれば碧を救ってやれるだろう。



 しんじたくもない、真実



 碧は犯され穢された。

 その、事実が、痛くて。
 涙を拭いてやることもできない。



(20100909)


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