33 夢を見た。 ザアザアと激しい雨が窓や屋根を打つ。真っ暗な部屋が一瞬光ったかと思うと、雷鳴が響く。布団に隠れているが意味はなく、嫌な汗が額と背中に浮かぶ。腕は粟立ち、指先には震えが来る。色濃い恐怖。それが体の自由を奪う。金縛りに遭ったように、今すぐ逃げたいのに動けない。息が上がり、あわや過呼吸、というところで、すぅっと雨が止んだ。 先程まで大荒れだった外の様子が嘘のように静かになる。恐る恐る布団から顔を出すと、窓から優しい光がサアッと差し込んでいた。私を明るく照らし暖めるのは、夜の空にぽっかり浮かぶ弓形の、お月さま。 ふっ、と自然に目が覚める。いつもの癖で掛け布団を顔に押し付けていたから、前がよく見えない。その状態でしばらくまばたきだけを繰り返し、そしてふと気付く。片手が何かに押さえられている。いや、握られている? そうっと布団を押しのけて見てみると、私の手を握ったサスケくん。ベッドに横向きに凭れ、座った状態で瞼を閉じている。やや俯いているから、いつもは横へ避けられている前髪が顔に掛かっている。きっと遅くまで看病してくれていたんだろうな。 「ん…………やべ、ねてた……」 いや、徹夜で看てくれていたようだ。目をしばしばとさせて眠気を払おうとしている。それに、私も起きているよと伝えるために、にぎにぎと手を握り返す。寝起きだからうまく声を出せそうにない。 「あ、……起こしたか」 ゆるゆる横に首を振り、否定を示す。サスケくんは保安球で薄明るい部屋の、壁の時計を見やり、まだ四時だぞ、と告げる。なんだ、割といつも通りだ。昼間にいくらか寝ていたことを思えば、むしろ長く寝たほうだ。 まだ寝ておけと言うけど、それはサスケくんの方じゃないだろうか。軽く咳払いをして、喋れるようにする。喉の腫れも幾分かましになっているようだ。 「サスケくんこそ寝たほうがいいよ……眠そうだよ」 「……まあな」 私の声は寝起きでかすれ、しかも鼻声だ。できればこういう醜態は見せたくなかったけれど、昨日からなのだし今更といえば今更だ。 サスケくんは欠伸をして、だけどまだ眠るつもりはないらしい。握っていた手を放して、私の頭に手を伸ばす。熱を吸って少し浮いていた冷却シートを、ゆっくりと剥がした。あ、そういえばそんなものも使っていたっけな、と思い出す。枕元に置いていた箱から新しいシートを出し、剥離紙をめくる。それを貼ろうとしてくれたので、私も前髪を自分で除けて、おでこに貼りやすくする。ひやりと冷たい感触が気持ちいい。 「ありがとう……」 「喉は渇いてないか?」 「んー……ちょっとだけ」 そう答えると、机の上に置いていたペットボトルを取ってくれる。私が買ったのとは違うスポーツドリンクのようで、もしかして眠っている間に買ってきてくれたのだろうか。 恐れ多くもサスケくんにこれだけの世話を焼かせてしまっていることに、有難い反面大変申し訳なく思う。全快した暁には何か特別なお礼をしたいところだけれど、一体何をすれば良いのやら。これだけのことのお礼となると、私に出来ること全部出しきるくらいでないと、とは思うのだけど。 ベッドの上で体を起こし、軽く背中を伸ばす。汗でシャツがぐっしょりだから、後で着替えないといけないなぁ。サスケくんはボトルの固い蓋を開けるところまでしてくれて、ちょっと過保護なんじゃないかなと思う。ただ、寝起きですぐには力が入らないだろうから助かった。 「こほ、ありがと……」 「ああ。体調も悪くなさそうだな」 「うん……。まだ喉痛いし鼻も詰まってるけどね」 「そんなにすぐ治るかよ」 「あはは……」 眠くてちょっぴり不機嫌なのか、眉間に皺を寄せている。喉の違和感にもう少し咳払いをして、暑さにシャツをはたはたと動かす。 「……」 「……」 特に理由もなく沈黙が訪れる。いや、本当は色々理由はあったのかもしれない。昨日のことがまだ気まずいとか、眠くて話題も特にないとか、窓を開けに行くか迷ったとか。色々。手に持ったボトルを口に付けて傾ける。ややぬるくなってはいるけど、冷たいものを急に飲むとしんどくなってしまうような気がするから、別に構わなかった。 「……夜」 「うん?」 「またうなされてた」 「……そっか」 そういえば夢を見ていた。雷に怯える夢。間接的な恐怖。ああ、だからサスケくんは手を握ってくれていたのかな。また心配掛けちゃったな。 「ごめんね、色々」 「なにが」 「んー……看病とか、心配かけたりとか、……あと……」 「……それはもういい」 できれば蒸し返さないでほしいようで、首を振りながら、ベッドに背中を向けて凭れるように座った。サスケくんはそれきり黙り込んでしまって、私も話し掛けることができなくて、仕方なくまたもぞもぞと布団に潜り込む。そうするとサスケくんが手を握ってくれていた感触を思い出して、きゅうっと胸が鳴る。悪い夢が悪い夢じゃなくなったのは、きっとサスケくんのお陰だったんだろうな。サスケくんは私のお月さまだから。 「サスケくん……」 「……」 呼び掛けると、首を少し持ち上げてこちらを見てくれる。それだけでなんだか嬉しくなってしまっていけない。 「あのね」 「……」 「だいすきだよ」 「、……んだよ、急に」 「急じゃないよ」 昨日からは特に、今までよりももっともっと強く、そう感じるようになった。私はサスケくんと居ても良いんだ、サスケくんもそれを望んでくれてるんだ、と。どんなに私が穢れていても、私のために悲しみはすれ、嫌悪したり拒絶したり、自分のために悲しみはしなかった。“私が”辛いだろうって。穢れてても良いんだって。それがとってもとっても嬉しくて、ずっとずっとゴミ同然に卑しめていた自分自身を、そうではないのだよと、許されたようで、少し許せたような気がして、私の心は深淵からすくい上げられた。 「ありがとう」 「……まだ何もしてねえよ」 「ううん、サスケくんが私を許してくれたから」 「……?」 「だから、今までよりもちょっとだけ、強く生きられる気がする」 「……」 だいすき。だいすき。 自然と笑顔が浮かんでくる。ほんとは今すぐ抱き付きたかったけど、やっぱりまだ申し訳ない気持ちが先に立ってしまう。なにより、恥ずかしいし。 私の話に脈絡がなくて、何を言ってるんだか分からないという顔をしていたサスケくん。小さく溜息を吐いて、こちらへ体を捻る。 「とにかく、元気になったってことでいいのか?」 「うん」 「……それなら良いんだ」 そう言いながら、私の頭に手を伸ばし、優しく撫でてくれる。ああ、うん、だいすきだなぁ。嬉しくなって、目を閉じてその感触を味わう。ゆっくりと往復する手のひら。少しすると止まって、その場でぽんぽんと優しく叩かれる。 「俺も大好きだ」 「!」 まさか返してくれるとは思っていなかったから、体がびくっとしてしまった。目を開けてサスケくんを見ると、驚いてんじゃねえ、と言われてしまう。改めて、私ってば本当にもったいないことしてる。サスケくんを一人占めした揚げ句にこんなにも大事にしてもらっちゃって、さらに言葉でまで確証を貰って。照れ隠しにかほっぺをむにむにと摘ままれて、痛くはないけど「うー」などと反応を示す。そしたらサスケくんは身を乗り出してきて、そのままあっという間に唇を奪った。 「ぅ、」 「……俺が守るから」 真剣な表情で言ったかと思うと、私が何か返事をする前に、もう一度キスをした。風邪移っちゃうよ、だなんて言える空気ではなくって。唇が離れた後は、私の頭を抱えるようにぎゅうっと抱き締めて、黙する。私はもう大丈夫だって言ってるのになあ。でも嬉しいなぁ。もしかすると、サスケくんのほうが辛くって堪らないのかもしれない。守れなかった、気付けなかった、なんて思ってるのかな。居なかったんだからしょうがないし、気付かれないようにしてたし話さなかったのは私なんだから、良いのにな。サスケくんのせいじゃないのにな。私のことで悲しませちゃってごめんね。それからありがとう。 私もサスケくんの背中に手を回して、大丈夫だよって気持ちを込めて、そっと背中を撫でる。そしたら余計にぎゅうって抱き込まれて、少し苦しい。だけどなんだかサスケくんのほうが苦しそうだったから、ちょっと我慢して、そのまましばらく二人で抱き合っていた。 (20140723) [←] [→] [絵文字で感想を伝える!(匿名メッセージも可)] [感想を届ける!] |