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痛烈


 くつくつと気泡を湧かせる粥を調理しながら、小さく溜息を吐く。碧が風邪を引いたのは恐らく、昨日あれだけ色々あって疲れたせいだろう。それに些か責任を感じながら、軽く塩を振った。かなり辛そうにしてたな……。


 使いやすく片付けられた台所で作業する内に、ふと思う。碧は料理が上手いのだろうか。横から覗いた弁当はいつも小綺麗で、うまそうに見えた。しかしあまり量を食べないのに、何故あんなに上手いのだろうか。冷蔵庫を見た限りでは冷凍の食品を使っているわけでもなさそうだったし、いつだったかに家ではいつも暇だと言っていたから、その時に練習でもしたのだろうか。絵と言い勉強と言い料理と言い、時間があるからと言って、よくあそこまでやっているものだと思う。凝り性なのだろうか。

 火を止めて、あらかじめ見付けておいた器に粥を移す。味見してみたが、悪くない。白菜や卵も入った、粥と言うより雑炊に近い。その器を盆に乗せ、お茶や碧が買ってきたらしい風邪薬も持って行く。これで少しでもマシになれば良いが。





 部屋の扉をそっとノックする。返事がないので、片手でゆっくりとドアを引いた。中を覗くと、碧の頭が布団からはみ出ているのが見える。その枕元に白いうさぎのぬいぐるみがあるのを見付け、ふと笑む。盆を傾けないように気を付けながらドアを閉め、以前来た時よりも片付けられた机に取り敢えず盆を置いた。

 そろりとベッドに近付いて、碧の様子を窺う。掛け布団の端を抱き締めて顔を隠すようにしている。前にもそうしているのを見たことがあるから、おそらく癖なんだろう。額の冷却シートが剥がれかけているから張り直し、こめかみに浮かんでいる汗を手で軽く拭いてやる。顔色は悪い。時々「ぅうん」とうなり声を零すから、寝苦しいのかもしれない。口元に当てていた布団を退けてやる。

「……」

 俺の風邪はここまで酷くはなかったから、祭りの最中にどこかで菌を拾ってしまったのかもしれない。一日でこんなに酷くなるとは本人も思っていなかったろうから、あまり叱らないでおいてやりたいが、いかんせん心配がひっくり返って怒りに変わってしまう。眉間に力がこもってしまっているのに気付き、小さく溜息を吐く。

 もう少し寝かせておこう、と碧に背を向けて、机に向かう。例のスケッチブックでも見て時間を潰そうと思った。机の上には勉強をしようとして出したのであろう本が数冊、端に置かれている。基礎の知識がなければ全く理解できない医療の本を、ぱらりと見て、やはり理解できないので戻す。本立てに並べて置かれたスケッチブックに手を伸ばす途中、碧がまたうなり声を上げたから手を止めて振り返る。

「……ぅ…………やだ……」
「……?」

 寝言か? うなされている。歩いて近寄り、様子を見る。

「やだ…………やめ…………やめて……」
「碧……?」
「い、や……っ……さわら、な……」
「碧、」
「……いたい、……こわ、い……!」

 なんだ、なんの、

 尋常でない碧の様子に、怖くなって、起こそうと肩に触れる。すると怯えたようにビクリと体を震わせて、眠っているはずの目の端から涙を零した。只事ではない。そう直感したから、慌ててさらに声を掛ける。

「碧! 起きろ!」
「!」

 ようやく目を開いた碧に、ほっと一息吐く。嫌な汗が浮かんでいたから片手で拭う。無理矢理覚醒した碧は、しばらくぼんやりとしていたかと思うと、ゆるりとこちらを見て、心底安心したようにまた涙を零した。

「……大丈夫か」
「…………サスケくん……あたし……」

 ゆっくりと状況を理解した様子で、ぽつりと言った。涙を擦り取ってやりながら、安心させるように頬を撫でる。

「……。……ただの怖い夢、なんだよな?」
「……」

 そうであってほしい。だけど碧から返事はないまま、数秒が過ぎる。こちらを見ていた目を伏せ、目を合わせなくした。縋るように、頬を撫でる俺の右手の手首を握り、また一筋、涙を流した。……相変わらず隠し事は下手だ。

「……碧」
「……ごめんね、…………ごめんね、サスケくん……」

 心配を掛けていることでもなく、風邪を引いていることでもなく、世話を掛けていることでもなく、もっと別のことを謝っているように見える。

 では何を?

 碧の様子を見れば、じわりと、嫌な予感。

「あたし、……サスケくんに釣り合うような、きれいな人間じゃないのに、……あたし、……」
「……」
「……ごめんね、……サスケくん……」

 軽い、眩暈がした。

 もし俺の予感が、予想が正しかったら、一体碧はどれほどの、傷を? 碧の言う「きれい」だとか、「汚い」という言葉の意味がそれだったら、一体俺はどうやって、碧を?



 痛烈




 ぽろぽろと流れる涙を拭いてやることもできず、俺はただ、小さな頭を拙く抱き寄せることしかできなかった。



(20100618)


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