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夏風邪


 昨日の、で、……でーと、楽しかったな。というわけで、今日は勉強頑張らなきゃ。……あれ? なんだか頭が重いなぁ。


 夏風邪



 ちょっとふらふらするし、ぼーっとする。昨日はしゃぎすぎたから、疲れてるのかな。

 取り敢えず気にせず、教本を開く。勉強のために片付けた机に向かって、辞書を片手に読み進めていく。が、どうにも頭がぼんやりとして、難しいことが頭に入って来ない。いくら同じ箇所を読み直しても意味を理解できない。

「……うーん……?」

 ダメ、だなあ。全然頭が働かない。二日も本を開かなかったせい、じゃないよね。じゃあやっぱり、疲れてるのかな。楽しかったのに疲れるなんて、なんだかもったいないというか申し訳ないというか。
 パタリと教本を閉じて、ふぅと溜息を吐く。これではどんなに読んだって意味がなさそうだ。ベッドにぽふんと寝転び、ごそごそと布団に潜る。熱、あるのかな。体温計はどこに置いてあったっけ。冷却シートなんか買ってないよね。食欲はいつも通りだったから大したことないと思うけど、薬も買い置きしてなかったかもしれないので少し不安だ。

 しばらく寝転んでいると、夏用の掛け布団ではちょっと肌寒いことに気付く。これは、本格的に風邪かもしれない。寒気を感じたと思ったら、今度は頭痛。どうやらまだまだこれから悪化するようだ。蒸し蒸しする室内と、差し込む太陽光。確実に暑いはずの気温に寒いとは、危ないのでは。

「ぅ、よっと……」

 押し入れからもう少し分厚い布団を取り出して、ベッドの上に乗せる。少しふらっとしたけど、大丈夫、倒れない。今の内に水分補給用のお茶を作っておこうと思い立ち、部屋を出た。あ、タオルも。




 寝苦しくて何度も布団を剥いでしまうけど、しばらくすると寒くて元に戻す。これを繰り返しながら、時々お茶で喉を潤しつつ、汗を掻く。熱で病原菌を殺し、汗で熱くなりすぎた身体を冷ます。まるで毒を染み出させて捨てているようだ。
 枕元に置いた、白くてふわふわのうさぎのぬいぐるみ。きれいに洗ってドライヤーで乾かしたら、こんなに綺麗に元通りになった。ちょこんと座ってこちらを見ている。なんだか見守ってくれているようで、安心する。サスケくんが傍に居るみたい、とまではいかないけれど、嬉しくて頬が緩む。
 いつも風邪を引いたりして身体が弱っている時は、ただぼんやりして何も考えないようにして過ごしてきた。一人が怖くて泣きたくなって誰かに守られたくて堪らなくなって、でもそれが叶わないと知っていたから、何も考えないで怖くならないように努めて。

「……かわいい」

 白うさぎの手を摘んで、握手するように上下に動かす。癒されるなぁ。私も誰かを癒すことができるようになりたいけど、精神的に、は無理な気がする。だって皆に嫌われっぱなしだ。私はすぐに人を怒らせたり不快に思わせてしまうようだから、『癒す』のには向いていないかもしれない。目下の目標は『サスケくんや私のせいで傷付いた人を治してあげる』こと。医療忍術ではない、普通の手当てなら慣れているからできるけど、やっぱり痛いのはすぐにでも無くしてあげたい。(痛いのは辛いんだ) 取り敢えず精神的に癒すのは次の目標にすることにして、まずは教本の内容を全て理解し暗記することが先決だ。それをするにはさらにまず、病気を治さなければ。元気じゃなければ始まらない。

「……やっぱり薬、買ってこようかなぁ……」

 早く治すには薬も必要だ。今なら一番暑い時間は過ぎたから、少しは出掛けやすいだろう。幸い曇ってきたから、日差しも少し和らいでいる。とは言っても真夏の気候、弱った身体にはいつも以上の重荷になることだろう。

 財布と、水分補給用のお茶。荷物はこれくらいだろうか。残念ながら帽子や日傘なんて持っていないので日光に直撃だ。
 必要なものを思い浮かべながら布団を出る。喉に少し違和感を感じて、小さく咳をする。今まで熱と寒気ばかりで、喉や鼻には異変は無かったのに。やっぱりだんだん悪くなってきてる。寝る前にちゃんと買いに行けば良かったかなぁ。

 枕元に置いていたお茶を取り、白うさぎのぬいぐるみを指で撫でる。ちょっとの間お留守番しててね。自然と頬が緩む。下の部屋に置いてある財布を取りに行くために、扉を抜けた。





 やっぱりちょっと無謀だったかもしれない。
 暑くて暑くて仕方ない。それなのに寒気は感じて、暑いのか寒いのか分からなくなってくる。覚束ない足取りながらも、時々お茶を飲みながら薬局を目指す。そう遠くないはずなのに、もうかなりの時間歩いているような気がする。だけどもう少しだ、あと少し頑張ろう。薬局に着いたらクーラーが利いて涼しいはずだから、少しはマシになるはず。

「はぁ、……けほっ……」

 くらくらしてぼーっとしてふわふわしているのに、重い。変な感覚だ。喉が痒いからお茶を飲んで鎮める。あ、もう残りが少ない。スポーツドリンクも買おう。

 ようやく薬局に着き、風邪薬を探す。ドリンクと、冷却シートも買っておこうか。店内はやはり涼しくて、少し楽だ。ふらふらと棚を見て回り、目的のものを手にレジへ向かう。精算はすぐに済み、ビニール袋に三つとも入れられた。食後に二錠、と書かれていたから、ご飯も食べなくちゃ。
 店を出て、早速ジュースを飲もうと思ったけど、蓋が固くてなかなか開かない。力が出てないのかもしれない。やっとのことで開け、一口飲む。

「……はぁ……疲れちゃった…………帰れるかな……」

 地平線に近い空は雲行きが悪くて、雨でも降りそうだ。早く帰らないと降られてしまうかもしれない。そんなつもりはないのにだらだらとした足取りで、家に向かって歩き始める。

 商店街を抜ける少し前、ふと、道の角から見慣れた人が現れた。サスケくんだ。

「あ、」
「! ……碧」
「奇遇だね」

 嬉しくて頬が緩む。サスケくんも手にビニール袋を提げていて、買い物帰りみたいだ。少し体に隠すように移動させたのはなんでだろう?

「碧、お前なんか、顔色悪くないか?」
「ぁ、うん……風邪引いちゃったみたいで」
「……移したか?」
「ええ、違うよ。あたしが勝手に体調崩しただけだよ」

 すまなそうな顔をしてサスケくんが言ったから、まさかそんな風に思うとは思っていなかったので、半ば慌てて否定する。一見して分かるくらい顔色悪いのかぁ。早く家に帰ってご飯食べて薬飲んで休んで治さないと。サスケくんに心配かけちゃってる。

「じゃあ、帰るね」
「……送る」
「え、いいよ。移しちゃうかもしれないし」
「治ったばっかだから移るわけねえだろ。それよりお前が道中で倒れそうだ」
「だ、……だいじょぶだよ。…………たぶん」
「全然大丈夫そうじゃないから言ってんだ」

 はっきりと真剣な目で言い切られたから、うっ、と言葉に詰まる。さっき自分でも“やばそうだな”と思ったばかりだから否定できない。あまり迷惑を掛けたくないんだけど、この様子だとなんとしてでも送ってくれるつもりだろう。申し訳ない。

「……じゃ、あ……お願い、します」
「最初から素直にそう言ってろ」

 そう言うとサスケくんは、私の手荷物を奪って片手に持ち、手を取った。すると少し驚いた顔をして私の手を見て顔を見てしたから、どうしたのかと小さく首を傾げる。

「……熱すぎだろ」
「あ、……うん、そうかも」
「熱、何度くらいあるんだ」
「えっと…………高い、かな」

 サスケくんの手がいつもより少しぬるく感じたのは、私の身体が熱くなっているせいだったようだ。測ってないから詳しい体温は分からないので、ぼやかして言ってみたら、サスケくんは顔を険しくさせた。

「お前、……っこのバカ! だったら外に出るな!」

 大きな声で怒鳴られたから、ビクリと体が震えた。一歩後退りして、動揺から目が泳ぐ。びっくり、した。怒られた、よね?

「ご、……ごめんなさい……」

 でも、薬が無くて、このままじゃいつまでも治らないかと思って、薬を買いに行ってたの。そんな言い訳は喉が詰まって言えず、小さくなって謝るだけしかできない。するとサスケくんははっとしたようにして、真っ直ぐ睨んでいた目を逸らした。

「いや、……悪い、怒鳴って」
「……う、ん」
「……早く帰って、休め。行くぞ」

 手を引かれて、一瞬足がふらついたけど歩き出す。

 ごめんねサスケくん心配掛けてごめんね恐がってごめん風邪引いてごめんなさい。心配してくれてありがとう荷物持ってくれてありがとう叱ってくれてありがとう。
 どれも言葉にはできなかったけど、優しく強く私の手を握るサスケくんの手をそっと握り返す。こんなに曇っているのに、夏の夕方は暑いなあ。





 なんとか家に着き、ふらふらと玄関に入る。サスケくんも付いて来て、消化のいい食べ物を作ってくれるらしい。正直もうへたり込んでしまいそうなくらい体力が無いので、ものすごく有り難い。本当に外に出たのは失敗だったなあ。へろへろになるしサスケくんに心配かけちゃうし叱られるし。(でもばったり出会えたのは単純に嬉しかった)

 気が向いた時に少しずつ片付けたから、かなり綺麗に片付いている(と思う)台所に、サスケくんを案内する。そうして自分は椅子に、今度こそへたり込む。家の中もやっぱり暑くて、薬局で浴びたクーラーの冷気が恋しい。ダイニングにクーラーは一応あるものの、今年になってからは掃除もしていないので、点けてしまうとかえって体調を悪くするかもしれない。サスケくんも私も汗だくだから、点けたいのは山々だけど。

「ちょうど夕飯の買い出しに行ったとこだったからな」
「え、冷蔵庫にあるの使っても良いよ」
「食欲はあるのか?」
「……んー……あんまり」
「……だろうな」

 元々食欲旺盛なほうではないし、今は病気で更に食欲が無い。分かっていたように言って、サスケくんは持っていたビニール袋を探る。冷蔵庫も私を窺ってからやや遠慮がちに開け、中を見ている。

「……すくねー……」
「あ、ごめんね。あんまり多く食べないから、余計なもの買わなくって……」
「ん、大丈夫だ」

 どうせ粥だしなと言って、醤油を取り出した。お粥といえば梅干しが入ってるのが良いなぁ。梅干しあったっけ。あったような。

「そういや片付いてるな」
「え、あ、うん。ちょっとずつ片付けたから」
「……。あれから一度も帰ってないのか、お前の……父親、って言うのか……」
「ぁー……ううん。あれ以来」
「……そうか」

 聞き辛いからか、サスケくんは背中を向けたまま話している。買ってきた冷却シートのビニールを剥がし、額にぺたりと貼りながら答える。冷たくて気持ちいい。

 遠い日のようにあの日のことを思い出しながら、ジュースを一口飲む。いっそ絶縁とかしてくれたらもう少し気楽に生きられるだろうに。だけどいきなり宿無し金無しになるのは些か困るので、強くも願えない。学校に通えないなんて嫌だし、ホームレスも大変そう。そして私はやはりただのガキで大人に頼ってしまう情けない人間なのだと思い知る。あんなに、酷い目に合わされているのに。
 遠い日のように思い出したのに昨日のことのように悪寒がした。

「時間掛かるから、ベッドで寝とけ」
「……いいの? ありがと……」
「ああ」

 一人で残して行くのを躊躇いながら、飲み物を持って移動する。冷却シートで一瞬スッとしたはずの頭がすでにぐらぐらする。体温計は本当にどこに行っちゃったんだろう。だけどサスケくんに詳しい体温を知られたらまた心配かけたり怒られたりするから別に見付からなくても良いかもしれない。
 サスケくんが居てくれるのを嬉しく思いながら、ふらふらと階段を上がった。



(20091007)


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