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白うさぎと、


 白うさぎ



 比較的人の少ない場所に来て、慣れない下駄に歩き疲れた足を休める。石を積んで造られた段差に腰掛けると、サスケくんは飲み物を買いに行ってくれた。夏の夜の独特の蒸し暑さに、人の熱気で、かなり汗を掻いていたからとてもありがたい反面申し訳ない。サスケくんだって疲れていないわけはないだろうし、すでに何度か屋台代を奢ってもらってしまっている。戻ってきたらお金を渡さなくちゃ、と思いながら、巾着からハンカチを取り出して、額や首筋の汗を拭う。汗臭くなってない、かな。ちょっと不安だけど確認もできないので、仕方なく何もせずサスケくんを待つ。

 袂に入れていた白いうさぎを取り出して眺める。その可愛いプレゼントに、嬉しくなって頬が少し熱くなり、勝手に緩む。大事にしたい。飾っておこうかなぁとも思ったけど、見付かって棄てられてしまったら悲しいから、机の引き出しの奥にひっそりと隠しておこうと思う。もう一度袂に仕舞って、ヨーヨーで遊ぶ。手にぶつかる度にばしゃばしゃと中の水が暴れるのが、少しだけひんやりしてなんだか嬉しい。


 しばらくそうしていると、ふと視界が暗くなった。なんだろうと顔を上げると、女の子が二人。こちらを睨んでいて、思わず一瞬肩が跳ねた。

「ぇ……?」

 どうすれば良いかと考える前に、一人に引っ張って立たされ、もう一人に反対の腕を掴まれる。な、なに? と突然のことに混乱している間に、浴衣の袖に手を突っ込まれて、はっとする。そこには、ぬいぐるみが……!

「だっ、ダメ!」
「あった、」
「あっ!」

 後から腕を掴んだ子がうさぎのぬいぐるみを見付け、取り上げた。その瞬間もう一人の子が私を羽交い締めにして、その隙にぬいぐるみを取った子が走り去った。

「まっ、待って! ダメ、それは、」
「っ、大人しくしてなさいよ!」
「サスケくんが、くれた……!」

 ヒトゴミの中に消えて行った女の子。見失ってしまうとすぐに拘束を解かれて、その子もさっきの子とは違う方向に去った。がっくりと膝が折れてしまう気持ちだったが、奮い立たせてぬいぐるみを持ち去った子を追いかけた。巾着やヨーヨーをそこに残したまま。






 戻ってみると、碧が居なかった。荷物を置きっぱなしだったことから場所はここで間違いないし、何かあったのだということもすぐに直感した。周りをきょろきょろと見回し、どこにも居ないことを確認する。

「…………碧……」

 取り敢えず碧の荷物を拾い上げて、飲み物と合わせて両手いっぱいに物を持った状態で捜しに向かった。また何か、嫌な予感がする。






 どこに、どこに行ったの?
 あんまりにも急で一瞬のことだったから、相手の容姿もあまり覚えていない。ただ去った方向へとがむしゃらに進んでいるだけだ。履き慣れない下駄な上に浴衣なので歩幅も大きく取れない。時々躓き、一度転んでしまった。髪が解けかけていたから、いっそかんざしを抜いて帯に差した。ぱらりと髪が下り、首にさらりと触れる。転んだから周りの人に注目されてしまったけど、そんなことには構っていられない。

 はぁはぁと息を荒れさせながら、人を掻き分けて行く。一人顔を強張らせて汚れた浴衣で急ぎ行くのが浮いているらしく、通り抜けた後の人たちは不思議そうに私を見ているようだった。楽しそうな雰囲気の人々や活気のある屋台。さっきまで私も幸せに浸っていたのに、どうして。
 ……やっぱりサスケくんの隣に居るにはそれなりにリスクがあるんだ。女の子の嫉妬って、怖い。私もしたことがあるけど、ドロドロ醜い黒い感情が体の中に渦巻いて、自分の感情なのに制御できないような感じだった。私の場合はすぐに解消されたけれど、あの子たちみたいにずっと長い間あんな気持ちに支配されていたなら、どんなに色濃く成っていたことだろう。「これくらいのことはされて当然だ」と思うには充分だったかもしれない。

 走っていて、ふと途中に池があるのが目に入った。息を整えながら近付いて、真っ黒な池を見下ろす。たくさん吊された提灯の明かりが水面に映っている。設けられた柵の向こうに在り、後ろ側とは一転、静かな空間が広がっている。池の周りには木が植わっていて、風に揺れてサワサワと葉音を立てている。

「あ……!」

 見付けた。水面にぷかぷかと浮かんでいる、白くて小さいうさぎのぬいぐるみ。提灯の明かりは水面に反射してはいるけど、明るく照らすほど届いてはいないから暗い。
 浴衣の裾をめくり上げて、柵を乗り越える。池まで少しだけ土手があり、坂になっているそこを慎重に下りていく。まだ本で見たことしかない、練習もしていない水面歩行。理屈では分かっていても、本番一発でできる自信はない。それでも。
 下駄と足袋を脱いで滑らない場所に置き、もう一度裾を手繰り直す。深呼吸をして気を落ち着かせながら、両手でぎゅっと裾を握り締める。

「……よし、」

 そうっと片足を水面に伸ばす。チャクラを足の裏から放出して、自分の体重と釣り合わせるように……。ぐっと力を入れてみて、沈まないのを確認する。これなら行けそう、かも。ぬいぐるみまでは屋台三つ分ほど。もう一度深く呼吸して、二歩目を踏み出す。少しぐらぐらするものの、あまり沈まずにいられる。ぱしゃり、三歩目。四歩目。
 そうして慎重に進み、遂にぬいぐるみにたどり着く。裾を片手に持ち直し、そろそろと屈んで手を伸ばす。持ち切れなくて少し水に浸かってしまった。だけど。

「良かった……!」

 少しばかり汚い水で汚れてしまったけど、洗って乾かせば大丈夫そうだ。とにかくサスケくんがくれたぬいぐるみをなくさないで済んだことに安堵して、ほっとした。

「碧!」
「! サスケくん、」
「そんなとこで何してる、早く戻ってこい!」

 険しい表情でこっちに叫ぶサスケくん。そうか、黙って居なくなったからまた心配をかけてしまったんだ。
 申し訳なく思いながら、ひとっ跳びして土手に戻る。濡れた裾が冷たいけれど気にせず、下駄と足袋を拾って柵まで素足で歩いた。

「ごめんね、サスケくん……」
「……何してたんだ、池なんかで」
「…………これ、」

 大事に抱えて持っていた、濡れて汚れたぬいぐるみを見せた。するとサスケくんはさらに表情を険しくさせて、少し黙った。

「…………落とした、……わけじゃねえよな」
「……うん」
「…………」

 名前が分からないから誰が、と言うこともできないし、言うつもりもなかった。もし言ったら、サスケくんはまた怒って何かするかもしれないと思ったから。だから、少しだけ明るめの声で言う。

「でも、見付かったから、もう良いんだよ」
「……。それくらいのもんのために飛び出すんじゃねえよ」
「えっ、サスケくんから貰ったものなのに……」
「……」

 サスケくんから見ればたまたまあげたぬいぐるみでも、私にとってはもう大事な宝物なんだ。浴衣が濡れてしまうのも構わずぎゅっと抱えて、もう誰にも取られないようにする。ああでも、この浴衣もサスケくんがくれた大事なものなんだよなぁ。こんなに汚してしまって……クリーニングに出したら綺麗になるかなぁ。サスケくんの目の前で柵をまたぐわけにもいかず(さっきは必死だったから平気だったけど、今はもうあんな恥ずかしい格好はできないよ)、どうしようかと考える。すると荷物を置いたサスケくんが、私の脇の下に手を入れて、掲げるように抱き上げた。びっくりしたけど咄嗟に、柵に足がぶつからないように曲げた。比較的低い柵で良かった。

「あ、ありがとう……」
「……転んだのか? 砂が付いてる」
「あ、うん……。でも平気、怪我はしてないよ」
「……そうか」

 良かった、と言ってくしゃりと頭を撫でてくれた。ほわりと嬉しくなって、頬が緩みそうになるのを堪える。なんだかとても注目の的になってしまっていて恥ずかしい。屋台を無視して池に入って行ったり叫ばれたりしたら当たり前なんだけど。
 下駄を履いて、サスケくんが持ってきてくれた巾着とヨーヨーを拾うと、サスケくんが私の手を掴んだ。さっきまでは、差し出して私が取るのを待っていたのに、急にそうされたから驚いた。巾着とヨーヨーとぬいぐるみを片手に抱えた状態で、サスケくんに引かれるまま付いて行った。すごく心配かけちゃったんだろうな。怒ってるのかな。サスケくんは黙ったままだった。






 引かれて歩くことしばらく。神社を出て、階段を下りてしまった。まだりんご飴がどんなものか知らないままなのになぁ。わた飴も食べている人を見て面白いと思っただけなのになぁ。ずんずん歩いて行ってしまうサスケくん。全部回るって言ってたのに、なぁ……。やっぱり怒ってるんだろうな……。俯いてサスケくんの足ばかり見ながら引っ張られていく。

 水の流れる音がして、川の近くに来たのだと知る。そういえば喉がカラカラだ。飲み物はサスケくんが抱えたままで、きっと腕は冷たくなっちゃってるんだろうと思うとなお申し訳なく。草の生えた土手を歩いていると、周りにぽつぽつと人が居て、レジャーシートを敷いている人なんかも居て不思議に思う。

「……サスケくん、」
「……」
「どこ、行くの?」

 神社からはかなり離れてしまった。相変わらずサスケくんは無言で。どうしたら良いのか分からず、汚れたうさぎを見詰めた。
 するとゆるゆるとサスケくんの歩く速度が緩まり、止まった。同じように私も止まり、俯いてうさぎを見詰めたまま。サスケくんがくるりとこちらを向いて、手でちょいちょいと座るように示した。ちょうど良く座れる大きさの岩が並んでいたから、そこに座る。サスケくんも隣に座った。

「……ん」
「あ、……ありがと」

 ペットボトルのオレンジジュースを渡してくれた。サスケくんはこれを買いに行ってくれてたんだよね。喉も渇いていたので、早速飲む。甘くて美味しい。サスケくんも隣でお茶を飲んでいる。ぐびぐびと勢いよく飲むものだから、そんなに喉が渇くほど心配を掛けてしまったのかなぁと申し訳なく。

 すると突然、パッと辺りが一瞬明るくなった、かと思うと、間髪入れずドーンという轟音。雷に似たそれにビクッと体を震わせ、慌てて空を見上げた。

「ぁ、……花火……?」
「……ああ」

 空に広がる明るい花。周りに居る人がワッと歓声を上げたから、みんなこれを見るためにここに集まっていたのだと推測できた。ではサスケくんも?

「…………一緒に見たかったんだ」

 空を見上げるサスケくんの横顔は、複雑だった。楽しませてくれようとしていたのにさっきみたいなことがあって、罪悪感を感じているならそれは間違いだ。だってサスケくんは何も悪くない。ああもしかして、さっきずっと黙ったままだったのは、悪いことをしたなと思っていたからなのだろうか。自分が目を離したせいだと。

「サスケくん、」
「……」
「……花火、きれいだね」
「…………ああ」

 見ていないと雷と勘違いしてしまいそうだから、じっと空を見上げる。ヒュウゥ、ドン。いろんな形、いろんな色、目を楽しませるその花々は、少し沈んでいた気持ちを浮上させてくれる。

 サスケくんが俯いたのが目の端に見えたから、どうしたのだろうとそっちを向く。猫背気味に前屈みで、肘を膝に乗せ、足の間で両手の甲がぶつかるように腕を垂らしている。

「……まだ回ってない屋台、あるな」
「……うん」
「……花火、終わったら、行くか? それとも、……浴衣、汚れてるし、帰るか?」

 解けて無造作に散らかっている髪が風に揺れる。自分の姿を見下ろせば、確かに祭の喧騒に戻るには浮いている。浴衣は汚れているし、髪はばさばさだし、汚れたぬいぐるみを抱えている。だけど、まだ見ぬりんご飴、興味を惹かれたわた飴を食べてみたいし、何よりまだサスケくんと一緒に遊んでいたい。うーんと悩んで、一つ提案。

「……一旦家に戻って、着替えてからもう一回……っていうのは、ダメかな?」
「! ……」
「わたあめとかも食べてみたいし、サスケくんがそんな哀しそうな顔のまま終わるの、ヤだから……」
「碧……」

 眉間に皺を寄せて困ったような顔をしているサスケくんに、なるべくやわらかく笑いかける。サスケくんは、少し無理矢理に、ふと笑った。お祭りの中に行く前には、あんなにきれいに笑ってたのになあ。私がもう少し気を付けていれば……。

「あたし、自分で思ってるよりぼーっとしてるのかも……」
「……ああ、まあな」
「! ……やっぱりそうなんだ」
「気を付けろよ」

 こっちを見ていたサスケくんはまたゆっくりと空を見上げて、赤や黄色の光を浴びる。続けざまに花火が上がるから、その度に辺りが何かの色に染まる。一瞬一瞬の光が消えて暗くなる瞬間に、サスケくんはまたふと笑った。

「さっきみたいに、俺がずっと見れてるわけじゃねえからな」

 やっぱりサスケくんは、自分が悪かったと思っているようだ。違うのに。きっと悪い人なんて一人も居なかったのに。(強いて言えばすぐに何らかの攻撃を許してしまう私が悪い)
 サスケくんの濃紺の浴衣の袖を小さく引いて、気付いたサスケくんの目をじっと見る。サスケくんは、悪くないよって、分かってほしくて。私がぼやっとしてたのが悪かったんだよって。

「…………んな顔すんな」

 つまんだ方の袖が動いたから放す。頭に優しい感触が訪れて、ゆっくりと撫でてくれた。髪、解けたんだな。そう残念そうに呟く。花火の音に掻き消えかけたほどで、聞かせようとして言ったのではなさそうだったのが、本当に残念に思っているのだとなおさら強く感じさせた。乱れた髪を直すようにそっと梳く手が大好きで、その手の持ち主であるサスケくんはもっと大好きだと思う。優しい、サスケくん。

「……サスケくん、」
「……ん?」
「嫌なこと全部忘れちゃうくらい、遊ぼうね!」
「…………ああ」

 今度はちゃんときれいに笑った。よかった。嬉しくなって、少しだけ照れたから空を見上げた。たくさんの花火が次々に上がる。華やかで、派手で、見ているだけで楽しい気分になる。すると頬に柔らかな感触。

「……!」
「隙だらけだな、ホントに」
「さ、さすけく、いま……!」

 ほ、ほっぺに、ちゅう、された……!?
 カァッと顔に熱が集まるのが分かる。ただでさえ消え切らない夏の熱気や湿気のせいでそれなりに汗を掻いているのに、これ以上熱くなったら大変だ! そう思ったのにくすりと笑うサスケくんを見たら更に心臓が暴走し出してまた余計に血が巡ってしまって、結局『大変』になってしまった。

 もう一度頭を撫で始めたサスケくん。両手で頬を包んで顔を上げられない私。川にゆらゆらと映る花火も綺麗なのを発見できたけれど、やっぱり間接的じゃなく直接見たいよぅ。でも顔は上げられない。サスケくんがぽつりと呟いた「本当は唇が良かったけどな」という言葉は、花火の音に掻き消されて聞こえなかったことにした。じゃないと、もたないよ!




     と、




 もう一度改めて回ったお祭りは本当に楽しかった! わた飴は新しい好物になりました。



(20090417)


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