ツキアカリ 「あ、あの……」 「どうしてアンタがサスケ君のタオルなんて持ってるのよ!?」 「えっと……」 「サスケ君と、一体どういう関係なの!?」 「それは……」 「サスケ君の持ち物盗むなんて最低ね!」 「え、違……」 なんだかよく分からない人たちに呼び出されて、人の少ない校舎の端の端に連れて来られた。 ツキアカリ 話を聞くに、サスケ君を好きな人たちで、私の荷物にサスケ君のタオルが有るのを“偶然”見付けて今に至るらしい。でも私はちゃんと鞄の中にしまったはずだから、ぱっと見て見付けられるわけはない。私が寝ている間にタオルについた家紋を見たのでないなら、私が荷物から離れた昼休みの間に勝手に開けられたということ。じゃあ疑われていたんだろうか、やっぱり。それならそっちの方が泥棒まがいなのでは、とか思う。 「盗ったんじゃないなら、なんで持ってるのよ!」 「う、ぅ……」 あ、しまった。違うと言わないほうが良かっただろうか。でも実際盗んだわけではないし、そう思われるのも心外だ。けどこの質問、答えたら半殺しだろう。まあ暴力を受けるのは慣れてるから良いんだけど(いや、決して良くはないのだが)、それをこの人たちから受けるのは理不尽と言うか、納得いかない。 すると目の前の真ん中の女の子は、手を少し持ち上げた。 「なんとか言いなさいよ!」 「! 、……ぁ、ごめんなさい……」 「避けんな!」 思わず平手打ちを避けてしまった。見切れてしまったし動けないほど恐怖しているわけではないので、体が勝手に。 空振りした女の子はきまりが悪そうに怒鳴る。そんな高い声で凄まれても怖くない。もっと低い声で脅すように呟かれた方がよっぽど怖い。 「サスケ君に言いつけてやるから!」 「、……」 「サスケ君はアンタのことなんて好きじゃないんだからね!!」 「! ……」 前半はともかく、後半が効いた。 サスケ君は、私のこと好きじゃないんだっけ? 私が勘違いしていたんだろうか、いつからか。 いやいや、ちゃんと聞いた、サスケ君の口からその言葉を。 それともあれは夢か、嘘だったんだろうか。 私の知らない所で、嗤われていた? 「…………ソ……」 「は? 聞こえなーい」 「……ウソ、嘘、だ、そんなの……!」 「なに言ってんの? アンタなんかがサスケ君に好かれるはずないじゃない!」 「……!」 そう、だ。 そうだよ。 私なんかが、サスケ君の本当に好きな人に、なれるはずがないんだ。 最近幸せだったから忘れていた、私はそんな大層な位置に居られるような身分ではなかったのだ。きっとサスケ君のあの言葉は、あまりにも哀れだったから、なんだ。なんでそんなことを忘れてたんだ。ああそうだ、サスケ君が優しくて、私を平等に扱ってくれたからだ。 分からなくなってきた。 何が真で、何が虚であるのかが。 サスケ君が私に良くしてくれていたのは事実のはずだ。でも私がそうされるに見合う立場の人間でないのも、事実のはずだ。 この人たちが言っていることがたとえでたらめであったとしても、私はサスケ君に「絶対に確実に」好かれているという自信は、元より無いのだ。 「…………」 「なに固まってんのよ?」 「当たり前でしょ、そんなこと。サスケ君に好かれてる妄想でもしてたの?」 「、……っ」 「あっ」 壁になっていた女子を押し退けて、走り出した。 もう何も分からない。分からない。 今は何も言われたくない。 誰にも構われたくない。 ただ、一人になって整理したかった。 『廊下を走ってはいけません』 そんな貼紙が目の端に映った。 鞄を掻っ攫って、学校から離れた演習場の隅。林の中で、気分転換でもしようとスケッチブックを取り出した。使っていないページを探して捲っていくと、白紙の一歩手前にサスケ君が居た。今日張り切って描いたばかりの絵。上手く描けたと思ったはずのそれも、今は見るのも辛くて破り捨てたい衝動に駆られる。でもそれをギリギリ押しとどめて、次のページへと進んだ。紙の上で勇猛に闘うサスケ君を破るなんてこと、私にはできなかった。 「……ぅぐ、ひっ、く……」 絵ですら破れないほどの自分が、情けなくて卑しくて意地汚くて、もう堪らなく嫌だった。 そんなに自分だけのものにしたいのか、なんという思い上がりだ。本来ならお前ごときが相手にされるべきではないのだ。それをなんだ、優しくされたからと付け上がって、自惚れにもほどが有る。 「ぅっ、うっく、……ごめんなさい……っ、」 ごめんなさい。 何度も小さくそう呟いて、真っ白なスケッチブックに水滴を零す。 自惚れてごめんなさい。 好きになってごめんなさい。 独り占めしてごめんなさい。 生きていてごめんなさい。 両手の平で顔を覆うようにして、醜い泣き顔を隠す。気分転換をするどころか、どん底になってしまった。誰も居なくて良かった、しばらく止まりそうにない。 サワサワと葉の擦れ合う音だけがして、それにほんの少し救われた。 膝に載せたスケッチブックの上で腕を組み、そこに顔を埋めてじっとしていた。泣きやんでも動く気になれなくて、ずっとそうしていた。ふと顔を上げると、辺りはすっかり暗くなっていた。 ああもうそんな時間か。 でもやっぱり動く気になれない。 顎を腕の上に落として、少し鼻を啜った。 いつも必ず放課後ギリギリまで教室に居残っている私が、急に居なくなっていたらサスケ君はどうするだろうか。 「……心配、してるかな……。…………そんなわけないか……」 自嘲しながらそう零し、真上を見上げた。 暗い空間で木の葉たちが揺れている。少し涼しい夜風が吹き、その隙間から弓月を見付けて、ぼんやりと眺める。 「……サスケ君みたい……」 真っ暗なはずの夜を、ほんのりと照らしてくれる。 真っ暗闇だった私の世界に、確かに光をくれた。 夜の空にぽっかりと浮かぶあの、 「……」 それが今は、雲隠れしてしまったように、見えなくなったようだった。在るはずなのに、捉えられなくて、もがいてみても、雲は晴れなくて。それどころか、雨まで降り出した。 「…………」 二筋下った涙を拭いもしないで、ただ月の光を追う。 霞んだ視界でも、現実の月の光は優しく降り注いでいる。 『……! …………!』 どこからか、微かに人の声。 月から目を離し、暗い林を少し見回す。 『……、……のか! ……ら、返事しろ!』 「! ……サスケ、君……」 『碧! どこに、……』 サスケ君の、声だ。 疲れたのか途切れたそれに、思わず体を浮かす。スケッチブックが膝から落ちて、バサッと音がした。それに気付いたのか、声の主が再び言葉を発する。 「誰だ? ……碧か……!?」 「……、サスケ君……」 誰か居るかも知れないのに、誰かが聞いたかも知れないのに、サスケ君は私の名前を何度も呼ぶ。私が消すことも忘れていた気配を辿って、すぐさま近付いてくる。 地上の月が、暗闇から姿を現した。 「! 碧……居るなら、返事しろ……」 「…………サスケ君、……あたしのこと、捜してたの……?」 「当たり前だ! 何も言わずに居なくなったら心配に決まってるだろ!!」 息を切らして話すサスケ君は、怒ったように大声を出した。それにぽかんとして、膝立ちのまま、更に近付いてくるサスケ君をずっと見上げている。 サスケ君は手を振り上げると、私の頭をいつもより強めに叩いた。べしっ。 展開に付いていけない間に、しゃがんだサスケ君は私を少し乱暴に抱き締めた。 「……いたい……」 「なんでお前、こんなとこに居るんだよ……! 時間、掛かっちまっただろうが……っ!」 「……ごめんなさい……」 「心配、した……っ」 「……」 少し乱れた呼吸が、耳に聞こえる。こんな風に息を切らしたサスケ君は初めて見た気がする。いつも必ず少しは余裕を持って行動しているから、こうやって肩で呼吸を続けることなんてなかったのに。 それが今は、サスケ君は柄にもなく大声で名前を呼びながら、走り回ってくれたらしく、まだ呼吸が整わない。シャツからは汗のにおいもするし、私を抱き締める腕も、疲労からか僅かに震えている。 「バカじゃねえのか……、どっか行くなら、一言くらい言ってけ……」 「…………でも、」 「でもじゃない! ……でもとか言うな」 「…………うん」 なりふり構わず捜してくれたのが嬉しくて、でもそれ以上に申し訳なかった。 私は、あのサスケ君に、こんなことをさせてしまったんだ。私じゃダメなのに、私なんかが大事にしてもらって良いはずがないのに、 ……それでも私には、サスケくんが必要なんだ。 「……ごめんなさい」 「……」 「ごめんなさい、ごめんなさい、サスケくん……!」 サスケくんの背中に両手を回して、ぎゅうっと抱き付いた。ぼろぼろと涙が零れるのを止められなくて、縋り付きながらサスケくんの服を濡らしてしまう。サスケくんは優しくとん、とん、と背中を叩いてくれていて、余計に嬉しくて申し訳なくて涙が出た。 「……何か、あったんだな」 「ぅぐっ、ひぐっ、」 「落ち着いたら、ゆっくり話せ。な」 「……うん、っく、」 確信めいた疑問は、答えなくても確定した。なんとか肯定の返事をすると、サスケくんは頭を撫でてくれた。 サスケくんの“大切”でいても良いですか。 こんな私で、本当に……。 サスケくんにあやされながら、林の中で泣き続けた。 サスケくんはずっと、優しく抱き締めていてくれた。 (20080306) [←] [→] [絵文字で感想を伝える!(匿名メッセージも可)] [感想を届ける!] |