×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

[]      [
罪じゃないのに下る罰


 本当は、碧から直接理由を聞かなくたって、大体は分かっていた。教室の黒板にでかでかと、皆に見せつけるように文字が書いてあったのだから。


 罪じゃないのに下る罰



「……落ち着いたか?」
「……うん……」

 まだ少ししゃくり上げているものの、涙はほとんど止まったらしい。そっと体を離すと、碧は残った涙を拭いた。地面に落ちたスケッチブックを拾って砂を払い、碧に渡す。「ありがと……」と言ってそれを受け取り、鞄の中にしまった。
 そういえば俺は荷物を放ったままだ。あの中傷の言葉を見て直ぐに飛び出したから、片付けてもいない。

「悪い……荷物置いたままだ。取りに行って良いか?」
「ぁ、うん……。ごめんね心配掛けて……」
「いや、んなこともういい。……お前のせいじゃないんだろ」
「……」

 碧は少し俯いたが、暗くて表情は読み取れず、照れているのだろうかと適当に解釈した。
 俺が立ち上がれば碧も立ち上がり、学校へと歩き出す。隣に並ぶことはやはりしないで、一歩分斜め後ろを歩く。それを悲しく思いながら手を差し出し、碧がそれを取るのを待つ。

「、……」
「……どうした?」
「……ん、なんでもない……よ」

 躊躇いがちに遠慮がちに、ようやく手を取った。訝しく思ったが、恥ずかしかったのだろうと考え直す。何か余計なことでも考えてるのではないだろうな、とも思ったが、今は言わないでおく。






「取って来るから、少し待ってろ」
「……うん」

 学校の前まで来て、碧と繋いでいた手を放した。校舎の明りはほとんど点いていなくて、かなり暗い。暗いのはあまり好きではない碧を連れて行くのは、教室の中傷と合わせて、躊躇われた。

「ここでちゃんと待ってろよ」
「うん……大丈夫」

 明りの点いている門の近くで、そう言った。見えるようになっていた碧の表情は幾分か暗い。それを一瞬見詰めた後、走って校舎へと向かった。






 裏口から、管理人に校舎の中に入れてもらった。暗かった廊下の明りを点してくれた年配の男に一言礼を言い、急いで自分の教室に行く。

 教室の鍵は締める必要がないので、移動教室の時以外は開いている。後ろのドアから中に入って、暗い教室の中を、外からの僅かな明りを頼りに進む。自分の席にだけぽつんと荷物がのっていて、教室の寂しさを引き立てていた。

「……」

 黒板にふと目をやり、酷い中傷の言葉に眉を顰める。

『桜庭碧はドロボウ』
『死ね』
『キモい』

 荷物を一つにまとめると、徐に前へ歩く。黒板消しを手に取り、白や赤や黄を無くす。

 痛い。痛い言葉だ。

 こんなことを軽々しく堂々と書けるなんて、一体どんな図太い精神をしているのか。それとも複数人でやれば、罪悪感も分散されるのだろうか。


 舞う粉に時々咳をしながら、跡を残しつつも消した。少なくとも何を書いていたかは分からなくなっただろう。
 手や服に付いたチョークの粉を払い、荷物を取りに行く。教室を出る前に窓から外を見て、碧がちゃんと待っていることを確認した。が、様子がおかしい。

「……? なんだ?」

 じっとよく見ると、門の向こうに僅かに見えていた碧が後退りしている。何から逃げているのか、見極める前に駆け出す。ドアも閉めずに、鞄を揺らしながら、碧の元へ急いだ。






「碧!!」
「! サスケ、くん……」
「え、なんでサスケ君が……!?」

 碧の胸倉を掴んで脅していたのは、俺を追いかけてくる女の中でも、特にしつこいヤツだった。横にもまだ二人居て、俺の出現に驚き怯んでいる。

「……その手を放せ」
「……っ、いや、よ! どうしてこんな子ばっかり……!」
「放せ」

 苦しそうに喘ぐ碧の胸倉を掴む手。それを鷲掴みにし、ギロリと睨む。徐々に力を込めていってやれば、痛みに顔を歪める。側の女子二人がやめるように諭せば、怒りか動揺に小刻みに震えながら、碧から手を放した。

「ぅ、けほっ、……」
「大丈夫か」
「けほ、……うん、大丈夫……」

 すぐに女子の手を放し、少しふらついた碧を片手で軽く支える。碧は少し無理に笑った顔にしようとしたらしいが、失敗している。

「なんでっ……なんで桜庭さんばっかり、……ずるい、ズルい!」

 涙目になり、リーダーだと思われる女が喚く。それに眉を顰めていると、碧が小さく言った。

「…………ごめんなさい……」
「! なんでお前が謝るんだ、お前は悪くないだろ」
「……ごめんなさい、ごめんなさい、」

 俺が止めても謝る。女子らも謝るとは思っていなかったからか、呆けている。
 碧は謝り続け、「でも」と言った。


「……でも、渡せない。……あたしも、サスケくんのこと……好きだから、…………渡せないよ」


 俯いたまま、自信もなさそうだったが、はっきりとそう。
 俺は驚いて目を丸くし、碧の俯いた顔を上からじっと見た。

 碧が自ら、俺を、「渡さない」と言った。
 それだけ碧が俺を好きで、必要としている。
 それが嬉しくて、でもどうすれば良いか分からず、その場で固まった。

「……だから、ごめんなさい」
「……なに、勝手なこと……!」
「!」

 リーダーが右腕を振り上げたのを見て、反射的に碧を庇う。飛んできた拳は俺の顔に当たり、歯で口の中を切ったらしく血の味がした。殴られた左頬を手の甲で擦り、血の混じった唾を地面に吐き出す。動揺する女を黙って睨み、口元を甲で拭った。

「ぁ、……違うの、サスケ君じゃ、なくて……っ」
「……」
「や、ヤバいよ、帰ろうっ!」
「ほら、早く……!」
「違うの、ちがう、許して……!」

 他の二人に引きずられながら、必死で許しを請う。それを哀れにも思いながら、後ろで俺の服を掴んで小さくなっている碧を振り返る。碧ははっと顔を上げ、俺の顔の殴られた痕にそっと手を持ち上げた。

「……いたい……?」
「……少しな」
「…………ごめんね。あたし、殴られようと思ったんだけど……」
「……バカやろう」

 それくらいされた方が、あいこだと。
 独り占めしている報いなのだと。

 碧はそう呟いて、俺の傷を撫でる。細い指は肌を遠慮がちに滑り、直ぐに引っ込んだ。また少し俯いて、視線が合わなくなった。

「碧」

 呼べば、また視線が上がる。
 それを見てそっと抱き寄せ、耳元で囁く。

「好きだ」

 ぎゅっとしっかり抱き込んで、もう一度「好きだ」と繰り返す。少しすると碧も、俺の背中に両手を回して、きゅっと抱き付いた。

「……好き。あたしも、好き……」

 トクントクンと高鳴る胸。
 碧が縋るように抱き付くのを、愛しく思う。
 ゆるりと髪を一撫でし、ゆっくりと体を離す。

「……碧、俺ン家に行くぞ」
「え、……なんで?」
「……今離れたくない」
「……」

 碧は一瞬呆然とし、その後小さく笑った。俺は少し照れて斜めに視線をずらす。

「あーそうだ、……今度は勝手に帰ったりするなよ」
「……うん」
「……つーか、帰さないけどな」
「え、……それって……?」
「……」

 碧の疑問には答えず、片手をさらって歩き出す。そうすれば碧は慌てて付いてくる。少し後ろに居る碧の手を軽くクイッと引けば、隣に並ぶ。口角を僅かに上げて、少しだけ歩く速度も上げた。

 俺はお前を放さないから、お前も俺の傍に居てくれ。



(20080317)


 []      []
絵文字で感想を伝える!(匿名メッセージも可)
[感想を届ける!]