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「…………」

 隣の席で、組んだ両腕に顔を埋めて眠る碧。一限目からずっとこの調子で、今日の授業の大半は聞いていないだろう。
 夏休みが明けてからというもの、碧の居眠りの頻度が増えている気がする。以前から多くはあったが、午前を丸々眠り続けたことは、さすがになかったと思う。

 授業終わりの鐘の音が響いて、授業を進めていたイルカが「おっと、もうそんな時間か」と呟く。

「じゃ、今回はここまで。次回小テストをするからな、しっかり復習しておけよ」

 これから昼休憩の時間で、それだけ言うとイルカはさっさと教室を出て行った。
 日直が億劫そうに黒板を消すのを横目に、碧の肩に手をかけて揺らす。

「起きろ。昼だぞ」
「ん、……んんぅ……?」

 眠そうにうなり声をこぼしながら、腕に目を擦り付けるように首を振る。伏せていた上体をのっそりと起こし、ぼんやり教室を見回す。クラスメイトがばらばらに移動しているのを見、時計を見、俺に向いた。

「もうお昼……?」
「ああ。ずいぶんよく寝てたな」
「うーん……」

 碧が伸びをして体を目覚めさせている間に、俺は足元から鞄を引っ張り出す。中から水筒二つと碧から預かった弁当箱二つを取り出して、席を立つ。

「早く行くぞ。腹が減った」
「んん、ごめん。すぐ行きます」

 まだまだ眠そうな様子でふらついているので、弁当は俺が運ぶことにする。碧には水筒を持たせて、目が覚めるのを待つようにゆっくり歩いて屋上を目指す。




 屋上へ着き、気持ちばかりの日陰に並んで腰掛けて、弁当を広げる。碧にははっきり伝えてはいないが、すっかり毎日の楽しみになっている。
 膝の前に包み布を敷き、その上に二段の弁当を並べて置く。今日も手の込んだおかずが多く、下ごしらえや仕込みにどれほど時間をかけているのやら。そこまで思ってふと気付く。

「(近頃こいつが異様に眠そうにしているのは、これが原因か……?)」

 毎日違ったおかずが詰められたお弁当。ひとつひとつに手抜きがなく、しっかりと味の染み込んだおかずたち。コンロの数は限られているので同時に調理できる数はもちろん少ない。それに、碧は集中力が高いかわりに並列作業は苦手そうにしているため、二つ以上の作業を同時にできるとも思えない。

「ふわぁ……」
「……お前、寝てるか?」
「え?」

 弁当をつつきながら欠伸をこぼした碧に、自分の手元の弁当箱を見ながら問う。

「何時に寝たか言ってみろ」

 あえて目を合わせずに、俯いたまま答えを待つ。完璧な調理手順できれいに作られたおかずが、ほぼ答えだ。

「……寝たときに時計見てないです」
「そうか……。今日は九時に寝ろ。いいな」
「え、ええ、それじゃなんにもできない……」

 心を鬼にして厳しく命じると、碧は困惑したように抗議をした。それを聞き流しながら、箸で摘まんだどて煮を口に放り込む。一晩以上寝かせたのでは、というくらい味が染みている。すごくうまい。

「明日の弁当は無しだ」
「でも、」
「分かったな」
「…………」

 聞く耳を持たない俺の頑とした態度に、ショックを受けたように固まる碧。俺が黙々と弁当を食べる間、碧はしょんぼりと俯いて、それでも何か言いたげにしている。

「……言い訳くらいは聞いてやる」

 キツく言い過ぎたことを反省して、一旦箸を止めて碧へ顔を向ける。碧はしばらく言葉を探すように口元をむぐむぐさせて、それから話し始める。

「……サスケくんにあげるためのお弁当のおかず、どんなのが好きかなとか、こういうのは食べるかなとか、考えるのが楽しくて」

 落ち込んで小さめの声でぼそぼそと語られる、夜更かしの理由。

「レシピを確認するのも楽しいし、材料の買い出しも楽しいし、料理自体もすごく楽しいの」

 自分のためならこうはならない。言いながら、自分の手元の弁当箱に詰められた、よくできたおかずを見下ろしている。

「サスケくんが、お弁当、ちゃんと全部食べてくれるから」
「……」
「お米の一粒も、野菜のひとかけらも残さずに、綺麗に全部……食べてくれるのが嬉しくて」

 残すわけがないだろう。こんなに手間のかかった弁当、簡単に短時間で作れるわけがないことくらい分かる。たとえ俺には味付けが少し甘かろうが、その『気持ち』を思えばどうということもない。だからこそせめてもの礼として、碧の分の飲み物を持参している。

「……毎日、違うおかずばかりが詰められているな」
「同じじゃ悪いと思って……」
「そんなことで文句を言うわけがないだろう」
「でも、……あたしの気持ちを返すには、そんな妥協をしてる暇はなくて」

 よほど深く感謝しているのだろう。しかしそれで無理をして、俺に心配をかけるようでは本末転倒だ。

「どうせ作りすぎて食べきれずに、余らせてるんじゃないのか」
「えっ、なんで分かったの」

 実を言うと、余ったおかずが冷蔵庫から溢れそう、とのこと。
 それに俺は深々とため息を吐く。俺だって自炊をしているのだ。ちゃんとしたおかず、特に煮込み料理を少量で作るのは難しいことくらい知っている。ましてそれを一食のメインに据えるのではなく、弁当のおかずとして小分けに入れているのだから、必然と余りは出てくるはずなのだ。

「朝と夜のおかずを別に作る必要がなくなってきてて、そこはむしろ楽になってるんだけど……」
「その時間で弁当のおかずを作りまくってるんじゃ、同じことだ」

 なにをとんちんかんなことを言っているのかと、呆れ声でこぼす。異常に美味い肉じゃがの糸こんにゃくを口に運び、高菜にぎりをかじる。圧力鍋でも持っているのだっけか、と疑うが、そんな調理器具など所持していないことは、以前風邪の看病のために碧の台所を借りたときに確認している。

「しばらくは余ったおかずを減らすことに専念しろ」
「でも、何日も前に作ったものなんか、サスケくんに出せないよ……」
「別に常温で放置しているわけでもないだろう。なんなら夕飯も世話になるか」
「えっ」
「もちろん新しく作るなよ、作りおきを出せ」
「えええ……」

 本当に困りきった顔をして、俯いてうんうん考えている。俺に『余り物』を出すのがそんなに心苦しいのだろうか。俺はむしろ、ありつけてラッキーなくらいだというのに。
 ほうれん草のおひたしを摘まみながら、これは簡単で時間もそれほど掛からない良いおかずだなと思う。しかし醤油味がやたらに美味いのだが、まさかわざわざこれのために良い値段の醤油を買ったりしていまいな。碧ならやりかねなくて、塩にぎりを箸でひとかけ取りながらちらりと碧を見る。
 すると目が合い、俺の食べる様子を盗み見ていたらしい碧は、慌てて顔ごと逸らした。

「……」
「ご、ごめん、食べづらいよね」

 謝りながら、嬉しそうにゆるむ口元を隠しきれていない。
 碧が、俺が弁当を食う姿をよく見ていることは知っている。作ったおかずを気に入ってもらえるかどうか緊張を含んだものであることもあれば、こうして俺が弁当を空にするまで食べるのを単純に嬉しく思って見ているだけのこともある。
 俺はそれをいちいち指摘することなく、碧の好きにさせている。指摘すれば萎縮するだろうし、なによりそうやって嬉しそうにしているのが、可愛らしいからだ。

「(……かわいい以外の感想がない)」

 なるべく顔に出さないように、弁当に目を戻して食事を続ける。適当におかずを頬張るが、味なんてどうでもよくなってしまった。今なら苦手な味付けでも美味しく感じるだろう。


 宣言通り、その日は夕飯も碧の家で余りの料理を食べて、いくつか冷凍されたおかずを持って帰り、翌朝にもそれを食べた。たぶん今晩もお邪魔することになるだろう。
 いくらなんでも余らせすぎだ、バカ。


(191001)


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