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 近頃、碧に対する悪意の目があからさまに強まっている。俺が側に居ようともお構い無く向けられる視線には、嫉妬や憎悪が入り交じり、不快だ。
 夏休みに入る前から嫌がらせが増えているようだったし、夏祭りの際にはぬいぐるみの強奪もあった。この前は碧の鉛筆がへし折られていたし、屋上の階段掃除をすると言って一人にした際にも何かあったようであった。(詳しくは話してくれなかったが、逃げてくるようなことがあったのは確かで、しばらく卑下が悪化していた)(元の調子を取り戻すのに数日かかった)
 教室内から刺さる視線の主がそれら嫌がらせの犯人なのか、それとも犯人はこいつらとは別に存在するのか。そんなことすら分かっていなかった。

(目標のない奴らは、呑気で結構なことだ)

 少しでも早く強くなりたい俺は、真面目に授業を受けたい。碧も、医療に関連のある授業(人体の急所の話や、縄脱けで関節を外したり戻す方法など)には真剣に耳を傾けている。対して『敵対者』たちは憎しみのあまり授業に集中できていない様子で、何度も教師に注意を受けていた。


 体力作りの授業で校庭を何十週も走らされた後、昼休憩に入ったので教室に昼食を取りに戻った。汗をかいたのでまず水分補給をすべく、鞄から取り出した茶を煽る。見るからに体力のない碧はすっかりへろへろで、同じく机の足元から鞄を引っ張り出し、飲み物のボトルを探り出した。

「……あれ」

 しかしそれは空っぽで、ラベルの剥がされた使い回しのボトルからは、向こう側の景色が透けて見える。

「…………」
「……お茶、入れ忘れたっけかな」

 今朝の記憶を掘り起こすように首をかしげる碧。
 バッと、怪しい気配に振り返る。教室の扉の隙間からこちらを窺っていたそれが、こそこそと遠ざかっていくのを睨みつける。

「…………」
「サスケくん」
「……なんだ」

 碧の呼び掛けに、捻っていた体を戻せば、そこには呆れ顔。怒った様子はなく、仕方なく現状を受け入れるような。

「せっかくボトルは残してくれてたから、あとで水道水でも入れておくよ」
「……はあ」

 相変わらずやり返す気はないらしく、やられっぱなしを甘んじて受けている。俺は納得いかないのだが、碧がこの調子なので、俺一人が暴走するわけにもいかない。
 俺のため息に苦笑いを返して、もう一度鞄を探る。弁当の包みを掴んで、また「あれ」とこぼす。まさか。

「……んー、もしかして」

 二つの包みを両手でそれぞれ掴んで軽く振ると、それはやけに軽そうに揺れた。

「もったいないことするなぁ……」
「…………」
「あ、でも、食べられたって可能性もあるか」
「お前な……」

 少しも深刻さを感じさせない口調で、ぽやぽやとそう言った。
 碧が作った弁当を俺が食べるのが、よほど嫌だったのか。それとも飲み物を捨てる際、たまたま目についたから処分したのか。弁当のついでに飲み物を捨てたか。
 目的や順序はともかく、碧の私物に手をつけたことは確かなのだ。もっと深刻に考えたほうがいい。

「ごめんねサスケくん、お昼抜きだ……」
「そうじゃない。そんなことはどうでもいい! お前は明確に狙われてるんだ、これは、」
「落ち着いて」

 鞄に弁当の包みを片付け、また机の足元に降ろす。空のボトルだけを持って廊下へ向かうから、俺も手に持っていた茶だけを携えて、眉間に皺を寄せながらその後を追う。教室の中からも視線は刺さっている。


「別に、クナイを突きつけられたわけでもないから」

 廊下の手洗い場の蛇口を捻り、ボトルの口から水を注ぐ。その後ろ姿を斜め後ろから見ながら、ズボンのポケットに突っ込んだ左手を軽く握る。
 被害の度合いとか、殺意の有無の話はしていない。ただ、明確に碧へ悪意が向けられている、それ自体が問題なのだ。碧との認識の差異にイライラが募る。

「あたしの存在が邪魔で、あたしに悪意を向けてるだけ、まだ健康的な反応だと思うんだよね」
「……は?」
「あたしの場合、大事なものとか人が、サスケくんしか居ないから、あたしの『物』にしか危害を加えられないんだよ」

 何の話だ。それが悪いという認識の、俺がおかしいのか?
 以前、碧が少し可愛がっただけの野良犬が被害に遭ったことを思えば、何一つ良いことはない。『“俺”以外に大事なものを持つことができない』状況を強いられている、ということなのに。これのどこが健康的なんだ。

「つまり……サスケくんはあたし本人の側に居さえすれば大丈夫ってこと」
「…………」
「明日からは、朝一でお弁当を二つとも渡しておくね」

 そんな、しょーもない対策でどうにかなるのか? 中身は碧が作ったものであることに変わりはなく、それを捨てられたら結果は同じだ。大体、弁当以外の私物だって守らなくてはならない。そのためには犯人特定が一番だ。
 碧は一杯になったボトルに口を付け、ゴクゴクと水道水を飲む。それから付け加えるように言う。

「んー、一応ダミーでおにぎり一個だけ鞄に入れておこうかな」
「そうじゃなくて、もっと根本的に」
「うん、そっちもなんとなく当たりは付けたから」
「!」

 碧の意外な言葉に、驚いて瞠目する。飲んで減った分だけ水を入れ足して、ボトルの蓋を締めた。

「たぶんね、前に複数でいちゃもんをつけてきた人たちだと思う」
「(いちゃもん……)」
「えーっと、いつだっけかな……サスケくんに心配かけて探させちゃった時の……」
「……アイツらか」

 教室に『碧がドロボウ』だとか書かれているのを見て、碧を探し回り、演習場で見つけたあと、俺が荷物を取りに行く間に校門前で碧に絡んでいた女たち。碧を殴ろうとしたのを庇って俺が怪我をすれば、動揺して逃げていった。

「え? サスケくんはたぶん面識ないよ」
「? 校門の前でお前を殴ろうとした女じゃないのか」
「えっとね、あの子はまた別の子」
「……」

 敵が多くないか。
 碧をドロボウ呼ばわりした連中と、校門前で碧に突っ掛かっていた連中が別の人物だとは思っておらず、辟易する。他人を羨む前に、己の振りを省みてほしいものだ。

「お祭りでぬいぐるみを盗られた時も、さっき教室の外からこっちを見てた時も、“いちゃもん”と同じ『感じ』がしたの」
「……勘か?」
「たぶん、そんなようなものかな」

 名前は知らないんだけどね、と苦笑いする碧。無意識に記憶していた風貌や声が一致したのだろうか。
 ともかく、相手が分かっているのなら話は早い。とっとと話をつけてやればいい。

「でも、しばらくはこのままやらせておこうと思うんだ」
「……なんでだよ」

 碧の言葉に、納得いかずに顔をしかめる。

「ストレスの元凶に、ストレスをぶつけてるだけだから」
「…………」
「あの人たちにとっては、害虫が居るから殺虫剤を撒いてるようなものなんだよ」

 害虫。自身をそう称した碧は、心底『いい例えだ』と思っているらしい。俺はますます顔をしかめて、やり場のない怒りを拳に握りこんだ。
 水場での用事は済んだから、食事もなく退屈な昼休みを過ごすために屋上へ向かう。腹が減っている時に無理に修業をするつもりもない。
 ひと気の少ない階段を上がりながら、碧は少し声を抑えながら言った。

「今は、あの人たちが代表して嫌がらせしてくれてるから、他からの嫌がらせは止んでるんだと思うんだ」

 淡々と、冷静に分析するような口調で語る。

「同じクラスからも、嫌な視線感じるよね」
「……ああ」
「でも、その人たちからは何もされてない。たぶん、何をやったか共有してるんじゃないかな」

 飲み物や弁当を空にされて、仕方なく水道水を汲んで飲んでいた碧。今頃してやったりと嗤い合っているのかと思うと、腹の内側がぐらぐらと沸き立ってくる。

 屋上の鉄扉を開き、明るい外へ出る。碧はうーんと伸びをして、日陰のほうへ歩いていく。

「まあ、これで気持ちが落ち着いてる間は心配ないんじゃないかな」
「……」
「学校に持ってくる物はいくらでも替えがきくから、ぼろぼろにされても構わないよ」

 俺と居ることが罪であるかのように、降りかかる罰を避けようとしない碧。だが俺は、そんなのはごめんだ。
 日陰の壁にもたれた碧を置いて、屋上の手すりへ向かう。握りこぶしをポケットから抜き出して、灰色に濁った金属の手すりに叩きつけた。ごうん、と低い音が鳴り、振動が遠くまで伝わっていく。

「……目の前でお前が傷付けられても、黙って見てろって言うのかよ」
「え、ううん。それはやだな」

 碧も日陰から出て、こちらへ歩いてくる。

「エスカレートするようなら、もう少し考えるよ」
「……」
「あたし、できるだけサスケくんの側に居るから。そしたらサスケくんに嫌われたくないあの人たちは、目の前には出てこないよ」

 手すりに叩きつけた俺の拳を、ほぐすようにそっと撫でる。それに俺はますます強く握り締めて、キッと碧の顔を見た。すると碧は、なんとも嬉しそうな顔をしていたものだから、意気を殺がれて脱力する。

「はあ……」
「えへへ……今嬉しくなっちゃうの、変かな」
「…………ああ、変だよ」
「えへへへ」

 呑気に笑う碧に呆れて、手すりにもたれかかる。弁当を捨てられる、という陰湿な嫌がらせを受けたばかりとは思えない。
 俺が『碧の味方』であるというだけだ。碧が嬉しそうにするのも、碧が嫌がらせを受けるのも。こんなにもくだらないことがあるか。
 持ってきた茶を、空になるまで一気に煽った。腹が立つと喉が乾く。俺も後で、水道水を詰めておかねば。

 碧には内緒で、このことはイルカに報告しておこうと思う。犯人や動機はともかく、校内で生徒の所有物が害されたことには違いない。立派な犯罪行為なのだから、碧がどう言おうと対策は取ってもらうし、犯人が発覚すればそれなりの処罰を受けてもらう。取り締まられるに越したことはない。

 碧の手作り弁当を食いっぱぐれたせいで、空腹に腹が鳴る。この恨みを直接晴らさせてくれないと言う碧に、八つ当たり的に頬をつついた。鞄に入れたままのお前の分の茶も、後で俺が飲み干してしまうぞ。



(190905)


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