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 何度目か分からない生け花の授業。前から思ってたけど、潜入任務で生け花する機会ってある? あるんだろうな。あるからやってるんだもんね。
 同学年の女子生徒だけを集めて行われる、『女性教養』の授業。普段見ない別のクラスの女子生徒たちも集まって、先生の前に座って説明を聞く。教養授業は、レシピの通りにやればいいだけの料理の授業が一番楽だ。
 琴や三味線の授業も辛いけれど、完全にセンスが問われる芸術の授業は本当に辛い。私ができるのは他人の真似までで、そこから先のオリジナリティーは難しい。先生が何度もコツを教えてくれてはいるけれど、それが実践できるかどうかはまた別のようだ。

「このへんの花、全部集めちゃおーよ」
「集めてからレイアウト考えてもいいよね」

 このように露骨な嫌がらせもあることで、まともに花が集まらない。地味な愚図女は雑草でも飾り立てていろ、と嗤う声が届いて、なんともはや、よくも意地悪のネタが尽きないものだと感心する。
 先生もたぶん見てないわけではないと思うので、彼女らの内申点がどうなっているのかは気になるところ。しかし花集めを妨害されているのは事実なので、はてさてどうしたものかと、雑木林を奥へと進んでいく。

「うーん……このあたりには使えそうな花は無いなぁ」

 しゃがんでみても、ごく小さな花ばかりで『生け花』として飾るには足りない。主役に据えてやれそうな花は見当たらず、生け花の授業というよりは、もはや花探しの授業である。

「……ん? そっか」

 なるほど、見つけること自体も授業の内なのだろう。秋の草花の知識と、さらに探索力も試されている。普通『教養としての生け花』を授業とするなら、用意された花をいかに飾るか、が課題になるはずだ。それを『花を摘むところから』させるということは、つまりそういうことなんだ。

「となると……」

 あんな、授業開始地点から目につくところにある花では、先生の内申点もそう高くはつかないだろう。嫌がらせをする人たちも、そんなにめちゃくちゃな広範囲を占拠することはできないはず。これ以上追いかけてくるほどやる気がある場合は、大人しく観念しよう。
 先生の居るところからどんどん離れて、花を探して林の奥へ行く。リンドウ、ツルニンジン、フジバカマ。薬草にもなる秋の草花を思い浮かべながら、一人ざくざくと歩いた。





「今日の『男性教養』の授業は、二次性徴についてだ」

 女子だけが別の授業をする間、同学年の男子は一つの教室に集められた。いつもと違った席順で、隣には別のクラスの奴が座っている。
 男子のみになるときは、大抵は体力や筋力増強の授業をするのだが、今回は珍しく座学をするらしい。しかし『二次性徴』については、以前にも男女が揃った状態で学んだはずだ。女子が居るとできない話でもあるのか。

「生殖器の名称や役割については、すでにみんな授業で教わったはずだな。今回はもう少し踏み込んで、女子の前ではしづらい話も交えていく。冷やかさずに真面目に聞けよ」

 すでに冷やかしの空気を醸しているナルト。興味なさそうに欠伸をするシカマルと、何も考えていなさそうなチョウジ。キバはもう寝ようとしている。シノは表情が読めない。
 イルカは咳払いを一つしてから、真面目くさった顔をして話し始めた。

「お前たちの中には、すでに精通を迎えている者も居ると思う」
「!」

 『精通』。つまりは『初めての射精』。ある者は興味本位で性器をいじり、ある者は睡眠時に無意識のうちに起こる、生理現象のひとつ。これが起こったということは精巣の機能が正常に働き、陰嚢に精液が溜まり、性行為を経て子どもを成すことができるよう身体が成熟したことの証左でもある。

「そしておそらく、女子の中には初潮を迎えている者も居るだろう」
「……」

 『初潮』とは、『初めての月経』。月経とは、およそ月に一度、子宮内膜が剥離して生じる生理的出血。数日間、おびただしい量の血液が膣を通り排出され、内膜剥離の際の筋収縮によって引き起こされるいわゆる『生理痛』は、個人差はあるらしいがかなり痛いらしい。
 男の精通と対になる生理現象とされるが、男の射精がある程度コントロールできるのとは違い、女の月経は本人の意思とは一切関係なく周期的に起こるものだ。

「ここからが新しい話だ。月経前後の女性の身体には、男にはない様々な変化がある。たとえば腹痛。貧血。食欲不振。それからホルモンバランスの変化」

 腹痛と、貧血、それによる食欲不振は分かる。ホルモンバランスの変化とは。

「実は女性の身体は、『絶好調』と言える期間が、一ヶ月……約四週間のうち、たった一週間ほどしかないんだ」

 ややざわざわと、周りの男子らがざわつき始める。そんなバカな、嘘だろう、とそのような感想。俺が抱いたのも、概ね似たような心境だった。
 イルカはこちらに背を向け、黒板にチョークで図を書き始める。簡易な暦のようだ。

「まず月経期。一般には一週間とよく言われるが、出血が起こっているのは四日間から六日間ほどだ。初日から三日目くらいまでは多量の出血と、強い腹痛を感じる。腹痛については個人差があって、動けないほど痛む人から、ほとんど痛みを感じない人まで様々だ」
「その『腹が痛い』って、どんな感じなんだ? 腹を下してるのと同じ感じ?」
「いい質問だな」

 ふざけ半分で投げ掛けられた質問は、思いの外いいところへ飛んだ。

「まあ、オレも自分で体感したわけじゃないから伝聞にはなるんだが……」
「あははは」

 照れくさそうに頬を掻く教師に、そりゃあそうだと笑いが起こる。笑いながらでないと、聞く側も恥ずかしさに耐えられないらしい。

「体内が痛むという点については共通だな。だが生理痛は、下痢のように『ぐるぐる』という腸のぜん動とは違って、なんというか……握られるとか、搾られる感覚に近いそうだ」
「内臓を……搾る?」
「ううむ。実物を見せられないから実感は得にくいと思うが……要は内臓の内側の壁がめくれ落ちるわけだからな。出てくるのは、腕や足を怪我した時に出るような、さらさらの血じゃあないぞ。どろっとした、黒い……それこそ内臓の一部のような、血の塊だ」
「うえぇ……」

 出産の映像は見せられたことがある。赤子そのものでなく、その後に出てくるらしい胎盤はまさに『内臓』で、思わず一瞬目をそらしてしまうほどにえぐい見た目だった。生理で排出する子宮内膜とはつまり、胎盤の一部にあたるのだから、あれの一部が身体の内側で剥がれ落ちると想像すれば、痛みも推し測れるだろうか。

「(……気分が悪くなってきた)」
「さっきも言ったが、痛みの有無は個人差がある。俺たち男は想像することしかできないが、辛そうにしている子が居たら今の話を思い出して気遣ってやるんだぞ」

 そわそわと、隣同士で顔を見合わせる男子生徒たち。思春期ゆえに、まともに女子と話すことすらできなくなっている奴も居るだろう。しかし俺は碧が苦しむ姿を頭の中に描いて、なんとか手助けしてやろうと素直に思うのであった。





 授業時間が半分ほど過ぎるまで、生け花の授業であることを半ば忘れて薬草探しに夢中になっていた。

「この林、結構色んな植物が生えてたんだなぁ……」

 意識して判別しないと、目に映る景色の一部でしかない草花。踏まれ、苅られ、ちぎられて、知らぬ間に枯れてゆく。だけどそんな『雑草』と雑なくくりにされがちなものにも、本当はひとつひとつきちんと名前がある。葉の形も茎の伸び方も花の色もそれぞれの、個性がある。それを思うと、自分は雑草に近いものかもしれないなと、親近感を抱いて眺める。
 すると遠くから笛の音がして、集合、という言葉がかすかに聞こえた。そうか、草集め……じゃなくて花集めの時間は終わりで、これからきちんと『生け花』をさせられるんだろう。

「……うーん、まあ仕方ないか」

 手に持っているのはセンブリ、シャクジョウ、ねこじゃらしやすすきの穂など、およそ見栄えしないものばかり。主役として立てられそうなのは、黄色くて小さな花がもさもさと束を成している、たぶん女郎花(おみなえし)という名前だったと記憶している、それしかない。ちなみにこれは根がハイショウコンという生薬になる。花として見映えする秋の薬草の、キキョウやヨナメが見付からなかったのは残念だ。
 笛の音がした方角へ駆け出す。他にも散り散りになっていた気配が集まってきている。先生に評価されるだけならまだしも、他の生徒たちにも見える形で批評されるから、この授業は億劫だ。どうせまた嗤われるんだろうなぁ。






「生理の終わり頃から排卵日にかけては好調期、排卵日後から生理までは不調期となる。これらはホルモンバランスの変化によって引き起こされる」

 黒板に書かれた簡易な暦に、その通りに書き加えられていく。『好調期』の部分には卵胞ホルモン、『不調期』の部分には黄体ホルモンという文字。

「排卵前には卵胞ホルモンの分泌量が増え、卵胞を成熟させて排卵や受精に備えたり、受精卵が着床しやすいよう子宮内膜を厚くさせたりする。同時に血流が良くなったり、肌にハリが出たり、自律神経が活発化して気分や体調が良くなったりと、良いことが多い。だから好調期とされる」

 この時期の女性は生き生きとして美しい、とイルカが参考書の一文でも引用するように言えば、照れくささが高まっている男子らから野次のようにからかう言葉が飛び出す。スケベだのムッツリだの、バカらしい。ただそうである事実を説明しているだけだ。
 イルカは静かにしろと一喝してから、もうひとつのホルモンの作用について話す。

「排卵後に分泌が増える黄体ホルモンは、これから受精することを前提として、子宮内膜をさらに厚くしたり、妊娠に備えて体温を上げ、骨盤内に血液をためる作用がある。一方でカラダ全体の血流そのものは悪くなり、血糖値を下げ、抑鬱状態……つまり暗い気分になりやすくなる。体に栄養を蓄えるために太りやすくなったり、水分を備えるためにむくんだり、さらに腸のぜん動運動も抑制されるので便秘も引き起こされたり……とまあ、一言で言えば絶不調だ」

 血流が悪くなるということは冷え性にもなるだろうし、血糖値が下がれば体がだるくなったりぼんやりするようになり、便秘になれば排出されない老廃物によって余計に体の調子は悪くなり、さらに抑鬱。これだけ症状が重なれば、イライラしやすくもなる、とのこと。

「このように、排卵の前後で山と谷のごとく体調が変わる。『女は気まぐれ』だとか『気分が変わりやすい』と言われるのは、ほとんどはホルモンバランスの変化が原因と思っていい」

 今はまだそのようにあからさまな性格や機嫌の変化を目にしたことはないが、もしかすると今後はあるのかもしれない。もちろん態度に出しやすい人や、そもそもあまり体調に出ない人など、千差万別の個人差はあるだろう。しかし、『そういうことがある』という知識さえあれば、こちらの対応も自然と柔和にできるというもの。

「んなこと言って、そればっかのせいにされちゃたまんねぇけどな」
「はは、女ってうぜーもんな」
「他に原因がある場合ももちろんあるが……一つお前たちに“忠告”しておく」

 イルカが真面目くさった声音で静かに言う。あまりに鬼気迫る表情だからか、軽口を叩いていた男子らも含めて教室中が、しんと静まった。

「妊娠や生理のことで女をからかう奴は……『死ぬ』!」
「「「!?」」」





 広い畳の間で、一人ひとつの花瓶へ花を生けている。部屋を軽く見回せば、色々な花がそれぞれの感性で活かされていて、じっくり見れば楽しいかもしれない。
 私も一応できたけど、バランスもなにもあったものじゃなくて、とても芸術の域には達していない、『雑草の刺さった花瓶』だ。やっぱり雑草は雑草だなぁ、と肩を竦めていると、こちらを指差して笑う声。

「(今回はあなたたちの意見におおむね同意だよ……)」

 黄色い女郎花を囲うように刺したすすきとねこじゃらしは、重たい穂を花瓶の外側へだらりと垂らして格好が悪い。緑が足りないかと思って集合場所に戻りがてら摘んだヨモギの葉も、むしろごちゃごちゃとやかましくなってしまうだけで悪手だった。まだ使っていないセンブリとシャクジョウを差すにはスペースが足りない。
 せっかく女郎花が綺麗に立っているのに、背景が完全に廃墟なので台無しになっている。

「うーん」

 先生が廃墟フェチとかならあるいは……。いやダメだろう。『生け花』としての出来が悪すぎる。
 生け花をするよりは、着物を着た際の所作であるとか、美しい言葉遣いであるとか、そういうことを教わりたいものだ。生け花スキルが必要な場所に潜入をするにも、真っ先に必要になるスキルのはず。それとももしかして、私が教養授業をサボった過去のうちに、そういうのはもうやってしまったのだろうか。そうだとしたら、しまったなぁ。まさか自分に浴衣を着る機会があるとは思わなかったから必要ないと思っていたけど、人生って何が起こるか分からないものだからなぁ、ちゃんと受けておけば良かったな。
 いっそ全部花瓶から抜いて、一から刺し直そうかと考えていると、先生がこちらへやって来た。

「桜庭さん、なんですかこれは」
「あ、ええと……」

 眼鏡をクイと上げながら私の花瓶を見下ろす。
 『何であるか』をあえて説明するとすれば、『最悪』であろうか。この世に存在するのは『主役』と『脇役』。どんなに立派な主役であろうとも、脇を飾る役者が下の下であれば、どうにもならないほど落ちぶれるのだ。このように。

「主役はこの女郎花ですね」
「あ、はい……」
「周りがごちゃごちゃし過ぎです! これも、これも要りません。ですが、立っているのが主役だけでは寂しいので、代わりにこのセンブリを隣に立ててあげましょう。このヨモギはこのままで良いでしょう」

 すすきとねこじゃらしを排除して、花瓶には女郎花とセンブリ、よもぎの葉の三種が刺されている。さっきよりもすっきりとして見栄えよく、かなりマシになった。

「垂れるものがあるのは画面としては面白いかもしれませんが、視線が外側に誘導されてしまいます。中央にある目立たせたい女郎花を、きちんと見てもらえるようにしてあげましょう」

 適当に突っ込まれていたよもぎの葉も整えられて、青々と繁る葉の中で、黄色い女郎花が映えるようになった。茎の頂点に小ぶりの黄色い花が塊で咲いている女郎花の傍に、少し低い位置で小さく白い花が咲くセンブリが添えられ、より女郎花が引き立てられている。

「もっと背の高い花であれば、すすきなどを垂らすのは良かったでしょうね。高い花には高い草を。今回のような低い花には低い草花を添えてあげるのですよ」

 それ以外の組み合わせはより高度なセンスが必要になってくるので、今はこれで良い、と先生は言う。

 そうか。高い花には高い草。私みたいな低い雑草は、サスケくんには合わないんだな、やっぱり。
 頑張って高く伸びなきゃ。それこそトマトや朝顔のように蔦を伸ばして、壁でもなんでも這い上がって行かなきゃ、サスケくんの側には居られない。凹んでばかりいる暇なんかない。

「……がんばります」
「はい。では皆さん、他の人の作品を見て、どこが良いか、どこが悪いか、考えてみましょう。センスは磨けるものです」

 先生の掛け声で、生徒それぞれが動き始める。私のはもう先生にがっつり直されたので『私の作品』とは呼べないけれど、他の人のには興味がある。見られる側は嫌がるかもしれないけど、授業だと思って諦めてほしい。





 イルカの言葉に、教室中の男子生徒が息を飲んだ。
 『死ぬ』? あまりにも大袈裟な物言いではないか。中には「たかだか揶揄したくらいで」という気持ちでへらへらと笑い始める者も居る。それは緊張の裏返しに他ならない。

「お前らもそろそろ思春期だから敢えて言うが、未だにシモのことで笑ってる奴は居ないな?」
「…………」

 この微妙な沈黙は、陰ではしている奴も多いということだろうか。

「女子は、滅多なことではシモのことで男子をからかったりはしないだろう。しかし男子というやつは、必ずクラスに一人はやらかすやつが居る」

 男女共に性的な事柄に興味を持つようになる時期ではあるが、それを他人をからかうための切欠にしてしまうのは男ばかり。悲しいほど短絡的な行動だ。

「(何故わざわざそんなことをするんだろうか……)」
「生理の最中は、女の子としても“汚い”とか“におい”とかは当然気にしているんだ」

 碧も以前、ストレスで嘔吐したことを俺に告げなかった。もちろん俺に心配をかけたくなかったのが大半の理由だろうが、残りは“恥ずかしいから”だと言った。だからきっと月経の際にも、気分が悪かったり腹が痛くても、心配をかけないためにも恥ずかしいことを明かさないためにも、黙っているのだと想像がつく。

「お腹が痛くて、イライラしたり、悲しい気持ちにもなりやすい。中には食事さえまともに取れなくなる子も居る。そこをからかわれでもしてみろ、……死ぬほど恨みに思われるぞ」
「(まあ、そうだよな)」
「それも、対象の子だけじゃなく、“全ての女子”から、だ」

 一人にちょっかいを出しただけで、全員から。
 もちろん誇張した表現ではあろうが、あながち嘘でもないだろう。女の噂話の広がりやすさは、俺も身をもって知っている。

「“アイツはデリカシーのないやつだ”、“弱っているところに追い打ちをかけるやつだ”と、こう女子から女子へと広まるわけだ。昔、オレの知り合いにもやっちまったやつが居たが、そりゃあもう見ていられないくらい嫌われちまってたなァ……」

 ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた気がした。俺は頬杖を突いて、やらかしそうで緊張するだろう奴を思い浮かべる。以前碧に悪口を言っていた男子生徒三人の内の一人だ。
 悪い想像に占められた教室内に、それを切り替えるように咳払いが響く。

「だがな、そういう弱ってる時に優しくしてくれる人ってのは、女子にとっちゃァものすごォ〜くありがたいわけだ。こういう言い方をすると怒られそうだが、逆にチャンスだと思ってもいい」

 からかうのではなく、優しく接する。
 なんだかとても当たり前のことを言われて、それをチャンスだどうだと言われることに違和感を覚える。が、クラス内の空気を見るに、どうやらこれが当たり前の感覚ではないやつも居るらしい。

「恥ずかしがってないで手を差し伸べるんだぞ。ただし! あんまり直接的すぎるのもダメだ。“生理か?”なんて絶対に聞くな!」

 ギクリ。言われて心当たりがある。自分にとってはそうでもなくても、相手にとっては大事である場合は往々にしてある。たかだか生理現象だからといって、簡単に直接聞いていいことではない。緊急時ならともかく、平時にはデリカシーに気を付けなければ。

「(いや、緊急時も避けたほうがいいか……?)」
「点数稼ぎに優しくするのも、女子にはわかっちまうからなぁ。ちゃんと真心から自然と気遣えるように、普段から女子には優しくしておくんだぞ」
「(全員にか? ……難しいな)」
「それに、そうやって人を慮れるやつは周りをよく見てるってことだ。イコール、優秀な忍になる素質もある。よぉく覚えておけよ」

 周りをよく見る訓練代わりに優しくされるのはたまったものではないと思うが、やらぬ善よりやる偽善、してお互いに損ということはない。だがまあ、やる相手は選ばせてもらう。

「あとこれが一番大事だが……この話をオレから聞いたことは、全員の秘密だ。くれぐれもばらすなよ?」
「なんでだってばよ?」
「そりゃあ、あれだ。折角スマートに女子に優しくしても、それが受け売りだなんてばれたら、格好悪いからな」
「あー、なるほど……」

 ナルトが頷く声に、周りの男子らも合点がいったようにしている。
 そこでちょうど授業時間終了の鐘の音が響いた。女子らが戻る前にとイルカが慌てて黒板を消していく。今回の授業内容は、俺よりも碧のほうが面白がって聞くものだったのではないだろうか。
 消されるギリギリまで黒板を暗記して、後で話してやろうと思う。もちろん、最後のくだりは省いて。





 お弁当を二つ抱えて、屋上へ向かう。一緒に歩くサスケくんは水筒を二つ持っていて、私の分は無くて構わないと再三伝えているのに頑なだ。

「少し涼しくなってきたね」
「ああ」

 屋上へ出ると、秋らしい風が吹いて私の髪をすり抜けた。そろそろ薄手の長袖を引っ張り出してこなくてはならない。
 そういえば去年のサスケくんは年中半袖に短パンだった記憶がある。冬でも構わずその格好を貫くのを見て、よっぽど代謝が良くて寒く感じないのか、袖や裾が長いのが嫌いなのかと思ったことがある。

「(もっと寒くなってきたら聞いてみようかな)」
「?」
「はい、こっちがサスケくんのだよ」

 壁に凭れるように座ってから、一回り大きい紺色の包みを渡す。それと交換するように水筒を渡されたので、大人しく受け取る。遠慮するやり取りはいい加減面倒くさいと思われているので、ぐっと我慢して省略。
 深夜一時に寝て早朝四時に起きて作ったお弁当。今日のも失敗はしてないはずだけど、毎回ドキドキする。新しく作ったおかずがサスケくんのお口に合いますように。

「そういや今日の教養授業でな」
「、へ、はい」

 包みを開けながら話し始めたサスケくんに、慌てて相槌を打つ。

「お前が興味ありそうな話を聞かされたんだよ」
「え、それって、どんな?」

 月経困難症およびホルモンバランス変化による体調変化についての話。それを『男子の教養授業』でやるあたり、担任の先生もなかなか踏み込んでるなぁ。
 並んでお弁当をつつきながら、サスケくんの話を聞く。今のところ苦手なおかずはなさそう。

「女は大変だな」
「あたしはまだなったことがないからなんとも言えないけど……生理ってツラいんだろうな」
「そう、なのか」
「うん、まだだよ。サスケくんは精通ってしたの?」
「っ、……」

 サスケくんのお箸がピタリと止まって、ゆっくりと睨むように視線を向けられる。あっ。

「ごめんなさい……聞くことじゃなかったです」

 興味があってつい口が滑った。私みたいに自分から口走るならともかく、人から聞かれて嬉しい質問じゃなかったかもしれない。お怒りの視線と目を合わせないように俯いて、反省する。

「……はぁ。……俺もまだだ」
「! そうなんだ」

 ため息を吐きつつも、私の質問に答えをくれた。サスケくん優しいなぁ。
 サスケくんのことをまたひとつ知ることができて嬉しい気持ちで、顔がにこにこしてしまう。煮豆を箸で摘まんで口に運ぶ。

「……というか、そもそも飯時にする話じゃなかったな。悪い」
「え? そうかな。別に人間のハラワタを焼く話をしてるわけでもないし、気にならないよ」
「おまえな……」

 想像させるな、と横からこめかみあたりを小突かれる。すみませんでした。
 それで、と話を変えるようにサスケくんが言う。

「お前のほうは教養授業で何してたんだよ」

 つまらない生け花の話でも、生理現象の話をするよりは確かにマシかな。そう思って、雑木林で見掛けた秋の薬草について話し始める。

 過ごしやすい晴れ曇りの空に、涼やかなうろこ雲が広がっている。心地よい風と、サスケくんの隣で感じる大好きな空気。短いお昼休みの間だけは、誰にも邪魔されない平穏な時間だ。



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