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「ごめんね、結局手伝ってもらうことになっちゃって……」

 授業が終わって放課後、放り出してきてしまった屋上前の階段掃除をするために、そこへ来た。
 一人にはできないとサスケくんが一緒に来てくれて、修業の予定を潰させてしまった。私なんかのためにサスケくんを煩わせるなんて申し訳ない。ああ、私はダメなやつだ。ダメなやつだ。

 昼休みに持ってきた掃除用具は、投げたほうきも含めてそのままそこにあった。意図不明な行動をした男子は、その後何か因縁をつけるでもなく、陰口を言うでもなく、私のすぐ前の席で大人しく授業を受けて、終わるなりさっさと帰ってしまった。掃除を手伝うと言い出しておきながらあの後一人でした様子もなく、結局彼は何をしたかったのだろうか。
 『サスケくん以外の男に意図的に近寄られた』。たったそれだけのことで逃げ出してきたのが恥ずかしく、何があったのかをサスケくんに説明できなかった。私が口を閉ざしたからか、サスケくんも深く問わずにいてくれている。そのありがたい配慮に一層申し訳なさが募る。

「まだここの、扉前のところにしか手を付けてなくて」
「そうみたいだな」

 私がほうきを拾う間に、サスケくんはバケツごと隅に移動して、ぞうきんを水につけて絞っている。ああ、そういう汚い仕事は私がやるのに。そう声を掛ける前にテキパキと、手摺を終点から順に拭き始めてしまったから、遅れを取るわけにはいかないと、ほうきを動かし始める。

「けほ、」

 咳をしてから、そういえば床に撒いた水滴はすっかり乾いてしまっていて、再び埃が舞いやすい環境になってしまっている。せめて舞った埃が外へ出るようにと鉄扉を開け放すと、強い風が吹き込んできて、昼休みに集めていた埃が思い切り散らかされてしまった。

「わあ、わ、たいへん、!」

 慌ててほうきでかき集める間に、サスケくんがそっと扉を閉めた。お陰様で被害は最小で済み、ほっとすると同時に、ずーんと凹む。私は本当に、グズでまぬけでどうしようもない欠陥品だ。

「ごめんね……余計に散らかしちゃった……」
「今のは仕方ないだろ。俺も窓を開けたいとは思っていた」

 怒るでもなく、慰めるように言葉を掛けてくれるサスケくん。優しすぎる……優しすぎるよサスケくん……。
 涙ぐみそうになりながら俯いていると、サスケくんは階段を降りて、踊り場の縦に長い窓に手を掛けた。そこも埃まみれなので拭きながら、鍵を開けて斜めに軸回転させる。可動域が少ないこのタイプの窓は、真っ直ぐに風が入ってこないので換気用としてはいまいちだけど、風が強い今はちょうどいい。

「(あっちを開ければ良かったのかぁ……!)」

 自分の判断の愚かさが浮き彫りになってますます泣きそうになる。掃除もまともにできないほどポンコツなつもりはなかったけれど、どうやら私はそうらしい。

「碧」
「……」
「失敗は誰にでもある。俺にもだ」

 階段を上がって戻ってきたサスケくんが、俯く私の肩に手を置いた。いつもなら聞き入れる慰めも、今は軽くぶつかっては床に散らばるようだ。精一杯「うん」と返事をしたけれど、サスケくんはきっと私が立ち直れていないことにも気付いているだろう。
 汚名返上のためにもと、黙々と掃除を再開する。ただでさえ余計な時間を取らせてしまっているんだから、早く終わらせないとサスケくんにも迷惑だ。

「……」
「……」

 散らかした埃をちりとりにまとめて、次は階段を一段ずつ掃いていく。全部の段のゴミを下の踊り場まで掃き落として、そこでまとめてちりとりに乗せる算段。

「(……本当にその方法でいいのかな)」

 一段ずつゴミを取ったほうが、効率がいいのではないだろうか。この歪んだちりとりでは平地でゴミを掬うのは非効率で、上から落としながら受け皿にしたほうが良いのでは。
 思い直して、最上段に置いていたちりとりを二段下の右端に設置する。癖毛のほうきでゴミを右に運んでいき、一段下のちりとりの上まで運ぶ。しゃがんでちりとりを右手で拾い、段差にあてがいながら、左手で短く持ったほうきで掃く。

「(……すごくやりにくい)」

 利き手ではない左手だけでほうきを繰るのが難しく、柄を肩と首で挟んで抑えて、なんとか変に暴れないようにする。ほうきの穂が癖毛になっているのもあって思ったようにゴミを掃けない。やっぱり最初の手順でやったほうが良かったろうか。
 色々考えるものの、手元のちりとりにはすでにこんもりとゴミが乗っている。どちらにせよ一旦ゴミを捨てに行かなければならない。サスケくんがじゃばじゃばとぞうきんを洗う音が聞こえて、水の交換も必要ではないかと思い至る。
 バケツを覗きに、ちりとりを持ったまま階段を上がる。バケツの中は溜まりに溜まった埃が集合して、もう底も見えないくらい真っ黒だ。

「お水、交換してくるね」
「それくらいは俺がやって来るが」
「ちりとりが一杯だから、捨てに行くついでに」
「……そうか」

 ほうきを立て掛け、ちりとりのゴミが落ちないよう気を付けながら、バケツの取っ手を掴む。移動が速すぎると軽いゴミは風圧でこぼれてしまうので、ゆっくり階段を降りていく。両手に持つ物の重さの違いで重心が傾くので、それも注意しながら一段ずつ。

「……」
「……やっぱり俺も手伝おう」
「いい、よ。サスケくんの貴重な時間、無駄にできないから」

 そう言うと、サスケくんのため息が静かな空間に響いた。背を向けたまま足を止める。

「なんか考え込んでると思ったら、そんなことか」

 だって本当なら、昼休みの間に一人で掃除をして、終わらなければまた一人で今この時間に掃除を済ませてしまうつもりだった。サスケくんが修業できたはずの時間を奪ってしまうのは予定外で、だから少しでも効率的にしなければと、必死なのだ。

「一応助言しておくと、その調子じゃ二回に分けて行ったほうが早いぞ」
「!」

 そ、そんな! でも言われてみれば、ゴミもバケツも両方を気に掛けた結果、移動にすごく時間がかかっている。そして万が一、いや五が一くらいの確率でどちらか片方でも落とした場合、余計に時間が取られてしまう。
 私が自分の判断能力の低さに驚いて呆然と手元を見ていると、サスケくんが階段を降りて側まで来た。バケツの取っ手を横から掴んで、私からそっと奪う。

「そんなに気負わなくていい。俺がお前の側に居ることを選んだんだ」
「……」

 行くぞ、と促されて、先に降りていったサスケくんに続く。

 サスケくんはお月さまの化身だ。こんな無能で役立たずな私へ掛ける言葉を、“なるべく気に病ませないように”とわざわざ選んでくれる。「のろま」と事実を突き付けることもせず、「ああしろこうしろ」と指図もせず、「やればできる」と無闇に励ましたりもしないで、そっと寄り添ってくれる。弱い私の肌を焼かない優しい月光で、私の人生をただ煌々と照らしてくれる。
 貰うばかりで、手間を掛けさせ、気苦労も負わせて。私はサスケくんに負担ばかりかけている。お弁当は毎日完食してくれているけれど、やっぱりあれぐらいじゃあ全然返しきれないなぁ。

 サスケくんの優しさがじんわりと胸に染みていくのを感じながら、少し先を歩くサスケくんの背中を見つめる。サスケくんは空に浮かぶお月さまだ。地を這いずる私がその隣に並ぶことなんて、到底できない。胸を張って隣を歩ける日なんて、永遠に来ないんだろうなと、思った。



(190220)


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