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 お弁当の約束を取り付けたその日、家にあるレシピ本を開いて、サスケくんは何が好きだろうと想像しながらページを捲った。いくつかに当たりをつけて材料をメモし、商店街に買い出しへ。腕が千切れるかと思うほど買い込んでしまったけど、まあなんとかなるだろう。サスケくんはああ見えて結構たくさん食べるから、少し大きめのお弁当箱も用意した。喜んでくれると嬉しいな。


 早朝四時半に目が覚めて、早すぎるから起きたくなくて三十分ほどベッドで過ごす。それから諦めて伸びをして、枕元のうさぎのぬいぐるみに朝の挨拶をする。おはよう。
 ぬいぐるみを机の引き出しへ隠してから、階段を降りて洗面所へ行き、冷たい水で顔を洗う。顔を拭いていると台所から炊飯器のピーピーという音がして、タイマーセットしていた炊飯が完了したことを報せた。お米のいいにおいがする。

 リビングの棚に無造作に置かれた写真立て。父さんの写真立ては前回義父が帰った時に投げて壊してしまったので、今は母さんの写真だけ。そこへ置かれた空の小皿と猪口を回収して、キッチンへ向かう。
 母さんが生前、父さんの写真に向かってしていたことを真似してやっているだけなので、この行動の深い意味は知らないし、考えたこともあまりない。ただ炊きたての白米とお水(たまにお茶)を写真の前に供えて、ご飯が冷めたら傷んでしまう前に処分する。本当はお供え専用の器があるらしいのだけど、そんな大層なものは持っていないので、有り物の器を適当に使っている。

(……今日は、おかずもちょっとあげようかな)

 昨日の晩のうちに下ごしらえを済ませたお弁当用のおかずは、おおむねの予想通りかなりの量になってしまった。レシピ通りの二人前で作ると、私が少食な分だけ余ってしまうのだ。
 料理に取り掛かる前に、白米とお水だけ先にお供えしておく。慣れた一連の動きの中に手を合わせる動作はなく、置き終わればさっさと前を去る。私は今日もそれなりに元気だよ、母さん。




 午前の授業が終わって昼休み。鞄からお弁当箱を二つ取り出して、隣のサスケくんに見せる。

「約束のお弁当、作ってきたよ」
「ああ」

 味見をしっかりしたので調理の失敗はしていないと思うけど、好きじゃないおかずを入れてしまってはいないかな、おいしいと思ってもらえるかな、喜んでもらえるかな。そんなことを考えてばかりで、ドキドキして授業どころではなかった。
 屋上前の階段へ、サスケくんと一緒に向かう。サスケくんは何故かお茶を二つ持っているけれど、暑いからそれくらい飲むのかな。私は両手それぞれにお弁当箱を持っているので、飲み物は鞄に置いたままだ。
 教室を出る前、あまり良くない感情のこもった視線をいくつか感じた。だからサスケくんも黙って早足で行ってしまうんだろう。置いていかれないように、頑張って足を回転させた。


 夏休みの一ヶ月間、誰も足を踏み入れなかった屋上前は、以前より埃っぽい。顔を見合わせると、サスケくんは何も言わず屋上への鉄扉に手を掛けた。
 金属の擦れる甲高い音と共に、外の光が差し込む。ドアを開くわずかな風に舞う埃を見て、今度暇を見付けて掃除しておこうかなと思う。サスケくんに汚い空気を吸わせられないもんね。あれ、そうだよ、今までどうしてこの発想に至らなかったんだろう。こんな汚いところでサスケくんが食事するなんてこと、あってはならないよ。
 扉を抜けて、明るい屋上に出る。ガッチョン、と後ろ手に扉を閉めて、日陰を作るようにお弁当を掴んだままの片手を上げる。

「いい天気だね」

 残暑というか夏そのものの気候で、日差しもまだまだ強い。湿度も高く、風もあまり吹かず、滲んだ汗を蒸発させてくれない。
 出てきたばかりの壁にそって移動し、角を曲がれば日陰がある。とはいえほぼ真上に太陽があるので心ばかりのスペースで、壁に背中をつけるように座っても足は日光にさらされてしまった。

「ん」
「ん?」

 すぐ隣に座ったサスケくんに、二つのお茶のうち一つを差し出される。お弁当二つで手一杯の私はすぐに受け取れなかったけれど、そのまま私の前に置かれたので、これは私のものということなんだろう。

「えーっと」
「お前が弁当用意してんだから、飲み物くらい用意させろよ」
「ええ……」

 このお弁当はお祭りや看病や救いの手やその他日々のお礼を形にしたものであって、役割分担ではない。うーん、伝わってなかったかな。

「難しいこと考えねえで、素直にもらっとけ」
「……んん、今回だけは頂きます」
「明日も用意するからな」
「えーっ」

 私が困ったように言えば、サスケくんは楽しそうに喉で笑った。そんなに面白いリアクションをしているつもりはないのだけど、サスケくんの笑いのツボは謎だなぁ。
 持っていたお弁当箱の、少し大きい紺色の包みのほうをサスケくんに手渡す。傾かないように気を付けてはいたけど、中身の確認まではさすがにできていない。結び目をほどいて、蓋を開けるまでじっと見守る。

「おわ、すごい量だな」

 二段のお弁当箱のうち上の段は、おかずがぎっしりと詰まっている。チビハンバーグ、ニンジンとゴボウのきんぴら、キャベツの千切りと薄切りゆで玉子のタルタルドレッシング掛け、鶏と大根の煮物、だし巻き玉子、小松菜と厚揚げの煮浸し。
 どうやらおかずが片寄ったり汁がこぼれたりはしていないようで、ほっとする。

「多かった、かな」
「下の段は米か?」
「うん。小さい俵にぎりが四つ入ってて、二つは塩で、あとは梅干しとピリ辛高菜だよ」

 サスケくんはいつもお昼にはおにぎりを持参していたので、ただお米を詰めてお漬け物を添えるよりは、おにぎりにしてみた。食べているものをじろじろ見るのは失礼だと思って観察しなかったので、サスケくんが普段何の具を入れていたかまでは知らない。
 胡座をかいた膝の前に、紺色の包み布を下敷きにしてお弁当箱を広げて置いた。黒い箸入れの蓋をスライドさせて、白いお箸を取り出す。そしてそれを持ったままの両手を、何気なくすっと合わせた。

「(……サスケくんが、私が作ったお弁当に手を合わせた……)」
「? お前も早く広げろよ」
「あ、うん、そだね」

 すぐにおかずにお箸を伸ばしたので、見間違いかと思えるほど一瞬のことだった。“いただきます”と声には出さなかったけど、あの動作は間違いなくそれだ。
 サスケくんは、いつも自分で作った料理には別段手を合わせることはしていなかった。なのに、私の作ったお弁当にはそれをした。
 あまりにも自然な仕草で、それを気にも留めていないあたり、無意識に近かったんだろうか。感謝されるために作ったのではなく、私の感謝を伝えるためのもののはずなのだけど。
 頑張った甲斐が、もうあったなぁ。

「(好き……)」
「……あんまり見られると食いづらい」
「はっ、そうだよね、ごめんね」

 ぽーっと見つめてしまっていたらしくて、咎められて慌てる。だけど、そう、私が作ったお弁当のおかずを次々と口へ運んでいくのが、嬉しくてたまらなかったんだ。左手に持ったおにぎりと交互に食べていくから、お口に合ったようで良かった。
 私も自分のお弁当箱を開ける。サスケくんのもののおよそ半分の量を、一段にまとめている。サスケくんのお陰で幸せ気分なので、今日はお弁当箱を空にできそうだ。
 サスケくんに貰ったお茶も、ありがたく手を合わせてから頂いた。そしたらサスケくんのほうから、おかしそうに小さく笑う吐息が聞こえた。これってサスケくんもしたことなのにな。



(190202)


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