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 始業式だけとはいえ、何も持たずに学校へ行くわけには行かない。だから昨日の訪問でのお泊まりは断念したのだけど、サスケくんが少しだけほっとした様子だったのだけが気になった。

「……やっぱり迷惑だったかな」

 私が居ては困る理由が、何かあったのだろうか。それともやっぱり、突然行って嫌な思いをさせてしまっただろうか。あまり晴れない顔ばかりしていたから、まだ私のことで色々と思い悩んでいるのだろうか。
 私ばかりが救われていて、サスケくんにばかり悲しい気持ちを押し付けてしまっているみたいだ。そんなつもりはなかった。だけどどうして、話してしまったんだろう。隠し通すつもりであったのに。熱にうなされて悪い夢を見たからって、それを吐き出してしまうべきでなかった。言うべきでないことばかりぽろぽろとこぼしてしまう、悪い口だ。

 一ヶ月と少しぶりにやってきた学校は、相変わらずの様子で佇んでいる。まだほとんど生徒は登校しておらず、誰も居ない校庭を一人で横断する。開け放された扉を通り、校舎へ侵入し、階段を上がって教室を目指す。どこもかしこも、少しも変わりない。

 いつものように窓際の一番後ろの席へ行き、肩から鞄を降ろす。宿題を全て持ってきていることを再確認して、中から医療の本を取り出した。三冊目だ。
 長い夏休みの間に、勉強のしすぎで何度も昼夜逆転を繰り返してしまった。その甲斐もあって、辞書をほとんど使わずに読み進められるほどに、用語が頭に入ってきている。解るようになればなかなかに面白い読み物だ。それで楽しくなってしまって、しばしば時間を忘れて読み耽ってしまう。いけないとは思いつつも、集中できている間に進めたい気持ちもあり、結局何度も夜更かししてしまった。

「……実践練習もしてみたいな」

 医療忍術には主に陽チャクラを用いる、と本に書いてある。学校で教わった基本的なチャクラの練り方とは違うようで、家で試した時には本の通りにならなかった。こればっかりは一人ではどうにもならない。

 しばらくすると、扉が開く音がして誰かが教室に入ってきた。サスケくんであるとは思いつつ、違う人だと嫌なので、目が合わないように足元をチラリと見る。見慣れた白いハーフパンツと斜め掛け鞄。

「おはよう」
「……ああ」

 相手を確信してから、顔まで見えるように見上げて挨拶する。昨日ぶりのサスケくん。右隣の席までやって来て、鞄を机に置き、確認するように中身を覗いて、だけど何も出さずに鞄を足元に置いて、長椅子に座った。

「……」
「? 今日はいつもみたいに何か読まないんだね」
「始業式しかないからな。持ってこなかった」
「そっか」
「……ていうか、だな」

 あちら側に傾くように右手で頬杖を突いて、ゆるやかに息を吐き出しながら私から顔を逸らす。不思議に思いながら続きの言葉を待っていると、髪から覗く耳がうっすら赤く色付いたように見えた。

「?」
「……うれしそうに、見すぎなんだよ、昨日から」
「え、」

 言われてみれば、サスケくんが来てからずっと頬が上に引っ張られている感覚がしていて、今顔が疲れてきたことに気付く。思い出してみれば、昨日帰った後も同じような症状に首を傾げていたのだった。そうか、これは、にこにこしすぎの後遺症だったのか。

「ええと、ごめんね。たぶん、反動なんだと思う。昨日まで一ヶ月くらい、会わなかったから」
「反動な……」

 照れくさそうにぼそぼそと、反芻するように呟いた。だから私も、サスケくんを見つめていることが恥ずかしいことのように思えて、手元の本に目線を落とした。

「えへへ、笑いすぎて顔が痛いって、面白いね」
「……」

 くだらないことを言ってしまったな、と思いながらほぐすように頬を揉む。でもこんな現象が起こるほどにこにこしている、というのは、私にとってはそれこそ奇跡のようなものだ。まともに笑えるようになったのだって、そんなに前じゃない。本の上に手を下ろす。
 サスケくんもそのことを思ったのか、噛み締めるように静かに瞑目した。だけどすぐに頬杖をしたままこちらを向いて、左手をゆっくりと私の顔に伸ばした。

「いいんじゃねえか」

 むに、と指の背でやわらかく私の頬を押して、サスケくんも薄く微笑んだ。
 昨日は別段触れ合うことがなかったので、一ヶ月ぶりの接触に、少し遅れて電撃が走るように肌が痺れて、そこからぶわっと熱が広がった。ショック、というと聞こえが悪いけれど、その衝撃にじわりと両目が潤う。

「は、はぁぅぁ」
「……いや、反応おかしいだろ」
「だ、だって、久しぶりだもん……」

 『喜び』というものが物理的に存在しているかのように、サスケくんが触れた右頬を中心に、まだじわりと痺れと熱を感じる。それから後頭部もぼんやりと熱くなって、きっと脳からドーパミンだかオキシトシンだかが活発に分泌されているんだろう。
 サスケくんは私のオーバーリアクションに呆れたように眉を寄せたけれど、零だったものが急に百だか千だかになったようなものだ。こうもなるよ。おかしくないよ。

「えへへ、今日は顔洗わないでおこうかな」
「それは洗ってくれ」
「えへへへ」

 サスケくんがひたすらに困った顔をするので、これはさすがに冗談だと言い消す。それほどに嬉しかったのは嘘ではないけど。

 それから伝えるべきことがあったのだと思い出して、顔の熱が引くのを少し待つ。

「あの、サスケくん」
「うん?」
「明日からのお弁当なんだけど」

 お祭りや看病や諸々のお礼を兼ねて、お弁当を作らせてほしい。私の作ったものなんて嬉しくないかもしれないけど、不味くはないと思うから。
 照れ隠しと卑下に変な言い方をしてしまったら、サスケくんはそれを咎めるように顔をしかめた。私がしまったと思って目を逸らすと、ため息だけでとどめて言葉で叱りはしなかった。

「……別に、そこまでしてもらうほどのことはしてねえよ」
「ううん、してもらったよ。すごく、とっても感謝してるから、どうしてもお返しがしたくて」
「……」

 そりゃあ食費とか気にならないことはないけど、喜びを貰ってばかりで、悲しみを押し付けてばかりで、私はその申し訳なさに押し潰されてしまいそうなのだ。このまま恩を返さずにいたら、罪悪感に殺されてしまう。

「……分かった。それで気が済むならそうしろ」
「うん! ありがとうサスケくん」

 お前がお返しをするのにありがとうはおかしいだろ、と苦笑い。だけど、サスケくんは私の気持ちを酌んでくれたから。やっぱりサスケくんは優しいね。

 それから間もなく他の生徒が教室に集まり始めた。だから喋るのも止めにして、手元の本を読むのを再開する。サスケくんは頬杖したまま暇そうに目を閉じて、時間が経つのを静かに待っていた。
 生徒全員が揃い、担任がやって来て、始業式のために校庭へ移動する。少なくなった蝉の声と、ピークを過ぎた暑さ。まだ残暑は厳しいけれど、着実に秋に向かっていることは、たくさんのトンボが知らせていた。



(190131)


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