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二人でクリスマス


 俺は今、非常に頭を悩ませている。
 十二月の下旬。明日はクリスマスだ。近頃は前日も同じような扱いらしくて、イブだなんだと街はすでに賑わっている。そんな中で難しい顔をしているのは、いかにも『プレゼントに悩んでいます』と人の目に映るようで、店員が遠目にあたたかい眼差しを送ってくる。確かにそうだが察するな。

 三週間ほど前に碧と話した通り、お互いの誕生日祝いも兼ねてのクリスマスを過ごすことになっている。アイツは、うっかり使い古しの手袋をやっただけで、噛み締めるように幸せを感じるような奴だ。だからこそそれなりの物はやりたいが、あまり恩着せがましい物をあげてしまうと負担に思うだろう。

「(高価なものは絶対にダメだ……しかし、)」

 俺の、プライドのようなものが、安すぎるものを拒む。碧に気負わせない金額と、俺の気持ちとの落とし所はどこだ。
 そして、『俺の手を煩わさせた』ということにも碧は恐縮するので、あまり入手に手間の掛かるものは選べない。なんなら日用品のほうが喜ぶだろう。しかしそれは、俺の、『特別な日には特別なものを』という気持ちが、

「くッ……」
「(大丈夫かしら、あのうちはの子……)」

 店員からの眼差しが、俺を心配する色に変わっていることには気付いている。だが放っておいてくれ。これは俺と碧の問題なのだ。
 悩みながら雑貨店を出る。他の店でならもっと簡単に解決する可能性があるかもしれない。

 日も暮れて、気温の下がった街並みを、それでも構わず賑わす人々。家族連れもカップルも、俺の前を楽しそうに歩き過ぎていく。その景色に何かヒントを得られないかと、人波に紛れて歩きながら観察する。
 この刺すように冷たい空気の中、寒そうな素振りを少しも見せずに行く恋人たち。気持ちが高揚していると寒さも感じないのだろうか。ズボンのポケットに両手を隠して体温の低下を防ぎながら、通行人の手元を見る。手袋をした手に、袋に入った荷物を提げて歩いている人が多い。

「(……なにか、箱が入っているな)」

 四辺が三〜七寸くらいの四角い、高さはやや低めの白い箱。店の名前が印字された透明の袋に入れて、水平に持ち歩かれている。あの店名は、たしかこの近くで見た覚えがある。
 クリスマスとその店にどういった繋がりがあるのかは知らないが、ともかく覗きに行ってみるか。今は少しでも正解への手がかりを得たい。これだけの人に支持されている物なら、悪い結果にはならないだろう。
 電飾できらびやかな商店街を、記憶を頼りに早足で通り抜ける。




「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」
「クリスマスにはケーキ! 定番! 人気! おいしいよ!」

 甘味屋だった。
 普段は和菓子しか置いていないくせに、イベントの時期に限って洋菓子を作る。その期間限定感が客を惹き付けるのかもしれないが、俺にしてみればいい迷惑だ。バレンタインなどというイベントのせいで毎年酷い目にあう。
 それにしても、そうか。クリスマスにはケーキを買うものか。そもそもが他国の文化である『クリスマス』の正しい祝い方なんて、詳しくは知らない。そういえば鶏肉を食べる習わしもあったような気がするな。詳しくは知らないが。

「そこの君、おつかいかな?」
「……」
「おーい。お店を睨み付けてるそこの君!」
「(……俺のことか)」

 店外販売の従業員に声を掛けられていたことに気付き、一応視線を送る。しかしまだここで何かを買うと決めたわけではないので、セールスをされるのは面倒くさい。そんな気持ちが顔に出たのか、店員は苦笑い。

「おや、“うちは一族”の子だったのか」
「……」
「となると……一人用かな?」

 近くへ寄ってきて、店へ案内しようと隣に並んだときに、俺の背中の家紋に気が付いた。変な同情や哀愁を掛けず、ただ事実のみを確認するように呟いたのが、不思議と不愉快ではなかった。
 店の表に机を出して販売しているのは、白い生クリームで覆った上にイチゴを並べたホールケーキしか無いようで、店員は店内のカウンターへ目を向けた。ガラス張りのカウンターの下には、和菓子を押し退けるようにして、ひと切れずつのケーキが色とりどり並んでいる。

「寒いですから、中でゆっくりお選びください」

 ゆるやかな営業スマイルで、俺を店内へと促す。それにすぐには応えずに、少しだけ思考する。
 碧は甘いものが好きだったはずだ。俺が例えば日用品をプレゼントしたとして、勿体ないと使いたがらないことは想像に難くない。その場で消費してしまえる“消え物”であることは、むしろ良いのではないか。しかも期間限定の洋菓子、さらにクリスマス用ともなれば『特別感』は十分にある。値段だって百両もかからないから負担に思わせることはない。
 これだ。

 あまりに完璧なプレゼントを見付けたことに、口元がゆるみそうになるのを堪える。白い吐息を深く吐いて気持ちを落ち着けながら、側で待つ店員の先導に従った。






 昨日買ったケーキを冷蔵庫の奥に忍ばせて、碧を家へ迎えに行く。冬至を過ぎたばかりで、夕暮れもまだまだ早い。沈みかけの鈍い夕陽を眺めながら、両手をズボンのポケットへ入れて歩く。火の国は比較的温暖な気候だ、今日も雪は降らないだろう。降ったとしても雨か。もしくは槍か、手裏剣か……。
 改めて、らしくないことをしているなと思ったのだ。今年の始めまで、季節の行事などを気に掛けるようなことはほとんど無く、ただ一刻も早く復讐を成せるだけの力を身に付けなければと、脇目も振らずに修業に勤しむ毎日だった。それがどうだ。クリスマスを彼女と過ごすだと。去年の俺が知ったら目くじらを立てるだろう。
 別に碧が居るからといって、日々の修業を怠っているわけではない。むしろ以前より熱が入ることもある。なにせあれだけ真っ直ぐに尊敬の目を向けられていては、格好の悪いところを見せるわけにはいかないからだ。アイツの俺に対する憧れは、ややズレているというか、やけに神聖なものだと思われているようで、少しむず痒い。

 門前に立って俺を待っていた碧が、かなり遠目にこちらを見付けて駆け寄ってきた。

「サスケくん、えっと、お迎えありがとう」

 鼻の頭や頬が赤くなっているのを見るに、それなりに長い時間を外で待っていたようだ。しかし嬉しそうにはにかんで、寒さを苦にしている様子はない。

「中で待ってりゃ良かったのに。風邪引くぞ」
「うん、でも、ちゃんと待ってたくて」

 冷えたのか、薄い黒の手袋を着けた両手を擦り合わせて、暖めるように息を吹きかける。大方、そわそわしてじっとしていられなかったのだろう。迎えに来ることを事前に伝えていたからここで待っていたが、そうでなければ早くに俺の家近くに来て約束の時間まで外で待ったりしていたのではなかろうか。(絵面がストーカー染みて嫌だなそれは)

「……ったく」
「だ、大丈夫、あったまるご飯作るからそれで」
「食べるまではどうする」
「ええーと、あの、全然寒くないよ! ほんとに」

 サスケくんを見たらぽかぽかしてきた、などと言い始めたので、昨日見た街行く恋人たちの様子を思い出した。気持ちが高揚すると寒さを感じない、のではなく、なるほど発熱するのか。
 そうは言ってもまだ末端は冷えたままらしい。擦り合わせたままの碧の手を片方さらって、ポケットの中で暖めていた手と繋ぐ。しかし手袋越しでは体温も分けにくい。

「こっちの手袋外せ」
「え、あ、返そうか」
「違う……いや、まあいい、貸せ」

 碧の左手にはめられていた手袋を、受け取って自分の左手にはめる。それから素手になった碧の左手を、素手の右手で握って暖めてやる。

「(かなり冷たいな……)」
「……究極の贅沢だ」
「?」

 碧が訳の分からないことを呟いたが、手を繋いだくらいで究極とはまた大袈裟だ。このくらい今まで何度もやったろう。
 ぽわぽわと嬉しそうに頬を紅潮させて、すでに幸せいっぱいの様子。毎度安上がりな奴だと呆れる反面、それだけ俺を好いているのかと思うと、その幸福感を分けてもらっているようなくすぐったさを感じる。碧のことを言えるほど、俺の幸せも高くはないようだ。




 あらかじめメニューと予算を決めて半額ずつ出し合うという約束で、晩御飯の買い出しをする。ホワイトシチューを作る予定だ。碧がレシピ本を参考に材料をメモしてきたので、その通りに品物を集めていく。

「ルーと牛乳とニンジンと玉ねぎとブロッコリーとジャガイモと……あとは豚肉だね」
「いや、今日は鶏肉にする」
「え、でもレシピと違うよ」

 手本があると必ずそれ通りにしなければならないと思っているところがあるようで、碧の答案用紙はいつも『教科書通り』そのもの。間違いがなく、基礎ができているのは良いことだが、失敗を強く恐れているのも原因だろうか。こんな時くらいは肩の力を抜いて……と、思ったが、俺の前でこそ、失敗したくないのかもしれない。クリスマスという特別な日に失敗なぞやらかしては俺に嫌われてしまう、などと本気で思っている可能性は十分にある。もちろんその程度のことで嫌うほど俺の心は狭くない。
 急なレシピ変更に戸惑いを隠せない様子の碧に、肉の変更くらいで死にはしない、とやや軽口のように伝える。

「細かいことは気にするな。それに、クリスマスには鶏肉を食うものなんだろ」
「そうなの? でも……」
「そんなに心配なら、鶏肉は俺が鍋に放り込んでやる。これなら仮に不味くても、お前の失敗にはならない」

 そう口走りながら、そんな馬鹿な理屈があるかと自分で思う。碧のほうも納得はしかねていたが、あまり駄々をこねるのも迷惑だと思ったのか、そこでようやく頷いた。
 別に、完璧にレシピ通りのシチューなぞどうでもいい。なんならクリスマスそのものも、俺にとってはどうだっていいのだ。ただそこに、碧と共に過ごすための口実が転がっているから利用しているだけの話だ。




 二人で食事をこしらえて、二人で食べる。言葉にしてしまえばそれだけのことだが、他人と共に何かをすること自体が、俺たちにとっては特別なこと。
 分担作業をしながらも相手の様子を観察し、次にすべきことを推察する。洞察のトレーニングにもなるな、などと考えながら作っていたと知れば、碧は膨れるだろうか。……いや、感心するかもしれないな。

「ごちそうさま、でした」
「結構余ったな」
「少なく作るのは難しいよ」

 シチューは大人数向けの大鍋料理。二人前のレシピで作ったが、それでもあと大盛一杯分はある。碧が少食であることを差し引いても多い。明日の朝食としても食べられることは、クリスマスの延長戦のようで悪くはないが。

「ああ、そうだ」
「?」
「まだ少しくらいは食べられるか?」

 今日のメインとも言える、デザート兼プレゼント。隠すために寄せていた食材を退け、冷蔵庫の奥からケーキの箱を取り出す。消費期限は今日中。
 碧の前に白い箱を置き、シールを破きながら開け、中身をそっと引き出す。丸太を模したような細長いチョコレートケーキ。ブッシュなんとかというらしいが正確には覚えていない。

「わぁ、え、なにこれ?」
「お前のだ」
「ええっ!」

 目を丸くして、俺の顔とケーキとを往復するように見る。その驚きかたと喜びように、思わず小さく吹き出す。

「(用意してよかった)」
「た、食べてもいいの? これ」
「ああ。と言うか、食べてもらわなきゃ困るな」

 俺がこの量の甘味を食べられるとは思わないでくれ。しかし捨てるのは流石に忍びないので、お前が食べてくれなければ地獄を見ることになる。
 フォークを出してやり、どこから食べようかと楽しそうに頭を揺らすのを、お茶を用意しながら眺める。

「ど、どうしよう……」
「(……かわいいな)」
「んんん…………あ、あの、サスケくん」
「なんだ?」

 水を入れたヤカンをコンロに乗せたところで呼ばれて振り返る。

「あの、あのね……もったいなくて、崩せない……!」
「…………」

 本気で困りきった顔で、必死に助けを求めている。
 喜んでくれているのはいいのだが、そうまでなられるのは俺としても困る。食べてくれなければ買った意味がないだろうが。

「それに、こんなに良いものを、あたし一人で食べるのは申し訳なくて……」
「……それは、」

 つまり?
 茶葉と急須を用意するのを後に回して、碧の元へ行く。すると持っていたフォークをこちらに差し出すので、やはりそういうことだよな。仕方なく受け取る。
 覚悟を決めるように、ため息と深呼吸を同時にする。せめて茶の用意ができてからにしたかったが、碧も早く食べたい気持ちがないわけではないようで、そわそわとこちらを見ている。じゃあその勢いで一口目を行ってしまえば良かったろうに、と思うも、これが彼女なのだ。

 銀色に光るフォークで、茶色い生クリームに覆われたスポンジの端をゆっくりと縦横二回割り、一口分にする。それを四つ又の先端で刺し貫き、持ち上げて、再度深呼吸。鬼気迫る様子の俺を見て「とんでもないことをお願いしてしまった」と思ったのか、はらはらと俺を見守る碧を横目に、半ば睨み付けるように見つめていたケーキを、腹を決めて口の中へ放り込んだ。
 まずカカオの香りがして、滑らかな生クリームの舌触り。スポンジは柔らかくふわりとして、中にクルミが入っていた。チョコクリームの甘さをココアスポンジが和らげ、香ばしいクルミの風味がそれらを上品にしてくれる。甘いのが不得手でさえなければ、きっと美味いのだろう、ということは分かる。

「…………」
「……だ、大丈夫?」
「……思っていたよりは、だいぶマシだ」

 飲み込むには十分に噛んだ、と頭で思う前に舌が勝手に嚥下した。飲み物を探しかけたが、それを準備している最中であったことを思い出して内心うなだれる。
 碧にフォークを返しながら、あまり辛そうな顔をしているのも碧が食べにくいだろうと思い、口に残ったケーキの欠片を早々に片付ける。

「ごめんね、変なお願いして……」
「気にしなくていい。それより、お前も食べてみろ」

 俺の言葉に頷いて、フォークをケーキに差し向ける。俺が切り取った部分を整えるようにして一口分を取り、焦る気持ちを抑えるように一呼吸いれた。それからそろりと口に運び、二回ほど咀嚼してから、キラキラ輝かせた顔をこちらへ向けた。

「そんなに美味いか」

 口に食べ物が入っているから喋れないまま、嬉しそうにこくこくと頷く。その顔色の変わりようが面白くて笑ってしまう。さっきまであんなに申し訳なさそうな顔をしていたくせに。
 プレゼントをあれやこれや悩んだり、ケーキ屋でどれにするか悩んだり、先ほど決死の思いで一口食べたり、色々あったが報われた。全ては碧のこの表情を見るための努力だったのだ。

「ありがとうサスケくん」
「ああ、どういたしまして」


 このあと、少食の碧は食後のケーキを完食することができず、俺はもう一度地獄を味わうことになるのだが、そんなことは露とも知らずに、惜しむようにケーキを食べる碧の姿を眺めていた。



(180102)
れおさんのリクエスト


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