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それは痛嘆とするほどの


 ああ、最悪だ
 義父さんが、帰って来てしまった


 それは痛嘆とするほどの



 あれから急に、碧が学校へ来なくなった。もう五日になるから、休日も合わせて一週間も。何かマズいことでも言ったか、誰かに何かされたのか……考えるだけで、知る術は何もない。
 それから、少しではあるが、周りに変化があった。

「そういえばサスケ君、……桜庭さん、最近ずっと休んでるよね?」
「サスケ君、何か知らない? まさか、ズル休みじゃないわよねー」
「……俺が知ってるわけないだろ」
「だ、だよね! だって、サスケ君とあの子は関係ないもんね!」

 俺に対して、女子が碧の質問を時々するようになった。小声で「ほら、やっぱりサスケ君は関係ないんじゃん」などと言っている。その話を聞くに、クラスの男子から、屋上前の例の階段で俺と碧が一緒に食事をしているのを見た、というのを聞いたとか。しかし半信半疑らしく、探りを入れようとちょくちょく質問していこうということらしい。まあそれは、こちらが気付いていると成功しないのだが。
 どちらにしても、関係を勘付かれてしまったのには違いない。これからは極力会うのを避けなければならないのか? それは嫌だ。碧に会うのは、学校に来る大きな理由の一つなのに。(他は当然勉強・修業)

 それにしても、どうして一週間も休んでいるのだろうか。やはり何かあったのだろうか。もし病気でぶっ倒れているのだとしたら、一人で苦労しているはずだ。昨日も一昨日もその前も、人の目を気にして赴かなかったが、流石にそろそろおかしい。元々かなり少食なんだ、病気になんかなったりしたら、まともに食事をするだろうか。するとは思えない。

 そう考えるともう、心配で堪らなくなってきた。家の場所は分かってるんだ、今直ぐにでも……。


 いつの間にか休み時間は終わっていて、教師の姿が前にあった。すでに授業は始まっていて、教科書の開くページを言っている。徐に立ち上がって、その担任の元へ歩く。教室内が少しざわつく中、教師に一言二言話す。

「早退したい」
「どうかしたか? 顔色悪いぞ……」
「だから、早退したい」
「……ふむ」

 快諾とはいかないが、「分かった」と了承の言葉をもらい、早退できることになった。だが、「ただし」と小声で続ける。

「後でオレにも教えろよ?」
「……分かった」

 手続きはやっておくから、と背中を押され、席に戻る。やはりお見通しなようだ。
 少ない荷物を手短にまとめ、肩に掛けると早足で教室のドアに向かった。
 こそこそと話す生徒たちを一喝して、イルカは授業を再開した。





 三度目になる、碧の家。まだ中に入ったことはないが、この中に碧が住んで生活しているのかと思うと多少の愛着が生まれていた。
 玄関の脇にあるインターホンのボタンを押し、呼び鈴を鳴らす。気配がゆっくりと気怠そうに動き出し、玄関へと足音をさせる。とすん、とすん、と一歩一歩が重そうだ。やはり病気なのかと危惧していると、玄関先までやって来た碧がドアを開けた。

「……!?」
「あっ、おい!?」

 開けたと思ったがしかし、訪ねて来たのが俺だと知ると直ぐにそのドアを閉めてしまった。ほんの少しだけ見えた碧の顔は健康的とは言い難く、痣のようなものも見て取れた。何事かと驚いて、思わず門を抜けてドアを開けようとノブを回すが、開かない。すでに鍵が掛けられていた。

「おい、碧! どうしたんだ!?」
「…………なんで、サスケ君が、ここに……まだガッコ、終わって……」
「早退した、心配になって!」
「! ……」

 ドアのすぐ向こうに留まった気配。碧は困惑したように少し声が揺れていて、音も小さい。訪れた理由を言えば黙ってしまい、それから何も言わない。奥にも手前にも動かない。

「……碧、何があった?」
「…………言え、ない……」
「……学校で何かされたのか?」
「ち、がう……」
「違う? じゃあ、何が……」
「………………言えない……」

 何も話そうとしない。
 学校でないなら、一体何が。

 そこでふと思い出す。碧の父親は、特殊だったことを。怪しい稼業をしていて、帰って来るといつも不機嫌だと言っていた。
 まさか、それで……?

「……父親が帰って来たのか?」
「! ……」
「そうなのか? 何か、……暴力されたのか?」
「……」

 否定の言葉は無い。それで確信する、虐待されたのだと。
 絶望感にも似たショック。
 碧の痣は、それの痕跡。

「……ちょっと、待っててくれる?」
「、どうした?」
「……服、着替えてくるから……。見えると嫌だろうし……」
「……分かった」

 きっと、見せたくないのだろう。俺は別に構わないのだが、見せたくないのならその方が良い。それに、無理矢理見たいものでもない。

 足音が遠ざかり、しばらくすると戻ってきた。今度は玄関の鍵を外し、ドアを大きく開けて出迎える。薄めだが長袖に長ズボンで、この季節には辛いだろう。今日は少し暑い。
 顔や首の、服では隠せない所にも痣が有り、青や紫が痛々しい。無理に笑う元気も無いのか、ほとんど無表情で口を開く。

「……まだちょっと、散らかってるけど……どうぞ」
「……ああ」

 玄関には一足しか靴がない。もう父親は居ないようだ。それに少しほっとしながら、靴を脱いで碧の家に上がった。

「……あたしの部屋が一番マシだから、そこに……」

 階段を上がりながら碧が言った。廊下やリビングには空になった酒の缶や瓶が転がっている。中には割れている物もあり、近くの壁には凹んでいる所もある。投げたり殴ったり、したのだろうか。

「……ここだから、中に入ってちょっと待っててね」
「ああ……」

 ドアだけ開けると踵を返して階段を下り始め、姿が見えなくなった。言われた通りに部屋の中に入り、しかしどう待つべきか悩んだ。
 部屋の中は薄暗く、あるのはベッドと机と押入れ。取り敢えず鞄を置くと机のほうへ歩き、何を置いてあるのかなど見て、適当に待とうと思った。

 机の上は少しだけ散らかっていて、スケッチブックが二、三冊載ってある。閉じてあるが、気になったので少しだけ捲ってみた。中の絵は全て鉛筆だけで描かれていて、鳥の羽根や建物、雲などの質感が上手く表現され、こまやかで綺麗だ。
 気付けば手に取っていて、絵を見るのに夢中になっていた。風景や動物が多く、そう言えば人を描いたものは無い。
 あの時の俺の絵は普通の紙に描かれていたし、他のスケッチブックなんかには描いてあるのだろうか。

「あっ、わあっ、見ちゃダメだよ、恥ずかしいからっ!」
「なんでだよ、すげえ上手いのに」
「そっ、そんなことないよ、」

 部屋に戻ってきた碧が、お盆に乗せて持ってきたお茶を置かないで、慌てて止めに来た。しかし両手がふさがっているので物理的に止めることはできず、俺はスケッチブックをまた一枚捲る。チラリと顔を窺えば困ったように眉を八の字にしていて、盆をどこに置こうか迷いながらキョロキョロとしている。その様が可愛らしくて、いじめるのはこのくらいにしようと、スケッチブックを元の場所に置いた。

「好きなのか、絵を描くの」
「ん、うん……その間は集中するから、何も考えなくなるし……」
「……絵を描くこと自体はどうなんだ?」
「……よく分かんないけど……好きだと思う」

 たぶん、と付け足し、盆を机の僅かに空いた所に置く。少しバランスは悪いが、危うくはない。
 ここに、と言われたのでベッドの端に腰掛ける。碧も隣に座って、小さく溜息を吐いた。

「…………なあ」
「……ん?」
「……実の父親なのか?」
「え、あ、ううん。そういえば言ってなかったね……」

 首を横に振り、血の繋がりは無いと言う。じゃあ「とうさん」とは誰なんだ。義理の、なのだろうか。

「えっとね、……母さんの再婚相手なの。あんなのだけ置いて、母さんは死んじゃった」
「! ……」
「本当の父さんは、物心付いて直ぐくらいから居ない。やっぱり死んじゃったんだけど……」
「……そうか」

 他人だけが残るなんて皮肉だね、と諦めのような笑いを零す。引きつっていて、目も笑っていない。実質は、口から笑いに似た空気が漏れただけだった。その表情を見るのが辛くて、俯いて自分の膝を見詰める。

「……いつからだ、……その、痣が付くようなことされ始めたのは……」
「……母さんが生きてる時からずっと、だよ……」
「……」

 元々から暴力的だった。碧の目に光は無く、ただ絶望だけを映す。
 碧の母親は働いていない、専業主婦だったと。そのため夫が亡くなった後は生活に困り果て、その結果今の義父に頼るしかなくなったそうだ。本当は碧を学校に行かせるのさえ渋ったらしいが、そこは母親が説得したそうだ。
 それくらい守銭奴で、だから「金食い虫」の碧の存在が疎ましい。それ故の虐待だと言う。

「……母さんは、最初は助けてくれたよ。でも、流石に一升瓶から庇うのは無理だったみたい……」
「……」
「痛いのは誰だって嫌だもんね。……それは良いんだけど、……自分だけ逃げちゃうなんてヒドいよ」
「……それって、……」
「……うん」

 母親は、自殺だったのだ。
 身投げだったらしく、その姿は決して綺麗なものではなかったと言う。

 二人目の夫と離婚することもできず、逃げることも適わず、母と娘二人で生きていこうなんて思いもしない。碧はそんな母が好きではなかった。

「……」
「……」

 少しの間二人とも黙ってしまい、部屋の中がしんと静まり返る。碧が持ってきたコップに入った氷がとけ、カランと音がした。その音ではっとして、碧の顔を窺う。無表情に近いが、苦々しい気持ちも読み取れる。

「……碧」
「…………んー……んー……ごめん、ね、なんか……」
「何が?」
「……うん、……気なんて使わないで良いよ」

 それに対して、使うと言うのも使ってないと言うのもどうかと思って、少し返事に困る。すると意地悪なことを言ったのを分かっているのか、碧は小さく笑った。

「……なんだよ」
「やっぱり、サスケ君は優しいね」
「お前にだけだ」
「、……うん、分かってるけど、……そうはっきり言われると……」

 照れて少し俯き、胸の辺りに垂れた髪を弄る。始めは全く生気も無いような感じだったが、少し元気になったようだ。良かった。

 最近やっと、碧は俺に好かれているという自覚を持ち始めたように思う。なかなか認めようとしない割には、時々嫉妬したように見詰めていて、そのギャップも可愛かったが。分かってくれているとその倍くらいは嬉しい。

「あ、お茶、飲む?」
「ああ、もらう」

 碧はベッドから立ち上がり、机に置いていた盆を持って戻ってきた。コップを一つ渡され、それに一度口を付ける。碧も隣に座り直し、茶を飲んだ。

 碧の身に起きたこと、家庭のことは、本当にこれで終わりなのだろうか。話の最後は、誤魔化したわけではないのだろうが、そのような感じになってしまったし。
 もしまだ、話されていないことが有るとしたら、
 ……俺はまだ、碧の壁を取り払えていないのだろうか。

 手元のコップの氷がじわじわととけるのを見詰めて、うっすらとそう考えた。くるくると軽く回し、また少し考えた後、グイッと一気に飲み干す。氷で冷えていたので、頭がキーンと痛くなった。

「……明日は、学校に来るか?」
「……まだ行かない。……こんな痣が有るままじゃ、行けないから」
「……そうか。じゃあ明日もまた来る」
「…………ありがとう」

 もう少しくらい片付けておかなきゃね、と苦笑する碧。コップを片手で持って、その頭を撫でるようにぽんと軽く叩いた。手を持ち上げた時に一瞬びくついたのは、きっと殴られると瞬間的に思ったからだろう。恐怖が身に染み付いているのだ。


 碧に隠し事がまだ有るという勘は、この部屋に微かに漂う異臭からきている。
 ……とんでもなく嫌な予感がする。
 しかし、確かめる勇気もなく、その日は大人しく碧の家を後にした。



(20080131)


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