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イタズラなイタズラ


 手を、繋がれてしまった……!
 あまりに緊張して全く眠れず、次の日は休んでしまった。


 イタズラなイタズラ



「……はよ」
「おはっ、お、おはよう……!」
「……焦り過ぎ」

 一昨日保健室へ行った帰りから会っていなかったので、妙な緊張にまとわりつかれている。早々に呆れられ、それに顔が赤くなるのが分かった。サスケ君は荷物を置くと直ぐに、自分の席には座らずにこっちに向かって来た。

「昨日はどうしたんだ?」
「ぅ、えっと、……ね、むれなくて……」
「……調子悪いのか?」
「ぅや、違、う……その……」
「?」

 不思議そうに眉を寄せるサスケ君。手を繋いだのが恥ずかしくて緊張してそれから嬉し過ぎて眠れなかったなんて、恥ずかしくて言えない。
 それにしてもサスケ君は、一昨日からかなり積極的になった気がする。確かにもう少し経たないと人は来ないけど、これまで一度も朝にこうやって近くに寄って来て話すことは無かった。

「……まあ、大丈夫なんなら良いけどな」
「うん、大丈夫、だよ……」
「……そういうことは目を見て言えよ。本当に大丈夫なのか?」

 そう言うとサスケ君はずいっと顔を近付けて、こちらの顔を覗く。突然で驚き、「ほぇあぁっ!?」という奇声を上げて後ろに上半身ごと動くと、バランスを崩して椅子から落ちそうになった。それをサスケ君が咄嗟に手を取って止めてくれたのだが。

「おい、あぶね……」
「っ、わーあぁっ!」
「ぅお、」

 恥ずかしくてつい手を振りほどいてしまい、結局椅子から落ちてしまった。ドテン、と間抜けな音がして、頭を庇って背中を打ち付けた。鈍い痛みがジンジンと響いて、ちょっとだけ涙目になる。起き上がる時にサスケ君が手を差し出してくれていたけど、一瞬迷った後自分で立ち上がった。

「……何やってんだよ」
「え、えと……ちょっとびっくりして……」
「…………そんなに嫌なら、嫌って言えよな」
「え、……? 何が……?」
「……違うのか?」

 互いに疑問符を出し合いながら、思考を巡らせる。直ぐに誤解されたのだと理解し、慌てて弁解する。

「あっ、ち、違うの、そのっ、は、恥ずかしくて、つい……」
「……なんだ、そうか。そうだよな、お前結構ウブだからな」

 安堵したようにそう言い、小さく息を吐いた。
 サスケ君は平気な顔して色々するけど、普通ああいうのって照れたり恥ずかしく思ったりするものなんじゃ、と思う。始めの内はサスケ君だって照れてたような気がするんだけど、慣れたんだろうか。あ、もしかするとこっちがパニクり過ぎるから、あっちは逆に冷静になれるのかも知れない。確か私もそんなことあった。

「嫌ではないんだな?」
「う、ん」
「……なら良い。けど、恥ずかしいからって慌て過ぎるのはどうかと思うぜ」
「……頑張ってみます」
「無理しなくても俺は別に構わないがな……」
「……どうして?」

 尋ねると、「聞きたいか?」と聞き返され、悪いことなのだろうかと一瞬逡巡した。その一瞬の間に外から気配が近付いて来るのに気付き、肯定の返事を出しそこねた。

「後でな」
「あ、うん……」

 サスケ君は席に戻って鞄を漁り始め、またいつもの風景に戻っていく。
 さっきの答えはいつ聞けるんだろう、と思いながら、いつもの体勢をとった。





 昼食を食べに、新しく習慣になったいつもの階段へ行く。サスケ君は女の子たちを撒いてこなければならないので、いつも少し遅い。もてるのも困りものだなあと半ば他人事のように考えていると、階段を上る足音が聞こえてきた。サスケ君かな、と思って階段の方へ目を向ける。

「……ぁ、……」
「ぅげ、」

 多分、クラスメイトだ。
 嫌そうな顔をしているあたり、陰口を叩く人たちの一人なんだろう。一瞬固まった後ぐるりと方向転換して、下に居るのであろう連れに声を投げた。

「ここダメだー、ヤツが居るー!」
「……“ヤツ”って……」

 なんか、遂に名前ですらなくなってる。
 『ヤツ』なんて失礼な呼ばれ方をされるようなことをした覚えは、こちとら毛頭ないのですが。下からも「うげー」などと声が聞こえる。いや、先生、バカだとは思ってるんですよ。でもこれはバカ過ぎて疲れるってもんです。ストレス溜まりまくりですよ。

「別の場所探そうぜー」

 そう言いながら、その男の子は階段を駆け降りていった。他人の悪戯な悪意を目の当たりにすると、こうまで気分が悪くなるとは。
 正直なところ、本当は私だってキレて楽になりたい気もする。でもそんなことをすれば、教室に出入りできなくなるのは目に見えている。そうなると学校に来れない、サスケ君にも会えない、怖い家に居なければならない。生活(精神活動)がより不安定になる。だから何もしない、出来ない。

「……“助けて”って言って救世主が飛んで来る、なんて、マンガや映画じゃあるまいし……」

 サスケ君になんとかして欲しいなんて大それたことは、実は考えたこともない。一緒に居ると楽しい、嬉しい、幸せ、寂しくない。それだけ救われているのに、これ以上なんて望んじゃいけない。そもそも誰かが解決できる問題じゃないんだ、これは。

 いじめが有る。
 そこにいじめはダメだという圧力が上から来る。
 いじめていた者たちは、何故こいつとオレたちが平等なのかと反発する。
 また隠れて、更に悪質ないじめが起こる。
 上は気付かない。
 いじめは続く。
 被害者は耐えられなくなる。
 被害者が居なくなる。
 また新たないじめが始まる。

 まるで無限ループ。終わらない。

 人の心は圧力ではどうにもならない。やんわり諭したって無駄だ、あいつらは遊んでるんだから。遊びは怒られたって続く。だから質が悪い。

「……しんどいよ……」

 学校に来るのが、じゃない。
 いじめを受けるのが、じゃない。
 見えない義父に怯えるのが、じゃない。

 生きるのが、だ。


 ぶんぶんと頭を振って、うっかり生まれた自殺願望を振り払う。いけない、気をしっかり持つんだ、私。もうすぐサスケ君も来るから、少しは元気な気分でいたいし。

 その時一瞬感じた、背筋がぞわりとする感覚。
 怖い。今のは、何?

 トン、トン、とリズム良く階段を上がってくる足音。

 怖い、逃げたい、どうしよう、行き止まりだ、体も動かない、怖い、怖い……!

 目が階段から離れなくて、逃げたいのに逃げられない。心臓の音がやけに大きくて、余計に緊張する。膝に置いたお弁当の包みを、ぎゅうっと握り締める。
 手摺に誰かの手が見えた。

「! ……な、んだ……」
「……どうした?」

 サスケ君だ。
 そういえばそうだ、もうあの男の子たちは行ってしまったのだから、あと来るとしたらサスケ君だけなんだ。何でそんなに怖がってたんだっけ。そうだ、何か怖い感じがしたんだよ。

「サスケ君、さっき何か、……何か感じなかった?」
「? 何かって、なんだよ?」
「なんて言うか、……怖い感じ」
「……」

 本当に一瞬だったけど、寒気までしたんだ。気のせいではないはず。
 サスケ君は階段を上り切り、いつも通り隣に座った。少しの間黙っていたサスケ君は、昼食を置くと徐に口を開いた。

「……多分それ、俺だ」
「え? ……サスケ君?」
「……さっき、あいつらと擦れ違った時にちょっとな……」

 睨み付けたらしい。
 先生も言ってたけど、あれが殺気なんだろうか。だとしたら、何故あれで気付かないんだろう、他の人は。あんなにもぞわりとする感覚を察知できないなんて。……どうかしてる。

「……やっぱり平和呆けしてるよ、みんな……」
「……」
「あんな、……怖いのに」

 あれをサスケ君が出したなんて、少し信じられない。私の前では、自惚れかも知れないけど、優しいから。憎しみの念があんなにも恐ろしいものだなんて思わなかった。できればもう二度と味わいたくない感覚だ。

「……悪かったな、怖がらせて」
「あ、ううん、それは良いの。あたしの代わりに怒ってくれてありがとう」
「……」

 そう言って半ば無理に笑うと、なんとも言えない表情をされてしまった。嫌な顔でもないし、かと言ってあまり良いわけでもないようだ。ダメだかどうだかも分からなくて、どうしようかなと思いながらもう一度口を開く。

「えと……お昼、食べようか」
「……ああ」

 少し気落ちしたような声。何かしてしまっただろうか、何かあったんだろうか、一瞬の内にうんうん考え、見つけた答えは謝ること。でも無闇に謝っても解決しないだろうし、違うならサスケ君を混乱させるだけだし……。

「……碧」
「ぅはいっ」

 つい声が大きくなってしまい、はっとして恥ずかしさに赤面する。サスケ君はその私の様子を少し見て、微かに口角を上げた。良かった、とちょっと安心する。

「……俺は、何もしない方が良いんだよな」
「……なんで、急に……?」

 サスケ君は僅かに俯いて、悔しそうに小さく言った。

「さっき、俺の殺気を怖いって言ってたろ?」
「……うん」
「お前が怖がるなら、止めておく」
「でもそれは……」

 サスケ君が、私なんかのために怒ってくれてるってことで、決して嫌なことではないんだ。殺気自体は怖いけど、理由が分かっているからもう大丈夫だと思う。だけど確かに、だからと言ってサスケ君が何かをすれば事態が面倒な方向へ行ってしまうのは必至だ。なんてったって、サスケ君だから。

「なるべく、無視する。俺も聞かないようにする」
「……」
「……これで、良いんだよな?」
「……たぶ、ん……」

 そう答えれば、サスケ君は小さく息を吐いて昼食を広げ始めた。

 ……これで、良いはずなんだ。
 じゃないと、大変なことになるから。
 これ以上辛い思いなんてしたくない。
 ……これで、良いんだよ。


 でもまさか、今日の内にばれていたなんて、思わなかった。



(20080129)


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