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根源 1/3


 起爆人間の事件があって、木ノ葉への複雑な気持ちにも少しだけ整理がついた。里へ立ち寄るのは、荒野で拾った日向の人間を届けるついでに、里に落ちる隕石の破片を破壊したあの時以来か。
 先に戻っているはずの碧は今頃何をしているのか。住む家があるわけでもなく、誰に頼って過ごしているのか。それともあれで金勘定はしっかりしているから、一人でなんとかやっているのか。そんなことを思いながら、ひとまず火影邸へと足を向ける。



「よ、お疲れさん」

 火影の執務机に座って俺を出迎えた、今は六代目火影となったカカシ。写輪眼でなくなった左眼は額当てに隠されなくはなったが、変わらぬ調子で軽い挨拶を寄越した。俺はそれにどう返事をすべきか迷い、何も言わずに部屋を見回した。側近と思われる忍も居ないが、その割には片付いている。この男は相変わらず、空気の緩さに反比例したような優秀な男だ。

「久しぶりの木ノ葉はどうだ?」
「……」

 どう、と聞かれたとて、俺のよく知る木ノ葉の景色とはだいぶ異なっている。一度はペインに完全破壊された木ノ葉の里は、戦争終了後の数ヶ月のうちにほぼ元の機能を取り戻した。あれから2年以上も経つと、立ち並ぶ店なども顔ぶれを変えていて、謂わばほとんど別の街だ。しかしそれでも、里の持つ空気感というものはあまり変わらないようで、懐かしさのような感覚は得た。

「……ここは変わらないな」
「変わらずやれるように、努力してるからね」
「…………そうか」

 今はその言葉の意味も解る。何もせずにいれば、どのようなものも同じ形を保つことはできない。平和でありたいと願う、平和を守ろうと戦う、人々の努力があるからこそ、変わらず平和に過ごすことができるのだ。
 旅をして色々なものを、人を、見てきた。懸命に生きる人々を。または、少しだけずるく生きる人々を。誰かに守られて生きる人々を。それぞれに思うことはあった。しかしそれを否定することは、俺にはできない。俺もまた、守られ、奪われ、そして奪って、生きてきたから。
 そこまで思い、碧に至る。俺と同じ道を歩む唯一のひと。

「……碧はどこに居る?」
「ああ、あの子はカブトのところだよ」

 言われて、意外と納得の間。知り合いではあるが、そんなに親しかっただろうか。いや、あれでも一応師弟関係であったか。
 大蛇丸の洗脳が解け、抜け忍として捕まってはいたが、大蛇丸や俺と同じく『寛大な処置』を受けている。今は何をしているのかは知らないが、あの様子では悪いことはしていないだろう。

「場所は」
「そうだな……言葉で言うより地図をやろう。今後も必要になるかもしれないしね」

 そう言って席を立ち、壁面の本棚へ向かう。そこを指差し探して、薄く細長い箱を取る。中から折り畳まれた地図を取り出し、机の上に拡げて見せた。

「えーっと……ここが今居る火影の屋敷。それから、ココ。ここがカブトの居る“施設”だ」
「……“施設”?」

 カカシの示す建物の位置を頭に入れながら、引っ掛かる単語について問う。しかしカカシはそれには答えず、折り目の通りに地図を畳み直していく。

「ま、行けば分かるよ」
「……」

 その地図をこちらへ差し出しながら言うのを、訝しげに見る。明言しない理由でもあるのか。
 地図を受け取り、踵を返す。礼も言わずに去る俺を、カカシはため息ひとつで見送る。感謝はしているさ。わざわざ言わないだけだ。





「……ここか」

 たどり着いたのは、施設というにはお粗末なものだった。仮設のような住宅がいくつか並んでおり、そこかしこから子供の声が聞こえてくる。一体なんの施設だというのか。

「誰かと思えばサスケ君じゃないか」

 声を掛けてきたのはカブト。白い装束を身に纏い、蛇仙人の隈取りはそのままに、穏やかな表情でこちらへ歩いてくる。

「ああ、もしかして碧を探しているのかい?」
「……」

 君がここへ来る用事なんてそれくらいしかないだろう、と見透かすように言われる。しかし言葉の端に嫌味を感じない。すっかりと毒気が抜け落ちていて、カブトの毒に慣れていた俺はそれを少し落ち着かなく思う。これが本来の『カブト』という男なのだろう。

「彼女なら一番奥の建物で、……“彼女の師匠”と一緒だよ」

 その人物をどう指したものか、と迷ったようであった。他に形容する方法があるということであろうが、今はそんなことはどうでもいい。
 カブトの示した、一番奥の建物。周りのものより幾分か大きいそこに碧が居る。さっと外套をひらめかせながら、カブトを横切りそこへ向かった。



「まったく、久しぶりに顔を見せたと思ったら、こんな意味のわからん薬ばかり作りおって!」
「すみません……」

 建物へ近付くと、老人の怒鳴る声が響く。磨りガラスの引き戸を開けると、広い畳の間の端で、かなり不服そうな顔をしながら正座で叱られる碧の姿があった。

「お前は昔からおかしな奴じゃと思っておったが、ここまでとは思うておらんかったわ。小人薬に猫薬、ラブコメ薬に変な声になる薬……こんなもん要るか!」
「師匠(せんせい)に言われたくないです……おならが臭くなくなる薬とか、ゲップが出る薬とか作ってたじゃないですか」
「んぐ、……おほん、ともかく、扱いようによっては危険な薬じゃ、ちゃんと処分しておけ」

 なにやらバカバカしいやり取り。口を挟む気にもならずに黙って見守っていると、碧が先にこちらに気付く。

「! サスケくん!」
「む?」

 碧はぱっと立ち上がってこちらへ駆けて来た。サンダルも履かずに裸足のまま、一切を気にすることなく抱き付くのを、辛うじて受け止める。

「サスケくん、サスケくんだ……」
「……碧」

 不足分を補うように身を寄せる碧をどうすることもできずにいると、老人がゆったりと歩いてくる。訝しげにこちらを見上げながら、顎にたくわえた髭を撫でる。

「“サスケ”……おぬしが、うちはサスケか」
「……ああ」
「昔から、その子からよく聞かされとる。情報は片寄っとるがの」
「……」

 大体の想像はつくが、老人の微妙な含み笑いに、おかしなことまで言ってやしないかと少しだけ不安になる。

 碧が師匠と呼んだこの老人は、そうか。里を抜けるより前に碧が師事を仰いでいた、『薬師先生』か。顔を見るのは初めてだ。
 『薬師』と言えば、カブトと同じ姓。思えば里を抜ける前から、カブトは碧に関心を持ち接触していた。先程の複雑な躊躇いと何か関係があるのだろうか。

 そんなことより、抱き付いたまま離れない碧だ。正直、他人の前でされるのはあまり好きじゃない。マントの上から腕ごとぎゅうぎゅうと抱き留められているから、宥めて引き剥がすこともできない。

「サスケくん、久しぶり、サスケくん……」

 起爆人間の任務を受けるより前から、碧とは別行動をとっていた。薬の材料になる素材の情報をいくつか得て、あちこち回っていたはずだ。俺が木ノ葉へ一度帰ると連絡をした後に、合流しようということで先に木ノ葉へ来ていたのだが。
 碧の気持ちは分からなくもない。俺も少しでも早く再会しようとここまで来たのだ。そんな俺がどう言っても説得力が無い。ため息しつつそのままにしておく。

「おや、どうしたんだい入口で」
…………
「……どうしたんだい?」

 後ろから掛けられた声に、首だけ回してそちらを見る。俺の渋い表情と、背中まで回された両腕を見て、カブトはもう一度問い掛けた。聞かないでくれ。

「うーん、とりあえず、先生の薬を運んでもらう仕事は終わったから、もう好きにしてくれていいよ」
「ありがとうございます……」
「……」
「碧、サスケ君が困ってるだろう。一旦離れてあげてくれないかな」
「…………はい……」

 カブトが優しく諭すように言葉を掛ければ、碧は渋々手を離した。やれやれ。
 塞いでしまっていた入口から退き、ようやくサンダルを履いた碧と共に外へ出る。入れ替わりにカブトが中へ入り、老人と話し始める。そこの二人の関係については、また改めて碧から聞けばいい。

「邪魔したな」
「もう行くのかい? 案内しようかと思ったんだけど」
「それなら、あたしがします」

 俺は長居するつもりは無かったのだが、碧がそう言い出す。顔を窺い見れば、碧も俺を見上げて「ね、サスケくん」と同意を求める。どうやら話したいことがあるらしい。
 仕方なしに頷いて、碧に連れられて歩く。


 碧の説明によると、ここは戦争で身寄りを無くした子供らを保護している、孤児院であるらしい。ただしまだ仮の状態で、後々にはきちんとした建物に移るつもりだそうだ。
 仮設であるため、薬を作るような施設が無く、そのため碧の師匠であるあの老人の薬を買い、運び込んでいたらしい。子供は病気をしやすい。そうでなくても肉親を失って精神的に弱っているのであれば、身体にも影響が出るというもの。

「……それで。話したいのはそんなことじゃないだろう」
「…………うん」

 子供が運動できる広場の端。葉が落ちて寂しげな木の側に立つ。寒空の下で、何人かのグループごとで遊ぶ子供らを視界に映しながら、碧に話を促す。
 切り出し始めの言葉を探すように、俯いて五本の指先を合わせる。そよそよと吹く風は碧の前髪を揺らしたが、目元が見えるほどにはならなかった。

「あの、ね…………義父さん、死んでたんだって」

 人伝に聞いた、という、実感の伴っていないような、どこか他人事のような言い草。

「火影様に聞いたんだけどね、……あの戦争の間に、たくさんの犠牲者の一人として……って」
「……そうか」
「でもね、……やっぱり、悲しくないんだ」
「……」

 碧の話し口に感情の色は薄く、ただ淡々と事実を話しているだけに見える。しかしこうして俺に話しているということは、何か整理をつけたい思いがあるのだろう。

「……殴ったり蹴ったりはされたけど、お金をかけてくれたのは確かだから……それについては感謝はしてるの」
「……」
「でも、“やっぱり”、悲しくなかった。どうしてだろう」

 碧を疎ましく思い、虐待をしていた男。だがしかし一方で、碧が生きられるよう、やや大雑把ながらも金を工面していた。相反した行動の裏にどのような葛藤があったのかは知らないが、俺にとってはただ『碧を傷付けた男』でしかない。そしてその真意を問いただすすべも、今は失われてしまった。
 碧自身も、カカシに言われるまで思い出しもしなかったと言う。単に忘れていたのか、それとも封じていたのかは分からないが、その疑問の答えは簡単だ。

「お前と義父の間に、“絆”が無かったからだろう」
「…………。そっか、そうだね」

 悲しくないと言いながら、どこか寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。碧と義父の間に、俺の知らない複雑な模様があるのだとすれば、碧のこの様子にも説明がつくだろうか。

「……もし、……もしも、だよ」
「?」
「……あたしに子供ができたら、どうなるかな」

 碧の視線は、走る子供らへ向いている。

「ちゃんと、愛してあげられるかな。きちんと育ててあげられるかな」

 碧は俺よりも幼い頃に実の父を亡くし、続いて母も喪っている。両親の愛情を受けた記憶が薄く、見本となるものが無い。唯一の『家族』であった義父の死を悼むことができていないことも、不安の一因だろうか。
 だがそれについては、俺は少しも心配していない。確たる根拠があった。
 不安そうに眉を寄せる碧の肩を、そっと抱き寄せる。

「お前が、“俺のもの”を粗末に扱うわけがないだろう」

 はっとしたように顔を上げて、俺を見詰めた。何をそんなに驚くことがあるのか。……いや、それもそうか。

「そっか……うん、そうだね。そうだった」

 俺はまだ一度も、碧を抱いたことが無かった。それが俺の言葉の現実味の無さを助長している。
 気まずく思いながら肩へ乗せた腕をゆるめると、代わりに碧が俺へと抱き付いた。そして今最も聞かれたくないことを問われる。

「サスケくんは、いつあたしを抱いてくれるの?」

 ぐっと胸が詰まる。碧の“これ”は、敢えてわざとしているのだろうか。

 共に旅をしている間に何度か、そういう空気になったことはある。しかしその度に俺は気付かないふりをして、碧に寂しい思いをさせてきた。
 俺はまだ、己の犯した大きな罪を償っている、その最中だ。俺の身は罪によって穢れきり、今ようやく少しだけ、黒い殻を剥がすことができたと感じている程度。それなのに、その穢れをお前に移してしまうようなことなど、どうしてできようか。
 ではなんのために贖罪の旅へ碧を共に来させているのか。それは、単なる“我が儘”だ。お前が共に居ることで、俺は俺の罪を忘れずにいる。お前は俺の罪そのものでもあるから。

 胸の痛みをこらえながら、二呼吸、ゆっくりとする。そうしてから、外套の内側で密着するように抱き付く碧に向かって、本意でない本音を吐く。

「……はっきり言おう」
「?」
「俺は、お前を幸せにしてやれる自信がない」

 重い言葉を吐いた、気がした。しかし碧はそれを聞いて、すっ頓狂な声を上げる。

「えっ? 今でもこんなに幸せなのに?」

 俺を見上げて、きょとんとしている。

「こうして一緒に居てくれるし、あたしの話も真剣に聞いてくれるし、今もたくさん考えて、“大事”にしてくれてる。幸せだよ」
「……」

 そんな程度のことで無邪気に喜ぶのは、お前くらいだと思うのだが。
 想定通りの反応に、小さくため息。

「お前はそう言うと思ったがな」

 俺のしてきたことは、周りを不幸にすることばかりだった。憎しみを振り撒き、人を傷付け、あるいは殺して、その未来を闇に閉ざした。
 苦々しく思いながらこぼせば、碧はものともせずに返す。

「じゃあ、あたしは例外だね」

 朗らかな笑みを、俺に向けて。

「大丈夫だよ。あたしは、サスケくんと居れば絶対に幸せになれるよ」

「心配ないよ」

「大丈夫だから」

 頑なな俺の心をほぐすように何度も“大丈夫”と繰り返す碧に、じわりと、涙がにじむ。
 いつの間にか思い詰めてしまっていたのを、どうやら慰められたらしい。俺を抱き締める両腕が、優しく背中を撫でる。

「…………いつも思うが、お前に慰められるのは、変な感じだな」
「それは、サスケくんがあたしを“守るもの”だって思ってるからなんじゃないかな。あたしだって、サスケくんを守れるんだから」
「……そう、だな。ああ……」

 俺は気負いすぎていたのだろうか。もっと碧に、甘えてもいいのかもしれない。
 俺の胸元に頬を寄せる小さな彼女。その肩を再び右腕で包み、慈しみを込めてそっと抱き返す。


「……ずっとね、引っ掛かってたんだと思う。義父さんのこと」

 少しだけ間を置いて、改めて話を戻す碧。今度は彼女から甘えるように、抱き締めるのではなく抱き付かれる。

「だからかな、ずっと言えなかったの」

 俺が碧を支えてやる番だ。
 ぽつりぽつりとこぼされる言葉を、全て掬い取るように耳を傾ける。

「あのね……“綺麗にして”なんて言わないよ。穢してもいい。ただサスケくんの色に染めてほしいの。

 だから、……お願い、あたしを抱いて」


 碧の懇願の言葉に、胸に小さな火が灯る。長らく封じ込めていた愛欲が、じわりと溶けてこぼれ出る。

 “穢れた自分が綺麗になってゆくようだから”と、俺に触れることを願ったあの頃とは違う。碧も俺を、求めているのだ。ただ俺に愛してほしくて。

「……ああ。俺も、お前が欲しい」

 素直に気持ちを吐露すれば、碧は嬉しそうに笑った。
 『彼女の笑顔を見たい』。不意に、昔そう感じたことを思い出す。そうだ、俺はただそれだけの願いのために、お前と共に居たのであった。





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