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根源 2/3


 碧が宿泊している、任務や商売で木ノ葉へやってくる者向けの、狭く簡易な部屋を多く設けた宿。始めから二人で泊まることを前提に二人部屋で取っていたらしく、記帳の際にも受付担当に何か言われることもなく、すんなり通された。

「シャワー浴びるよね?」

 背負っていた薬箱を部屋の隅に置き、暖房を点けながら言う。
 あまり広くない部屋の六割を占める二台のベッドに、壁沿いに机と椅子、カーテンの掛かった大きめの窓。寝泊まりのみに特化した室内はシンプルで小綺麗で、逆に言えば飾り気がなく特徴も無い。
 外套の留め具を外しながら問いに頷いて、椅子にそれを掛ける。これだけの動作をするにも、狭いせいで碧との距離が近く、妙に緊張してしまう。

「じゃあどっちが先に入るかじゃんけんね」

 部屋に風呂が備わっている場合には必ず、碧がそう提案する。俺の瞳力をもってすれば動きの先読みで何を出すのかは簡単に分かるのだが、最近はフェイントまで使い始めて勝とうとするので、俺は敢えてその挑戦を買っている。
 向き合ってお互いの拳を構える。しかし碧が、思い付いたように声を出す。

「あ、でも折角だから一緒に……入れるかな?」
「……」

 碧も見ている風呂のあるほうを振り向く。部屋と同じく風呂も狭いらしい。

「やめとけ」
「そうだね。心の準備もしたいしね」
「……ああ」

 碧ははにかみ笑いを浮かべながら、発言の訂正をする。そうだ、このあと俺たちは……

「じゃーんけん、ぽん」
「!」

 ぼんやりしている間に、勝敗が決していた。拳の形で構えたままの俺に対して、碧はしっかりパーを繰り出している。その開いた手で俺の手を包むように掴み、自分の勝ちを主張する。

「勝っちゃった」

 まぐれでも勝ちは勝ち、と俺の手を撫で、風呂へ向かう。脱衣場へ入る間際、「覗いちゃダメだよ」などと冗談めかして言い、手を振って引っ込んだ。

「…………」

 どことなくハイな碧。浮き足立つ気持ちは分かるが、対して俺は緊張ばかりが強まりつつある。

 彼女を抱くのが初めてだということは、性行為自体も初めてであるし、裸の女体に触れることだってそうだ。上手くできるだろうか、痛くしてしまわないだろうか、などという不安ばかりが頭を廻り、落ち着かない気分で部屋の隅に行く。
 刀や胸当てなどの装備を外し、碧の荷物の側に置いていく。そうして身軽になればなるほど、妙な緊張感にまとわりつかれる。そわそわと歩き回りそうなのを抑えるためにベッドに腰掛けたが、数秒してすぐに立つ。

(そもそもだ、俺があいつへの愛欲を封じた理由は……)

 彼女が雷を恐れるようになった原因でもある、とある経験を知ったからだ。彼女をこれ以上穢してはいけないと思ったからだ。俺が彼女の恐れる存在に成るわけにはいかないと思ったからだ。
 碧は怖くないのだろうか。『俺が相手なら大丈夫』だと思っているのかもしれないが、いざ始めてみたら怖くなった、ということはないだろうか。嫌なことを思い出しはしないだろうか。

「…………」

 駄目だ。落ち着かない。
 外の空気を吸おうと、窓へと近付く。カーテンを引き開け、鍵を外してカラカラと横へ滑らせれば、夕暮れ時のひやりとした空気が入り込む。三階であるここからの景色は思っていたよりも良く、何もせずに悶々と考え事をするよりは気が紛れた。



「わあ、寒い!」

 そんな声が聞こえてはっと気が付く。不毛に働き続けていた暖房器具の前へ薄着の碧が避難するのに、内心慌てて窓を閉める。

「……すまない」
「どうしたの? 考え事?」
「ああ……」

 自分自身もかなり冷えていたから、早く風呂で暖まろうと、左の袖を泳がせながら碧を横切る。碧もまだ髪を乾かせてはいないようで、ストーブの温風の前でタオルで拭いている。ドライヤーは脱衣場にあるのだろうか。だとしたらさっさと脱いで入らねば。

 備え付けの篭へ脱いだ服を入れ、風呂場に入る。碧が使ったばかりで濡れたままの座椅子に腰を下ろし、栓を捻って蛇口から湯を出す。そうしている間に曇りガラスの向こうに碧が来て、ドライヤーの音がし始める。
 裸の俺と扉一つを隔てて碧が居る。こういう状況は今までにも何度かあったが、今回は『この後』がいつもとは違う。こみ上がるため息を我慢せずに吐いて、この緊張を少しでも和らげようと努力する。

 片腕になって早二年。シャンプーボトルのヘッドに親指を掛け、射出口の下に手のひらを構えてプッシュ。左側頭部を疎かにしないよう注意しながら右手だけで頭を洗うのにも慣れた。続けてリンス(コンディショナー? と書かれている)も済ませて、シャワーで洗い流す。
 一息ついて、次は身体を洗おうと棚を見る。そこにはボディスポンジが置かれており、少し渋い顔つきになったのが鏡に映って分かった。タオルタイプでないと、片手では背中を洗いにくいのだ。
 その時、コンコンと扉から音が響いて背が跳ねる。何事かとそちらを見やれば、扉を少し開いて碧が顔を覗かせた。

「! ば、」
「お背中流そうか?」

 隠せるものなど桶ぐらいしかないが、そこまで必死になるのも格好が悪い。咄嗟に体ごと扉の反対へ向けて凌ぐ。

「スポンジしか無かったでしょ? 洗うの大変かと思って」
「……気にするな、自分でやれる」
「というのは口実で……」

 言いながら扉を更に開けて中に入ってくるものだから、外に湯が飛ばないように慌ててシャワーを止めた。結果的に招き入れるために止めたようになってしまい、碧は俺の後ろに立ちスポンジへ手を伸ばした。

「早くサスケくんに触れたくって」
「……、」

 鏡越しに、照れ笑いしながら袖を捲る碧が見える。そんな風に言われては、断ることもできないじゃないか……。
 スポンジにボディソープを染み込ませ、何度か握って泡立てる。碧はそれを無抵抗の俺の背に当て、優しく撫で洗いしていく。空いた左手を俺の肩に置き、時折愛しそうに指を滑らせるものだから、緊張と相俟って動悸が速まる。

(ああ……クソ、おかしな気分になる)

 鏡に映る、裸の己とその身体を嬉しそうに洗う碧を見ていることができなくて、俯く。そうすると一丁前に勃ち上がったものが目に入り、なお恥ずかしく。

「前は自分で洗う?」
「……ああ」

 こんなものをお前に洗わせるわけにはいかない。
 泡だらけのスポンジを受け取り、まだ洗われていないところを順に撫でていく。碧は風呂場から出、扉を閉める間際、「あとで乾かすのも手伝うね」と無邪気に言った。……こんなにも彼女を憎らしく思ったことが、かつて有ったろうか。




 壁沿いの机に備わっているコンセントにドライヤーのプラグを差し、椅子に腰掛けた俺の頭に温風を吹きつける。確かに片手ではタオルドライもドライヤー乾燥も時間がかかるものだが、今回はそんな理由でしてくれているのではない。ドライヤーとタオルをそれぞれの手で操る碧は、ただ単純に俺に構っていたいらしい。
 大人しくされるまま、手持ちぶさたで困り果てた頃にようやく乾ききった。碧がドライヤーを切ったのを見計らい、手櫛で髪を整える。輪廻眼である左目が目立たないよう前髪を意図的に伸ばしているが、そのせいで乾かすのにも時間が掛かるようになってきた。

「サスケくん」
「!」

 両肩に手を置かれ、頭にコツンと固いものが当たる。遠慮がちにすり寄るから、おそらく俺の頭に額を乗せているのだろう。

「……ここのシャンプー、いい匂いだね」
「……」

 どうでもいいことで誤魔化しているが、碧の手が少し湿っているのを感じる。碧も緊張しているのだろうか。

「……触れたいのなら、抱きつけばいいだろ」
「ん、……んー、ちょっと待って」

 さっきまで俺が困るのも気にせずに触れまくっていたくせに、しおらしくなって。俺の肩に乗せた両手が、所在なさげにそこを揉む仕草をする。悩ましげに小さく唸るから、どうしたのかと尋ねてみる。

「……んん…………あたしの身体って、こう、魅力的じゃないなと思って……」

 なんだそれは。
 チビで、ガリガリで、胸も無い。およそ『女性らしい』と形容される体型にはほど遠く、さらけ出すには恐れ多い。とかなんとか。
 確かにそれは事実であり否定もしないが、だからなんだと言うのだ。今の俺の感情を覗き見れば、それがいかに些細で、ちっぽけで、取るに足らない、見当違いな悩みなのかすぐに分かるだろう。

 椅子から立ち上がり、左袖を揺らしながらベッドの片方へ近寄る。掛け布団を捲り上げ、その縁へ腰掛けて、隣に来るよう手で示す。碧はしかし躊躇いなく、俺の指示に従った。

「寒くはないか」
「う? うん」
「じゃあ脱ぐぞ」

 首の後ろへ手をやって、襟を引いて頭から抜く。

「わあ! 待って、明かり消すから」

 碧が慌てて枕元の調光機に手を伸ばす。ああ、そうか、明かりは消すものか。碧は橙色の保安球は点けていないとダメなほうなので、消すといっても結局ほとんど見えるのだが。
 ついでに暖房器具も止めに行き、碧が戻ってくる。俺は脱いだシャツを椅子に放り投げて引っ掛け、先にベッドに横たわった。

「お前も来い」
「ん、うん……」

 緊張した面持ちで、ベッドに膝を掛ける。お前も脱いでから、というつもりだったのだが、別段今すぐでないといけないわけでもない。
 恐る恐る、俺の右腕の上に頭を乗せる。普段ならもう少しスムーズにくっついてくるのだが、今は俺が半裸だから照れくさいのだろう。俺も同じ気分なので、できればさっさと来てしまって欲しい。
 ようやく隣に寝転んだ碧へ身を寄せる。左腕があれば、そちらも使って抱き込んでいた。今は二の腕を添えるだけ。

「…………あ、鼓動はやいね」
「……」

 同じだ、と嬉しそうに胸元で呟き、当てた頬をすり寄せる。裸の状態で碧に触れられる経験は今までにもあったが、それはあくまでも怪我の手当てなどで必要にかられての話だ。さっきのように風呂でとか、今のように寝床で、ただお互いに触れるためだけにしたことは無い。

「……俺は、お前とこうしているだけで、この通りだ」
「……ん」

 もし、俺がそういう気分にならないのではないかと心配しているのなら、それは杞憂だ。実際は申し訳なさだとか欠点を恥じるような、引け目を感じる気持ちが強いのだろう。だが、その卑屈な気持ちを押し込めてでも、今俺のために、その肌を晒してほしい。

「……脱げるか?」
「、……」

 聞けば、もじもじと躊躇った後に、自分の服の裾に指を掛けた。俺だけに脱がせているのも悪いと思ったのだろう。
 寝転んだままでは上手く脱げなかったらしく、碧は結局体を起こした。俺は横になったまま、碧の腰から、背、首までが露わになる過程を静観し、目に毒とはこのことか、と呑気に思った。目を逸らす暇もなく、その白く細い背に碧の黒髪が覆い被さり、ほとんど隠してしまう。

「……えと、布団かぶるね」
「……ああ」

 体を起こしたついでに、足元に捲っていた布団を被さるようにして持ってくる。肩までどころか顔の半分ほどまでそれで隠して、やや強張った顔つきで再び俺の腕の中へ戻ってきた。
 先程までより、ああ、肌と肌が触れ合うというのは、こうもあたたかいものなのか。人肌を熱いと思ったことはかつて無い。碧の身を這う血管に血潮が巡り、それが体温として直に伝わる。俺が得ているこの感覚を碧もまた得ているのだと思うと、嬉しくもあり、呼気までもが熱くなるのを、深い息遣いで誤魔化す。

「緊張、するね」

 心臓の脈動が、お互いに伝わっている。控えめに俺の脇に置かれた手は、これでも抱き付いているつもりなのだろう。
 顔を窺おうと俯けば、見せまいとするように首元に顔をうずめられる。いや、これはどちらかというと『甘え』に近い所作だろうか。

「でも、安心感もあって……不思議な感じ」
「……」

 リラックスと緊張が絶妙に混じりあった、これまでにない気分。血の巡りが速くなっているのは確かで、だけど静かにこの熱を味わっていたい気持ちもあり、また一方で力任せに抱き締めてしまいたい衝動もあって、落ち着かないがどこか冷静でもあった。
 碧は俺との隙間を無くすように、ぴとりと胸や腹を合わせた。重なった肌が、蕩けてしまいそうなほど熱い。それに応えるように、俺は脚を絡める。すると碧はくすぐったくなるような笑い声を嬉しそうにこぼした。

「ふふ、このまま融合しないかな」
「……してたまるか」
「したいなぁ」

 『ひとつになる』の意味合いが違うだろうが。
 やっと背中にまで回ってきた碧の腕が、はしゃぐように俺の背を撫で回す。気色が悪くて咎めるように声を出すが、碧は悪びれる様子もない。

「おい……」
「えへへ、全然恐くない。分かってたけどさ」
「…………」

 その言葉に、碧の重い経験を思い起こされる。
 義父の部下らしき男に、一度でなく、乱暴を働かれたこと。碧が自らの価値を貶め、ストレスに食が細くなり、名を覚えられないほど他人に心を閉ざし、結果的にいじめを受けていた原因とも言える。 
 どれほどの恐怖や辱しめを受けたのかは想像もつかない。男という存在そのものに嫌悪を抱いてもおかしくないその経験を経て、何故俺に心を開き、今こうしていられるのか不思議なほどだ。無邪気に頬擦りして、肌を合わせることに照れは有れど抵抗は無く、怖がる様子はない。

 ふと、碧が俺を“綺麗”だと形容したことを思い出す。そして『何よりも特別』な存在だとも。夜闇を照らす月であると。
 もしかするとそれは、《俺を頼れる存在であると錯覚するための自己暗示》であったのかもしれない。ただの一人も頼れる人間が居ない状況に、限界が来ていたのだ。独りである碧に最初に声を掛けたのが、偶然、俺だっただけの話。そうでなければ、『憎き仇を必ず殺すと誓った男』を盲目的に信ずることなど、できるはずもない。(結果的には、その信用通りに碧を汚すことなく今ここまで来ているのだが)(……裏切ったことは、有る)

「サスケくんは、優しいね。ずっと」
「……」
「サスケくんの愛の深さに生かされてきたようなものなんだよ、あたし」
「……お前は俺を過大評価しすぎなんだ。昔から」
「そんなことないよ」

 卑屈になる度にそれを否定してくれ、寂しい思いをしたなら傍に居てくれ、怖い思いをしたなら慰めてくれ、穢れた私に心から寄り添ってくれた。これが愛でなければなんなのか。
 碧はそう言って、窮屈そうに折り畳んでいた左手で俺の頬に触れた。「生きることそのものに心が折れそうになった時にも、サスケくんの存在が励みになった」と。

「……初耳だ」
「うん。言ったことないもの」
「……」
「結構ね、何回か……生きるの辛いなーって思ったこともあったの。でもその度にサスケくんのこと思って、死にたくないな、もっと一緒に居たいな……って思い止まったんだよ」
「…………」
「だから、ほんとの意味で……サスケくんに生かされてきたんだよ、あたし」

 吐くほど辛かった時とか、あたしが休んだとき早退してまでお見舞いに来てくれた時とか、真っ暗な演習場に形振り構わず捜しに来てくれた時とか。

「サスケくんに大事にされる資格なんか無い、って本気で思ってたから……あの時、捜しに来てくれてほんとうに嬉しかった。“サスケくんの『大事』でいて良いんだ”、信じて大丈夫なんだ、って」
「……」
「あれ以来かなぁ、死ぬほど辛いって思うこと、無くなったの」

 冗談めかしもせずに淡々と紡がれる。

「……あたしが穢れてるって知った時も、……えへへ、あたしの心配ばっかりしてくれて。嬉しかったぁ」

 俺の行動が、俺の言葉が、そんなにも碧を救っていただなんて。自己暗示だなんてもんじゃない、ただ事実として、俺は碧にとって心から頼れる存在であったのだ。
 だがそんな碧に、俺は一度大きな不義を働いた。碧との絆を斬るために、しかし殺すのを躊躇い、『俺に関する記憶を封じて捨てる』という、この上なく惨い方法で。そのせいで心神喪失状態にまで陥ったのにも関わらず、碧は俺を許し、こうしてまた信頼を寄せ、身を預けてくれている。
 右腕と、左の二の腕で、碧を抱き込む。もう二度と碧を裏切るような真似はしない。『俺の罪』は息苦しそうに、そこから頭だけを抜け出させた。

「ぷは、嬉しくて死んじゃうよこれじゃ」
「……そうなったら、よみがえらせてやる」
「ふふふ、何回でも幸せ死できるね」

 何事もなかったかのように笑っているが、これは当然のことではない。俺はそれを改めて肝に命じ、碧の髪に唇を当てた。

「だからさ、怖くないのも不思議じゃないんだけど、もしかしたら……って、ちょっとだけ思ってたの」
「……」
「でも、……ううん、サスケくんになら、例え乱暴にされたって、」

 嫌な例え話をするな。
 話しているのを中断させるように、苦しくなるように抱き締める。

「んむぐ、」
「…………」
「……ごめんなさい」

 例えと言えども、心外だ。俺はそんなことは絶対に、しないんだ。
 余計な一言を反省するように少し大人しくなり、しかし足先が嬉しげにもじもじと動いている。

「……俺は、お前を傷付けるようなことは、もうしない」
「うん」
「だから、軽々しくそんなことは言うな」
「うん、ごめんなさい」

 言いながら、子供が懐くように首に両腕を絡めて抱き付いてくる。本当に反省しているのだろうか。思いながら碧の背を撫でる。

 すると、碧がこちらを押すように体重を掛けてくる。どうしたのかと、押されるままに仰向けになれば、ほどいた手を俺の顔横に突いて、こちらを見下ろす碧。慣れないアングルに怯んでいる間に、唇を奪われる。

「、」
「サスケくん、大好きだよ」

 いつものように、照れくさそうにしながらもはっきりと、真っ直ぐに愛をぶつけられる。しかしいつもと違って、暗さのせいか角度のせいか、または格好のせいか、俺の頬に掠める髪を耳に掛けるだけの仕草が、やたらに色っぽい。目が泳ぐ。

「んと、乗っかってもいい?」
「あ、? ああ……」

 ついさっき『子供のよう』だと思った彼女が、突然『女性』の姿を見せる。動揺を隠せないまま気もそぞろに生返事をすると、言葉通りに俺の腹の上に股がってきたものだから、とんでもないことを許可してしまったとすぐに気付く。

「っ、」
「ん? ダメだった?」
「…………いや……」

 駄目ではないが大丈夫でもない。
 高まる鼓動を重ねるように、碧の胸が俺と隙間なくくっつく。着実に脳を侵略する欲を、まだ受け入れきれず、抱き締めるのを躊躇って肩に手を置く。

「……ドキドキしてる」
「…………」
「……えへ、……おっぱい小さくてごめんね」

 仮にお前の胸が今より大きかったとして、俺の動揺に大差は無かったろう。だがそれを上手く言葉にしてやれず、ただぶっきらぼうに「どうでもいい」と返した。頭の回転が鈍い。

「どうでもいいかぁ」
「……」
「サスケくんって、女の体に興味ない?」
「、…………そういう意味じゃない」
「分かってる」
「……」

 おかしそうに笑うから、これはからかわれているのだな。俺がどぎまぎしているのを見て嬉しそうにしている。

「あたしはサスケくんの体に興味があるので、……触ってもいい?」

 体を浮かせて、わざわざ目を合わせて。断る理由なんぞどこにも無いから、息が詰まるほどの緊張をまといながらも、その申し出を聞き入れる他ない。

 そっと、首筋に右手を添えられる。それを鎖骨まで滑らせ、肩をなぜる。左腕を揉み、気遣うように指先だけで、途切れた面に触れる。俺の顔をちらりと窺いながら、脇から胸へ。厚みの無い平らな胸部を、右手全体で味わうように触る。
 ただ優しく触れられているだけだ。手つきにいやらしさも感じない。しかし、碧の手の中で俺の心臓は、速く強く鐘を鳴らしている。

「……楽しいのか?」

 俺に触れながら、笑みを絶やさない口元。劣勢を強いられているせいか、些か『俺で遊んでいるのでは』という強迫観念を感じていた。

「違うよ、うれしいの」

 それはもちろん俺の馬鹿げた妄想でしかなく、碧の答えはこの通り。分かっていたが、それもそれで照れくさい。

「サスケくんのこと、好きだからさ。触れてるだけで幸せなの」

 碧の言葉に嘘は微塵も無い。“左眼”が彼女の感情の機微を無意識に読み取っていた。だからなおのこと、読み取れた感情と彼女が発する言動が一分のずれもなく一致していることが、俺の胸を熱くさせる。
 視えすぎるために碧のことを見ていられず、顔ごと背けて視界から外す。ズボンを押し上げるものが、碧の尻に当たっている。込み上げる溜息を我慢せずに吐き出せば、ほんの僅かだけ衝動がましになる。

「サスケくんは? 嬉しい?」
「…………」

 嬉しくもあるが、それよりも。どう言葉にすればいいのか分からないが、とにかく勘弁してほしい、という気持ちもある。己の感情のコントロールが利かなくなる感覚。それに身を委ねるのに抵抗があり、そちらへ誘う碧の行為も同じく。

「……嫌ではない」
「ん、そっか」

 俺の心境を理解したのかそうでないのか、軽くそうとだけ言って続ける。見てない状態では触られていることに余計に集中してしまうが、見ていて頭が熱くなってくるよりはましか。そう思っていっそ目を閉じた時、胸を細くて柔らかいものがなぜる感覚がしてビクリとする。碧の髪が垂れて俺の肌をくすぐり、そして頭を下げた碧はそのまま、俺の鎖骨に唇を触れさせた。

「!」
「これは嫌?」
「……〜〜ッ」

 カァッと顔に熱が集まる。問いには答えられず、熱を逃すように息を吐き出す。碧は俺の様子に構わず、呼吸に必死な喉へ唇を滑らせ、食んで吸ってと好き勝手にする。右手が、やめさせるために碧の頭に乗るが、それも躊躇って、そのまま静止する。
 やめさせてどうする。慣れろ。今すぐ。
 深呼吸を繰り返し、冷静さを取り戻そうと尽力する。耳へうるさいほど脈拍を響かせる、首もとの動脈へキスをされる。

「へへ、やっぱり速いね」
「……仕方ないだろう」
「うん。やっぱりサスケくん、受け身になるの苦手なんだね」

 言われてみれば、確かにそうだ。何を碧ばかりにやらせているのだ。俺が率先してやるべき、ことだろう。しかしそうは言ってもだな……。
 再び体を離し、起き上がる碧。頭に乗せていた手を下ろす間際、それを掴まれる。何をするのかと鈍い頭で見守っていると、碧の体へと導かれるものだから驚いた。

「!、」
「……さわって?」

 碧の胸の前にかかげられた俺の手。さすがに恥ずかしそうに眉を寄せて、俺の動きを待っている。
 そうしてついにまじまじと、碧のカラダを見る。昔に比べれば不健康なほどの細さではなく、痩せていると言ってもちゃんと女性らしいやわらかな体つきになっている。胸もそうで、控えめながらも膨らみがある。
 高鳴る心音がうるさい。躊躇われるがしかし、いつまでも尻込みばかりしていては、待っている碧に要らぬ心配を掛けてしまう。呼気を整えるように深く息を吸い、意を決して、恐る恐る、ひろげた手のひらを碧へ伸ばす。
 小さなつぼみが手の腹に当たり、それからなめらかな肌が俺を迎え入れる。男の体には無い、皮膚の下のやわらかな脂肪が、今確かに碧の乳房に触れているのだと教える。碧の呼吸に合わせて膨らむ胸。心臓の脈動も指先から伝わる。

「……」
「……うれしい」

 今にも泣きそうな、くしゃりとした笑み。途端、跳ね起きて、抱き締める。泣かせたと心配になったわけじゃない。ただ衝動的にそうしただけ。

「(頭が、熱い……)」
「えへ、どうしたの?」

 照れくさいのか、笑い声をこぼす碧。俺の股間の上に座っているから、その尻の下にあるものがどういう状態なのか、よく分かっているはずだ。

 さっきの、碧が見せた表情が、胸を締め付ける。少し触れただけで、あんな顔をするのか。ではひとつになれたら? 彼女はどうなってしまうのか。
 碧のこめかみに鼻を埋めて、息を吸う。確かに悪くない香りのシャンプーだが、今は少し邪魔だ。碧は様子を見るように大人しくしていて、首に回された両手が焦れったそうにもじもじしている。

「……ハァ」

 体の熱を吐き出すように溜息をしながら、碧の背を撫でる。長い髪の下を潜るように 、上へ下へ、ゆっくりと全体に手のひらを滑らせる。ひとしきり触れたら、脇腹へと手を移し、そこを上ってゆく。するとくすぐったかったのか、戯れるように腋に手を挟まれる。

「(……あたたかい)」
「ふふ、ごめん」
「いや」

 碧に緊張はほとんど無いようで、今のこの状況を楽しんですらいそうだ。というよりも、“嬉しくて浮かれている”というほうが正確だろうか。すぐに解放された手を碧の頬まで持っていき、その笑い顔をじっと見る。眉はゆるみ、口角は両端とも上がり、弓形に細められた目元。俺の好きな笑い方。

 引き合うように自然と唇を重ね、笑んで横に伸びた薄桃を、味わうようにじっくりと吸う。あえて舌は使わずにドライキスで済ませ、また碧の顔をじっと見る。すると見詰められて恥ずかしいのか、首に抱きついて顔を隠してしまった。
 仕方ないので碧のうなじに顔を寄せ、肌に唇を触れさせる。そうすると何故だか、当たり前のようにそこを食み、吸って、舐めた。

「! ゎ……」
「……ん」
「こ、こんな感じだったんだ……」

 碧が感想を述べる間も休まずに、俺の唇は碧の首をのぼって、耳の後ろで音を鳴らす。舌で首筋をなぞりながら下り、鎖骨へたどり着き、甘噛み。碧は俺の仕草を見るように、少し体を離して背を伸ばし、首をすぼめる。お陰で更に下りやすくなり、薄い膨らみを上から滑り降り、小さなつぼみを口に含んだ。

「ぁっ、」
「……嫌か?」
「ん、んーん」

 窺うために一旦口を離して見上げる。碧は言葉通りに首を横に振り、恥ずかしそうに目を逸らす。碧の尻の下で、大きくなった陰茎が跳ねたが、お互いそれには触れなかった。
 再び胸の突起を咥え、吸ってみる。それから舌で舐め上げ、こね回して、つつく。口を大きく開け、乳房のやわらかさを唇で味わう。碧は嬉しそうに甘い声をこぼして、これを続けてほしいことを俺に伝える。熱い息が碧の胸に掛かる。
 片方ばかりを可愛がるのも不平等だと思い、肌に唇を滑らせながら左胸へと移る。中央をやや過ぎたところで心臓の脈拍が響いてきて、碧の胸がとても高鳴っていることを知らせる。さっきまで余裕そうにしていたくせに、今はそうでもなさそうだ。

「碧」
「ん、?」
「“きもちいい”、か?」

 快楽を伴っているかではない、文字通りに『気持ちが良い』か。さっきまでの俺と同じく思考が鈍っているようで、返事をするまでに間が空く。

「……うん、すごく」

 少しだけ息が上がっていて、それを隠すように深呼吸。照れくさいのを誤魔化すように、胸元の俺の頭へ頬をすり寄せる。

(……いとおしい)

 思いながら、左胸の乳房を咥えて、もう片方と同じように可愛がる。碧の甘える声がさっきよりも近くて、思わず抱き締める右腕に力がこもる。
 心ゆくまでしゃぶりつくして、満足して顔を上げる。碧は惚けた顔をして、一瞬目を合わせた後にまた俺の首へ抱きついた。もどかしいような、やり場が無いような、そんな声をこぼしながら、俺の首もとへ頬擦り。

「んん……」
「……服、脱ぐか」

 俺がそう提案すれば、少しだけ躊躇うような間のあとに頷いた。
 俺の上から降り、恥ずかしそうにそっぽを向いて下を脱いでいく。俺も同じように碧と反対を向き、ベッドの縁に腰掛けるようにしてズボンと下着から足を引き抜いた。
 ついに露わになった陰茎は高々と天を仰ぎ、随分と存在を主張している。はあ、こんなものを碧に入れるのか。そもそも入るのだろうか。今まで経験したことがないほどに大きく猛ったそれは、時折焦れったそうに動いた。

「サスケくん」

 後ろから、おそらく膝立ちで覆うように抱き付かれる。気配で分かっていたので驚きはせず、頭にすり寄るのも別段咎めない。

「……見てもいい?」
「……」

 許可を願うのか……。

「……ダメだ」
「ダメかぁ」

 勝手に見られるのならともかく、わざわざ聞かれると許可できない。そういうことは世の中ままあるものだが、碧の世渡り下手はそういうところだろうか。
 戯れに言ってみただけのようで、それだけ済むとするりと離れた。それを追うように振り向けば、一糸纏わぬ碧の姿。

「…………」
「あ、ずるいよ、自分はダメって言ったのに」

 布団を引き寄せて隠されてしまう。見間違いでなければ、性毛があるべき場所にまで白い肌が見えていたのだが。整えたのか。このために。……反則はお前のほうじゃないか。

「……碧」

 碧の持つ布団へ手を掛け、それを案外すんなりと剥いで、向かい合う。
 頭から足の先まで、なんの障害もなく、碧だけ。初めてだ。こんな、純粋と邪が混濁した状態は。こんなにも俺を惑わせる。こんなにも俺を狂わせる。それなのに何をそんなに、申し訳なさそうにしているのか。

「……ええと……」
「手入れしたのか」
「ん、うん……せめてちゃんと、綺麗にしようと思って……」

 せめて、とはなんだ。他に悪いところなんかあるのか。そう問えばきっと、チビでガリでぺったんこで、とまた嘆くのだろう。だからそれを口に出さないようこらえて、「そうか」とだけ返した。
 碧は目のやり場が無さそうに視線を泳がせている。さっき禁止したから見れずに困っているのと、単に見るのも気恥ずかしいよう。それと俺があんまり凝視するから、でもあるらしい。輪廻眼の解読能力が優れているのも、時と場合によっては考えものか。
 半ば正座をしていたのを、胡座をかくように足を崩す。それから改めて碧を見詰める。

「……来い」

 迎えるように、膝の上に腕を軽く広げる。すると碧は一層困ったようにきょろきょろと目を動かしながら、とりあえず言われた通りにこちらへ来ようと膝立ちをする。

「え、ええと……前、から? 後ろ……?」
「……好きにしろ」
「うーんと、うーん……」

 ここへ来るには背中を向けて腰を乗せるのが楽だが、どうやら向かい合いたいよう。俺の足が横幅を取って近付きにくいようだから、少し伸ばして碧の膝の間へ割り入れる。レールの上を移動するように、俺の足の上を膝立ちで前へ進み、到着すると肩に手を置いて見下ろされる。

「……えへ、これ恥ずかしいね」

 再び足を引き戻し、適当に座りやすくする。その上に碧を座らせよう、かと思ったが、俺を跨ぐために大きく膝を開いている碧の、その股ぐらがほど近く、遠ざけるのも惜しい。そして俺のモノが邪魔だ。

「ん、」

 そっと、膝裏から太腿を撫で上げる。筋肉の上に薄くついた脂肪に、手のひらが吸い付く。ゆっくりと上下に往復してその感触を味わい、その間じっと碧の顔を見上げ続ける。恥ずかしそうに目を合わせず、しかし嬉しそうに口角はゆるみ、困ったように眉が八の字をつくる。時折くすぐったそうに身をよじり、俺の手から逃れようとする。その拍子に腹が近付いたから、音を立ててキスをした。

「ぁ、」
「……もっと触れても、いいか」
「……ん」

 明らかに強くなる興奮に、何が主要因か無意識に羅列した。触覚、視覚、……いや、嗅覚。嗅ぎ慣れないにおいが有ることに気が付く。汗とも皮脂とも違う、独特のかおり。フェロモン、いや、もっと物理的な存在感の、においだ。
 手のひらを臀部にまで滑らせて、小ぶりな桃を愛撫する。優しく揉んで、放して、撫で回し、また揉む。そうしてやや無遠慮にしていても、碧は可愛らしい甘え声をこぼしては嬉しそうに溜息をする。

「んん……触り心地、どう?」
「…………いい」

 答えずに流そうとしたが、思い直して素直に吐いておく。少しだけ驚いたようにしたところを見ると、碧も俺がはっきり感想を述べるとは思っていなかったようだ。
 するともじもじと膝を動かし始めたから、一旦手を止める。猫背になっていたのを伸ばして顔を窺おうとすれば、碧は逆に腰を下げて俺の膝へ座り、そのまま首へ抱きついた。当然性器に碧のカラダが触れるようになって、ギクリとして一瞬体が強張る。

「んぅぅ〜……サスケくんずるい……」
「…………」

 なにが、ずるいだ。俺はただお前のために必死で……円滑に進むようにだな……。
 ぎゅうぎゅうと抱きついて、肩にぐりぐりと頭をすり付ける碧。掛かる息が熱くて、ああ碧も俺と同じく余裕が無いのか、と改めて感じて俺の余裕がまた減る。

「サスケくん、素敵だもん……ときめいちゃうもん……ずるい」
「……俺がお前に“ときめいて”いないとでも思ってるのか」
「んんー…………思ってる」
「……」

 今まさにお前が股ぐらに敷いているのだから言わずとも状態は分かっているはずなのだが、相変わらずの調子だ。溜息。
 黙って尻の愛撫を再開する。しかし碧の尻を撫でているというのに、碧に下敷きにされている己の陰茎にばかり意識が行ってしまって集中できない。いつまでもこうしていると、頭がおかしくなりそうだ。

「……俺は、お前のカラダを魅力的だと感じている」

「自信を持てるような体型でないことも分かっている。だから無理にそうしろとは言わん」

「だが俺は……お前を愛しく思うのと同様に、お前の器であるこのカラダのことも、愛しく思っている」

 つらつらと、まるで脳を介していないように、言葉が流れ出る。普段なら垂れ流さないようなことまで、リミッターが外れてしまったようにお構いなしに出ていく。なりそう、ではなくすでに俺の頭はおかしくなっているのか。

「だからこそ不用意に触れてくれるな。……制御させてくれ」

 そう囁いたのちに、背を抱くように手を移動させる。血流が良くなりすぎて頭がぼんやりする。発熱しているから、布団もないのに寒くない。この上がった息遣いは、獣がそうするように体の熱を逃がしているのだろうか。

「……分かった」
「ん……」
「でも触らないのは無理だよ、だって触れたいもん」
「……俺が言ってるのは、」

 俺が話している間に碧は抱き付く腕を緩めて、遮るようにキスをした。……俺が言ってるのは、そういうところだ。
 唇はすぐに離れたが、碧の熱い息が掛かる。見れば碧は少し目を潤ませていて、何事かと胸が跳ねる。

「もっと、もっとサスケくんに触ってほしい。……繋がりたいって、こんなに思ってる」

 言いながら腰を浮かせた碧。俺の陰茎の上に跨がっていた場所から、細い糸が伸びる。そしてふわりと、広がるにおい。
 ああ……このにおいだったのか。興奮もするわけだ。
 碧の股ぐらから溢れた蜜。それをまぶされた俺の男性器は、碧の女性器を貫きたいとそちらへ首を伸ばしてはひくついている。

「……碧」

 俺の理性はもはや、崖の端で片足で立っているような状態だ。その上強風まで吹いている。崖の下には甘い香りの水が待ち受けていて、飛び込めばむしろ短期的快楽を得られるだろう。しかし底には澱んだ泥水が溜まっていて、落ちたことを後悔するのだ。強風に抗うように一歩、前進しながら、碧の腰へ手を滑らせる。

「俺もだ。お前と繋がりたい」
「うん……」
「だから先に慣らさないとな」
「しなくていいよそんなこと」
「バカ言うな」

 そんな我儘を聞いてやれるほど俺は愚かじゃない。
 しかめ面の碧を宥めるようにキスをする。言葉で言わずとも目を合わせれば応えてくれる碧を愛しく思いながら、手を内腿へやる。右手の甲で左脚を、次いで右手のひらで右脚を撫でる。重ねた唇から漏れる声を全て飲み込むようにキスを深めて、碧の中心へそっと、指を沿わせる。

「んっ、」

 とろりと、あたたかい愛液が指に絡み付く。碧が声をこぼしたのも相まって、ゾクゾクと背筋に痺れが走る。綺麗に整えられ少しもザラつきの無い碧のそこ。やり場のない高揚を押し込め、お互いに少し慣れるまで、割れ目に指を滑らせるだけにしておく。
 キスに集中できない様子の碧は時々舌を絡め合うのを忘れて、ぼんやりと俺の指に意識を奪われている。嬉しそうなとろけた声。それを聞くたびに俺の意識も遠退きそうになる。

「んぅ…………はぅ……」
「…………ハ、……」

 できないようなのでキスを止める。碧の顔を窺うように見詰めれば、はっとしたように首を上げて逃げられてしまう。自分がどんな表情をしてしまっているのか、恥ずかしいと思う程度の自覚はあるようだ。
 ぬるぬると往復する間に、中に入れそうな窪みを見つけた。ここが入口。碧の胸元にやや速まった吐息を掛けながら、確認するように尋ねる。

「……ここか?」
「……う、ん……」
「……入れても?」
「うん、……いい、よ」

 むしろねだるような甘えた声。それに応えるよう、腹を決めて、そこへ指先を差し込んだ。
 粘膜の壁。内側は一際熱く、そこが確かに『碧のなか』なのだと伝える。少しずつ、小刻みに往復させながら、反動をつけるようにして指を奥へ進めていく。

「ぁっ、……ぅぅ……っ!」

 眉を寄せて苦悶の表情を浮かべ、苦しそうにも聞こえる声を出す碧だが、それが歓喜のむせびであると左眼が耳打ちする。今にも零れ落ちそうなほどの涙を滲ませているのに、これは好の感情によるもの。
(サスケくんが、)(サスケくんの指が、)(私の中に、はいってる)(うれしい、)(うれしい……!)
 碧の気持ちが流れ込んでくる。ただひたすらに喜び一色のそれに、上気するほど胸が高鳴る反面、これ以上視ていられない、と警鐘も鳴る。咄嗟に左眼を閉じ、高ぶりすぎた興奮を冷ますように深呼吸をする。

「フーッ、……フー、……」
「んぅぅ、サスケく、……うれしいよぉ……っ」

 碧のほうはその喜びに身を任せて、あまりにも素直に感じたままを伝える。もうどうなってもいいとさえ思っているのか、俺の理性を気遣う素振りは無い。
 指はすでに碧の一番奥まで入り込み、硬い管のようなものの根元の壁を擦っている。拡げるようにかき混ぜれば、碧の腰がビクリと跳ね、少し遅れて甘やかな声がもれる。

 碧の準備をしてやることにだけ集中しろ。余計なことは考えるな。感じ取るな。ただ碧が痛そうにしていないかにだけ、気を付ければいい。
 そうでもしないと簡単に崖下に落ちそうだった。風は一層強く吹いて、俺を突き落とそうとしていた。

 そうしてなんとか、指が二本入るまでになった碧。この程度ではまだ痛みを感じそうだが、碧のほうがこらえられなくなっていた。

「サスケくん……っ」

 目縁いっぱいに涙を溜めて、懇願するような声音で俺を呼ぶ。もう我慢できない、と訴えるようにゆるく首を振り、俺の右肩を押さえつけるようにそこに置いた手でぐっと握る。
 碧の必死の制止に手を止め、そっと抜き出す。愛液にまみれたその手をやり場なく浮かせていると、その手首を掴んで碧の腰へと導かれる。このまま触れても良いものかと一瞬躊躇うが、その間に碧が、その手をべったりと宛がわせた。通常ならば不快に思うはずのことを気にする様子もない。碧も正常ではないのだ。

「いれて、いい?」
「、……」
「……ダメ?」

 ドッドッドッ、と心臓が痛むほどの鼓動。こんなに切羽詰まった様子であるのに、それでも俺の意思を確認しようとする。……俺が碧の立場でも同じように聞いただろうが、どこか「そんなこと聞かなくてもいい」と思うのは、俺も同じように思っているからだろうか。
 気を落ち着けるように、少し俯いて大きく息を吐き出す。

「……ダメじゃない」
「ほんと……?」

 顔を上げ、こちらを見詰める碧へ真っ直ぐに目を向ける。嬉しそうに顔を綻ばせた碧につられるようにして、俺の唇もゆるやかに弧を描く。


「ああ。来い、碧」


 肌も、唇も、そしてついに性器さえも重ねて。
 俺たちは今、繋がっている。
 繋がって、いるのだ。

 俺の上に跨がり、俺の身体の一部を呑み込んで、喜びに打ち震える体を押さえるように俺にしがみつく碧。とうとう感極まってぼろぼろとこぼし始めた涙で俺の肩を濡らし、静かに啜り泣いている。
 碧にしてみれば、それこそ10年近い年月を待った瞬間なのだ。思えば随分と待たせてしまった。俺がこういう形で碧と向き合えるようになるまで、碧は辛抱強く待ち続けてくれた。言葉に尽くしがたいほどの感謝と愛情を、ただ掻き抱くだけでしか示せない。

「…………」
「……すん、……」

 言葉に表せないから、お互いに黙したまま、体の感覚だけに集中する。俺のモノは確かに碧のなかに在って、その狭い壁の間でもどかしそうに跳ね動く。オレが動けば碧もそれに反応するように、ひくりと脈打って締め付ける。それが今度はオレを刺激して、静止しているというのに徐々に息が上がってくる。

「ハァ……ハ、……ッ」
「んっ、……んぅぅ……」

 腕と脚と膣とで、全身で俺にしがみつきながら、碧も息を乱して、うーうーと甘ったるい喘ぎ声をもらす。碧が感じて膣を収縮させる度に、俺の陰茎は奥へと吸い上げられるような刺激を受け、否応なしに昇り詰めそうになる。

「うッ、」
「あッ……サスケく、……ぁぅっ」
「ッ、碧、まて、ッ」

 俺の制止を聞かずに、碧はぐりぐりと股を押し付けてくる。半分無意識か、夢心地のように俺をむさぼる。そんな様子の碧に高ぶらないわけがなく、俺の腰もびくんと跳ねるようにして碧へと押し付けられる。ああ、このままでは、

「ッ、ぅぅ゛……ッ!」

 声を堪えるようにして、腰を震わせる。陰茎の内側の管を何かが通る感覚がして、碧の奥へとそれをぶちまけた。
 己の情けない幕切れに、落胆と苦い溜息。まだ何にもしちゃいない。しかし碧は。

「サスケく、……もしかして、……?」
「…………ああ……」
「あたしのなか……っ、サスケくん、の……!」

 むしろ息を荒げて、達したばかりのオレを一層締め付け、あまりの悦びに嗚咽して、感じているようだった。

「あッ、あッ、サスケくゥん……ッ!」
「ッ、ぐっ、」
「ど、しよ……うれしいよォ……! ああッ!」

 苦しくなるほど抱き付かれ、耳元で喘がれて、俺はただそれを受け止めてやるだけで精一杯だ。
 碧もやがてビクビクと全身を震わせて、俺が何もしないのに一人でイッたようだ。

「はぅぅ……」
「ハァ、……大丈夫か?」
「…………うん……」

 お互い肩で息をして、慣れない倦怠感にくたりと凭れ合う。
 俺と一体になれたことに喜び、俺の精を中に受けたことに悦び、その末に『気持ち』だけで絶頂へと昇り詰めた碧。そんな姿を目の前にして、嬉しくないわけがない。碧の中に差されたままのモノがすでに質量を取り戻しているのも、仕方のないこと。

「ハァ、……あたしのなか、……サスケくんでいっぱい、なんだよ……」
「……」
「サスケくんの、……ずび、精液で、あたしのなか、染めて……染め替えてくれたんだよ……」
「…………」
「ぅぅ、……それで、うれしくなっちゃって、……ごめんね」

 何に対する謝罪であるのか。お前がこれほどまでに喜んでしまう理由を、俺は知っている。
 べたついたままだった手を自分の膝で拭いてから、碧の背を撫でた。それからしがみついたままで顔を見せない碧の、耳の近くへ唇を寄せ、口先で髪を掻き分けるようにして耳殻を探り出し、そこへ囁くように独り言。

「……俺だって嬉しかった」
「!」
「お前とひとつになれて。お前のなかへ入れて」
「……」
「こんなにも待たせてすまなかった……俺の方こそ謝るべきだ」

 碧ならば、「そんなことない」と俺の謝罪を咎めるだろう。そして「ならお前こそ謝ることはない」と、言ってやるつもりでいた。しかし碧は俺の予想に反して、否定の言葉を出さなかった。

「ほんとだよ……待ったよ、すごく」
「……」
「えへへ……だからなおさら、うれしくて……」

 またぽたぽたと、肩にあたたかい雫が降る。

「ありがとサスケくん…………ありがとう……」

 長い、長い呪縛からの解放。碧のその喜びの大きさは、俺の眼をもってしても見通すことはできないだろう。
 疲労でやや弱まった腕で、なおも強く抱き付く碧。お前を救えたのなら、それでいい。たとえどんなにか情けない過程だったと、しても…………

「……いや、まだだ」
「……え?」
「あんなので終われるか」

 あんな、言い逃れのしようもない、不甲斐ない出来で、果たして『碧を抱いた』と胸を張って言えるだろうか。いいやそんなことはできない。
 少し碧から身を離し、半ば無理矢理に顔を見る。橙色の薄明かりを反射する涙を手の甲で拭ってやり、その目を射抜くように見詰める。

「もう一度だ」
「!」
「……やれるか?」

 思わぬ申し出だったのか、碧は驚いたように眉を上げ目を見開いた。薄く開いた唇は、俺の問いを聞き、ややして弓形になる。

「うん、……うん!」

 まるでさっきのが最初で最後であると覚悟していたかのような喜びよう。また涙を溢れさせて、しかし満面の笑みを俺にくれる。頬を伝うその歓喜の結晶を、唇で掬いとって俺のものにした。

 俺にしがみついたままの碧を片腕で抱え、枕の在るほうへ方向転換し、寝かせるように降ろす。やや安定感のない降ろし方になってしまったので、次からはもっと背筋を意識してそっとやるべきか。
 抜けかけたものを再度押し込み、碧を右目だけで見下ろして、幸せそうに俺を見る碧がまぶしく、目を細める。短くて使えない左腕を宙ぶらりんにしたまま、右手を碧の顔の横へ突いて覆い被さるようにする。

「……動くぞ」
「うん」

 加減が分からないので、始めはゆっくりと腰を揺らす。二人ともさっき達したばかりなために敏感で、それだけでも十分な快感が痺れのように体を這う。

「んん、……あッ、……」
「……ハァ、……」

 硬い棒状のもので、碧のやわらかな内側を擦る。やわらかいくせにオレを締め付ける力は強く、いくらでも染み出す愛液は滑りでもにおいでも俺を“良く”する。
 繋がっている部分を意識してか、碧は俯いて下を見ている。動かすたびに、困り顔のように眉を寄せて、乱れる息をこらえるように時々息を詰める。

「きもち、いいか?」
「うん、きもちい……。サスケくんの、かたくて……“なかにある”って、すっごく分かりやすくて…………はぅ……うれしい……」
「……」

 そこまで言わなくていい。
 想定以上の具体的な感想に、碧のなかのものがまた質量を増してしまう。

「あっ、! おっきく……なった?」
「…………ああ」

 仕方なく肯定すれば、ますます眉を寄せて困った顔になる。困っているのは俺のほうだ。喜ばれたら、喜んでしまうだろ。

「どしよ……どうしたらいい? どうしても、うれしくなっちゃうよ……淫乱みたい……」

 頬を上気させ、熱い息を吐く。興奮してしまっているのが恥ずかしいようだが、そんなのは今更だ。それにお前は淫乱なんかじゃない。誰が相手でも喜ぶのならそうだが、お前はそうじゃないだろう。

「俺だけだろう?」
「え、?」
「俺にしか、思わないだろう」
「そりゃあ、うん、そうだけど……」
「なら、俺を受け入れていろ。それでいい」

 顔を近付けて、額へ唇を落とす。ぐっ、と腰を押し付けて碧の奥を突けば、ビクンとからだを震わせて、「あんッ」と甘やかな声で嬉しそうに鳴いた。
 そのまま奥を刺激するようにぐいぐいと腰を振れば、やはり気持ちよさそうに喘ぐ。落ちないようにするように、首に回された両腕が必死に俺にしがみつく。俺も碧の首の下へ右手を差し込んで抱き寄り、短い左腕で体を支えながら、白いうなじへかぶり付いた。

「ああッ、や、だめ、きもちい、ッ」
「ちゃんと受け入れてろ」
「アッ! サスケく、ぁあッ!」

 惑うように顔を背けるから、余計にやりやすい。力んで筋の浮いた首を、舌で舐め唇で食んで吸って、気持ちよくしてやれば、甘い鳴き声を上げながら腕でも膣でも俺を締め付ける。
 さすがに苦しくて、首元への愛撫をやめて顔を浮かす。碧の喘ぐ声はいくらでも聞いていたいが、あれだけ全身に力を込めていては疲れるだろう。束の間の休息も兼ねて、激しく息を乱す碧を見下ろす。

「大丈夫か?」
「…………あれ?」

 とろけた顔で俺を見上げて、不思議そうな声を出す。右手を俺の首の後ろから持ってきて、俺の頬へ触れた。前髪をよけるように滑らせて、それから小さく首を傾げる。

「なんでこっちの目、閉じてるの……?」
「…………」

 碧はまだ整わない息遣いではふはふと音を立てながら、左目を閉じる俺を見て心底不思議そうにしている。
 不誠実に思われただろうか。なんと説明したものか、と一瞬逡巡する間に、碧が言う。

「見て」
「、」
「ちゃんと、見て、サスケくん」

 左の瞼に、碧の親指がそっと触れる。私がサスケくんに抱かれてよろこぶ姿を、私が幸せに喘ぐ姿を、私のありのままの姿を、全部、ちゃんと、見て。

 『見て』、ほしいなどと、碧にお願いされるとは思っておらず、少なからず動揺する。己の様を肯定していなければ、出てくる願いではない。それほどまでに、そうか。お前は“自分をゆるせた”のだな。

 そっと、両目を閉じる。そして、体の内側の炎が更に燃え上がるのを感じながら、両の眼で碧を捉えた。ふやりと、嬉しそうに微笑んだ顔が瞳に映る。
 これはもう、お前を“浄める”ためのものではなく、ただお互いの気持ちを確かめあい、擦り合わせるための行為なのだな。

「碧……!」
「あッ、サスケく、ッ!」

 オレをなかに受け入れ、俺の為すことを受け入れ、それを喜びとする碧。喜ぶ碧を見て、俺の喜びとし、さらに強く激しく、内から湧き出る熱い衝動をぶつける。汗が滲むほどの熱気が二人を包み、高まりゆく激情を後押しする。

「ああッ! あゥウんッ、サスケくぅゥん……ッ!!」
「ハァッ、碧、……ッ」

 腕も脚も全部使って、俺へ絡み付きひとつになろうとする碧。声も仕草も全てがいとおしくて、もっと、と欲しがるあまりに加減を忘れてしまう。しかし碧の苦しそうな表情が、やはり喜びから来るものであると分かってしまうために、加減の必要すら感じなくなっていた。

「あゥッ、あアッ、イ、イッちゃ、イッちゃう、! サスケくッ、サスケくぅ……ッあああ!」
「ッッ、グゥ……ッ、碧……ッ!」

 碧が絶頂を訴えて間もなく、体を丸めるようにビクビクと痙攣し、それを迎えた。俺もそれに続くようにして達し、呻き声とともに碧を抱きすくめる。

 この上ない達成感。碧と、したのだ、なあ。
 じわりと実感が湧いてきて、碧の首元へ顔を埋め、乱れた呼吸のまま喜悦のため息をこぼす。

「…………碧」
「……うん?」
「…………、」

 呼び掛けたはいいものの、上手く言葉にならない。『愛してる』と言ってしまうのは容易い。だがたったそれだけの言葉では、到底足りない。『愛』に関連する言葉をいくつも集めて凝縮しなければ、俺のこの感情を代弁することはできない。だから代わりに。

「碧……」
「?」
「碧……」
「……」
「碧…………」

 俺の愛の宛先を、囁くように叫ぶ。
 何度も呼ぶうちに、碧は嬉しそうにこちらへ頬擦りをした。宥めるよりははしゃぐように、俺の背を撫でる。どうやら俺の気持ちはうまく伝わったようだ。

「サスケくん、サスケくん」
「……ん」
「ふふふ」

 俺の真似をするように俺の名を呼んで、ご満悦。その頬へ気付かれないように唇を当て、それから体を起こす。

「……平気か?」
「んー……痛みとかは無いけど、なんだかとにかく疲れたかな……」

 あれだけ力んでいればそうもなる。声も上げたから喉がカラカラだ、と恥ずかしそうに俯いて言う。

「ぅ、さむい……」

 確かに言われてみれば肌寒い。体を離したのと、汗をかいたのと、運動もやめて興奮も収まったからだ。
 離れがたいとは思いながらも、すっと腰を引いて碧から出ていく。遠くに蹴りやってしまっていた布団を引き摺って碧に掛けてやるが、それもまた冷えてしまっているのですぐには暖かくならない。

「んんー……」
「……なんだ?」
「んんん…………シャワー、浴びなきゃダメだよねぇ……」
「…………」

 あまりにも名残惜しそうに、悩んだ顔でそう言った。汗もそうだが、それ以外の体液でも身体中が汚れている。浴びるか浴びないかで言えば、『浴びたほうがより良い』のは間違いないが。

「……一晩くらい、構わないだろう」
「! そう、かな?」

 宿の従業員には悪い気もしたが、そんな他人の気持ちよりは碧と、なによりも自分自身の気持ちを優先させてもらう。
 折角の初めての夜。今晩くらいは、どっぷりと余韻に浸ってもいいじゃないか。
 碧の傍へ横たわれば、すぐさま隙間を埋めてくる。嬉しそうに幸せそうに、弧を描く唇。俺の愛の根源。そのかわいらしさに俺も口許を緩めながら、掻き抱くようにして碧を腕に閉じ込めた。





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