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“友達”と呼べる人


「お宿だぁ」

 半月ほど砂漠地帯を歩き、かなり過酷な野宿生活をしてきた。この時期の砂漠のオアシスにしか生息しない、珍しい植物が良い薬の材料になるとかで、そのまま売っても金になり、薬にすれば尚更高く売れると言って、いくつかのオアシスを巡り歩いていた。結果としてはほんの僅かだけ採取ができたが、これで一体いくらになるのやら。しかし、俺の『気がかり』の痕跡も少しだけ調査ができたので、勘の通りに碧に同行して間違いではなかった。
 ようやくまともに骨休めができる、と碧は安堵のため息を吐く。宿に立ち入る前にポンチョをばさばさと振って砂を落とし、続いて俺のものからも砂を払う。

「風の国は大変だね」

 乾燥した気候により、砂地、岩場ばかりで、単なる歩行移動でも体力の消耗が著しい。昼夜の温度差が激しく水源も少ないために植物資源が乏しく、建築物の建材もほとんどが石。代わりに鉱石資源が豊富で、それを輸出することで他国と交易しているようだ。しかしこの環境で暮らすこと自体が過酷であることに変わりはなく、砂隠れの忍たちの地力の強さも頷ける。

「旅人さんかい」
「はい。二人部屋、ありますか?」

 碧が部屋を取る間に、窓から街の様子を眺める。風で砂が舞う中を、たくましく生きる人の姿。過酷な環境であっても、助け合いながら暮らす様子に、ぼんやりと『家族』の姿を思い浮かべる。今頃アイツらも、木ノ葉で同じように過ごしているのだろう。

「お待たせ、サスケくん。七号室だって」
「……ああ」

 七。七班のことを思い出していたから、偶然の一致に少しだけ驚く。碧が見せたルームキーに刻まれた数字に、僅かに口角を上げた。

「? なにかいいことあった?」
「いや。行くぞ」

 不思議そうに見る碧を連れて、宿の奥に進む。久方ぶりのまともな寝床だ、今日はさっさと寝てしまいたい。




 いつの間にか恒例となった風呂順じゃんけんで、いつも通りに勝利を収め、先に入らせてもらった。脱衣場に置かれていたルームウェアに身を包み、タオルを被ってベッドルームへ向かう。砂まみれの衣服は、あとで洗濯場へお願いしなくてはならない。
 碧は部屋の隅におり、小鉢で例の植物をすっていた。考え事をしているようで、俯いてこちらに気付かない。

「碧、風呂が空いたぞ」
「んー……あっ、そっか! サスケくんって“七班”だったもんね」

 考えていたのは先ほどの、俺の表情の意味だったらしい。どうやら答えに行き着いたようで、納得したようにすっきりした顔をしている。

「あ、おかえり。これ終わったら入るね」
「……ああ」

 すりこぎで小鉢の中身を潰して、葉から汁を出している。強い解毒効果を持つ薬になるそうで、砂漠地帯に生息している毒サソリや毒トカゲの死骸も用意していた。俺たちには毒はほとんど効かないので、そこらを走り回っているネズミでも捕まえて試験するつもりなのだろう。

「あまり遅くまでかけるなよ」
「うん。疲れたもんね」

 すり終わった薬草の、汁とカスを分けて小瓶に詰める。どちらもそれぞれ使うらしい。他にもまだ花や茎、根も材料になるらしいが、そこまでやっていると朝になる。数日はこの街に滞在するつもりだ、焦らずにやればいい。

「……サスケくんには、大切な人がたくさん居るんだよね」
「……」
「あたしには、そんなに居ないからなぁ……」

 道具を荷箱にしまいながらそんなことを呟く。
 俺が思い浮かべる『大切な人』は、半分が故人で、もう半分はたったの四人だ。それで“たくさん居る”とは、碧にとっての『大切な人』はどれほど少ないのか。

「少なくとも木ノ葉には、あんな風に思い出す人は居ないかな」

 あ、でも師匠のこと含んでなかったら怒られるかなぁ、なんて、覇気なくこぼす。
 碧は俺以上に他人と関わることが少なく、内気で、また自身の興味以外には全く関心を持たない性質だ。だから『どうでもいい他人』はいつまで経ってもそうで、友人と呼べる人間はほとんど居ない。碧は下忍の最終試験であるサバイバル演習で落ち、班組みも解散されてしまったので、同期の班員というものも存在しなかった。
 しかし、蛇、あるいは鷹として俺と同行していた三人とは少しは打ち解けていたと思ったが、それを話題に出す気配はない。

「……」
「アカデミーのクラスメイトの名前だって、ほとんど覚えてないもんねぇ。同期で下忍になった人も、……んーと、ナルト君とサクラさん以外はあんまり覚えてないなぁ」
「……一応聞くが、水月たちのことは忘れてないな?」
「え? うーん、そうだなぁ……香燐さんも、水月君も、重吾さんも、それなりに親しくはさせてもらったけど……やっぱりサスケくんがしたみたいに、不意に思い出したりとかはしないかな」
「……そうか」

 やはり碧の『大切な人』の範囲はかなり狭い。現時点でその枠に入っているのは俺だけなのではないか。この推測はおそらく間違いではないだろう。
 碧のこれまでの人生は、ほとんどが俺と過ごすためのものだった。アカデミーへ通う動機は俺に会うためで、俺と離れたくないから里を抜け、目的遂行のための人員として俺に選択させるほどに医療の腕を磨き、……そして俺に捨てられると理解すれば、すぐに命を諦めた。『俺』を生き甲斐としているせいで、俺以外に目を向けるつもりがなく、結果として友人が少ない。なにより碧は、自分に自信がなかった。

「友達だなんて、勝手に思ってたら迷惑かもしれないしね」
「そんなことはないだろう」
「でも、この間会った時も、そんなに話さなかったし……」
「……」

 大蛇丸に片手印の情報を、香燐に感知のコツを聞きに行ったときのことだ。“この間”といっても、もう一年以上前のことなのだが。
 確かに、碧と香燐はそれほど話さなかった。用件が済めばそれで話し終わり、余計な会話はほとんどしていなかったように記憶している。しかし。

「香燐は、お前のことを気にかけているようだった」
「え?」

 これは本人には口止めされていたが、話すには潮時だろう。
 修業と称して数日引き留められ、その間に香燐と二人で話す機会があった。始めは俺のことばかりを確認する素振りをしていたが、やがて聞きにくそうに、碧のことを尋ねられた。

「アイツは、……碧はちゃんと元気にやってんだろうな」
「……急にどうした」
「う、うるせえな! ……ウチが木ノ葉に捕まってる間に、突然アイツのチャクラがめちゃくちゃに乱れたんだよ。お前もあの時連れてきてなかったし……そんで、……ヤっ! 別に! 心配なんかしたっ、してないんだけで、……えっと!」
「……」
「つ、つまりだ! アイツになんかあったらウチに言え! いいな!」

 香燐の感知能力は普通のそれではない。何十キロも離れた場所からでも、正確にチャクラを感知することができる。それゆえに碧の異変に気付き、しかし状況や立場から、様子を見に行くこともできなかった。

「……香燐さんが」
「俺のせいだと伝えたら殴られた」
「えっ! 香燐さんがサスケくんを?」
「ああ。当たって、むしろ驚いていたがな」

 殴られて然るべき行いだったと自省していることだ。避ける道理もない。
 しかし碧は、香燐が俺を殴るほどに自分を心配していたことが信じられないのか、それとも俺の行いを殴るほどのことだと思っていないのか、分からないがとにかく不思議そうにしている。

「香燐さんって、サスケくんのこと好きだったよねぇ……?」
「……それは知らんが。ともかく、“友達だと思って迷惑”ということはないだろう」
「…………そうなんだ」

 片付けの手も止まって、考え込むようにして俯いた。俺はベッドへ腰掛け、肩にかけたタオルで頭を拭きながら、碧の様子を見守る。どうやら嬉しそうに、隠すように笑んでいた。

「(…………)」
「あ、そうだお風呂。行ってきまーす」
「……ああ」

 思い出したように立ち上がり、照れくさそうにいそいそと行ってしまった。
 なんだか、今では俺にも見せない新鮮な反応で、懐かしくもあり、悔しい気もする。俺以外にも、あんな風にできるのではないか。
 悪くはないことのはずだが、複雑な心持ちでわしわしとタオルごと頭を掻いた。



(180909)


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